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A bloody fairytale 3

ご無沙汰してます。

その後から、母親はそれまで以上に子供たちに辛く当たるようになった。


理由は簡単だ。

子供たちが仕事を手伝わなくなった。否、手伝ってはいるのだが仕事量が明らかに減ったし、失敗があからさまに増えた。

特にアゼルは明らかに様子がおかしくなった。表面上はいつもと変わらない風だったが、お皿を落としたり、いきなり独り言を言ったり、ろくに手伝いをしなくなった。

忙しい両親に代わってレイズがアゼルの面倒を見る。今まで以上に目が離せなくなり、レイズも手伝いを出来なくなる。元々子供たちを労働力の足し、くらいにしか思っていない両親から疎まれるのは当然であった。


そうであっても、アゼルはどうしたんだとは聞いてこない。


両親も薄々感づいてはいるんだろう。

聞いたが最後、開けてはいけない箱を開けてしまうことを。




そんなある日。


数日前からいつも以上に両親は忙しそうにしていた。レイズもアイロンに水を足したり、母親に言われた色の糸を揃えたりと忙しく立ち動く。それまでにアゼルが手伝っていた床に散らばった糸くずの掃除もレイズの仕事になった。

その間誰も面倒を見れなくなったアゼルは作業場の隅で絵本と積み木を与えられて遊んでいた。だが、日がな一日となれば僅か六歳やそこらの子供の辛抱は続かない。ましてや情緒不安定から脱していない状態だ。

ぼーっとしてみたり、レイズの後をついてみたりとむしろ邪魔になっていた。


忙しない一日も終わりに差し掛かり、作業場のランプに火が入った。布や紙など燃え易いものが多い作業場はランプが高いところにあるので、レイズは椅子を移動させながら一つ一つ火を点けていく。本来なら両親のどちらかがやるのだが、手が離せないと先日からレイズの仕事になった。そして最後のランプの下に椅子を置き、上がろうとした時。


「お兄ちゃん、あたしやるー」

「危ないからだーめっ」


とてとてと近寄ってきたアゼルから火種を遠ざけて小声で言い聞かせる。

あっちへ行っててと言う言葉に唇を尖らせたが、聞き分けよくクルリと向きを変えたアゼルにレイズは今度こそ椅子の上に上がり火種を手に取った、その時。


パンッと乾いた音が背後で響き、ほぼ同時にガタガタっと作業台が動く音。


「いい加減邪魔ばかりするんなら出ていきな!あんたみたいな子なんていらないよ!」


毎日聞いても慣れることなんてない怒声に身が竦む。


バッと振り返ると、アゼルが作業台の下に倒れこんでいた。

作業台の脚に、くの字に張り付くように横たわるアゼル。

全身が総毛立った。


「やめろ!」


更に足を振り上げた母親に、気がついたら手に持っていた種火を投げつけていた。

それはただ咄嗟に彼女の動きを止めようとした行為だったが。

宙を舞った小皿は母親の上腕に当たって跳ね返り、作業台に広げてあった生地の上には油と、油を染み込ませた綿が落ちる。


次の瞬間、上がる火柱と母親の悲鳴に弾かれるように椅子から飛び降り、アゼルを作業台の下から引っ張り出す。ぐいぐいと引っ張って気が触れたような声を上げる母親から遠ざけた。

振り返ると母親の腕に点いた火はメラメラと這い上がって自分と同じ色をした髪に燃え移っており、それを見たレイズは怖いと思うより先になぜか妙に納得した心持ちになった。燃えるような色の髪が本当に燃えていたところでさして違和感もなく、むしろ今までどうしてこうならなかったのかが不思議なくらいだった。

呆然と、けれど冷静に見つめる先で、父親はそれを消そうと手近な布を半狂乱になって暴れる母親に叩きつけていた。


ただでさえ燃えやすいものばかり置いてある作業場は、瞬く間に火の海になった。熱波に顔を炙られ我に返ると、掴んでいたアゼルの手を引っ張り出口に向かって一目散に駆け出した。







◆◆◆◆◆







最後のお別れを、と言われてもかける言葉なんてない。


何回かだけ教会に行ったときに遠目に見たことがある牧師に連れられて、王都の外れにある墓地に来ていた。


酷く醒めた目をした少年は無言で二つの棺を眺めていた。

結局あの後実家は全焼、両親は助からなかった。焼け落ちた家を捜索して大人の遺体二つが上がったが、大人たちには見ない方がいいと言われたので遺体は確認しなかった。普通に考えて両親であることに疑いはないし、あの夜から姿が見えないので本当に死んでしまったのだろう。

だから、役所が事務的に整えてくれた目の前にある棺二つの中身が本当にあの両親かどうかなんて分からない。


初めアゼルは両親がいなくなったことを理解できていなかったようだったが、事態を飲み込むと、一晩泣いた。

レイズは無性に腹が立った。自分のシャツにしがみ付いて泣くアゼルにも、あっさり死んだ両親にも。

毎日のように怒鳴られ、時に叩かれ、あれだけ邪険にされた。物心ついた頃から可愛がられた記憶はほぼ無いと言っていい。いてもいなくても大して変わらないだろう。


ひとしきり泣いたアゼルは、起きている時は周囲の大人たちに向かってむしろ情緒不安定などなかったかのように普通に振舞っていたが、夜は悪夢にうなされた。

せめて幸せな夢が見られるように、毎晩枕元でレイズはアゼルに幸せだった家族生活、両親との別れを吹き込んだ。

それこそ現実とはかけ離れた、夢物語のような。


アゼルがこんなに苦しんでいるのに。

誰も守ってくれない。

遂には世界でたった二人だけだ。


夢見の悪い妹を抱きしめながら、絶対に離れまいと、一生守るのだと少年は小さな胸に悲壮な決意をした。




事務的な葬儀のあと、墓守が棺を埋めるのを見守るのはレイズとアゼルのみ。

夕暮れ時の墓地は他に人影も無く、スコップで土を掬う音は遠く響く前に地面に還り浸み込んでいく。


「随分とさみしいのう」


それまで気配も感じなかったところに、しわがれた声が落ちた。驚いて振り返ると、一人の身なりのいい老人がやや離れたところに佇んでいた。


「親御さんか」

「火事で丸焼けですよ」

「外側はどうでも」


スコップを動かす手を止めて、墓守が老人に言葉を返す。機知の仲なのか、ゆっくりとこちらに近づいて来た老人は、つい今しがたまでいなかったはずだ。レイズは警戒心も顕わにアゼルを背後に庇った。

そんな少年を目を細めて見やり、老人は墓守に話しかけた。


「どうだったかの?」

「まぁまぁってとこですな。両方ともいけますよ」

「…身内はこの子らだけか?」

「らしいですな」


墓守の話を聞き二、三頷くと、老人はゆっくりと子供たちの方を向き、目線の高さを合わせた。


「年はいくつになる?」

「…八歳」

「お嬢ちゃんは」

「…七つ」

「行くあてはあるのかね?」

「……神父様が、孤児院に行くようにって」


家を無くし、親を亡くしたレイズたちは引き取り手もなく、孤児院に行くことが大人たちに決められていた。

不安が無いかと言われれば嘘になる。

けれどあの家に安心があったかと聞かれればそれに対してもすぐ首を縦に振ることが出来ないレイズは、保護された先の教会で修道女の話を淡々と聞いていた。


目の前の老人を睨みつけながらレイズは言葉少なに答えた。

その視線を真っ向から受け止め、なぜか目を細めると今度はアゼルに声をかけた。


「お嬢ちゃんは、お母さんのお手伝いはしていたかの?」


兄の背から顔半分だけ出していたアゼルがこく、と一つ頷いた。

ふむ、と数秒黙った後、老人はレイズに声をかけた。


「お兄ちゃんとお話があるんだが、いいかね?」


墓八つ分ほど、姿は見えるが声が届かない距離まで離れてから老人は口を開いた。


「妹と二人でわしの家で住み込みで働かんかね」

「…どうしてですか」


いきなり初対面の子供のどこが気に入ってそんなことを言い出すのだろう。

訝って問うたレイズになぜか老人は満足そうに頷き、話を続けた。


「店で急に辞めた人間がいての、代わりを探していたのだよ。通いで来ていたのだが、子供でも二人でなら同じ仕事量を出来るかと思っての」

「何をやるんですか」

「なに、従業員の食事の準備や洗濯の手伝いと、職人の雑用聞きとかかの」

「職人?」

「わしの店は帽子屋での。帽子を作る職人が三人ほどおる」

「帽子屋…」

「住み込みだから部屋や食事も保障する。孤児院に行くよりは大人になってからも役に立つと思うが、どうかね?」


言われたことを頭の中で反芻する。

住み込みで働くということは、それこそ朝から晩までこき使われるかもしれない。母親みたいな怖い人がいれば、またアゼルの具合が悪くなってしまうかも。

これを断って孤児院に行けばどうなるか。ご飯はちゃんと食べさせてもらえるのだろうか。やはり朝から晩まで働かされるだろう。学校に行けるとも思わない。


「…学校には、行けませんよね」

「勉強がしたいのかね」


したいのだろうか。自分でも良くわからない。


「行ったことがないので行ってみたいんです」

「読み書きは」

「出来ません」


そんな暇、あの家にはなかった。


「そうか」


ふむ、と一つ頷くと、老人はこう切り出した。


「学校は無理かも知れんが、合間を見て基本は教えてやろうの。読み書きも計算もいずれ店に立つのに必要になる」


なんと勉強も教えてくれるらしい。

二の腕の辺りがざわざわする。まだ八歳のレイズも不安になるほどのこんなうまい話、絶対なんかまだ隠していることがあるに決まっている。

この老人に着いて行っても大丈夫なのだろうか。今口ではそう言ってても、蓋を開けてみれば馬車馬のようにこき使われるのだろうか。


幼い顔にらしからぬ表情を浮かべ黙りこくるレイズに、老人はやはり口元に笑みを浮かべたまま聞いた。


「信用出来んかね」

「なんか、」

「そうさの、世の中はそううまい話なんぞそうそう無い」


深く頷きながら笑みを深めた老人は更に続けた。


「それをその歳で感じ取るお前さんはなかなか見所があると思っておるよ。だから、わしと取引をしよう」

「…取引?」

「左様。わしはおぬしら兄妹に生活の場と仕事、勉強もつけてやろうの。だからおぬしらは」


レイズは我知らず一歩後ずさる。

不気味だ。何がとはわからないが。


「あの両親の首をわしに譲ってはくれまいかのぅ」





今年中に完結できるか怪しいです。ほんとはもうちょっとなのに。気長にお気に入り外さないでいてくれる皆様に感謝です。

今の状況が終わればまた。。。忙しいか。。。完結は無理でも今年中に昔話は終わらせたい!

…頑張ります。

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