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I wanna go shopping with U 3-2

前話のクレス視点です。

ジェムがレイズを担いで木戸に消えた後、サーシャが重くなった空気を払拭するかのように、さ、行くわよ!と笑顔で声を上げたのを合図にして、ジェムに言われた一言を考えていたクレスもとりあえずそれを頭の奥に押しやり、アゼルの手を取った。


行きすがら、アゼルにプレゼントはどんなものがいいか聞いてみる。アゼルは、同い年だからと言って貴族のお嬢さんとあたしの欲しいものはかなり違うと思うよ、などともっともらしいことを言っていたが、オレは相手が貴族のお嬢さんだなんて一言も言ってないけれど。

最初は今日の予定をこじつける口実でしかなかったが、クレスの中では遅ればせながらアゼルの誕生日プレゼントを買うことが急遽今日の目的になっていた。サーシャも大笑いしながらも、結局アゼルの欲しいものを聞き出すべくあれこれ遠まわしに探りを入れて協力してくれている。


「その子の趣味とか、どんなことが好きとか、わかる?」

「お茶会が好きなんだ。それに勉強熱心で暇ができると本を眺めてるね…大人しい子だよ」

「アクセサリーとかはどう?」

「普段あんまり着けてるところは見たこと無いな」


挙げる特徴はアゼルのそれで。言わなくてもサーシャはわかったらしく面白そうに乗ってくるのだが、アゼルはよもや自分だとは気付かないらしく真剣に考え込んでいた。


お茶会かぁ……本……


反すうしながら少しだけ唇を尖らせて考え込むアゼル。お菓子を作ってる時によくする顔だ。ぱっと見全然変化が無いように見えるが、そんな僅かな表情の変化も最近はわかるようになってきた。


「アゼルは誕生日プレゼントに何が欲しいの?」

「え?」


横からサーシャが直球でアゼルに聞いた。

聞かれたアゼルはどうして自分のことに話を振られたのかわからなかったらしく、ぱちぱちと瞬きをした。


「あたしは…」

「そうだよ。アゼルの誕生日プレゼントも選ぶんだよ?」

「あたしにプレゼントなんていらないよ。それよりクレスのお友達でしょ」


当の本人にはどうでもいいことのようにあっさり話を流されてしまった。アゼルは尖らせた唇に左手の人差し指を当ててまた、んー、と考え出す。


そんなアゼルにサーシャと顔を見合わせる。


「くれるっていうんだから、もらっておけばいいのよぉ」


サーシャはクスクス笑いながらアゼルを肘でつつく。つつかれたアゼルの方は困ったように手をもじもじさせていたが。


「そうだよ、来年のオレの誕生日にもプレゼント頂戴」

「でもあたし、お返しできるようなものも何もないし…」

「そういうことは気にしなくていーのっ」

「アゼルの選んでくれたものならなんでもいいよ」


笑ってそう言ったが、来年のオレの誕生日を思うと、心臓にまた棘がチクッと刺さるのを感じた。

顔に出てしまっただろうか、アゼルが無表情に小首を傾げた。




その後入った店でプレゼントを選んでいる間に、今朝方の言葉通りサーシャは途中で彼氏とデートだと言って去っていった。

がんばってねー、などと意味ありげな言葉を残して行く。

ヒヤッとして横のアゼルを盗み見たが、その一言に対してさしたる違和感は持っていないらしかった。




漸く二人きりになれたのはいいが、肝心のプレゼントがなかなか決まらない。

3店舗目で銀細工の店に来たものの、クレスにはどれがいいのかなんて見当もつかないし、焦りも出てくる。無いだろうが、もしやアゼルに勘付かれないかと思うと必要以上に緊張した。

まぁそもそも表向きの相手が嘘だし、本当の相手は目の前で一緒にショーケースを覗き込んでいる。


女の子にプレゼントを買うなんて、人生初だ。


しかも本人の目の前で、バレないように。


………我ながら初めてにしては結構ハードル高いと思うんだが。自業自得か。


そんな内心はかなりいっぱいいっぱいなオレの横で、アゼルは相変わらずあまり表情を変えずに店内のケースを眺めては、あまり派手でないデザインの小物をいくつか選んでくれていた。


その中でも目に留まったのが、いくつかの栞。


「栞かぁ。使えるし、いいかも」

「…本が好きだって言ってたから」


そう言ってケースを覗き込むアゼルの横顔をそっと盗み見る。店内が暑いせいか、頬が上気してピンク色に染まっている。


…可愛いなぁ。


うっかり見蕩れそうになったが、頭を現実に戻してアゼルの視線の先を追う。


「これも可愛いね」

「え…」

「すみません、その細長い、薔薇と蝶の付いてるやつも」


先程選んで出してもらった以外にも、アゼルが見入っていた栞もケースから出してもらう。


そしてトレーに並ぶ、5枚の栞。


うち3枚が長方形の銀板に透かし模様を入れたもの、2枚がアゼルが見ていたかんざしのような先に飾りが付いているものだった。


どれがいいだろう?


5枚の中からとりあえず二つに絞り込む。

まずはさっきアゼルが気にしていた一つと、それ以外に他に長方形型の薔薇の透かし模様のものを一つ。


最後に、どっちがいい?とアゼルに二択で聞いてみる。


アゼルはしげしげと二つを見比べて、あたしだったら、と前置きして気に入っていたかんざし型の方を選んでくれた。







アゼルがシチューを食べたいと言ったので、ランチはシチューを出している店に入った。

普段外食はほとんどしないと言い、食堂に入るときょろきょろと珍しげに店内を見渡し、それからメニュー表のスイーツの欄に釘付けになった。その一生懸命な様子が可愛くて思わず噴き出してしまい、それで漸くどうしたのかとメニューから顔を上げた。


「午後のお茶の時間にはおいしいケーキのお店に連れて行ってあげるからさ」


そう言うと、青紫の瞳をキラキラさせて頷いた。

今日は少しずつだけれどアゼルの笑顔をたくさん見られてとても幸せだ。


アゼルは笑うと、目を細くして口角をきゅっと上げる。

よく見ないとわからないくらい、ほんの少し。それだけで小さな花が咲いたような空気になる。


いつか、満面の笑顔が見られたらいい。


ズキリ、と心臓にまた一本棘が刺さる。




食事もあらかた終わって、支払いを自分ですると言い出したアゼルに内心苦笑する。


外食もほとんどしないと言っていたアゼルは、こういう時は男を立てるということを知らないらしかった。

アゼルの性格だと、単純に申し訳ないとか、そんなことを思っているんだろう。

目の前の少女は、面倒を見てもらって当たり前だと思っているクレスの周りの令嬢方とは違う。もちろん身分が違うので当たり前だが、たとえ相手が貴族だとわかっていてもそれを崩さず、金を出させるのを申し訳ないと言う。少しだけ、嬉しかった。


ランチ代を得したと喜ぶタイプでもないのは承知の上だ。

もちろん割り勘でも問題はないけれど、やっぱりちょっとはかっこつけたいし、これからのことを考えるとこれをスタンダードにしておきたい。

…まぁかっこいいと思ってくれるかはかなり微妙なラインだと踏んでいるが。

だからわざと気分を害したように振舞って、男と食事をした時は大人しく奢られろと釘を刺す。


…オレ以外の男と二人で食事なんて、そんな機会これから先も無くていい。


また一つ、心臓に棘が増えた。
















ランチの後は、二人で手を繋いでぶらぶらウィンドーショッピングをすることにした。


特に予定があるわけではなかったが、せっかく二人きりなのだ。

もう少し一緒にいてもいいじゃないか。


それに、この期に及んでまだ心の準備が出来てない。


…我ながら、なんて意気地無しだ。




途中で手を離してくれと言われたが、はぐれたら赤毛の兄貴に殺される、そう言って離してやらなかった。

実際、アゼルは一つに集中すると周りが見えなくなることがしばしばあるので、店を眺めている間にはぐれてしまうことは十分に考えられる。

言わずもがな、オレが離したくないというのが一番の理由なんだけれど。


基本的に表情が乏しいアゼルだが、興味をそそられるものの前では足が止まる。そんな店には必ず立ち寄った。冷やかしに入った店内でも、アゼルが目を留める商品たちを記憶に留める。意外なものもあれば、納得の品もある。その都度それまで知らなかったアゼルの一面を垣間見た気がして嬉しかった。


アゼルが仕事以外では何に興味があって、どんなものが好きなのかを知りたかった。


クレスが知っているアゼルは、帽子屋で仕事をしているか、お茶をしているか、本を読んで勉強しているか、運ばれて森で薔薇を眺めているか。

帽子屋にいるときは基本的にお仕着せを着ているし、森に行くときの私服はその多くが自身が選んだものではなく今日のコートのようにサーシャのお下がりであったり、いまいちサイズの合っていない古着であったりした。以前赤毛の兄貴と射撃対決したときに着ていた服は一番のお出かけ服なのだとか。それさえマリアンが選んだと言っていた。アゼルのことだから、与えられるものなら文句の一つも言わずありがとうと言って受け取るんだろう。

観察していてもそんな調子で、女の子なら興味があるだろうおしゃれや装飾品の類などに到っては、どんなものが本人の好みなのかなんてさっぱりわからないままだった。


…まぁ自分もその辺のことはてんで疎いので、こういうのが好きだと口で言われても、それがどんなものだかはわからないだろうが。


とにかく。


アゼル個人の情報が少ない。


否、少なくはないんだろうが。


もっと、もっと知りたいのだ。










アゼルと手を繋いで石畳の通りを歩く。それだけで心臓までウサギになって飛び跳ねるのに、ガラスに映りこむ自分とアゼルの手を繋いだ姿に更に気分は高揚する。

近いうちに必ずまた連れ出そうと心の中で固く誓った。






クレスの左手の先で、アゼルはいろいろな店を覗き込んだ。



女の子らしい洋服やアクセサリーはもちろん、きれいな包み紙の石鹸や色や香りのついたキャンドル。

アゼルは楽しそうに眺めていたが、これらは人より鼻がいいオレには結構キツかった。

オレの顔が険しくなってるのに気がついたアゼルが慌てて店を出る。

気付かなくてごめんね、と店の前で申し訳なさそうに目を伏せるので、たまに家に来る母さんのお仲間たちの香水の方がよっぽどキツい、と言ったら目を瞬かせてクスッと笑った。


本好きのアゼルらしく、本屋では店主に咳払いで追い出されるくらいの時間居座っていた。帽子の本や最新のファッション誌、この間帽子屋のお客さんが話してたと言う話題の恋愛小説なども手にとってパラパラとページを繰る。

そして最後に一番長い時間ずっと眺めていた分厚いお菓子のレシピ本をそっと本棚に戻し、名残惜しそうに背表紙を指で撫でた。



その後のケーキ屋のショーケースの前で芸術作品みたいなケーキを眺めていた時、広場の時計台にお茶の時間だと知らされる。



今日のオレにとっては、



タイムリミットを知らせる鐘だ。




いい加減、腹を括れよ。男だろ?

どういう結果になろうが、なるようにしかならないんだから。


一つ大きく息をして自分にそう言い聞かせると、ショーケースを覗き込むアゼルに声をかける。




「そろそろ休憩しない?もうすぐお茶の時間だし。さっき話してたケーキ屋さんに行こう」








なんか切羽詰った感じがしてますが。その原因は次話で明らかに!?

…がんばります。。。

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