第十一話「友達は要らない」
「ミルドレイク河」を舞台にした、物騒な事件の犯罪者が見つかったと言う。
猟奇的殺人事件として、この数週の間に報道されていた、「ミルドレイク河 死体遺棄事件」の主犯格が捕まったのだ。
夕食の時間の、テレビジョンの画面に、イアン・ナルムレガーと言う名前の、まだ少年ともいえる者の顔写真が映された。
イアンは、大層、顔立ちの整った少年だった。
その少年を筆頭にして、数名の殺人に関わった少年達が、警察に逮捕され、留置場に入れられたと言う。
彼等は、無作為に「登録者」を襲い、少年達の集会所であった小屋に運び込むと、被害者の体を分解して、一部を料理して食べていた。
残った人間の体は空気が入らないように袋詰めにして、問題の「ミルドレイク河」に、石を結び付けて遺棄した。そのうちの数個が、肉の腐敗によるガスの発生と、重りの石が外れた事で、水面に浮かび上がってきていたのだ。
犯行は、死体が発見されるより、ずっと以前から行われていた。そして、死体が発見されても、少年達の享楽のパーティーは続いていたと言うのだ。
イアン少年は、犯行の動機をこう説明した。
「本当に食べたい物を我慢しているからさ。代わりになる物を食べて満たされるんだったら、そっちで空腹を埋めようとするのは、当然な感覚だろう? 世間で言われる、ダイエットだよ。健康維持をする事の何が悪いんだ? 全く、あんた達が何に怒ってるのか、さっぱり分からないね」
治安保全委員会は、その少年が言っている「本当に食べたい物」は何なのかを追求していると言う。
「物騒な事件だ」と、アリスは食事の手を止めて、テレビジョンを振り返り、言う。「法律と言うものが分からない子供は、これだから困る」
アモンは、特に何も言わなかった。黙ってテレビジョンの画面を見つめ、家庭教師から聞いた「法律で守られている動物」達の話を思い出していた。
「アモン。お前も、規律を守れない野蛮な存在に成ったりしないようにな」と、アリスは娘に言いながら、ナイフで切った肉をフォークで口に運ぶ。
「家畜と人間の区別もつかないなんてね……」と、アガサも、少し悲しそうに言う。
「きっと、気が触れてしまっているんだろう」と、アリスは誰もが飛びつく答えに至った。
アモンは、ニュースが終わるまでテレビジョンを見つめてから、食卓のほうに向きなおった。
今日も、晩餐の時に肉になった動物の首が飾られ、分厚い赤身肉のステーキと、挽肉のミートボールをダシにして煮込んだ野菜スープが並んでいる。
今の世では、内臓やスジ肉は、工場でチョッパーにかけられて、挽肉になった状態で店に並ぶ。
「二百五十番工場の挽肉は美味いな」と、アリスは言う。「腿肉のほうも、柔らかで風味が良い」
「地産地消ですよ」と、アガサは言って、やはり食事の手を進める。
アモンは何となく、心の中がもやもやした。
アリスが声をかけてくる。
「どうしたんだい、アモン? 全然食べてないじゃないか」
「う……うん。大丈夫。ちゃんと食べるよ」
そう答えて、幼子は腿肉のステーキを口に運んだ。とても美味しい。良い肉と言うのは、ソースや塩コショウをかけなくても、素材の味で食べられるのかも知れない。
アモンは食卓の傍らに置かれた、動物の首を見て、思った。
彼等の食べた肉は、どんな味がしたんだろう、どんな味がするんだろう、と。
アモンは、それから、時々ぼんやりするようになった。友達が来ても一緒に遊ばないし、彼等がアニタに興味を持つと、アモンは突然怒り出して、彼等を追い払ってしまった。
アリスは、娘を居間に呼び出した。
「なんで、友達と仲良くできないんだい?」
「友達なんて要らない」と、アモンは答えた。「アニタが居れば良い。アニタが、私の友達だもの」
「アニタに依存しちゃだめだろう?」と、アリスは言う。「もっと、広く友達を作って、社会を学んで、『アニタ』以外の存在が、どんな考え方をしているかを学ばなきゃ」
「なんで、そんな事が必要なの?」と、アモンは問う。
「それは……」と、アリスは口ごもってから、「生き延びるためさ」と答えた。
社会組織を築いて生きている以上、其処に所属する誰が、どんな考えを持っているかを理解できないと、社会には適合できない。
特に、今の社会体制は「保全委員会」と言う組織に守られている複雑なものなのだから、その組織と社会の中に在る「規律」を守って行く心構えを、常に持っていなければならない。
社会に順応できない子供は、やがて群れから疎外されるようになる。
「そうなれば、アモン。私達だって、お前をかばってやれなくなる。何せ、私達はお前より先に死んでしまうからな。子供に、親が居なくても生きて行けるような知恵をつけさせる事を、教育と呼ぶ。お前には、その教育を与えてくれる教師もいるだろう?」
「じゃぁ、先生とアニタだけ居れば良い」と、アモンは言う。「別に、他の奴等が何を考えてるかなんて、知らなくて良い。アリスとアガサは、生活に必要だから居てくれても良いけど」
それを聞いて、アリスは思わずカッと来た。
「なんてことを言うんだ!」と叫んで椅子を立ったが、アモンはひどく落ち着いた風に、「誰が何を考えてるかなんて、誰だって、本当は分からないでしょ?」と述べた。
それから、急に感情に火が付いたように、「アニタにだって、秘密にしてることがあるじゃない! 私達は、家族でアニタを騙してるんだ! そんなの、誠実な家族の在り方じゃないよ!」と叫んだ。
その言葉を聞いて、アリスはアモンの顔を叩いた。爪の一部が、子供の顔を傷つけた。
「お前は、まだ社会のあり方が分かっていない」と、アリスは断言した。
「これからは、アニタと触れ合う事を禁止する。家庭教師も要らないな。寄宿舎学校を探そう。もっと、色んな価値観に触れて、社会を学んで来なさい」
家の主は、そう言って子供を居間に残すと、書斎へと姿を消した。
アニタの描く絵に変化が訪れた。
普段に無く暗い色使いで「イメージ」を描いているアニタに、アガサが声をかける。
「この町は、なんでこんなに暗い色なの?」
床に降りてキャンバスの下のほうを描いていたアニタは、「夜だから」と短く答えた。
「『夜景』を描くの?」と、表情を明るくし、期待を込めてアガサは尋ねた。
アニタは頷きで答えた。
大都会の黄金の夜景をアニタに描いてもらう事は、アリスとアガサの共通の夢だった。
街の夜景は、かつて見た懐かしい風景を思い起こさせる。古き良き時代とは言うが、彼等の長い生涯の中で、その光景は美しく彩られていた。
「あの光が見えた時に、私達は命をつなぐ希望を得たのよ」と、アガサはアニタが聞く前から、熱っぽく語る。「アニタ。何時か、星中に夜景が燈っている月を描いて」
それを聞いて、アニタは考えるような間を置いた。
それから、「今は良く分からない」と答えた。
「ええ、ええ。何時に成っても良いわ。でも、私達が命を終える前までには、きっとその絵を、私達に見せてちょうだい?」と、興奮状態のアガサは熱望した。
アニタは少し描く手を止めて、「出来るだけ、頑張る」と答えた。
意欲のある返事ではなかったが、アガサは娘のように可愛がっているアニタの髪を撫で、「きっと、お願いね」と、穏やかに声をかけた。
アモンを進学させる寄宿舎を探すため、アリスは方々に電話をかけていた。
「今までは、家庭教師にみさせていたのだが」と、前置きを述べ、「娘の中途入学は許可してもらえるだろうか?」と続ける。
幾つかの寄宿学校のうち、三校には断固と断られてしまった。一年生の段階から、「厳しく躾た者」でなければ、我が校の卒業生とする事はできない、として。
一校は、「どんな子でも大丈夫ですよ」と言ってきたが、資料を取り寄せてみると、入学金がやけに高く、おまけに校則は在って無いようなものだった。
子供達が、虫を捕まえて引き千切る様子を、「元気で腕白な我が校の誇り」と言って、パンフレットの写真に掲載していたくらいだ。
これでは、アリスの望む「社会を学ばせるための教育」は、施してもらえそうにない。
別の学校を探そうと、機器を操作して、インフォメーションページを開いてみると、「特殊な感覚の子供をお持ちでお困りの家庭に朗報」と言う見出しがあった。
「古くからの慣習と、現代の社会組織に対する理解の間で、子供達は混乱しています。そんな、乱れてしまった子供達の心を、より豊かに育むための教育を、我が校では取り入れています」
その文言を読んで、アリスは気づいた。そうだ、アモンは、混乱しているのだ。彼女の混乱を取り除いて、古から伝わる遺伝的な心と、新しい文化の中で生きるための豊かな心を、取り戻してあげなければならないのだ。
そう天啓を受けたアリスは、「サン・ミッシェル校」と言う、その学校へ、電話を掛けた。
部屋から出る事を禁止されたアモンは、それまで集めていた人形の体のパーツを、カッターで粉々にしていた。この遊びが続けられるのも、寄宿学校に押し込められるまでだ。
寄宿学校と言う所は、集団で一つの部屋に住んで、集団で行動して、集団で学習をすると言う、「団体行動」が求められる場所らしい。
其処に入ったら、簡単に家に戻れなくなる。アニタを守る事も出来なくなる。
近所の子供達が、アニタをなんて言ってたか、アリスとアガサは知らないんだ。
アニタの姿を、倉庫の窓から見た子供達は、「こいつ、丁度良さそうだよな」と言っていたのだ。
丁度良い、そのスラングが意味する事を知っているアモンは、近所の子供達が許せなかった。
真相は知られないまま、悪童の悪意は黙殺された。近所の、虫を引き千切るのが好きな子供も、テレビに映っていた犯罪者と呼ばれる子供も、どちらも「祖先から受け継ぐ旺盛な食欲」に忠実なのだ。
アニタは、私の知らない所で、何時か殺されてしまうかもしれない。
そう思いついた時、アモンの心の堰が壊れた。




