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A curious lovely lunch

何だかんだと説得され、あたしは今、伯爵家で昼食に呼ばれている。

本来だったら、帽子屋の使用人に過ぎない私が伯爵家の方とランチをご一緒するなんて、ありえない話なんだけど。



同席しているのはクレスとラティカ。彼女はクレスやクレスのお兄さん達の銃やナイフ、体術の先生兼、伯爵家の用心棒らしい。道理で、格好も侍女さんやメイドさんなどとは違って、黒のパンツに白いシャツという動きやすい格好に、腰には銃を差していた。切れ長の藍色の瞳に浅黒い肌をして、黒金色の長い髪を後ろで一つに結んでいる。女性にしては背も高くて、隙が無い。女の人なのに『かっこいい』っていう形容詞がよく似合う感じ。



「う…わぁ」


クレスに案内されたテラスに用意されたテーブルを見て、思わず声が出た。


色とりどりに盛り付けられたサンドイッチ、スープ、フルーツ類が並ぶ。すっごくおしゃれでかわいくて、これを見て喜ばない女の子なんていないと思う。

両腕が痛いあたしのためにか簡単に食べられるものばかりだ。心遣いに感謝しつつ、夢のような昼食の席についた。









…そう、すっごく素敵なのだ。







………クレスの席の前の一部を除いて。




大きなボールに文字通り山盛りのグリーンサラダ。と、なぜかフルーツの盛り合わせ以外にクレス用に用意されたバナナ一房。


…1本ではなく、一房。……6本付いている。





私がサンドイッチを齧る傍らで、クレスは刻んだ野菜の山を豪快に切り崩していた。

しばらく呆気にとられつつ、気になったので聞いてみる。



「……クレスって、ベジタリアンなの?」

「いや、肉も魚も普通に食うけど、やっぱ野菜が一番体になじむっていうか」




…だからって、いくら成長期だからって、食べすぎじゃない!?

しかもバナナ一房って、どんだけバナナ好きなの!?




「この子『ウサギ』だからね」


ラティカがターキーサンドをほおばりながら言う。


「『ウサギ』??」

「タトゥーがあるんだよ。『三月ウサギ』の。アゼルんとこの大旦那にもあるだろ」

「あ、うん。………て、えぇ?」

「3歳のときに出てさ」


タトゥー持ってる人って、『役者』ってことだよね?この国にも数人しかいないんじゃなかったっけ?うちの大旦那様は特別にしても、普通に生活してたらあんまりお目にかかる機会もそうないと思うんだけど。

でも、目の前にいる少年はその世界に数人しかいない『役者』だという。



「たぶんこれの影響で肉や魚より野菜や果物が好きだし、走るのも人の何倍も速いよ」

「…ぶつかったら相手に脳震盪起こさせちゃうくらいにね」

「いや、マジで走ったらあんなもんじゃないって」


私の皮肉をさらっと流すと、フォークで串刺しにしたプチトマトを振りながら得意そうに笑う。




……被害者本人を前にして自慢するのはどうかと。




「あぁ、ちなみににんじんは嫌いだから」




……ホントにウサギなの?


半ば呆れながら、刻み野菜の山を片付けて2本目のバナナの皮を剥いている目の前の草食動物?を見た。






◆◆◆◆◆





………遅い。遅すぎる。


もうティータイムも終わろうという時間なのに、一向に帰ってくる気配がない。


レイズはイライラしながらキッチンで洗い物をしていた。



伯爵家から、アゼルが怪我をしたので手当てをして店に送り届ける、という知らせを聞いたときには驚いた。動けないとはどういうことだ。骨折でもしたのだろうか。そもそもどうして夫人に帽子を届けるだけでそんな動けなくなるような怪我をするんだ。アゼルは反射神経も悪くないのに。何があったんだろう。


想像するだけで青くなったが、それからそう経たず帰ってきた大旦那様にありえない事の次第を聞いて少し安心したのと同時に、その伯爵家の三男坊とやらに殺意が沸いた。

おそらく、以前伯爵夫人が来店したときに一緒にいた少年だろう。確かオレと同い年か、少し上くらいの。


…伯爵だかなんだが知らないが、アゼルに怪我をさせるなんて一度死んだ方がいい。





表の方で、急に人の気配が増えて会話が聞こえてきた。


弾かれたように拭いていた皿を放り出して、表玄関に走る。店舗内に入ると、大旦那と知らない背の高い女性が立ち話をしていた。その横にアゼルと加害者であろう少年。

他にも店内には二人ほど客がいるが、それぞれサーシャとロレッタが接客していた。



アゼルのワンピースの半袖からは包帯が覗いていた。


「アゼル!」


声をかけて駆け寄る。


「レイズ」


ごめんね、仕事ほったらかしちゃって、とかなんとか言っていたがそんなのは全て流して、包帯の具合を見やる。


「おまえ、大丈夫なのか?」

「うん…、あんまり力入んないかも」


アゼルは少し呆れつつ、困ったように苦笑した。


「血ぃ出たのか?」

「ううん、青くなっただけ。シップしてもらったの」


オレの問いかけに首を振って答える。その横に若干罰の悪そうな少年。その顔を見た途端、頭に血が上る。




生かしておくものか。




「てめぇ…っ」「レイズ!」


少年に食ってかかろうとしたところ、アゼルに止められた。他の人間も何事かとこちらに気を向けている。


「レイズ、お客様の前だ。向こうに行ってなさい。」


大旦那様にも止められ、アゼルが痛む腕で弱々しくオレの背中を押した。

アゼルに押され振り向きざま睨みつけると、そいつは生意気にもグレーの瞳で睨み返してきた。



「クレス、またね」

「ラティカさん、手当てしてくれてありがとう」


アゼルは少年と女性に一声かけると、オレを押してキッチンの方に向かった。










「お前なんであんなヤツと仲良くしてるんだよ!?その怪我あいつのせいだろ!?」

「もう仲直りしたし。ちょっと変な子だけどね」


キッチンに入るなりアゼルに詰め寄った。アゼルは飄々としてちっとも怒っている様子がない。

こいつのいいところでもあるが、困ったところでもある。


アゼルは自分のことに関しては、過ぎてしまったことに対して心が広いというか、あまり関心がない。自分を大切にしない、とも言えるかもしれない。余程のことでないと怒ったり、悲しんだりしないのだ。未然に防げることなら、それなりに全力で何とかしようとはするんだけれども、それも周囲に危害が及ぶかもしれない時に限られる。




「でも、もう終わっちゃったことだし」


そんな一言で薄く笑って流してしまう、子供らしくない子供だった。


…要するに、諦めが良過ぎるのだ。






だから、オレが代わりに怒ってやるんだ。


「もうクレスには怒ってないんだから、いじめたりしないでよ。一応伯爵家のお坊ちゃんなんだし」

「でもおまえ、名前呼び捨てにしてたろ」

「それは…、本人が、そうしろっていうから」


困った、という顔をして言った。


「それに、どうしてこんなに遅かったんだ」

「ランチをごちそうになって帰るって話だったんだけど、クレスがなかなか帰してくれないんだもん。お皿レイズが洗ってくれたの?」


片付いた流し台を見たアゼルが聞いてくるが、今はそんな話ではない。


「帰してくれなかったってどういうことだよ」

「なんかいろいろしゃべってて。ホラ、あたしたちクレスと全然違う生活してるから、面白いんだって。お皿洗い、明日代わるから」


怪我させたあげく、今まで延々引き止めていたらしい。


「使用人の生活なんて、お坊ちゃんが聞いても面白くないだろ。その手で出来んのか?」

「痛いは痛いけど…でもやらなきゃ。レイズばっかり働いても」


ほっとくとがんばり過ぎる。けなげと言うか、自分を大事にしないんだ。



「無理はすんなよ。きつかったらオレがやるから。伯爵だって何だって、おまえに怪我させるようなヤツは今度会ったらマジ殺す」







そうでなくたって、アゼルに近づく男はただじゃおかない。






「レイズ!ホントにやめてよ?クレスはあたしの友達なんだから」

「あんなヤツと友達になんてなるな!」


なんだってこいつはこんな怪我をさせられたヤツと半日で仲良くなれるんだ。




「レイズには関係ないじゃん!ぶつかったのだってわざとじゃないんだから」


…関係大有りだ。


「レイズもクレスと話したら絶対仲良くなれるよ」

「顔も見たくないね」



アゼルがこんなにしつこく言うのは、オレに前科があるからだ。…しかもかなり大量に。




まぁオレはこれっぽっちも悪いとは思ってないが。


二人が帽子屋に来てから、これまでも兄妹をからかったり、バカにしたりした近所の子供たちにはレイズがことごとく制裁を加えている。しかもこの3年間負け無しだ。その甲斐もあって、今では帽子屋の兄妹にちょっかいを出してくるヤツはほぼいなくなった。特にレイズを見ると3歩ほど後ずさる連中は多い。



ようやく銃の使い方も慣れてきたし、今度あいつに会ったら片足くらい打ち抜いてやってもいいかも知れない。

11歳の少年にしてはかなり物騒な事を考えながら、アゼルを残して部屋に戻った。











アゼルを守るのはオレだ。アゼルはオレのたった一人の妹なんだから。




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