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The meteoric shower 2

クレスはトマトジュースを飲みながら、タイミングを計っていた。


母さんが今朝思い立って急遽開いた、星空鑑賞会。


昨夜、今年初めて星が降ったらしい。

朝食の席で使用人たちが朝の支度の時に話していた話題が上った。


「今日も降ってくれるかしら?今夜は皆で鑑賞会にしましょうよ」


この鶴の一声で、今日の伯爵家の使用人たちは予定外の仕事に追われることとなった。


昨日降ったからと言って今日また振るという保障は何もないのだが、何かにつけて大勢で食事をしたがる母さんは、とりあえず何か口実が見つかればそれでいいらしい。

結局、父さんの仕事仲間やら叔母一家やら兄貴の彼女やらで総勢20人弱の、身内だけだがちょっとした集まりになった。


今夜はこれから、まだ星が降るのを観たことがないと言っていたアゼルをこっそり連れ出そうと思ってたのに。


食事会自体は適当に挨拶をして、適当に野菜中心にテーブルの上を片付け、適当に相槌を打ちながらトマトジュースを飲んでいればいい。

粗方食事が終わって、みんなが好き勝手にだらだらし始めたくらいでさっさと引っ込んで、自室のバルコニーから抜け出して帽子屋に行けば間に合うだろう。


それはいいんだ。問題はそこじゃない。





目下の問題は…


「それでね、ガーネット嬢ったらね、……」


だるそうにソファに沈んでいるオレの右側で、先日のお茶会での出来事を延々喋り倒している、朱い髪。

黄みが強いからあいつの色とはまた違うけれど。



…どうしてこう、「あかい髪」に邪魔されるんだろう。



さっきから一度も相槌すら返してないのに、どうやったらこうも一方的に喋れるんだか。


おしゃべりな女は、苦手だ。

というか、煩い女が苦手になったのはこのとにかく喧しい従姉妹のせいな気がする。

昔からこのニンジン頭が家に来ると全然落ち着かないし、やたら声が大きくてかん高いから耳が痛くなる。人より耳がいいからなおさらだ。

苛々とトマトジュースのストローを噛みながらわざと気だるく突っぱねる。


「……クローディア、オレ、そろそろ眠いんだけど」


内容は最初っから九割方聞いていないので、どこで途切れようがどうでもいい。

そんなことよりそろそろいい加減抜け出さないと、遅くなりすぎてしまう。

そうでなくても、そろそろ本気でこいつの傍を離れたい。


「えぇっ?今日はこれからが本番なんでしょう?寝るなんて勿体ないわよぉ!」

「そんなこと言ったって、昨日降ったからって今日も降るっていう保障はどこにも無いじゃないか」


そうだよ、だから急いで帽子屋に行きたいのに。

こればかりは年によって差がありまくるのでその時間になってみないとわからないから、お前の相手なんかしてる暇は無いんだ。

内心そう毒づいて、一つあくびをしてみせた。


「降るわよ!昨日は結構数が降ったって言ってたし、晴れてるし、」

「…わかった、わかったから。…とにかく今日は」


ちっとも眠たくなんてないけど、お前のおしゃべりに付き合うくらいなら寝る。

目障りなニンジンみたいな色の三つ編みをピンっと指先で弾いてやって、そっぽを向いた。あー、苛々する。

……ニンジンが嫌いなのも、これのせいか?


以前はあまりにも苛々して、本気で邪険にしてはよくわんわん泣かれていた。

泣くとさらにうるさくなって、更に苛々してくるしで悪循環もいいところだ。

母さんにもこっぴどく叱られたが、その時だって確か庭先でモグラと飼い犬がケンカした話を三十分以上聞かされていたのだ。

興味の無い話を延々聞かされるこっちの身にもなって欲しい。


オレとしてはそのまま嫌われても全く問題なかったし、むしろ寄ってこられないほうが清々する。極力会いたくないんだが、最悪なことに中途半端に近い親戚だったりするから何かにつけて顔を合わせることになる。

そして泣かせた本人も、次に会ったときにはケロリとしてまたオレにとってはどうでもいい話を一人で楽しそうに話出すのだ。


最近はもう諦めて、基本的には相手にせず勝手に喋らせておくことにしている。

…オレの時間と気持ちに余裕があれば、の話だが。


帽子屋のサーシャが苦手なのも、たぶんオレの中でこいつと同じ「とにかくよく喋る女」っていうカテゴリーに分類されるからだろう。

サーシャの方がちゃんと会話が成立するだけずいぶんマシだが。




一緒にいるなら、横にいて落ち着く子がいい。


傍で聞くなら、優しいメゾソプラノがいい。


該当者は、ごく限られているが。




コメカミを親指の腹で揉みながらふと目をやると、向こうで壁際に控えているラティカと目が合う。

勘弁してくれよ、と目で言うと、唇の片端を上げてふっと笑われた。

そのくらいご自分で何とかしなさいよ、と言われた気がして、口の中で舌打ちした。


…くそっ。楽しんでるな、あいつ。

それにしても。


「…なんだか頭も痛くなってきたし」


これ以上ここにいたら本気で頭痛がしてきそうだ。

このかん高い声を至近距離で聞くのには限界がある。


「まぁ、大変っ風邪でも引いたのかしら!?」

「大丈夫、横になればすぐ治るって」


慌てて侍女を呼ぼうとする喧しい従姉妹をなんとか制し、だるそうな演技をして立ち上がった。


「クローディアはせっかくなんだからここでみんなと星を観ればいいよ。オレは部屋に戻るから」


付いてこようとした従姉妹をソファに押し戻し、大人たちが談笑しているテーブルに向かう。

父さんと母さんに今日はもう寝ると伝えると、二人とも残念そうにしていたがしょうがない。

大丈夫かと聞かれたので平気だと答えようとしたら、


「私がついていきますのでご心配なく」


といつの間にか後ろに立っていたラティカに語尾を引き取られた。










「及第点ですねぇ。仮病なんて」


廊下を歩きながら、ラティカが面白そうに笑っている。


「五月蝿い。あいつがいると本気で頭痛がしてくる」

「あーぁ、クローディア嬢もお可哀相に」

「可哀相なのはこっちだよ、わかってたんなら助けろよ」


ラティカのクスクス笑いが腹立たしい。むっとして言い返す。

性格悪いぞ、と思わず八つ当たりが口を吐いた。

苛々しているのと急いでいるので、自然と早歩きになる。


「クローディア嬢一人あしらえないでどうします。社交界にデビューしたらこんなもんじゃないですよ?」

「…デビューしないでおく」


知らず知らずのうちに眉間に皺が寄る。


「諦めなさいな。あんなお嬢さんばかりじゃないですよ、中には坊ちゃん好みのおとなしい娘も」

「社交界なんて、兄貴たちが出てれば十分だろう」


考えただけでげんなりした。て言うかオレの好みって何だよ。


「お父上とお母上がなんておっしゃいますかね?」

「なんと言われても、だ」


こないだの母さんの誕生日パーティだって。


…先読み師は、星が降るのがわかったりするんだろうか。

女公爵邸の温室に招かれて以来数度あの温室に出向いたが、未だあの少女のような風貌の少年をこの屋敷に招くことは叶っていない。

再度改めて呼んでみようか。時間の指定は抜きにして。





寝室に着き、先に扉を開けて部屋の明かりをつけたラティカが、


「頭は痛くないですね?」


一応、といった体で聞いてくる。


「あぁ、何ともない」


着替えるように見せかけてのろのろと上着を脱いだ。


ラティカは出ていきすがら、ドア越しに振り返って思い出したかのように付け加えた。


「今日は冷えるから暖かくしてくださいね。それと―」



―バルコニー側の森には警備が出ていますから気をつけて。


じゃ、おやすみなさい。




瞠目して固まったオレに唇の片端を上げて、ドアは閉まった。

















月明かりの下、屋根の上を駆けて帽子屋に急ぐ。


ついさっきから、星が一つ二つ降り始めた。


―――急がないと。


ラティカの言う通り普段はいない警備が森に出ていたせいで、いつもより大回りをして家を出る羽目になった。


それにしても。


どうしてばれてるんだ。ラティカのやつ。

思いっきり舌打ちしながら先刻のやり取りを思い返す。

あの感じだと、他には言わず見逃してくれそうだったけど。

あの去り際のお見通しと言わんばかりの笑顔がほんっっっとうに、腹立たしい。

その上でクローディアに捕まっていたオレを見て笑ってたんだ。


……いつか見返してやる。


『三月ウサギ』の能力をもってしても歯が立たない師匠に一矢報いることを誓いつつ、少年はこれからの楽しいことに頭を切り替えた。




白い息を吐きながら鑑賞ポイントを決め直す。

本当はスペード地区の国立図書館の屋上のさらに上に登ろうと思ってたけれど、もうこの時間ならその下に人がいるだろうし、その隣の劇場の上も図書館からよく見えるから、二人でいたら人目に付きそうだ。


そうでなくても時間が押しているから、帽子屋から遠くないところがいい。

走りながら周りで良さそうな場所を物色する。

ぐるりと見渡して、ハート地区の広場にある時計台に目が留まった。


―――あそこの鐘のところとか、いいかも。


別にその辺の屋根の上でもいいけれど、出来れば空に近いところで観たほうが迫力があるだろうし。


アゼル起きてるかな。

まぁ寝てても起こすけど。

先日顔を見に行った時に、一緒に観よう、とは言っておいたが今日行くとは伝えていないからびっくりするだろう。

依然見た、あまり表情の変わらないアゼルの驚いた顔を思い出して口元が緩んだ。


当初の予定よりだいぶ遅い時間になってしまったけど、ようやく帽子屋に到着する。

家のすぐ横に生えている木に登り、3階のアゼルの部屋の前の枝に落ち着く。

ちょっと覗き込むと、シーツからのぞく銀髪が月光で煌いた。


…もう寝ちゃってるかな。寝つきが悪いんだって言ってたけど。







手を伸ばして窓ガラスを小さく叩くと、数瞬後、がばっと音を立てそうな勢いで銀色の頭が起き上がった。






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