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I wanna go shopping with U 3-1

漸く出かけられました。

アゼル視点です。

「アゼルだったら、どっちがいい?」


目の前に差し出された二種類の栞を眺め、アゼルはしばし悩む。


クレスが右手に持っているのは、長方形の銀板に薔薇の透かし模様が施してあり、ピンクの紐がついているもの。

左手にあるのは銀のかんざしのような形で、猫の尻尾のように曲がっている先端に揺れる薔薇と蝶のモチーフがついているもの。


どちらも細工が繊細で、見ているだけでうっとりする。アゼルには到底買えない高級品だった。


「あたしだったら…」


どちらをもらってもすごく嬉しいけど。でもクレスが欲しいのはそんな答えじゃないのはわかっている。何しろ、先程からこの店の中であれこれ一時間以上悩んで、漸くこの二つに絞り込んだのだ。いい加減お店の人の視線が痛い。

サーシャはずいぶん前に、ボーイフレンドと約束あると言って店を出て行ってしまった。去り際、クレスに向かってがんばってねー、と手を振っていたが、サーシャはクレスの優柔不断ぶりを知っていたのだろうか。

顔も知らない女の子の誕生日プレゼントを自分が選ぶのは申し訳ない気がしたが、これはもう自分が決めてあげた方がいいんだろう、とアゼルは腹を括った。


「この、かんざしみたいなのが好き」


そう言って、揺れる薔薇をちょん、とつついた。


「じゃあこれにしよう」


そう言って、なぜか最後の最後でアゼルが選ばなかった透かし彫りの方を取り上げた。


「そっちにするの?」

「うん」


どちらも素敵だとは思うものの、それならあたしが選んだ意味ってあったのかな。


釈然としないが、いずれにせよ決まったらしい、やっとクレスはレジに向かった。


その後姿を見送り、ほう、と息を吐いて、改めて店内を見回す。

外のウィンドウは覘いたことはあったが入るのは初めてだった店内には、銀細工の小間物が整然と並べられていた。アクセサリーはもちろん、ちょっとした置物、筆記具や銀食器やカトラリー、中には何に使うのかアゼルには見当も付かないものもたくさん置いてある。だが共通して言えることは、どれも丁寧に細工がしてあって、職人の腕の良さが窺えるということ。値が張るのは当然だ。


それらを眺めながら、我知らず口角が少し上がる。


―――結構、優柔不断なんだなぁ、クレスって。


普段は何でもサクサク決めて、思い立ったら即行動、といった風なのだが。読書が好きだというその女の子に何をプレゼントするかを決めるまでも、帽子屋を出てから商店街の中心に来るまでサーシャと3人でずっと頭を捻っていた。サーシャがしきりとアゼルに何が欲しいかと聞いてきたが、同い年だからと言って貴族のお嬢さんとあたしの欲しいものはかなり違う気がするし…、と言うとそれは答えになってない、と口を尖らせて文句を言われた。


そう言われても、現に誕生日のプレゼントにこんな綺麗な銀細工なんて、想像もつかない。

普段のクレスの様子を見ていると時々忘れそうになるけれど、あたしとは住む世界が違う人なんだと実感する。



「ごめんね、長くかかっちゃって」


いつの間にかクレスが後ろに立っていた。

待ちくたびれて嫌になることはない。帽子屋のお客さんでも何時間も悩みに悩みまくる人はいる。


「ううん、終わった?」

「もうちょっと。ラッピングしてもらってる」

「そう。よかったね、いいのがあって」

「アゼルが選んでくれたからね」

「最後は違うのにしたじゃない」

「その過程までがさ。オレ一人だったら日が暮れてたよ」


そう言って肩を竦めるクレスに、笑っちゃいけないと思いつつ、ふふ、と笑ってしまった。クレスの表情が一瞬固まったかと思うと、ふと顔を背けた。


「何か気になるのある?」


アゼルが眺めていたケースを覗き込む。ケースの中にはさまざまな色石が嵌まった髪留めたちが並んでいた。


「髪留めか。アゼル持ってないの?」

「ううん、持ってるよ。お兄ちゃんが買ってくれたやつ」


こんな感じでピンクのお花がついてるの、とその中でもピンクの色石が嵌まったものを指差した。


「ふぅん、今日はつけてないの?」

「うん、……いつもは大事だから、仕舞ってあるの。見せたこと無かったっけ」

「初めて聞いた。今度着けて見せてよ」


どうやらクレスが来た日にあの髪留めを着けていたことはなかったらしい。


うん、いいよ、と頷いたところで、背後からお待たせしましたと声がかかる。

二人はありがとう、と包みを受け取って店を後にした。




「クレス、これからの予定は?」


店から出た途端に息が白くなり、外していたマフラーをぐるぐる巻きながらこれからどうするのかを聞く。一応予め聞いていた今日の目的は達成した。だがクレスは夕方まで、とも言っていたので、まだ何かやることがあるのかも知れない。


「そうだね…、どうしようか。アゼルはまだお腹は空かない?」

「うん…、空いたと言えば、空いたかな」


ランチには少し早いが通りのカフェや食堂ではもうランチメニューの看板が出ている。


「じゃあ、混んでくる前にどっか入っちゃおっか」


行こう、とクレスはあたしの手を引いて歩き出した。

今日は一日ずっと手を繋ぎっぱなしだ。確かに表通りのだから人は多いけれど。

……そんなに迷子になりそうかな、あたし。

それに、どことなく。


うろうろと店先のメニューを眺めつつ、何か食べたいのある?とアゼルを振り返って聞いてくる。でも、なんか。


「なんか、暖かいのがいいな。シチューとか」

「うーん、じゃあさっきのところにしようか」


またふいっと前を向いて半歩前を歩き出した。


…なんだろ、なんか変な感じがする。



手を引かれながら、アゼルは今日のクレスの違和感の原因を悶々と考えていた。







実は、あたしはこれまであまり外食をしたことがない。


帽子屋で仕事をしていればご飯は食べれるし、お金だって節約したい。


…何より、一緒に出かける友達が全然いない。


これまではクレスに誘われて出かけてもそのほとんどが行き先は伯爵家の森で、帽子屋からケーキやお茶のポットを持参したり、クレスが伯爵家の厨房からこっそりもらってきたサンドイッチなどを分けてもらったりしていた。だから、アゼルにとってこうして男の子と二人で店で食事をするのはほぼ初めてに等しい経験だった。


入った食堂は表の看板にシチューの定食が書いてあったところ。他にはパスタだとか、オムレツだとか、ありふれたメニューが並んでいた。

値段も他の店の外看板と比べてもさして高くもなく、普通の町の食堂といった感じ。


「いつ見てもすごい量食べるよね…野菜」


とりあえず決めていたシチューの定食を二人前注文すると、クレスが追加で野菜サラダの超大盛りを注文した。

シチューを食べながら目の前の野菜の山が小気味良く切り崩されていく様を眺める。


「ほんとに、いつでもどこでも野菜は必須なんだね」

「んー、やっぱり体が欲してるって言うか。とりあえず、野菜サラダがあれば大盛り」


言いながら豪快に食べる仕草は、だけれどなぜか上品だった。さすがといったところだろう。



正直、かなり意外だった。

クレスは伯爵家のお坊ちゃんだし、こんな大衆食堂なんて馴染みがないんだろうと思っていた。

かと言っていきなりお金持ちが行くようなレストランに連れて行かれても困るのだけれど。


そう言うと、クレスはいたずらっ子の笑顔を見せる。

「時々抜け出してはその辺ウロウロしてるからね」

「そうなの?」

「帽子屋に行くようになってから、結構。最近家にいても、退屈だからさ」


あ、また。


今日、ふとした瞬間にクレスに感じる違和感。


何だろう。どうしたんだろう。


「さて、これからどうしたい?どこか行きたいところとかある?」


ランチ一人前はもちろん、あれだけ大きかった野菜の山を綺麗さっぱり片付けて、あぁお腹いっぱい、そう言って満足そうにお腹をさする伯爵家のお坊ちゃんは、目の前の帽子屋の一使用人ににっこりと笑いかけてくる。


…こういう仕草が、貴族っぽくないんだろうな。なんとなく。だからこの目の前の少年が雲の上の人だという事を時々忘れそうになる。


「クレスはどこか行くところがあるんじゃないの?」

「ううん、オレの買い物はこれで終わり。次はアゼルの番だよ」


あたしの番と言われても。

今日は特に買い物をするつもりもなかったから、お財布の中はここのランチ代を出せば残り僅かだ。


「今日はクレスのお買い物に付き合うだけのつもりだったから…お金もランチ代とちょっとくらいしか持ってきてないよ」


だからクレスの用事が終わってしまえば、もうこれと言って行きたいところもなければ、今日中にしなければいけないこともない。


そう伝えると、クレスはお茶のカップを片手に頬杖を付いて大げさにため息を吐いた。

そして急に不機嫌そうに目を細めて口元を歪める。それまであまり見たことのないその表情に、どき、と心臓が跳ねた。


「何を言ってるのさ」

「?何って」

「オレが女の子に食事代を出させるような男だとでも思ってるの?」


あたし、何か気に障ることを言った?

奢ってもらいたいと言ってるように聞こえたのだろうか。


「そ、そんなつもりで言ったんじゃ…」

「じゃあどんなつもり?」

「…自分の食べた分は、自分で払おうって思っただけで…」

「それは僕が甲斐性無しって言いたい訳?」

「甲斐性無しって、何?」

「…まぁ、いいや。とにかく、ここの支払いはオレね」


最後はやれやれ、と言った風でそう言うとカップを置いて、ウェイターを呼んだ。

甲斐性無しって、何だろう?


「え、でも」

「いいから」


強く言われて口をつぐむ。ぐっと押し黙ったあたしに、ふ、と表情を緩めてにこっと笑いかけた。


「いい?こういう時女の子は、ただ笑顔でご馳走様って言えばいいんだよ」

「……本当に?」


毎回それじゃあ、男の子は大変だろう。そうは思ってもそれを違うと否定できるだけの経験も知識もアゼルは持ち合わせていなかった。

だから、申し訳なさと居た堪れなさを滲ませつつ、ぺこりと頭を下げる。


「ありがとう。ご馳走様です」

「どういたしまして。……笑顔が足りないけど」

「だって…」

「ま、いいや。特に用がないんだったら、その辺ぶらぶらしようよ」



支払いを終えると、灰色の少年は笑顔で立ち上がった。










それからは大通り沿いのショーウィンドーを眺めて、いろいろなお店を見て回った。



自分が着ることなんてないであろう、かわいい服を取り扱っている洋服店。

色とりどりにラッピングされた石鹸がウィンドーに飾ってあるお店。

難しそうな本だけでなく、お洒落な表紙の雑誌がたくさん置いてある本屋。

午前中の店ほど高級ではないが、いろいろなアクセサリーがところ狭しと並んでいる店。

宝石みたいなケーキがキラキラとケースの中から誘惑してくるお菓子屋。



あたしとしてはいつも通り外から眺めるだけで十分だったんだけれど、あたしがウィンドーの前で足を止めるとクレスはあたしの手を引っ張ってずんずんお店の中に入っていってしまう。店によっては場違いに入ってきた子供二人に怪訝な視線を向けられることもあったが、自分一人では入りづらかったお店にも入ることが出来てとても珍しかったし、楽しかった。


食堂を出た後ウィンドーショッピングをしている間も、ずっとあたしの右手はクレスの左手に捕まったままだった。さりげなく解こうとするとぎゅっと力を入れて握り直される。

一人で歩けるから離してと頼んでみたが、眺めるのに夢中になるとはぐれちゃうから、と離してもらえなかった。


「クレスもお兄ちゃんと同じこと言う」


つい、と目を逸らして拗ねた台詞が口からこぼれる。

なんだか子ども扱いされているようで面白くなかった。


「アゼルが迷子になったりしたら、そのお兄ちゃんに殺されるからな」


おどけた口調にちら、と睨みつけるように視線を向けると、口調とは全然違う、優しく細められた灰色の瞳と目が合った。そんなことを言った自分がすごく子供っぽく思えて、気恥ずかしさからアゼルは再度つい、と目を逸らしウィンドーに見入るふりをした。

意識を向けると、クレスの手がなんだか汗ばんでいるのに気がつく。


そこまでして繋いでなくてもいいのに。


午前中から胸につっかえていたもやもやが再燃して、アゼルは内心首を傾げた。




「そろそろ休憩しない?もうすぐお茶の時間だし。」


さっき話してたケーキ屋さんに行こう、そう言う声も、もうずいぶん見慣れたはずの彼の笑顔も、心なしか硬い。





やっぱり、今日のクレスは何かが変。





こんな長くなる予定はなかったんですが…この日一日だけであと3話?4話?くらい続きそうです。。。。

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