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Swear in as your...

あ、と思ったときにはもうぶつかっていた。







2回転くらいしてようやく止まる。







「……っつっーー、いってぇ……」


「アゼルっ」「坊ちゃん!」






頭を振りながらなんとか起き上がる。マダム・ジーナが鬼の形相で駆け寄ってきて、オレをひっ立たせた。




「だからあれほど止まりなさいと言ってるんです!!!人に怪我をさせてからじゃ遅いんですよ!?ほんっとにあなたって人はいくら言っても聞きやしないんですからウサギが聞いて呆れます!ウサギの長い耳はお飾りですか!?ほら、ご覧なさい!!」



マダム・ジーナは一気にそうまくし立てると、オレを乱暴に、今さっきぶつかった子に向かせた。


耳元で大声を出されて耳鳴りがする。ウサギよろしく、耳もいいのだ。




3歩前には、濃い緑色のワンピースを着た女の子がうつぶせで倒れていた。銀のゆるくウェーブのかかった髪が散っている。












…全然、動かない。

















耳鳴りが止んで、顔から血の気が引いていくのがわかる。急に怖くなった。




母さんも部屋から出てきて、使用人を呼んでいた。


「頭を動かさないように」


使用人が駆けてきて、足の悪い帽子屋に変わって使用人が二人がかりで向かいの客間に運ぼうと慎重に抱き上げた。


抱き上げられて上を向いた少女の顔は、蝋人形のように真っ白だった。





それから、マダム・ジーナと母さんからこってり絞られた。もう二度と廊下でダッシュはしないと約束させられる。

オレはおとなしくうなずいて謝った。


だがそんな間にも、脳裏にあの少女の白い顔が焼きついて離れなかった。






あの子は大丈夫だろうか?打ち所が悪くて、もう目を覚まさなかったらどうしよう?






「ちゃんと聞いているんですか!?」


半ば上の空になっていることをさらに咎められ、もう悲しいやら、情けないやら、恥ずかしいやら、気持ちがぐちゃぐちゃで目に涙が溜まってきた。


「マダム・ジーナ」


情けないことに声が震えてくる。


「あの子、ちゃんと目ぇ覚ますよね?」


一粒こぼれそうになった涙をシャツの袖でゴシゴシこする。


「大丈夫ですよ。ただの脳震盪みたいですから。体に痣はできるでしょうけどね」


マダムが少しだけ表情を緩めて言った。最後はやや嫌味っぽく。


「全く、使用人とはいえレディの体に傷をつけるなんて、紳士の風上にも置けませんわ。彼女の意識が戻ったらちゃんと謝罪なさい」


普段全然怒らない母さんが、呆れてものも言えない、と言う風に続けた。視線が痛い。いたたまれなくなる。


「…はい」





項垂れて部屋を出ると、すぐさま少女が運び込まれた部屋に向かった。


三男とはいえ伯爵家に生まれた男として、紳士たるもの女性に対してどういう振る舞いをすべきかは物心が付いたときから叩き込まれている。


わざとではないにしろ、敵でもない女性を傷つけるなんてタブー中のタブーだ。





…オレって最低だ。





ドアの前で思わず自己嫌悪のため息をついた。


…もう目を覚ましただろうか?


大きく深呼吸を一つして、遠慮がちにノックをしてドアを開けると、ラティカがいた。女性ながら、我が家の用心棒兼自分たち兄弟の格闘全般の師匠。応急処置の心得もあるので、医師を呼ぶまでも無い怪我などは、ほとんどの場合彼女が診てくれる。


ベッドにはあの子が寝ていた。




「その子、具合……どう?」


「もうすぐ起きると思いますよ。廊下がカーペット敷きだったのが幸いして骨までは逝ってませんね。まぁ青タンはあちこち出てくるでしょうが」



恐る恐るベッドの脇に近づく。

床に散っていた銀髪が、日に当たってキラキラ光っていた。眉もまつげも白に近い銀で、頬骨の辺りには少しそばかすがある。たぶん年は、オレのちょっと下くらい。

一瞬でよくわかんなかったけど、瞳は青っぽかった気がするな。帽子屋に女の子がいるなんて知らなかった。あの帽子屋の孫だろうか。でも、自分の孫が倒れたにしては全然動じた風ではなかったし、やっぱりただの使用人か。














………どうしよう。めちゃめちゃカワイイぞ。

















「あんまり見てると穴が開きますよ」




ハッとしてラティカを見上げると、目を細めてニヤリと笑われた。

なんだか心の一部を見透かされたような気がして、急にどぎまぎする。


「嫌われないように、しっかり謝ることですね」


顔が熱くなってくるのを感じて、ぷい、と横を向いた。

ラティカはくすくす笑いながらオレの横顔を見て、


「あぁ、そこ擦りむいてますね、消毒しましょう」


といって薬箱を取りに行ってしまった。




部屋に二人きりで取り残される。


…ラティカがいない間に目を覚ましたらどうしよう。


そんな不安が胸を過ぎるが、コレと言って出来ることも無く、ただ枕元の椅子に座ってラティカが戻るのを待つ。


何をするでもなく、意識の無い少女をまじまじと観察してしまう。

寝顔にかかっていた髪をそっとよけてみる。



アゼル、とか言ってたな。

目を覚ましたら、なんて言おう。口利いてくれるかな。怒るかな。泣かれるかも知れない。

…泣かれるくらいだったら、まだ怒鳴られた方がマシだな。


実際、女の子に泣かれるのはすごく、すっごく苦手だった。たとえ相手のほうが悪くても、泣かれたら最後、どうやっても男の方が悪いことにされてしまう。どうしたらいいのかわからなくなるし、いたたまれない。周りに人がいたらなおさらだ。あれは反則だと思う。

…でも今回ばかりは自分に非があるのだから、しっかり謝らないと。男が廃る。




そんなことを考えていると、小さくノックの音がしてラティカが戻ってきた。


膝やら、手やら、あちこち擦りむけていたが、そんなことは日常茶飯事で全然気にも留めなかった。と言うより、全然それどころじゃなかったから気づかなかったんだ。認識した途端じくじくと痛み出したそれらに、ほんの少しだけ眉をひそめる。


「…ラティカは、怒ったり呆れたりしないのか?」


淡々と傷に絆創膏を貼ってくれるラティカに聞く。怒るでもなく、呆れるでもなく、師匠はいつもと全く変わらない調子で少しだけ口角を上げて微笑んでいる。

返ってきた答えは至極あっさりしたものだった。


「もう奥様やジーナさんに十分怒られたでしょう?」


私まで怒る必要はありませんよ、と言って最後の絆創膏をぺしっと貼り付けた。


「痛っ」


傷を叩かれて思わず声が出る。



「ちょっと外しますので、目が覚めたら呼んで下さいね」


と言い残し、ラティカはまた部屋を出て行った。




…ちょっとって、どれくらいだよ。






一つ息を吐いて、ベッドサイドの置時計とにらめっこを始める。


大人は、時間の流れは変わらないというけれどそんなの絶対嘘だと思う。ラティカが出て行ってからまだ5分しか経っていないじゃないか。こんなにじりじりと長い時間、目覚めなかったらどうしよう、という焦燥感と戦っているのに。今この時は、マダム・ジーナの講義の時間同様引き伸ばされているに違いない。

今のこの5分と、兄貴と暖炉の前でベッドに入る時間ぎりぎりまでカード勝負を粘るラスト5分が同じ長さだなんて、決して認めない。


またベッドの上に目を移す。

白銀の長い髪と、血の気の引いた紙のように白い顔。



白いベッドと相まって、


……真っ白だな。



人一人寝ているのに、こんなにも、色が無い。窓から差し込む光が更に白さを助長している。上掛けから僅かにのぞく深緑の襟元と、サイドボードの木目が余計濃く映る。



なんだか、人形みたいだ。呼吸しているのか不安になる。



………本当に生きているのだろうか?




ふと心配になって椅子から腰を浮かし、顔を近づける。


ふわっと、何か、お菓子みたいな甘い香りが鼻をかすめた。

途端、心臓がぎゅっとなる。なんだろう。







ようやくラティカが戻ってきた直後。



ベッドの中の少女が身じろぎして、ゆっくり、目を開けた。









瞳は菫の花を写したような、青みの強い紫色だった。









◆◆◆◆◆



ラティカに呼ばれて隣の部屋から戻ってみると、アゼルのワンピースの袖から痛々しい包帯が覗いている。


やっぱり、床に強打した右腕がひどい青タンになったらしい。


半ば無理矢理ランチに誘うと、少し困ったような顔をした。


「…ダメか?」

「今日はまだ、帰ってやらなきゃいけない仕事があるの」

「でもどっちにしろ、ランチは食べなきゃだろ?食べたら馬車で送るよ」

「腫れが引くまではあまりきつい仕事はできないよ、どうせ」


ラティカに言われて、アゼルは本当に困った、という顔をしてうつむく。

しばらくアゼルは、帽子屋での仕事を休んだり、減らさなければならないだろう。


…オレのせいで。また沈みそうになる。


「帽子屋には連絡しておくから、今日一日ゆっくりしていきなさい。クレス坊ちゃんの話相手になってやって」


ラティカが意味ありげにニヤリと笑った。


「…嫌でなければね」



そんなラティカを見上げ、これ以上意地を張ってもしょうがないと思ったのだろうか、小さくひとつ息をついて。



「…はい。じゃあお言葉に甘えさせていただきます」












……初めて、アゼルが笑った。



また顔に少し血が上る気がしたが。













ベッドから出て靴を履くと、アゼルの背はオレの肩より少し高いくらいだった。



「アゼル」


オレはベッドの脇に立ったアゼルに片膝で跪き、彼女の左手を取って真剣な顔でアゼルの目をしっかり見て、言った。


「アゼル嬢、この度のあるまじき無礼、なにとぞ、お許し願いたい」


アゼルはきれいな目を見開いて驚いている。




頭を垂れて、華奢な左手に額を付け、許しを請う。





「えっ……あ……」


いきなり跪いて格式ばったことを言い出したオレに、アゼルは戸惑っているようだ。

だが深呼吸を3回して、真面目な声で答えてくれた。


「……許します。クレセント。お顔を上げてください」










―――そして何者にも、あなたを傷つけさせません。




ぱっと顔を上げると、緊張で若干こわばった顔のアゼルがオレを見下ろしていた。


目が合って、ニッと笑うとアゼルも破顔した。




















……あぁ、やっぱりカワイイ。














―――Why can't we hear the sound of falling in Love?―――



マダム・ジーナが「ウサギ耳はお飾りですか!?」的発言をしてますが、ウサギ耳なんて生えてません。この国の住人は姿形は全員ちゃんと人間です。

…たまに能力規格外がおりますが。

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