I wanna go shopping with U 1
新章開始です。
帽子屋に戻ります。
さてはて、どうなることやら。
「ねぇマリアン、今度の休みの日にアゼル一日借りていい?」
ある日、帽子屋の台所でのこと。
いつものようにアゼルの銀髪の先を弄りながら、アゼル本人ではなく横にいたマリアンに確認を取った。レンタルを申し出られた本人のマグを持っていた両手が止まって、不思議そうにオレの方を見る。
ちょうどお昼時だったこともあって、テーブルには他の使用人たちも何人か顔を揃えていた。さして広くもないテーブルでベーコンとキャベツのスープにパンを浸して食べている。
「はぁ?ダメに決まってんだろ」
ふざけんな、と手に持っていたフォークをそのままクレスに向けてレイズが睨む。
「レイズ、お止め」
マリアンがすかさず釘を刺す。
「借りてどうするの?」
興味津々にサーシャが聞いてきた。
「ちょっと買い物に付き合ってもらいたいんだ」
「へぇ?何買いに行くの?あたしも一緒に付いてってあげよっか」
とてつもなく面白そうに、サーシャが立候補してくれたが。
一瞬目を合わせると、目は口ほどにものを言うとはよく言ったもので。
…こいつ、わかっててワザと言ってるな。
「知り合いの女の子に誕生日プレゼントを用意しないといけなくて。でも」
何がいいのかわかんないからさ、と困った素振りで肩を竦める。ちなみにただの口実なんだが。
サーシャがわぉっ、と声を上げて目を丸くする。他の面子もちょっと意外そうな視線を向けてきた。
…何なんだ?
「クレス、それならあたしじゃなくて、サーシャに見立ててもらった方が」
援護射撃と思いきや、がら空きだった背後にざっくりと矢を射してくれたのはそれまで黙っていたアゼルだった。レイズが我が意を得たり、と言った風でうんうん、と頷く。
思わずぎょっとして、振り返る。テーブルの向かいでサーシャがそれを見て盛大に笑い転げた。他の従業員たちもクスクス笑ったり、苦笑してちらと同情の視線を寄越したりする。
大人たちにはオレがアゼルと二人で出かけたいことなんてお見通しなんだろう。帽子屋の中ではサーシャは面白がってちょっかいを出してくるものの、他は静観を決め込んでいるといったところで。今のところあからさまにオレの邪魔をしてくるのはこの紅い髪の兄貴だけだ。
それが最終的に最大で最凶の障害だったりするんだが。
そんな周りの反応を見て、一人だけわかってないアゼルは不思議そうな顔をする。
「え、ほら、こないだ話してたやつだよ、アゼルと同い年の女の子でって」
「…あぁ、…そう言えば言ってたね、そんなこと」
慌ててこの間話していた話題を繰り返す。
オレの心拍数を一気に引き上げといてそんなことは露ほども知らない本人は、ほんの少し首をかしげて、ようやく思い出したらしい。
「あたしでいいなら、他に予定もないけど…」
「おい、サーシャと行けばいいだろう、アゼルは忙しいんだ」
クレスがいることでデフォルトになっていた不機嫌が3倍増された体で、レイズが横から口を挟んだ。
「知ってるよ、だからこうしてマリアンに話をしてるんじゃないか」
そう、休みと言っても、帽子屋の使用人であるアゼルが丸一日仕事が無い日なんて滅多に無い。何かしら当番で台所仕事やら何やらと分担があって、こういう小さい家の使用人にとっては本当の意味で一日休みとはすごく贅沢なことなのだと以前アゼル本人に聞かされた。更にアゼルは下っ端だから、勉強の時間以外には急に何か用事を言いつけられること多く、休みが休みで無くなるようなことも少なくないとか。
現に休みだと聞いてアゼルを訊ねても、ずれ込んだ勉強時間に充てているか、何かしら急に増えた仕事をしていることが多い。だからクレスは帽子屋に来ると、本を読んでいるアゼルと一緒に本を見たり、せっせと手を動かしているアゼルの仕事を眺めたりするのが常となっていた。それはそれでクレスにとっては楽しい時間なのだが、やはりアゼルの側からしたら忙しないだろう。
加えてこの面倒な赤毛が乱入してきた日には、全然話も出来ずに終わってしまう。
そんな日がずっと続いて。
ゆっくりアゼルと話をしたい。何かをしながら、ではなくちゃんと自分に意識を向けていて欲しい。
何度かアゼルを帽子屋の外に連れ出したことはあったけれど、ここ最近特に忙しそうな帽子屋の様子を見て、中々誘えないでいた。
でも、どうしても話さないといけないことが出来たから。
「休みだからって、いないならいないと予めわかってた方がいいだろう?」
そうマリアンに同意を求めると、マリアンもそりゃあそうだわね、とうなずいてくれた。
「じゃぁアゼル、夕飯の代わりに朝食の当番やってちょうだい。そしたら夕飯までに帰ってくればいいわ」
マリアンに許可を求めたのは、アゼルを一日外に連れ出すことで一番のしわ寄せが来るのがマリアンだと思ったから。万が一、休みとはいえほぼ一日出かけたことに対して、後でアゼルが怒られたりしたら元も子もない。とりあえず、第一関門クリアだ。
「ダメだって言ってるだろ!?」
「どうしてよ?」
頭ごなしにダメと言われ、いつものようにアゼルが過保護な兄に反論する。
「どうしてってお前っ…このウサギと二人でなんて危険過ぎるだろうがっ」
「何が危ないのよ?」
顔を真っ赤にしてわぁわぁと危険な理由(オレ自身が危険人物だという主張はもちろんアゼルに相手にされず、それ以外も誰と出かけても大差ないような、むしろオレが付いていた方が安心だろうというようなものばかり)をあげつらう兄と、聞き流して相手にしない妹。
恒例の兄妹ゲンカが始まったが、帽子屋の面々はいつものことだと言わんばかりに仲裁にも入らずそのまま食事を続けていた。
「アゼル、その日はオレと」
「その日お前は俺と資材の買出しだろうが」
理由が何であれ、目の中に入れても痛くない妹が危険人物と二人で出かけることをなんとしても阻止したいらしい。急に思いついたようにアゼルに詰め寄ったレイズに、向こうでパンを齧っていたジェムが横槍を入れる。
ちっと盛大に舌打ちをして不貞腐れたレイズがガタッと椅子を蹴倒さん勢いで立ち上がった。
レイズ、とその行儀の悪さを見かねてまたマリアンが注意する。
「ご馳走様」
そんな声も無視してガシャン、と乱暴に食器を流し台に片すとこれまた乱暴にドアを閉めて台所を出て行った。
まったく、とマリアンが呆れてため息を吐いた。
アゼルも肩を竦めてごめんね、と申し訳なさそうに見上げてくる。
見た目だけ難関の、第二関門クリア。
「ま、とりあえずレイズの言ってた‘危険’からはばっちり守ってあげるからさ。それに」
クスクス笑って頬杖をつきながら柔らかい銀髪を撫でる。
「サーシャの気持ちはありがたいけど君と買い物なんて、」
…物凄く疲れるのが目に見えてる上に。
「君のボーイフレンドに申し訳ないから、遠慮しておくよ」
知られたら、思いっきり面倒くさいじゃないか。て言うか付いてくるなよ。
予想外に立ちはだかった最終関門ににっこり笑いながら目線で圧力をかける。だがその笑顔とは裏腹な視線を真っ向から受け、サーシャはライムグリーンの瞳を可笑しそうにくるくる回した。
そうでなくても男爵家のサーシャの彼氏は知っているが、面倒事は起こしたくなかった。向こうもサーシャに聞いて、自分が帽子屋に出入りしていることはとうに知っているのだろうが、今のところ家の大人たちの耳には入っていないようだから(知られたら即呼び出しだろう)サーシャが止めてくれているか、あえて黙ってくれているんだろう。ならば、不興は買いたくない。
まだ、家族には知られたくないんだ。
「そぉ?ヤキモチ焼くかなぁ?」
「うーん、まぁ他の男と二人で出かけること自体面白くはないでしょうねぇ」
「二人じゃないわよ、三人よ」
「なんか本末転倒になってきてますねぇ」
「プレゼント一緒に選んであげるって言ってるだけじゃない」
「お嬢さん、自分が11歳のときに何が欲しかったかなんて覚えてるのかい?」
「えー、お洋服とか、靴とか?」
「それは今のお嬢さんが欲しいものでしょうが」
粗方食事が終わった帽子屋の面々のそんな勝手なやり取りを聞きながら、その中に引っかかる単語があった。
「……11歳?」
言ったジェムとアゼルを順番に見る。アゼルがこくん、と頷いた。
「あたし、こないだ誕生日だったから」
11歳になったの。なんでもないことのようにマグの中身を飲み干して淡々と言う。
衝撃の事実に、思わず固まった。
台所にいた全員の手が止まり、視線がオレに集中する。
いきなり黙りこくった周囲を見渡して、どうかした?とでも言うようにアゼルが首を傾げる。
「…」
「……」
「………」
「…………もしかして、知らないでアゼル誘ってたの?」
唖然としたサーシャの顔に、信じられない、と極太字で書いてあった。
うわー、やっちゃったよ、クレスってば…orz




