A bloody fairytale 2
バレンタインにさっぱり相応しくない続きをどうぞ。
その後、納屋でジャックの死体が発見された。
粉を挽きに来たパン屋の少年が見つけたらしい。治安もそこまでは悪くないその界隈で、降って湧いた殺人事件に、街の空気が一時騒然としたのがわかった。
レイズの家にも兵隊が聞き込みに来た。
相変わらず忙しそうな母が戸口で応対しているのをそっと扉の陰から覗き見ると、会話の切れ端が聞こえてきた。
「滅多打ちに…」
「………気をつけ…」
「…犯人は…」
いきなり母が振り返り、反射的に首を引っ込めた。
「レイズ!」
暗い室内だ、レイズがここにいるのは気付いていないんだろう。家中に響く大声で呼ばれた。
「なーにー!」
「ちょっといらっしゃい!」
足音を立てないように部屋の奥まで進んで大声で返す。
一呼吸深呼吸をして、殊更ゆっくりと玄関に向かった。
「どうしたの」
「あんた先週の樹木の日って川に行っていたわよね?」
いつものようにイライラした声が降ってくる。
母は背が高く、酷く痩せて焦げ茶色の瞳だけがやけに目立つ人だった。
レイズが譲り受けた深紅の髪はいつも頭の上でひっ詰められ、レイズは機嫌の悪い母を見る度に、いつかアゼルに読んでやった絵本の挿絵にあった噴火した山を想像した。
「うん、行ったよ」
「水車小屋の方には行かなかったかい?」
来た。
心臓が飛び出そうなのを堪えて首を振る。
「ボク」
兵隊がしゃがみこんで目線を合わせようとしてきた。
「なにか普段と違うことはなかったかい?例えば大声を聞いたとか」
「………ううん、」
元々下げていた目線を更に下に向けて、兵隊の方を見ないようにした。
目が合えばバレてしまうと思ったから。
「見たことがない人を見かけたとか」
「…別に見てないよ」
それ以上は頑なに口を閉ざした。
兵隊が来た日の夜。
その日の夕食はレイズが用意した堅いパンと安く買った腐る寸前のトマトと葉物野菜が少し浮いたスープ。心ここに在らずの状態で作ったスープは味付けに失敗したらしく、各々が自分の皿に塩を足していた。
夕食の後、テーブルを立つ前に珍しく父が子供たちを呼び止めた。
「何か隠していることはないかい?」
「…なにが?」
首を傾げて聞き返した息子を、探るような青紫の目。自分とアゼルに遺伝したそれは母親のそれと比べて大分柔らかかったが、柔らかい分だけ弱かった。些細なことで金切り声を上げる母親を諫めることはなく、いつも叱られる子供たちを気遣わしげに眺めているだけ。
レイズにとっての父親は、お世辞にも頼りになる存在とは言い難かった。
「何か言いたそうじゃない?」
「…どうして兵隊さんが家に来たの?」
兵隊が帰った直後に母親に聞いたが、「はやくアゼルと買出しに行っておいで」とはぐらかされた。
だから、分かってはいるけれど本当は知らないのだ。
だが父親もレイズのその質問には瞬間目を泳がせた。
「樹木の日に、水車小屋の傍に行かなかったかい?」
「行ってないよ」
繋いでいた手に力を込める。
アゼルには、あの日のうちにこのことを聞かれても誰にも絶対喋ってはいけないと、堅く言い含めてあった。
それを思い出したのかアゼルは銀の頭をこくりと頷け、そして兄の背中に引っ付いた。
「あの日は、アゼルが転んで上着がびしょびしょになったから僕のを着せて帰ってきたよ」
「そうなのかい?アゼル」
「うん……」
下手に突っ込まれる前に、聞いてみる。どこまで教えてくれるだろう。
「さっき、兵隊さんには知らない人見なかった?って聞かれたけど」
「早く寝る準備をしなさいっ!」
けれど間髪置かず母親が怒鳴り、さっさと部屋に引っ込むことにした。ぐずぐずしていると酷いことになる。
「レイズ」
去り際、父親に呼び止められる。
束の間自分と同じ色の目を覗き込んで、父親はそっと囁いた。
「何か困ったことがあったら、お父さんに言うんだよ、いいね」
言ってどうなるんだ。
ジャックは生き返らないし、アゼルは今夜も泣くんだろう。
レイズに悔しいことがあっても、悲しいことがあっても、どれだけ母親に怒鳴られていてもこの父親は話を聞いてくれるだけで助けてくれたことなんて一度も無い。
「…うん」
ほら、おやすみ。と促され、背中に父の視線を感じながらアゼルの手を引いて子供部屋に下がる。
誤魔化しきれたのかどうかは、分からなかった。
毎夜すすり泣く小さな肩を擦ってぎゅっと抱き込んで眠る。
あの日から、ベッドに入ると必ずと言っていいほどぐずり出すようになった。母親は呼べない、呼んでも明日も朝早いからいい加減寝なさいとキツい一瞥をくれていくだけだ。
だからレイズは幸せな話をする。絵本で見たお菓子の家や、空に伸びる蔦を昇って雲の上に住む話。
漸く寝付いた頃、広がった銀髪を撫で、怖い奴らは皆お兄ちゃんがやっつけてやるからな、そう囁く度に悔しさがこみ上げた。
だから、アゼルは何も心配しなくていいんだ。
むしろ、全部忘れてしまえばいい。
昔話はもうちょっと続きます。