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第一話「人外奇形」

 真っ青な月の見える、赤い空を見上げて、彼女は微笑んだ。


 宇宙コロニーの食品加工プラントの中で働く者達は、男女で分けられている更衣室で防塵服に着替える。

 防塵服は、プラントの中に、外の空間の粉塵を持ち込まないための衣服だ。

 青年は、髪の毛まですっぽりと覆う白い服を着て、心が落ち着くような気がした。一番気になる顔面にも、飛沫飛散防止のマスクをつける。

 しかし、彼が手に付けるグローブは、七つの指がある。青年の手にも、そのグローブと同じ数だけの指がある。

 丸めてある尻尾だけは、尻の部分で少し出っ張ってしまう。その程度のおかしさを指さす者は、プラントには存在しない。

 皆、個人個人の体の異質さは心得ている。

「ジニア」と、同僚が青年に呼び掛けてきた。「六本指用のグローブの余りはないか?」

「キャビネットの左奥だよ」と、青年は答えてあげた。

 誰か、新入りが来たのだろうか。

 そう思って、その通りに聞いてみると、「ああ。今年の新入りは、多指の子供が多いんだ」との事だった。

 ジニアに声をかけてきたトムズと言う同僚は、両目の高さが極端に異なっていた。右目は辛うじて「正常」の位置にあるが、左目が、本来頬の中程に当たる位置までズレている。

 彼の特徴を補うために、彼の防塵服には左目の位置に穴が開けられ、その穴はプラスチックフィルムで保護されている。

 勿論、マスクも普通にはかけられないので、左頬の目の位置を抉って、左目がフィルム越しに見えるようにしてあった。

 隠せない特徴は、ちょっと可哀そうだよな、と、ジニアは心の中で思ってみる。

 しかし、目の高さが違うトムズのような特徴より、もっと派手で、プラントで働く時だけでなく、寮で生活している間も、絶対に隠したい特徴を、ジニアは持っている。

 彼の輪郭は比較的綺麗な形だったが、鼻の下と両頬にかけての皮膚が裂け、狼のような三ツ口に成ってるのだ。

 唇は頬の断裂の部分まで存在するが、その特徴のせいで、頬の中で留めておけるはずの唾液が、幅のある唇を常に湿らせていた。喋る時は、口を尖らすように、先のほうだけ動かすようにしている。

 それでも、素顔のままベッドで横たわって眠ると、次の日の朝には、枕がずぶぬれになっている。

 そんな彼にも夢があった。宇宙プラントで働いているのも、その夢のためである。わずかながらの給料だが、それを貯金して、いつか「人外奇形」と呼ばれるこの特徴を、手術で治療するのだ。

 コロニー内にある専門の病院で診てもらって、最先端の外科手術を施せば、手術痕も無く綺麗に治せると言う。

 それに、手術を受けて「まともな姿」になった人物は、地上に降りる許可を得られる。

 スペースコロニーの下にある、青い海と白い雲の渦巻く「地上」には、あるべき姿をした人間達が暮らしている。宇宙プラントから送られた生鮮食品を、当たり前のように食べて、健康を維持し、働く必要もなく優雅に暮らしていると聞く。


 空気圧で粉塵を吹き飛ばす装置の中を通り抜けると、プラントの作業場に入る事を許可される。プラント内では、既に働いていた同僚達が、ベルトコンベアで運ばれている野菜の中で、泥を落とし切れていない物を見つけ、拾い上げて「洗浄係」に渡している。

 洗浄係は、野菜を受け取ったら、傷をつけないように流し場に持って行って、流水で手洗いする。

 ジニアの主な仕事は、その洗浄が終わった野菜を、タイヤ付きの棚に一定間隔で並べ、冷凍庫にしまう係だ。

 作業は地味だが、通常の暖かさの洗浄室と、摂氏マイナス四十度以下の冷凍室を、常に行き来しなければならないので、嫌われる仕事ではあった。その仕事を引き受ける代わりに、給料は少しだけはずんでもらっている。

 何事も、小さな積み重ねが大事だ、とジニアは自分に言い聞かせた。


 ジニアが受け持っているのとは別のレーンでは、野菜から切り落とした葉や根を、細かく砕く機械が設置されている所がある。

 その細かく砕いた野菜は、地上の家畜の飼料になるのだと言う。

 家畜でさえも、有機物を食べられるなんて。

 ジニアはマスクの中で、鼻で溜息をついた。


 昼ご飯の時間になった。

 ジニア達は作業室から更衣室に移動し、防塵服とマスクを脱ぐ。靴も履き替えて、休憩室に移動し、夫々が持ってきた「カプセル剤」を口に運んだ。

 食にカネを惜しまない奴は、栄養剤を棒状に固めた「チップス」を食べている。

 チップスを買う余裕はないが、何か噛みたいと言う欲求を抑えられない従業員は、味付きチクルを嚙んだ。

「マッシュの奴が、入院したらしい」

 メロウと言う名の、背中に羽みたいな肩甲骨の張り出しがある同僚が、噂話を始めた。

「長期間休むなら、一言あっても良いのにな。お偉いさんにだけ挨拶をして、昨日さっさと手続きをしたって」

「マッシュは、鰓を閉じるのが恥ずかしかったんじゃないか?」と、トムズが割と同情的な返事をする。

 メロウは辺りを見回してから、首を伸ばしてきて、ひそひそと囁く。

「鰓持ちなんて珍しくないんだから、恥ずかしがるような事ないだろう?」

 休憩室の中でもグループを作っている「鰓持ち」達は、仲間意識が強い。似通った特徴を持っている事と、その特徴が起こす困難について、互いに愚痴を言い合っている仲だった。中には、不完全に機能している鰓のせいで、通常の呼吸が難しい者もいた。呼吸が難しい連中は、何時もマスクの中に小型の酸素吸入ボンベを装着している。

 互いの難を共有し合っている彼等は、マッシュが抜け駆けをしたと思うかもしれない。

「言いにくい事はあったと思うよ」と、ジニアも、ひそひそと囁いた。「あいつは、首がまともに成ったら、地上にだって行けるんだし」

 それを聞いて、メロウとトムズは難しい顔をした。何となく、ジニアのほうをじろじろ見ている。

「何だよ?」と、ジニアはきょとんと聞き返す。

「いや、何でもないんだが……」と、メロウは言葉を濁す。「カネはかかるだろうなと思ってさ」

 その言葉を聞いて、トムズは片頬で苦笑する。左目が唇の近くにあるので、左側の唇を持ち上げられないのだ。

 二人の気まずそうな表情を見て、ジニアは気づいた。メロウとトムズは、手術をすっぱりと諦めている。自分達の特徴は、手術では治せないと分かっているのだ。

 その中で、「これからカネのかかる手術をしなければならない人物」と言ったら、ジニアの事だ。

「あ。ああ……。そう、だな……」と答えて、ジニアは口の中に栄養剤を放り込み、唾液で呑み込むと、急いでマスクをした。

 しかし、恥ずかしがっていては、後の作業の支障になる。

「俺も頑張るよ。何時か、三ツ口じゃない顔になる。指も五本にして、尻尾だって無い、つるっつるの体になる。今は、無心に働く時だ」

 そう言い残して、早々に休憩室を離れた。


 ジニアは、冷凍車を運転する。凍らせた生鮮食品を、宇宙へめがけて飛び立つ貨物船に乗せるためだ。彼はその時も、目立つ口元をマスクで覆っていた。

 コロニーの道路の中は、回転によって重力場に近い力を作り出している。車の走る真上には「天井」があり、其処から、時々、宇宙に浮かぶ色んなものが見えた。

 遠い銀河の星屑であったり、惑星の月であったり、時たまに地上も見えた。

 青い海と白い雲、夢に見た楽園がそこにある。

 まともな体を手に入れても、地上に住んだりは出来ないだろうな。俺達の遺伝子は、「異常」を持っているんだから。一時的には受け入れてくれても、永住なんて、とんでもない事だろう。

「停まれ」信号を待っている間にそう考えて、考えを振り払うように首を振った。

 弱気になるな。永住が大それていても、一時的にでも楽園を見て来れるんだったら、こんなに幸せな事はないだろ? もっと勇気を持てよ、ジニア。

 そう自分に言い聞かせ、「進め」信号になったのを確認してから、ゆっくりとアクセルを踏んだ。


 道中、地上からの移民の子供達を運ぶ車と、暫く並走した。

 反射的に、ジニアは彼等の手元を、ちらと見た。多指の者が多いが、中には欠指の者もいた。しかも、切れて失ったわけではなく、先天性の欠指だ。元々存在しない手指の先は、どんなに精巧な手術にも比べられないほど、美しく柔らかな皮膚を持っている。

 それから、ようやく彼等の顔を、ちらと見た。

 一瞬で表情が分かるくらい、まともな形の顔をしている。だが、一人だけ、目が片方しかない者が居た。

 目を潰されたわけではなく、本来目があるはずの場所が、つるりとした唯の皮膚になっている。

 ジニアは、事故を起こさないように運転に集中しながら、彼等が、もしプラントで働く事に成ったら、どんな適職があるかを考えた。

 多指の者は、その指の数だけを補えるグローブがあれば、幾らでも働ける。

 欠指の者は、出来る仕事は限られるだろうが、せめて「押す」動作や、「摘まむ」動作が出来れば、機械を操れる。

 器用な子だったら、片手に指が二本あれば洗浄の仕事だってできる。

 プラントで扱っている食料は、野菜だけではない。穀物だってあるし、魚だってある。

 園芸用の肥料を培養する事もあるし、観賞用の花の鉢植えだって栽培している。

 園芸用の土や観賞用の花は、主に地上に届けるために育てていた。

 地上で行われている生産活動は、恐らく「食用の肉の生産」だけだ。

 ジニア達、労働者には無縁だが、コロニーの中でも上層の生活者になると、時々肉を食べる物が居る。

 そのために、食肉プラントの中では、オーソドックスな方法で家畜が育てられていた。

 牛、豚、羊、山羊、鶏、等が主な食肉用動物だ。飼料だけは人工物だが、恐らく地上の「食肉用の動物」と、然程変わらない動物達が飼育されている。

 肉を捌く仕事は力が要るので、子供には無理かもしれないが、動物を育てるくらいはできるだろう。

 情操教育から考えても、動物を育てるのは悪くない仕事だ。

 例え、その動物が、育てた者の見えない所に連れて行かれ、殺されているのだとしても。

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