表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/12

凱旋パレード

 街の大通りには、アーガス王子の凱旋を一目見ようと見物客が集まっていた。

 親衛隊の兵士達が大きく手を振りながら、王宮へ向かっている。


「おい、リリィ、あんまり離れないでくれ」

 遅れてきたジョンが私の手を握った。


「あ、ごめん、つい」

「迷子になったらどうするんだ?」と、眉間に皺を寄せる。

「迷子って……ジョン、私をいくつだと思ってるの?」


 ジョンは一瞬、虚無の表情を見せ、

「あれ? いくつだっけ?」と小首を傾げた。

「もう! 十七よ、十七!」


「ご、ごめん……でも、心配でさ……」

「ほら、王子が来るわよ」


 遠くの方で歓声が上がっている。

 まだ見えないけど、王子が到着したのだろう。


「――うわっ⁉」

 叫び声に目を向けると、親衛隊の一人が孤児を突き飛ばしていた。


「この小僧! 王子の凱旋を邪魔するとは……」


『ちょっと、まだ小さい子じゃないの!』

『そうだ、勘弁してやれよ!』


 見物客が助けに入る。

 だが、兵士は高ぶっているのか、憤りを抑えきれない様子だ。


「黙れ! 俺達はお前らの為に命を賭けて戦ってやったんだぞ!」


「ご、ごめんなさい! わざとじゃないんです!」


 必死に頭を下げて許しを乞う少年。

 辺りには大きな竹笊(たけざる)と数匹の青魚が散らばっていた。


「この汚らしい孤児が……」


 私の中で何かが切れる音がした。

 気付くと少年の前に立ち、私は兵士を睨みつけていた。


「な、何だ、お前は……⁉」

「謝りなさい!」


「何を……どけ! 邪魔だ!」

「どかないわ! この子に謝りなさいっ!」


「こ……の、女ぁ!!」

 兵士が手を振りかざした瞬間、私の背後から突き出た腕が兵士の首を掴んだ。


「ぐがっ……⁉」

「――彼女に触れるな」


「お、おい! 貴様! 何をやっている⁉」

 あっという間に兵士達がジョンを取り囲んだ。


「ちょ、ちょっとジョン⁉」

「悪いなリリィ、やっちまった……」


 ジョンは兵士を持ち上げたまま眉を下げ、私に情けない笑みを向けた。


「その手を離せ! 我らはアーガス王子の親衛隊だぞ!」


 ――剣を抜く兵士達。

 野次馬から「ひっ」と声が漏れる。


 ジョンは剣先を向ける兵士達を一瞥し、

「……言っておくが、彼女に指一本でも触れてみろ――全員死ぬぞ?」と凄んだ。


 ただならぬ迫力に兵士達が気圧される。


「くっ……」

「ジョ、ジョン……私は大丈夫だから……」


 どうしよう、このままじゃジョンが……。

 相手は王子の親衛隊……不敬罪、いや、反逆罪に問われる可能性も……。


 その時、野次馬の一人が叫んだ。


『あ、あれ……そうだ、ジョン・カイエンだ!』

『まさか……』

『おいおい、ジョン・カイエンっていやぁ、国賓級の冒険者じゃねぇか……』


「カ、カイエンだと……?」兵士達にも動揺が走る。

「馬鹿言え! そんな凄腕が……こんなところにいてたまるか!」

「でも、どうすんだ? あいつ、只者じゃなさそうだぞ……」


 剣を向けたまま、兵士達が顔を見合わせていると、場が大きくざわめいた。


『お、王子だ!』

『アーガス王子だぞ!』


 金色の髪、レイセオン王家を象徴する三頭獅子に太陽の紋章が入った黒いマント付きの軍服、切れ長の鋭い碧眼に、均整の取れた身体、さすがに纏う空気が違う……。


「何事だ」

「はっ、この男が仲間を……」


 アーガスはジョンをチラリと見た後、地面に座り込む少年を見た。


「何があったのかと聞いている」

「はっ、それが……その……」


 アルフレッドから聞いた人物評が確かならば、感情に任せて動くタイプではないはず……。だが、ここで私が口を挟んでいいものか……。ええい、どうにでもなれと、私は王子に声を掛けた。


「恐れながらアーガス王子、その兵士があの子を突き飛ばしたのです! それを咎めた私を殴ろうとした兵士から、彼は私を庇って助けてくれただけです!」


 アーガスは私をじっと見つめた後、

「……ふむ、まずは私の兵士を降ろしてくれないか?」と、ジョンに言った。


 私が目配せすると、ジョンはゆっくりと兵士を降ろした。


「げほっ! げほっ!」

 兵士が咳き込みながら、慌てて王子の側へ逃げる。


「その子に危害を加えたのか?」

「い、いえ……そのような……」


 兵士は何か答えようとするが、どうにも歯切れが悪い。


 すると、見物客の中から、

『そいつがその子を脅したんだ!』

『そうよ、剣を向けたぞ!』

『そうだそうだ!』と、次々に野次が飛ぶ。


 アーガスが野次馬に向かって手を向けた。


「言い分は後で聞く、その子の手当と魚を全部買ってやれ」

「はっ」


 兵士達が少年を抱き起こし、地面に落ちた魚を拾い集める。

 アーガスは少年の元に行き、しゃがんで目線を合わせた。


「すまなかった、彼らも戦いの後で気が高ぶっていたのだ、許してやってくれ」


 そう言ってアーガスが頭を撫でると、少年は首が外れるかと心配になるくらい何度も頷いた。


「さて……、少年の許しは得た。次は貴様だジョンとやら」


 ゆらりと立ち上がり、アーガスはジョンの前に立った。


「お前の名は私でも知っている……確か、魔窟の最深踏破記録保持者だったな? こんなことでなければ、ゆっくりと冒険譚を聞かせて欲しいものだが……ジョン・カイエン、お前は私の兵士に手を掛けた……その意味、わかっているか?」と、アーガスが鋭い目を向けた。


「ア、アーガス王子! 彼は私を庇っただけで……」

 私が側に寄ろうとすると、ジョンが手の平を向け「来るな」と言った。


「好きにすればいい」


 冷めた目でアーガスを見下ろす。

 ジョンのあんな目……見たことがない。

 足がすくんで震えそうになる。どうしよう……私のせいだ……。


「この者を連れて行け――」

「お待ちください、アーガス王太子殿下」


 落ち着いた、よく通る声――。

 いつの間にか、王子の隣にアルフレッドが立っていた。


「な――⁉」

 身構えるアーガスに、アルフレッドが恭しく礼を執る。


「お久しぶりでございます、アーガス殿下、アルフレッド・オールドミストにございます」

「アルフレッド……そ、そなた、アルフレッドか⁉」


 大きく目を見開き、アーガスがアルフレッドの肩を抱いた。


「おぉ……! なんと懐かしい……何年ぶりだ⁉」

「記憶が確かならば、十年と五ヶ月、十日振りにございます――」


「フッ、相変わらずだな。あれからもう、そんなに経つのか……しかし、お前がなぜここに? ウィンローザ侯爵家に仕えたと聞いているが……」

「はい、その者は当家の料理人でございまして……どうかお目こぼしをいただきたく存じます」


「ジョ、ジョン・カイエンが……ウィンローザ家の料理人?」

 アーガスは信じられないといった様子で聞き直した。


「はい、エイラム様もご存じかと……」

「そ、そうか、まあ……父の名を出されると私も弱い。わかった、今回は不問とするが……私の部下に謝罪だけはしてもらえるか? 勿論、部下の行いには相応の罰を与えることを約束しよう」


 アルフレッドが頷き、ジョンに目配せをする。

 ジョンは兵士のところに行き、「手荒な真似をして悪かった」と頭を下げる。


「わ、私の方も、行きすぎたことをしました」と兵士の方もぎこちなく頭を下げた。


 背を向けていたアルフレッドが、くるっと私の方へ向き直る。

 こ、怖くて直視できないっ……!


「リリィ様――、あまり無茶をされると困りますね?」


 穏やかに微笑みながら私を見るアルフレッド。

 だが、その目は笑っていない。


 うぐっ⁉ こ、これはかなり怒ってるわね……。

 い、いつから見てたのかなぁ……。


「兵士の前に出た所から見ていましたよ」

「あ、あはは……全てお見通しで……」


「何だアルフレッド、知り合いなのか?」

 アーガスが不思議そうな顔で尋ねる。


「知り合いも何も、私の主人ですが……」


「え?」

「はい?」


「い、いや……えっ?」

「はい?」


 困惑するアーガスを、アルフレッドは無表情に見つめている。


「主人……だと?」

「はい、こちら、我がウィンローザ家当主にして、私の主人――リリィ・ウィンローザ侯爵でございます」


『「「え……ええぇーーーーーっ!!!」」』


 その場に居た全員の視線が一斉に集まる。

 私は精一杯、毅然とした態度を心がけ口を開いた。


「ご、ごきげんよう……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ