The next Death
またもや大分ご無沙汰してます。。。。(土下座)
コロコロと角の無い笑い声が響き、女王はさも嬉しそうに口角を吊り上げる。
レオナルドは鷹揚に微笑み、ウォルターは一人で片付けを続けていたが意識は完全にこちらに向いているのがわかる。
騎士と侍女は相変わらず取り澄ました顔で控えていた。
「レイズ、と言ったか」
女王の目配せで侍女が続き間である衣裳部屋を開け放つと壁中を埋め尽くすのは、贅を凝らした帽子を載せた夥しい数の、頭蓋骨。
「何を驚くことがある?」
目を見張るレイズにベルベットの声がかかる。
「…いいえ」
自分でも意外なくらい落ち着いた声が出た。
「家でも、見たことありますから」
女王と帽子屋が売り買いするのは帽子だけではなく。
その関係もただの商人と顧客ではないらしい。
いきなり過去を掘り返されて動揺したものの、一度気を持ち直せばもう大丈夫。
女王がどこまで知っているのかはわからないが、目の前の、なぜか興味津々といった風に輝く黒曜石はとりあえず俺と妹を咎めようとはしていないようだから。
とりあえずは、それで十分だ。
両親の頭蓋骨が大旦那の部屋にあるのは意外だったが、この光景自体は、家にあるから驚いたりはしない。
帽子をこよなく愛し人の頭の形を研究する大旦那の私室の壁は、大昔の考古学的価値があるらしい本物の頭蓋骨と、数多のレプリカで埋め尽くされている。
眼球が無いのにも関わらず四方八方から視線を感じてしまうそこは、慣れたとしても薄気味悪く異様な空間だった。アゼルなどは怖がって余程の用事が無ければ大旦那の私室には行かないし、何かあっても代わりに行ってくれと頼まれる始末。
あの中に両親のそれらが含まれているとなれば、あの視線もあながち気のせいではないのかもしれない。
そして今壁一面に造りつけられた棚に行儀良く並ぶそれらは一見レオナルドが趣味で製作し自室に飾ってあるものと同じだが、それぞれがよく見ると歪で大小があり個性があった。
画一的に型に流し込んで作ったものとは、わけが違った。
「まぁ帽子は頭に載せるものなのだから、わらわが被らない間には代わりが必要であろ」
ドレスもトルソーが着ておるしな。
そうも言って、至極当然のこと、とでも言うように小首を傾げる。
「それに、これらは落とされるべき頭ぞ。打ち捨てられるところをこうしてわらわの帽子の役に立てるのじゃ、さぞ喜ばしかろうて」
「落とされるべき?」
その奇妙な言い回しに思わず聞き返してしまう。
「首を落とされた者たちは、しかしてそうなって当然の輩ばかりじゃ。のう?」
「いかにも」
「ヴェロニカ様のパイをこっそり食べた奴なんて、首を刎ねられて当然ですわ!」
背後の二人が大仰に頷く。
「パイを食べた?」
「こやつらのほとんどはわらわのティータイムのパイを盗み食いした罪で有罪になった者たちじゃ。それ以外にも……ピエールや」
「は。畏れ多くも庭園の陛下の薔薇を手折った者、クリケットで陛下より良いショットを打った者、その他罪を犯して投獄された者たちですね」
「そんな者どもはこうするくらいしか世の役に立てんじゃろうて」
すらりとした足を組み替えて、美貌の女王がさも当然のように、
「だから、都度レオに刈らせておった」
艶然と、微笑んだ。
人は死ぬと誰しもが再生の輪に乗せられて、然るべき時に今生に戻されるという。
だが重罪を犯し首を落とされ死んだ者はその輪を断ち切られ、その輪廻の波にも乗れず永劫の無を彷徨うことになる。
重罪人は女王によって裁かれ、その罪状は全て女王の裁量に寄る。
彼女が青薔薇に選ばれた人だから。
そしてその一番重い罰『首斬り』を執行するのが、死刑執行人。
巷で死神と呼ばれるその正体は誰も知らない。
否、正確には知ってからその後生きている者がいないのだ。
「この首は、本当に皆大旦那様が刈ったのですか」
「…驚かんな」
「父さんと母さんのもですか」
「…刈ったと言うよりは落としたに近かったのぅ」
顎を撫で摩りながら、少し遠い目をして呟いた。
もう元の造作も分からない状態だったから。
「アレは、嘘だったんですか」
あの時の、契約。
「もちろん有効じゃとも。きちんと守っているじゃろうが」
苛烈な瞳で睨んでくる愛弟子に、心外だと言わんばかりに肩を竦める。
「…あなたが、『死神』だったんですか」
なぜか嬉しそうに大旦那が口角を上げた。
だがその笑みは、レイズの目にはもう今までのようには映らなかった。
「悪いことをしたら死神に首を持っていかれるよ」
子供たちが必ず一度は大人に窘められる決まり文句。
とは言え死神はむやみに首を刈ったりはしない。
女王の言う通り、首刈りの刑が確定した者のみである。
「だがのう、どうしたことか三年くらい前にわらわが裁いていない首を刈って来おってな」
頬杖をついた形の良い口元が嬉しそうに歪む。
「わらわの知らん首を二つ持って来たかと思えば、次代の死神を見つけてきたとな」
「陛下」
「なに、隠しておいてもいずれ知れること。どうして話さなんだ?レオの足ではそう遠く無かろう」
杖が手放せなくなった老爺を労しげに見やり、その視線をす、と立ち尽くす少年に流し。
紅い唇が、首刈りの刑より重い罰を告げた。
次は、昔話になる予定です。
今度こそ、そう間を空けずに…頑張ります。
性懲りもなく放置している間に、お気に入り登録数が増えてて驚愕でした。
気長に待ってくださっている読者様方、本当にありがとうございます。