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スノウホロウ家

 レイセオン王国の北方に位置するスノウホロウ領は決して豊かとは言えない。

 領土こそ広大だが、大半は氷雪に覆われたツンドラ気候の地だ。


 人口も少なく、酸性の土は農作物を育てるには向かず、海にも面していない。


 唯一の特産品は、魔獣と呼ばれる巨大な獣の毛皮や、牙、爪などの加工品だけだが、個体数も少ないうえに、仕留めるには大勢の猟師を雇う金が必要だった。


 故に魔獣は領内における貴重な資源であり財源である。

 その狩猟権を有することは、実質この地を支配するに等しい。


 そして、この地に人が根付き始めた時代から狩猟権を差配していたのが、スノウホロウ家であった――。



 社交界デビュー(デビュタント)のお披露目会が終わった頃……。

 伯爵家の応接間には、領内の主立った荘園主達が集められていた。


「とんだ茶番だ! ウィンローザの小娘が、プリシラのお披露目を台無しにしおって!」


 声を荒げるのは、伯爵家当主のメリル・スノウホロウ。

 右瞼の上にある大きな爪傷と鍛えられた肉体を見れば、彼がただの飾り物ではないことは一目瞭然である。


 その証拠に、腕に覚えのあるはずの荘園主達の目には、メリルに対する畏怖の色が見え隠れしていた。


「メリル様、少し落ち着かれては……お身体に障りますぞ」

 荘園主の一人がやんわりと言った。


「これが落ち着いていられるか! これは我が娘プリシラに対する侮辱ぞ!」

「で、ですが、いくら小娘とはいえ、相手は正式な侯爵です。下手すれば、我らの方が足下を掬われる可能性も……」


「それに、あの『霧』もいるとか」

「しかし、なぜこのタイミングで……」


 口々に荘園主達が話していると、メリルがテーブルを殴った。

 派手な音が鳴り、一斉に皆の肩が震える。


「黙れ! 年々、魔獣の数も減少傾向にある……我らが生き残るためには、何としてでもプリシラを名家にやらねばならんのだ!」


「――お父様」


 プリシラが部屋に入ってきた。

 その見目麗しい姿に、荘園主達は揃って感嘆の声を漏らす。


「おぉ、プリシラか、どうした?」

 先ほどまでの気迫はどこに行ったのか、メリルが一段高い猫なで声で答える。


「お父様、ご安心ください、私は必ずや御三家のいずれかに嫁ぐことになるでしょう」

「な、なんと……」

 ざわめく荘園主達。


「プリシラ、何か考えでもあるのか?」

「ええお父様、近く、王宮でアーガス王子の凱旋パーティーが開かれます。当然、御三家の方々もお見えになるはず……それに、条約を結んだウィルギスからも王族、もしくは、それに近い地位を持つ方が参加なさるはずですわ」


「なるほど、そこで仕留めるつもりか……」

「仕留めるだなんて、ふふふ。ただ……我が伯爵家に足りぬものがございます」


 プリシラは静かに微笑み、全員に視線を流した。

 一瞬の沈黙の後、メリルが口を開く。


「何が必要だ? 遠慮せずに言ってみなさい」

「では……王への献上品として、白王狼ホワイトファングの剥製を」


 その瞬間、一斉に荘園主達が席を立った。


「な……プリシラ様⁉ あれはスノウホロウの象徴ですぞ⁉」

「あれは我らの魂といっても過言ではござらん!」

「売り物などではございませぬ! ご再考を!」


 目を血走らせる者、立場を忘れ声を荒げる者、腕組みをしたまま沈黙を貫く者。

 三者三様に反応は違えど、彼らの慌て振りを見れば、プリシラの発言が与えた衝撃の大きさがわかる。


 ――その昔、スノウホロウ家の開祖が仕留めたという白王狼ホワイトファング。

 体長が5メートル以上もあった希少な王狼の長で、剥製にされた頭部は今も伯爵家のエントランスに飾られている。


「許せプリシラ、あれは開祖の時代より受け継がれてきた家宝……いくらお前の頼みでも、ワシの代で失うわけにはいかんのだ……」

 メリルが沈痛な面持ちで言うと、荘園主達もそれに同調した。


「そうですぞ、プリシラ様、他に方法はいくらでもございます」

「皆で知恵を出せば、きっと解決策がございます」

「まだ時間はある、そう急がずとも……」


 ――その時、プリシラが甲高い笑い声を上げた。


「プリシラ……様?」

「な、何がそんなに可笑しいのだ?」


 皆がプリシラに注目すると、

「これが笑わずにいられますか?」と扇子を広げ口元を隠す。


「プリシラ、皆の前で……いくらお前でも、そのような態度は不敬だぞ」

 諭すような口調でメリルが言うと、プリシラはパチンと扇子を閉じる。


「いえ、武勇で知られたスノウホロウの面々が、たかだか獣の首一つで何を狼狽えておるのかと」


「なっ⁉」

「プリシラ! さすがに口が過ぎるぞ!」


 メリルの怒声にも全く動じず、プリシラは真っ直ぐにその涼しげな瞳を向けた。


「お父様、あの首を献上すれば、凱旋パーティーで私に注目が集まるのは間違いありません。何を躊躇う必要がありますの? 仮に失敗したとしても、その時は力で奪い返せば済むことではありませんか。むしろ、皆様が崇める開祖様なら、それこそが当家の本来の姿だと、私をお褒めになったと思いますが……違いまして?」


 皆が押し黙った。

 落ち目とはいえ、北方の雄として名を馳せた開祖を始め、歴代当主達はいずれも武勇の誉れ高く、かつては王都周辺にまでその勢力を伸ばしたこともあった。


 ――欲しくば奪え。

 その言霊の旗印の下、開祖は多くの部族がひしめいていた現スノウホロウ領を平定したのだ。


 誰もが幼き頃より寝物語に聞かされた武勇伝が、彼らの心を奮い立たせるのに、そう時間は掛からなかった。


「むぅ……よくぞ申したプリシラ! さすが我が娘、スノウホロウの血を引く者ぞ!」


 メリルが席を立ち、荘園主達に告げる。


「皆の者、聞け! ホワイトファングの首はくれてやる、異存のある者はいるか!」


 荘園主の一人が立ち上がり、口端を上げた。


「プリシラ様の言葉で目が覚めましたわい、くれてやりましょうぞ!」


 すると、また一人席を立つ。


「己が何者なのか……恥ずかしながら、今、はっきりとわかりもうした」

「スノウホロウに栄光あれ」

「同じく」

「異議なし――」


 全員が立ち上がり、同意を示す。


「決まりだ。プリシラ、好きに持って行くがいい」

「ありがとうございます、お父様――」


 プリシラは虫も殺さぬような笑みを浮かべ、

「全てはスノウホロウのために――。皆様に後悔はさせませんわ」と、膝を折って礼をした。


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