Exotic blossoms called SAKURA
桜開花記念。
いつもより短めです。
ある早春の午後、女公爵邸にて。
「お待たせー。……わ、リリス様、どうしたの?これ」
珍しい花が届いたから一緒にお茶にしましょう。
そう言ってお茶の席に呼び出した養い子は、リリスの私室のドアを開けるなり金色の目を丸くして声を上げる。
その視線の先には、薄いピンク色の花を大量に付けた大振りの木の枝が何本も、この屋敷で一番大きな花瓶に挿してあった。
「侯爵様が下さったの。なんでも、ものすごく遠い国から取り寄せたとか」
その国のことは、リリスも今まで聞いたことが無かった。
「サクラ、という名前だそうよ」
リリスも最初見たときは驚いた。茶色い枝の先の、新緑の葉と同じところに小さなピンク色の花が直に付いている。それも一つや二つではなく、どっさりと。
‘花’と言えば色を問わず薔薇のことを指すレイシーでは、それ以外の花はあまり重用されない。好まれないというわけではないが、どちらかと言うとメインの薔薇の引き立て役として用いられることが多かった。こんな風に薔薇以外の花だけが花瓶に活けられるなど、滅多に無いことだ。
初めて見る花に興味津々といった体で花瓶の傍に置かれたチェストの上に寝そべり、枝の一振りを摘んで目の前に引き寄せた少年に声をかける。
「ドーン、お茶は?」
「飲むー」
そう返事はするものの、少年は一向に花の傍を離れる気配が無い。
「温室で育てられないの?これ」
「私もそう思ったんだけれど、その国とここではだいぶ気候が違うようだから、難しいでしょうね」
「ふぅん、残念だねー」
花を至近距離で観察しつつ、最後はいつも通りのどうでも良さそうな声音で残念がった。
「ねぇ、お茶とって」
「こちらでお飲みなさいな」
チェストの上から侍女に声をかける少年に、リリスは珍しく母親らしいことを言った。
ドーンはちらりとこちらを見るも、またすぐ視線をサクラに戻す。
「ここでいいよ、チャーリーがいるし」
目をやると、サクラと反対側のもう一脚のソファにはいつの間にかエリマキオオトカゲのチャーリーがちゃっかりと居座っていた。
「…そうね」
うん、と空返事はしつつもやはり花から目を離さない少年とサクラを眺めつつ、膝に抱いたイグアナを撫でながらリリスもしばらく無言でお茶を飲む。
「リリス様って、ピンク色のドレス持ってる?」
飽きずにサクラを眺めていたドーンが、不意に口を開く。
リリスはカップをソーサーに戻して、自分のワードローブを思い返した。
「…いいえ」
普段は比較的濃い色目ばかりを選ぶリリスのワードローブの中には、薄いピンク色は無かったはずだ。
今日来ている家着用のドレスも赤紫色だった。
「じゃぁ、今度ドレスを作るときはピンクにしなよぉ」
こんな感じの薄いピンクで。ひらひらのやつー。
華奢な花びらをつつきながら、ドーンは楽しそうに言った。
「私に似合うかしら」
ピンクなんて、まだ母が生きていた頃に着せられたきりだ。
「似合うよ」
そう言いきると、少年はむくっと起き上がってイグアナを膝に抱いた養母の座るソファの背に逆向きに腰掛ける。
「ピンクのドレスに、茶色の髪に、緑の瞳。こんなに綺麗じゃない」
手折ったサクラの小枝を栗色の髪にそっと挿した。
―ボクは、嘘は吐かないよ?
金色の瞳が楽しげに光った。
女公爵がとある夜会にサクラ色のシフォンドレスを着て現れ、その場にいた全員の感嘆の視線を攫ったのは、その少し後のこと。