I wanna go shopping with U 5
クレス結構がんばりますが。。。アゼルから見るとこうなります。
今日の午後喫茶店で、その日一日挙動不審気味だったクレスがついに爆弾を落とした。
おいしいケーキを食べて幸せ気分で紅茶を飲んでいたのに、そんな気分もいっぺんに吹き飛んでしまった。
祈るようにあたしの手を包み込んで指先に唇を寄せて。
更にはひたと見つめられて、思いがけず心臓が跳ね上がる。
いつもと違う真剣な、なぜだか必死な視線に何事?と思ったら、この台詞だ。
「オレの従者として、一緒に学院に行ってくれない?」
しばらくは言葉が接げなかった。
この人はいきなり何を言い出すんだろう?
まず頭に浮かんだことは、お兄ちゃんのこと。
お兄ちゃん一人、帽子屋に残していって大丈夫だろうか。
あたしが自分の目の届かないところに行くなんて、あの心配性のお兄ちゃんが賛成してくれるわけがない。
それに。
大旦那様はいいと言って下さるだろうか。
誰がいいと言ってくれても、大旦那様が許可してくれなければどうにもならない。
それにあたしたちは帽子屋の皆に返しきれないほどの恩がある。
その恩を仇で返すように自分の都合で出て行くなんて、言い出せるはずも無い。
あたしだってうんと仕事が出来るわけじゃないけど、今あたしがやっている仕事はほとんどがマリアンの手伝いだ。
あたしがいなくなったら、マリアンは今でさえ毎日忙しいのに、もっと忙しくなってしまう。
ちょっと考えただけで次々に浮かんでくる数々のことを思って、視線を宙に彷徨わせた。
でもクレスはそんなあたしの思考を中断して。
温かい両の手と、綺麗なチャコールグレーの瞳であたしを拘束した。
「…もし、大人たちにいいよって言ってもらえたら、アゼルは、オレと一緒に来てくれる?」
どうしたっていうんだろう。もう一度、心臓が大きく跳ねた。
4年間の寄宿舎暮らし。
帰ってこれないわけではないけれど、帽子屋を離れて。
お兄ちゃんと、皆と別れて。
実際に可能かどうかではなく。
もし行けるとしたら。
あたしは。
どうするんだろう?
「……今、決めないと、ダメ?」
「うん、今」
じっと見つめられて再度顔に血が上るのを感じながら、不意に今日一日の違和感の原因に思い至った。
今日一日、この話を切り出すまで、全然目を合わせてくれなかったんだ。
「…よく、わかんない。帽子屋を離れるなんて、考えたこと、なかったから…」
だからって、今更その分を取り返そうとしなくてもいいんだけど。
意思とは関係なく急激に上がる心拍数に戸惑いながら、しどろもどろに言葉を紡ぐ。
「…従者って、何をするの?」
「たぶん、オレの身の回りの世話…って言っても、食事の用意や洗濯はやってもらえるから、部屋の掃除とかと、お茶を入れたりとか、かな。今よりはずっと楽だと思うよ。あとはオレたちと一緒に、授業受けたり」
「…どうして、あたしを?」
そう、それがわからない。
伯爵家には優秀な使用人がたくさんいるんだろうから、気心の知れた人を連れて行けばいいだろうに。わざわざ他所からあたしを連れて行く必要があるとは思えない。
「今家にいる使用人て、大人ばっかりなんだ。大人でもダメじゃないけど一緒に遊べないし、つまんないだろ?」
口調は幾分軽くなったけど、静かな熾火のような視線はそのまま。なんだか居心地が悪い。
気恥ずかしくてなんとか視線を逸らそうと目を伏せる。が、その時のクレスは容赦してくれなかった。
頬に添えた手の親指で顎をくっと上げてアゼルの視線を持ち上げる。じわじわと低温火傷を起こしそうな視線に再度捕まった。
息が苦しくなってくる。
「アゼルの好きな本だって、学院にはたくさんあるから好きなだけ読めるよ。将来に役立つことだって、いろいろ勉強できると思うし」
利き手も目も絡め取られて、身動きが取れない。動揺する心に覆い被せるように言葉を畳み掛けてくる。
確かに、勉強するという点においては学院に勝る場所はないだろう。
将来の独立に役に立つのであれば、願ってもないことだ。
唯一熱視線から逃れる手段、ぎゅっと目を瞑って、大きく息をする。
それでも、脳裏に浮かぶのは、自分と同じ瞳の。
「今すぐになんて、決められないよ。て言うか、行けるかわかんないのに、なんで」
「もし行けるとしたら、だよ」
「…明日まで、待ってもらえない?」
「どうして?アゼルが行けるなら行きたいかどうかを聞いているだけだよ。本当にそうなるかどうかは、これから大人たちがなんて言うかなんだし」
「…うん…」
あたしの躊躇いの種を探し出そうとするように、優しいけれど、明らかにいつもとは違う熱を持った声が耳を撫でる。
例え話だとしても、迂闊に「行きたい」なんて答えてはいけない、気軽に適当に「行けない」なんて答えてはいけないと思わせる温度だった。
もしかしたら、の話なのに喉が引っかかって返事がうまく出てこない。
「じゃあ、逆に、迷っている理由は?」
「…あたし、学費なんて、払えないよ?」
「オレの従者なんだから、伯爵家が出すよ。お金のことなんて気にしなくていい」
「…あたしだけ学院に行ったら、お兄ちゃんが」
「アゼルが学院で勉強したら、兄貴の役にも立てるよ。兄貴は帽子作りをやってるんだから。店を開くんだろう?いっぱい勉強しないと、店を持つのは簡単なことじゃないよ」
ね?と頬に添えたままの手で、そっと撫でた。
「うん…」
ふぅ、と息をつくのが聞こえて、それでも目を伏せてしまうあたしの頬から温かい手が離れていく。
釣られるように視線を上げると、クレスが困ったような表情を浮かべていた。
さっきまでの正体不明な熱は消えて、あたしのよく知る優しいクレスに戻っていた。
「ごめん、困らせること言った」
「…ううん…」
ここで行きたいと言っても必ずしも実現するわけじゃないのに。
なぜか行きたいとも行きたくないとも返事が出来なかった。
「明日までに、行きたいかどうか決められそう?」
「…………がんばる」
「じゃあ、今晩ゆっくり考えておいて」
困った表情のまま、今だ捕まっていた右手を優しくさする。
「お願いだから、そんな目をしないで」
「…?」
目?思わず首を傾げたあたしに、クレスは苦笑して二、三度首を振った。
「あと一箇所、行きたい場所があったんだった。付き合ってくれる?」
吹っ切れたように笑いながら、伝票とコートを取り上げた。
「肝心のアゼルの誕生日プレゼント、買ってなかったしね」
◆
いらないと言い張るあたしの手を引いて、いいからいいから、と連れて行かれたのは栞を買った銀細工の店よりずっと安価で、種類ももっとたくさん置いてある店。
「さ、アゼルもいいの選んでよ」
そう言ってクレスはまた一つあたしに当てながら、午前中のプレゼント選びであんなに時間がかかっていたのが嘘みたいに商品を手にとってはあたしに合わせ、自分も候補を次々鏡の前で試していった。
そんなクレスに釣られてあれこれ迷って似合うだの、似合わないだのと言ううちに、いつの間にかさっきまでの気恥ずかしさも消えていた。
「これなら、おあいこでしょ?」
店に着いたときにクレスの言い出した提案に最初は驚いたが、最終的には先日のあたしの誕生日プレゼントと、実はもうとっくに終わってしまっていたクレスの誕生日プレゼントをお互いに買ったのだった。
火が点いたみたいにジンジンして痛かったけれど、友達と何かをお揃いにするなんて初めてで、すごくうれしかった。
冬の太陽は寒さを嫌ってさっさと身を隠してしまう。
だいぶ薄暗くなった道を手を繋ぎながら歩く。
クレスはいつものように薔薇木戸までアゼルを送って、別れ際に、
「明日、返事を聞きに来るからね。そしたら、ウチの親と大旦那に話をするから」
またあの、低温火傷しそうな眼差しで、あたしが行くという返事をすると決め付けたようなことを言った。
「今日はありがとう。また明日ね」
にっこり笑って寒さで赤くなっているだろう頬をひと撫ですると、いつものように向かいの屋根に飛び上がって帰っていった。
結論から言えば、「行けない」になるのだろうけど。
「行きたい」のか「行きたくない」のかと問われれば、あの熾火を宿す一対の黒炭色に向かって「行きたくない」と告げるのは至難の業だと、心のどこかで気付いていた。
その後ろ姿を見送りながら、付いて行けない理由は数あれど彼と一緒にいくこと自体が嫌なわけではない自分に気付いていたアゼルは、自分の意外な一面に驚きながら木戸をくぐった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
ハイ、今回のNGワード→
「好き」・「一緒にいて」・「付いてきて欲しい」etc
素直じゃないお年頃です。
普段飄々としてるように見えても二人きりでいざとなるとこの辺が精一杯。
経験値不足は否めません。。。イマイチ腹黒になりきれず。将来に期待(作者含)←ヲイ
子供だからハードルがたくさんあるのもわかってます。
でも、もうちょっとうまい誘い方があるだろうがよ、クレス少年…orz
アゼル困ってるだろうがよ。。。
中途半端なことするなよ。。。
まぁ最後はなんとかご機嫌直してくれたからいいけどさー。
まぁご想像は付くでしょうか、誕生日プレゼント。
必死の熱い視線もなんだかいまいち伝わって…るかな?
アゼルちゃん・ちょいニブ子疑惑浮上。
後で活動報告に無駄小話載せようと思います。