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A bloody fairytale 1

お久しぶりです!間に合った!

年を跨いで昔話を一つ。

二人が帽子屋に引き取られるまでのお話。


そしてタイトルの通り、スプラッタ注意報発令&犯罪描写ありです。

苦手な方は、腹に力を入れて読むか片目を瞑るかして読んでください。

それでも無理そうなら、避けて通ってくださいまし。

レイズは城下町の片隅の小さな洋服屋に生まれた。


当時のレイズはその実情を知るには幼すぎたが、商売が下手だったのか洋服屋としての腕が良くなかったのか、今振り返ってもわかることは家計はいつも火の車だったということだ。

両親はいつも明け方から夜更けまで仕事に追われ、レイズは両親に遊んでもらった記憶がない。それどころか本来なら地域の学校に通う年齢になる頃には、妹の面倒を見ながら下仕事に駆り出される日々を送っていた。

それでも食事を抜かれることは無かったし、全然構ってくれない両親に代わって可愛い妹の相手をするのも苦ではなかった。むしろ積極的に簡単な仕事やお使いを引き受け、妹と二人で外に出た。

忙しさと貧しさによって余裕というものが欠片もない大人たちから、妹を遠ざける為に。




昼食の後片付けをすると、レイズは二歳年下のアゼルを連れていつも通り近くの川に向かう。

着分に裁断した大量のシーチングを水通しして糊を落とし、予め縮ませておく。仮縫いの後に収縮して寸法が変わらないようにするためだ。

洗濯物が流されないように柵で覆われた水場で川に浸し、ずっしりと重くなった生成りの綿布を近くの低木に器用に引っ掛ける。最初は手こずった重労働も、連日となれば要領を得たものだ。

そこまで出来れば後は乾くまでの間アゼルと一緒に川で遊び、頃合いを見て取り込んだシーチングを来た時と同じ様に大きな籠に入れてアゼルと二人で持って帰る。

その日も前の日と同じように家に帰ったら二人で簡単な夕食の支度をする、はずだったのに。


「アゼル、もう帰るよ」


最後の一枚を籠に入れて、レイズはふと辺りを見回した。

ついさっきまで後ろで川岸の石を弄っていたのに。


「アゼル?」


すぐ返って来るはずの声がしない。

素早く周囲を見回すが、銀色の髪をした幼女の姿はどこにも見当たらない。


「アゼルーっ!」


川の水音だけが辺りに響く。


急に心臓が早鐘のように五月蝿くなった。川に駆け寄って水底を覗き込む。

川に落ちたのか。いや、水の音はしなかったから、きっと違う。大丈夫だ。

大丈夫、大丈夫。

呪文のように自分に言い聞かせる。

大きく息を吸って吐く。吸って、吐く。

…川に落ちたのでないとすれば。


じゃあどこに行った。

家に帰ったのか。一人で?

毎日二人でえっちらおっちら重たい籠を抱えて帰るんだから、それもないだろう。

何かに気を取られて離れてしまったか。

アゼルは何か気になるものがあると、勝手にどんどんそっちに行ってしまう。

だから、買い物に行く時はいつも手を繋いで歩くのだ。


レイズは川の周囲を探した。

きょろきょろと左右を見渡し、隠れられそうなところはいちいち覗き込み。

川上の方はすぐに行き止まりだ。眼鏡橋の石組みが水面間際までせり出している。

回れ右をして、今度は川下の方に向かった。


草の生い茂る河川敷を、名前を呼びながら進む。

元いた場所からは大分下ったところに、川の流れを利用して粉を挽く水車小屋があった。子供だけで中で遊ぶのは危険だからと、大人たちに出入りを禁じられていた場所だった。

そのいつもはきちんと閉まっている水車小屋のドアが、その日はほんの少しだけ開いていた。


レイズはそれを見とめると、僅かに眉根を寄せた。

きっとあの中に隠れているんだ。あそこは危ないから、入っちゃダメって言われているのに。

いつもなら、言いつけを破るなんてしない子なのにどうしたんだろう。

心の片隅に湧いた靄に顔を顰めつつ、口元は弛む。


心配させた罰だ、驚かしてやろう。

出来るだけ足音を立てないように、そっと扉に近づいた。

聞こえるのは川の水音と時々水車の軸が鳴る音、遠くからかすかに流れてくる喧騒。

扉まであと数歩のところまで来た時。

中から何か低い声が聞こえ、レイズはぴたりと足を止めた。


何を言ったのかまでは分からないが、その様子から楽しそうでないことは伝わってくる。

続いてガサガサと干草が鳴る音がした。

誰か、違う人がいる。

アゼルはここにもいないのかも知れない。いや、むしろいないで欲しかった。

視界の端に立てかけられた干草用の小鋤を捉えつつ、レイズは息を殺しながらそっと中を覗き込んだ。


窓は全て木戸が下ろされていて、水車の天井脇の隙間からの明かりのみが差し込む中はさほど暗くないが、外の明るさに慣れた目には随分暗く感じた。

目を眇めながら視線を屋内に走らせる。

小屋の半分近くを占領する大きな石臼とその後ろの水車、傍らに積み上げられた干草の山。その大部分が茶色がかった色彩の中で、目に飛び込んできたのはくすんだ青色の男の後ろ姿。


一瞬でその見知った背格好がフラッシュバックする。

あれは、家と同じ通り沿いの店で働いているジャックじゃないか。正確な年齢はわからないが、まだ大人ではないはずの。果物屋で働く彼が、水車小屋に何の用だろう。

そしてどうして干草の上で四つん這いになっているのか。

ハズレだと落胆する気持ちを上回る不安感に、訝りながらも覗いていたレイズの視線を完全に釘付けたのは、その地面に着いた両膝の間から覗く小さな足だった。


その良く知った靴を見とめた瞬間。


レイズの世界は真っ赤に染まった。




















そこからしばらくのことはよく覚えていない。

気が付くと戸口のすぐ横に立てかけてあった小鍬を握りしめて肩で息をしていた。

耳の中がガンガン五月蝿かった。


レイズの最初の一撃を食らい、振り返った男はやはりジャックだった。

けれどその時の彼は果物屋で見かけた愛想のいい様子とは全くの別人で、その目は血走って口元は歪に歪んでいた。

ただ怖かった。

まだ八歳のレイズに彼の目的ははっきりとはわからなかったが、彼の下にいたアゼルを見た瞬間、頭より先に体が動いていた。

アゼルに危害を及ぼそうとしたことだけは、確かだったから。

ならば敵だ。

だから遠慮なく、力いっぱい得物を振り下ろした。




今はうつ伏せて倒れているが、その周囲に散らばった干草が徐々に茶色く変色していく。

立ち上る血の匂い。干草の上に転がった青い胴着が、どす黒く斑に染まっていた。


「…っ うわぁっ」


はた、と我に返り握り締めていた小鍬を放りだし、尻餅をついた。

そして同じ高さになった目線の先には。

脇にへたり込む、恐怖に染まった自分と同じ色の瞳。零れんばかりに見開かれた青紫は、薄暗い中では濃紺に見えた。

破けたブラウス、涙でぐしゃぐしゃになった顔。目の前で起きた凶事に、認識が着いてこないのか大きな目を更に見開いて呆然としていた。

叩かれたのか、左頬が赤く腫れ鼻血が出ている。


頬に散った紅が、異様に鮮やかに見えた。






アゼルも怪我をしたかと肝を冷やしたが、鼻血以外の紅いそれは全てジャックのものだった。

呆けて魂が抜けたようなアゼルの体を検分し、抱き締めて大丈夫、大丈夫、と繰り返す。

見ると、自分も着ていた黒いシャツは更に黒い染みがたくさん出来ていた。




ジャックが起き出さない内に、腰の抜けていたアゼルをなんとか納屋から引っ張り出し元いた場所まで戻った。

水辺まで連れて来て呆けた顔を叩き、水をかけて目を覚まさせる。ここまで引っ張ってきても、まだ焦点を結んでいなかった目に無理やり自分を写し込んだ。


「…お、にいちゃ」

「痛いとこないか?コレ脱ごうな、汚したってバレたら怒られる」


ぐちゃぐちゃになった服を脱がせて川でざぶざぶ洗う。が、水に浸けただけでは全然きれいにはならなかった。


親には知られてはいけない。

どうやって誤魔化したらいい。どうやったら。


自分の黒いシャツも汚れた部分を水で洗ってアゼルに着せた。黒だから、多少汚れてても目立たないだろう。自分は上半身肌着だが、アゼルのあの汚れた服では母親に絶対叱られる。あれはどこかに隠しておいて、明日石鹸を持って来よう。


「おにいちゃ、あ、ジャック兄…」

「アゼル」


今更のように震えながら切れ切れに言葉を紡ぐ。

頭半分下にある青紫からぼろぼろ涙が零れるのを両手でごしごし擦って、ぎゅっと抱き締めた。


「怖かったな」


自分にしがみ付く様にして泣く妹の乱れてしまった銀髪を撫でながら、もう一度聞く。


「痛いとこないか?」

「…ほっぺ」


殴られた赤く腫れた頬が痛々しい。冷やしてやらないと。


「他には?」

「…」


自分に押し付けたままの頭をふるふると振って、頬以外痛い場所はないことを伝えてくる。


「もう怖くないぞ、ジャックはやっつけたからな。兄ちゃんがついてる」


大きく頷いて一層強くしがみ付いてきた。


胸の奥がぐらぐらと煮え立っている。


大切な妹を傷つけたジャックへの怒り。

それと同じくらいに、自分に対しての不甲斐無さ。


どうしていなくなってすぐ気付かなかった。

どうして見つけられなかった。

どうして目を離したんだ。

どうして。


震える背中を撫でながら、奥歯を噛み締める。


同じ失敗は、二度と繰り返さない。


あとがきは活動報告にて。

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