姉ちゃんの寝言が『公式以外のカプと夢主は認めない』なんだけど意味を教えてほしい
僕は雄大。小学校四年生。
今日はリビングで宿題をしようと思う。
高校受験勉強中の姉ちゃん、彩がこたつの天板に突っ伏して眠っていた。
「ふん……ありえない……リバなんて邪道……公式こそ王道、カプは固定だ……!」
「公式? カプ? 固定? 何の話?」
まったく意味がわからない。
中学の勉強ってそんな夢でうなされるほど難しい単語が出てくるのかな。
ぼそぼそと寝言を言い続ける姉ちゃんを観察する。
「……夢主は絶対に認めない……」
「ユメシュって何? じいちゃんが飲んでいる梅酒みたいなもの? 姉ちゃんお酒飲むの? だめだよ!」
母さんに相談しなきゃ。姉ちゃんが不良になっちゃったよ!
「母さん、姉ちゃんが寝ながら『カプ固定』『公式』『ユメシュ』とか言ってるんだけど、何? お酒の勉強でも始めたの!?」
母さんは一瞬固まり、次の瞬間、魔王みたいな笑いを浮かべた。
「公式こそ正史、そうねそれはそう。でも私は認めないわ! 死んでしまったライバルが生きてヒロインと結ばれるルートを見たかった! 正規カプでなく!」
「母さん?」
母さんが僕の両肩に手をおいて微笑む。
「雄大にもいつかわかる日が来るわ。なければ書けばいいの、推しが幸せになる分史、同人を」
「分子? 姉ちゃんはお酒でなく分数の勉強をしていたの?」
母さんは面白そうに笑いながら言った。
「お酒じゃないわよ。雄大、夕ご飯にするからお姉ちゃんを起こして」
「わかった」
僕はリビングに戻って姉ちゃんの肩を揺すった。
「姉ちゃん、 夕ごはんの時間だよ! 」
すると、姉ちゃんはびくっと体を震わせて目を開けた。
「寝ながら『公式カプは固定』とか『ユメシュ』とか言ってたけど、それ何の話? お酒飲むの?」
一瞬で姉ちゃんの顔が真っ赤になった。
「受験勉強の一環よ!」
「受験に『ユメシュ』とか『カプ固定』ってのが出るの?」
「……出るのよ! あんたにはまだ早い!」
そう言って、姉ちゃんは明らかに焦っている。
「姉ちゃんのノートイラストがたくさんだ」
「あっ! これは見ちゃダメ!」
姉ちゃんが描いたと思われる美少年複数人の絵と、何か漢字だらけの難しい単語がたくさん書いてある。
「これなに?」
「雄大は知らなくていいの!」
姉ちゃんは泣きながらノートを取り返し、二階に駆け上がってしまった。
「受験勉強って大変なんだな」
僕が姉ちゃんの謎言動の意味を知るのは、十年後のことだった。