A tea party
…そもそも帽子屋は普通に営業中なので、全員集合など土台無理な話なのだが。
結局は基本的には隠居の大旦那と、アゼルとオレだけが外に用意された丸テーブルに着いていた。マリアンは客にお茶とアゼルが先ほど焼いたクッキーを振舞ってからやってくる。
他の面々は手が放せなかったり、接客中だったり、外出していたりした。
絶対くっついてくると思ったレイズは、今日から帽子成型を手伝っているということで若旦那と作業部屋に籠っているらしい。
オレにとっては朗報だ。アゼルと一緒にくっついてくる回数が減るってことだよな?このままフェイドアウトしてくれることを切に願う。
テーブルには各々のティーカップとミルクとシュガーのポット、アゼルが焼いたクッキー、マリアンが昨日焼いたというアプリコットタルト、ダークチェリーケーキが並んでいた。
アゼルがそれぞれのカップに紅茶を注いでいく。
「『帽子屋』のタトゥーはどんな影響がありますか」
ミルクを足してもまだ熱い紅茶を一口すすって、大旦那にかねてから聞きたかったことを聞いてみる。
「おや、三月ウサギは知らなんだか」
「自分のはわかりますが、本には人によって影響の出方が違うと書いてあったので」
書物には主だった特徴は挙げられているが、個人差がかなりあるらしい。
「『The Hatter』の特性は、奇行、薬品の扱いに長ける、幻覚を見る者も昔いたらしいが、わしは無いな。わしの場合はまるでギャグのようにそのまま帽子屋になったがの。水銀やらなにやら薬品を扱うのは得意だが、それだけ…かのぅ。奇行は…たぶんないぞ」
はっはっはっ、と笑いながら最後の方は惚けていた。
…今度サーシャあたりに聞いてみよう。
「…必ず帽子屋を職業にするわけじゃないんですか?」
横で黙って聞いていたアゼルが口を開いた。この国一番の帽子屋である主人が『The Hatter』のタトゥーを持っていることに何の疑問も持ったことが無かったのだ。だからこその証のような。
ニワトリが先かタマゴが先か、という話ではないが、帽子屋だからタトゥーが出たのか、タトゥーが出たから帽子屋を生業としたのか。レオナルドの場合は…どちらかと言えば後者らしい。タトゥーも職業選択の理由の一つとなったわけだ。
「わしはむしろ稀なケースじゃろうな。坊ちゃんこそ、人間なのに『ウサギ』じゃないか」
「…なろうにもなれませんけど」
オレはクッキーを頬張りながらうなずいた。
そもそも人間じゃない。
だからこそ、その影響も人外のものとなる。ただ、本当に超能力となるか、人より若干優れている程度で収まるかは、その人間次第。オレの場合は「ウサギ足」に関しては超能力と言っていい。耳や鼻も、今までの経験からすると、多分普通の人のソレよりはかなり良いのだろう。
だから、『役者』は自分にタトゥーがあることをあまり公にしないことが多い。それでも人々の口に戸は立てられない。多かれ少なかれ、広まっていくものだが、オレも幼い頃はあまり外に連れ出してもらえなかった。隠すと言うよりは、いきなり駆け出して自分が怪我をしたり、誰かに怪我をさせたりするのを防ぐ為だ。
大旦那はダージリンティーを一口飲むと、逆に聞いてきた。
「…坊ちゃんのタトゥーはいつ現れたんだったかな」
「9年前です」
3歳のある日、突如左胸に『The March Hare』の文字が浮かび上がった。
当時のことはほとんど覚えていないが、周囲の大人が大騒ぎし、親に連れられて城に行った記憶がある。他の『役者』も、城に行ったりするのだろうか?
また、疑問。
「…あぁ、ダリルが逝ってそんなに経つか。」
一瞬遠くを見つめてつぶやく。
ダリルとは、先代の三月ウサギだ。
「先の三月ウサギはスペード地区の踊り子だったと聞いていますが」
「そうそう、若い頃はとにかく気の荒い女でなぁ。気に入った男とはすぐ寝るし、気に入らないヤツはすぐナイフで切って捨ててたな」
だが、歓楽街スペード地区でも1,2を争うシアター「ブラックジャック」で常にNo,1の人気を誇る美貌のダンサーだったそうだ。…物騒な女には違いないが。
「その人が、クレスの前の『三月ウサギ』だったんですか」
初耳だったのだろう、カップから口を離しアゼルが聞いてくる。オレも直接の面識なんて、もちろん無い。ただ、ダリルが有名だったから、大旦那と知り合いだったからわかったこと。
「前にも言ったろう、アゼル。次に誰の体にタトゥーが出るのかは全く予測不可能での。家柄も性別も先代との関わりも何も関係ないのだよ。わしも先の『帽子屋』のことは何も知らんしの」
わしが先と現在の『三月ウサギ』を知っているのは、単なる偶然に過ぎないよ。現『役者』で自分のタトゥーの先代が誰だったかなんて、知っている人間はほとんどいないだろう。当然、その時点で死んでおるしあまり自分からは広めて歩かないからな。
大旦那がケーキにフォークを入れながら続ける。
「タトゥーを持っている『役者』は世界に一人ずつだ。『The Hatter』は今現在わしだけなんだよ。だが絶えることはない。『役者』が死ねば、次の瞬間から他の人間にタトゥーが現れる」
だから、ダリルが死んだ瞬間が、次のクレセント坊ちゃんにタトゥーが出た瞬間だよ。
と、大旦那はアゼルにゆるゆると微笑んだ。
黙々とクッキーを食べながら、アゼルに言って聞かせる大旦那の話を聞いて、ぼんやりと考える。
…先代が死んだ瞬間に次の依り代にタトゥーが出る。次々と途切れることなく体を乗り換えて、
……何か、寄生されているみたいだ、と思った。
「ですが、予測出来ないとは言っても、15歳以上でタトゥーが出たというケースは過去にも例がないそうですよ」
ようやくやってきて、席に着いたばかりのマリアンが口を出してきた。今までしなかった声に、物思いの淵からはっと浮上する。
「ということは、『役者』が死んだ瞬間にこの国で15歳未満の子供であれば、誰でも可能性があるってことですよね」
マリアンの発言に、じゃあ私にも出るかも知れないんですか?と、アゼルが実感が湧かない、という風に大旦那を見上げた。
「そうだね。アゼルが15の誕生日までに、誰か『役者』が死ねば、出るかも知れない。…『Queen』と『The Duchess』だけは違うようだが」
冷めてきた紅茶を一口飲んで大旦那が言った。
「女王様?」
頭の上にクエスチョンマークを浮かべたアゼルが聞き返した。
「『Queen』と『The Duchess』のタトゥーは貴族だけに出るんでしょ?」
クッキーを飲み込んでから答えてやる。現女王のスート(紋章)はハート、前女王はダイヤだった。公爵夫人についてはクレス自身は聞いたことがない。噂話が飯のタネの貴族社会だ、おそらく両親や兄に聞けばすぐわかるだろうが。
「4大伯爵家以上の家の子に出るらしいぜ。なぜか両方女なのに、男子に出たこともあったんだって」
「え、男なのに女王様になるの?王様じゃなくて?」
アゼルの頭にさらにクエスチョンマークが増えた気がする。
「実質は王なんだが、国の最高権威は『女王』のタトゥー保持者だ。だから男であっても、女王、と呼ぶんだよ」
「へぇ…じゃぁ公爵夫人が男の人だったりもするんだ…」
なんとなく納得したのか、目をぱちくりさせながらオレと大旦那を交互に見た。
「そもそも、なんでそんなのが出るんだろう」
つぶやきながらアゼルが視線を落とし、アプリコットタルトと格闘を再開した。
タルトの土台にフォークを入れたら、サクサクのクッキー生地はそこからまた二つに割れてしまった。小さくなったそれにごく小さく息をついて、なんとかフォークの腹に欠片を乗せようと試みる。
「歴史書には、この国の有事の際には重要な役割をする…みたいなことが書いてあるんだけど、昔すぎてよくわかんないな。特に国から何をしろって言われるわけでもないし、特に強そうな感じもしないしなー」
日常生活にはさして直接影響していない。…今在るこの世界、タトゥーがある自分が《日常》なのだから。『役者』でない自分など、この世界には存在しない。
「三月ウサギの特性はなんだったかな。俊足、五感の発達、活発な異性関係だったか」
大旦那がニヤニヤしながら振ってきた。
「未来の色男だねぇ!坊ちゃんキレイな顔してるし、モテるよぉ絶対」
アゼルもうかうかしてられないねぇ、とマリアンも便乗して冷やかしてくる。
え、何が?とアゼルが顔を上げる。
「オレはもう人より足が速いし、耳も鼻もいいから、最後のはもういいんですっ」
オレは顔に血が上るのを感じながらまくし立てた。
…大の大人二人していたいけな少年をからかうな。そしてアゼルにまで振るな。
特に疚しいことなど何も無い。何も無いのだが。それでも。
オレが焦っている元凶の方をちらと見やると、10歳のアゼルにはイマイチ意味がわからなかったらしく、口に入れていたタルトを飲み込むと…爆弾を落とした。
「クレス、イセイカンケイってなに?」
「アゼルは知らなくていい!」
…思わず立ち上がって、真っ赤になって怒鳴っていた。
大爆笑している大旦那とマリアンを睨みつけて、アゼルの前でこのネタを出すのはやめよう。と真剣に思った。