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The order of priority

後半、ぼかしてはありますが残酷描写あり。


ご注意を。


正式に女公爵となることが決まったリリスの元に、一時期下火になっていた求婚者の大行列が復活している。窓の外のそんな呆れた光景を見下ろしつつ、リリスはキアランの読み上げる今日の予定を聞き流していた。


「あの方々はいかが致しましょう」


予定を読み終わったらしい執事が昨日と同じように主に問う。


「丁重にお引き取り頂いて」


昨日と一字一句違わない返事を返し、窓から離れた。


「ですが」


昨日もあの列を解散させるにはかなりの時間と労力を要し、キアランの通常業務に大幅な支障をきたしていた。

また今日もそれこそ箒で追い払いたいのは山々だが、それなりに、いや、かなり身分もあり財もあるから邪険にも出来ない、我が主の魅力に惹きつけられて来たどうしようもなく面倒なアブラムシたちを、一つ一つピンセットで丁寧に排除する作業に半日以上を費やさねばならないと思うと、コメカミに血管の一本も浮こうというもの。


「今はお相手はしていられないけれど、パーティーにはあの方たち全員ご招待しますから、きちんとお名前は控えておいてね」


キアランにそう言いつけてリリスは部屋を出た。



求婚を受ける気はさらさら無いが、窓の外の彼らの協力なしではリリスがこれから着手しようとしている事業は立ち行かない。


確かにリリスの爵位継承式までの向こう3ヶ月の予定はキアランのスケジュール帳が黒くなるくらい埋まっていた。現に今日も、これからリリスが新たに買い上げた孤児院の視察に行く。






先日父公爵からの引継ぎを兼ねて、貴族会の会議に初めて参加した。

様々な議題の提出、現状報告が繰り返されていく中で、最後に挙がったのが兼ねてから延々方針が定まらないでいたらしいいくつかうちの一つ、城下の孤児院の維持管理だった。


現在レイシーに13ヵ所ある孤児院。その地域ごとに宗教家や慈善活動家によって独自に運営され、生活環境や教育レベルもバラバラで、養子に出す際も里親にこれといった基準は無い。結果、引き取られた子のその後が杳として知れなくなってしまうケースも後を絶たないらしい。


そんな現状を口では何とかしなければと言いつつ、誰も手を挙げて取り組もうとはしないらしい。

どうでもいいのだろう、市井の末端で喘ぐ孤児たちのことなど。


現状の報告だけ為され、おそらく幾度となく繰り返されて来たのだろう閉塞感が漂う会議場に、ふいに鈴を転がしたような声が響く。


「私がやりましょう」


重苦しい沈黙が支配する部屋中の視線を一度に集め、形の良い唇が弧を描いた。


「父から領地を受け継ぐ以外、新しく何か私に出来ることはないかと思案していたのですよ」


改善方針を練って後日ご報告致しますわ。



リリスはそう言うと、後ろに控えていた次官に議題の詳細を寄越すよう指示を出した。



ひとまず公爵家の私財を投じてレイシーにある全ての孤児院を買い上げること。

団体を新設し、身寄りの無い子供達が将来自立できるように一般水準の衣食住および教育を与えること。

一孤児院につきその収容人数を定め、大幅に超えての受け入れをしないようにすること。

里親を申し出た者の身元や職業確認、子供がその後生活する環境や仕事をさせる場合はその内容の確認をきちんとし、規定に満たない者の元には里子に出さないこと。


これらの内容をまとめ議会に提出すると、あれこれと質問が噴出する。


一番の問題はその運営資金。税を投入するでもなく、公爵家が私財で王都中の孤児を養うというわけもなく。


「策がいくつかございます。ご心配には及びませんわ」


美貌の次期公爵は、議会に居並ぶ狸爺共に悠然と微笑んで見せた。







馬車の中で、同行させた従者のガルトからこれから向かう孤児院の現状報告を聞く。


2年前から公爵家で働くようになった青年。本当ならキアランが同行するのだが、今日は行列にかかりきりで屋敷を離れられないので、キアランが代理を指名した。何か代理が必要な時にはキアランはこの青年を使うことが多い。

深い緑色の髪を短く刈り込み、切れ長の薄茶色の瞳は冷ややかで沈着。若いが優秀な男だった。何よりリリスに好色な視線を一切向けない点が、キアランが彼を重用する理由だった。


報告を聞き終わったリリスが形の良い唇をへの字に曲げて窓の外を見据える。

これまでの中で一番状態の悪い孤児院だった。

場所がスラムに近いことも大きな要因だろう。


買い上げたときには警備隊を配備し、管理官らを全員逮捕した。闇組織との繋がりが濃厚だったからだ。

現に里子の失踪率が驚くほど高かった。というより、その記録さえまともに録っていなかった。

ここから辿って組織壊滅を目指すのは軍の仕事なので、報復を警戒してリリスの周りも警備が増強されたが、もう直接は関知しないことにする。

現在は他の孤児院の管理官を臨時で派遣しているが、新しい管理官の採用が急務だった。


ここで育った子供たちは、何もしないでいれば将来のスラムを形成する一端となるのだろう。不の循環を止めなければ、堕ちてしまったものを底辺から引っ張り上げるのは容易ではない。


レイシーの底辺の底上げが、治安、景気、全てにおいて必須である。
















…………というのは建前で。




別に、何でも良かったのだ。









ただ、滑稽だと思っただけで。



男としても女としても失格で、どう在っても子を生せない自分が好きでもない他人の子の面倒を見ようなどと。

もとより取り立てて子供が好きというわけでもない。普通に生活していれば、人間の子供がリリスの日常に入り込んでくるなど、そうあることではないだろう。


「無いものねだり、なのかしら」


人はそれがなかなか手に入らないとなると、いらないものでも欲しいと感じてしまうものらしい。あの会議場で手を挙げてしまった自分を、まるで他人のように分析する。

何らかの理由で親を失くしたあの子供たちに同情し、哀れみこそすれ、愛着など沸くはずも無かった。その必要も、無かったが。


窓の外の荒んだ町並みを眺めつつこぼした言葉に、資料に目を落としていたガルトが顔を上げる。


「まぁ忙しくしていれば、いろいろと言い訳も立ちやすいわよね」

「…言い訳、でございますか」


女公爵の位を戴いても、それすなわち結婚せず独身でいても何も言われなくなるというわけではない。ただ結婚しなくても肩書きと仕事を得ることができる、というだけだ。隙あらば女公爵の夫の地位を狙うロクデナシはこれからも後を絶たないだろうし、リリスの次の代の跡取りはどうする、といった問題はこれからもずっと付いて回る面倒事には違いない。


ならばと、リリスは自立して一代で何か事業を築き、文字通りの独身貴族になる道を選んだ。その後は父の末弟である叔父か甥辺りの血縁者で、才能のある人間を選抜して事業の継承者として爵位を継がせればいい。それならば結婚せず年を重ねても後ろ指を差されることは少なかろう。

結婚せずとも身が立つのであれば、リリスにとって結婚は無用の長物であり、面倒なお荷物にしかならなかった。



ここまで考えて、今更世間体を気にしている自分に気が付き、リリスはクスクスと笑い出した。



「いかがなさいました」

「いいえ、可笑しいな、と思って」



ガルトは自分の秘密を知らない。目の前に座るガルトの怪訝な顔を見やり、なんでもないのよ、と笑ってみせた。





◆◆◆◆◆






孤児院に着くとトラブルが起きていた。


それまでの管理官を排除して他から人を寄越したのはわずか3日前のこと。

その短い間に、他から派遣されてきた管理官たちはぐったりと疲れきっていた。


ガルトがここに足を運ぶのは2度目だが、その度にこれで最後にしたいと心底思う。

それほどこの孤児院は荒廃し、子供たちは一様に死んだ目をしていた。



聞けば、トラブルの無い日は無いこの院でもあまりにも目に余るので、これまでの院内での罪状を軍に報告し、大人と同様一度城の牢に入れるべきとの意見も出ている大問題児だった。

その罪状のほとんどが盗みであったが、更に悪いことにその際度々人を傷つけることもあったいう。どんな罰を与えてもものともせず、闇組織から引き合いの手がこなかったのが不思議なくらいだという。管理官の制止も聞かず、お嬢様は犯人の少年を呼び寄せた。


ガルトは目の前に引っ立てられて来た少年を苦々しい思いで見ていた。こんな汚らわしい小僧がお嬢様の前に立つなど、腹立たしいことこの上ない。本当に牢にぶち込んでしまえばいいと、心から思った。


呼び出された少年はまるで囚人のように後ろ手に両手を拘束され、ガリガリに痩せているのに目ばかりが爛々と光っていて、一種異様な雰囲気を放っていた。お嬢様を前にしても、臆することも無く唇を歪めて薄く笑っている。



お嬢様はそんな刃物のような少年を興味深そうに眺め、一言だけ聞いた。


「どうして、ここを出て行かないの?」


その少々的外れとも聞こえる問いに、少年は歪めていた唇を凍りつかせ、一瞬目を見開いた。


「言うことを聞かない悪い子は、頭からバリバリ食べられてしまうのよ?」

「………」

「…そう。じゃあ、一緒に行きましょうか」


無言で答える少年とガルトに向かってそう言うと、お嬢様は優雅に立ち上がるなぜか嬉しそうに笑いながら部屋を出て行った。




部屋を出て、たまらずお嬢様に声をかける。


「お嬢様、あの少年は…」

「連れて帰るわ」

「………本気ですか?」


前をスタスタ歩きながら信じられないことを言い出すお嬢様に、思わず一歩踏み出し間を詰める。


「悪い子には、お仕置きが必要でしょう?」


振り向いたお嬢様は、その綺麗な顔に心底楽しそうな笑みを浮かべていた。


「…当然、同席はさせられませんよ。後ろの荷台に括りつけていきますからね」


主の望みを叶えるのも、危険から遠ざけるのも、使用人の務め。一歩下がり、思わず大きく息を吐いた。









到着する頃には今朝方からの大行列は綺麗に片付けられていた。リリスは出迎えたキアランに、ご苦労様、と声をかけ、すぐに屋敷には入らず少年を連れて林に向かった。

キアランは荷台に括りつけられた少年を見て最初目を見張ったが、お嬢様が、林に連れて行くわよ、と言うと更に目を丸くし、ガルト自身も我が耳を疑った。


まさか。


そんな使用人たちを見て、お嬢様は不思議そうに小首を傾げた。


「どうしたの?管理官たちがこの子に手を焼いていたから、お仕置きをしようと思って」

「ですが、リリス様…」

「大丈夫よ、結果がどうなっても、困ることはないわ」


…どうなっても、構わないらしかった。確かにこの小僧がどうなろうが、さしたる問題にはならないだろう。



結局あの後、いつもはトランクなどを載せる馬車の屋根の上に気絶させたまま文字通り括りつけて運んできた。院長室から連れ出す際、暴れられては困るので気絶させ目と口を塞ぎ、手だけでなく足も拘束した。そうまでしないと危険だと、この数日を目の当たりにした管理官たちが口を揃えて言うからだ。


そして今は、楽しそうなお嬢様といつも通り澄ました顔のキアラン、件の少年を担いだ下男とガルトの4人で公爵家別邸の裏に広がる林の中を歩いている。

下男に担がれた少年は先ほど目を覚ましてからしきりに何かを訴えているが、口を塞がれていたので唸り声しか漏れない。どうせ聞いたところで罵詈雑言だろうから、外してやる素振りは誰も見せなかった。


「お嬢様はどういうつもりなのでしょう」


いつもとなんら変わらなく見えるキアランの横に並び、小声で聞いてみた。


「…お前の想像している通りだろうよ」


こちらを向くことすらなく、キアランはぼそりと返してきた。


「っ…ですが…っ」

「何?どうしたの?」


思わず大きくなった声に、数歩先を行っていたお嬢様が振り向く。


「なんでもありませんよ、リリス様。お足元にお気をつけて」


そつなく答え、キアランは楽しげに前を行くお嬢様を眺めながらまた小声で言った。


「……優先順位の問題なんだ。あの方に仕えるつもりなら、心しておくことだな」








蓑虫状態の少年を担いで、一行は林の奥にある大きな池に辿りついた。



到着するとお嬢様は下男に向かって、目隠しを外してあげて、と言った。

下男は少年を地面に降ろし、言われた通りに少年の目隠しだけ外す。

いきなり明るくなった視界に顔を顰めつつ、少年はせわしなく周りの状況を見渡した。


そんな少年の前に屈んで、お嬢様は楽しそうに話しかけた。


「あなたはこれまでに、どれだけの人を傷つけたのかしら?」

「…」

「言ったわよね?悪い子には、お仕置きが待ってるのよ?」

「…」


喋ろうにも口を塞がれている少年は、ギラギラとした目で威嚇するようにお嬢様を見上げている。そんな視線もまるで気付かないように、お嬢様は楽しそうに続ける。


「お仕置きが済んだら、あなたは自由よ。行きたいところに連れて行ってあげるわ。どこか行きたいところがあればそこに、あの孤児院に戻りたいのなら戻してあげる。あ、あなたのお友達のところでもいいわよ?」


にっこり、という形容がふさわしい笑顔を向ける。

それに反比例するかのように、少年は見る見る青ざめ、ガタガタ震えだした。


「少しは反省する気になったかしら?」


脂汗を浮かべてカクカクとうなずく少年に、お嬢様は天使の微笑みを浮かべた。

そして、下男に目で合図をする。心得た下男は少年と一緒に担いできたロープを少年の腰に括りつけ、さっきと同じように少年を担ぎ上げた。

声にならない唸り声を上げて少年は暴れるが、何しろ身動きが取れないので為す術もなく、池に向かって運ばれていく。


「大丈夫、たった3分よ」


地獄に一歩一歩近づいていく少年に、お嬢様は明るく声をかける。


「3分経ったら、引き上げてあげるわ」








がんばってね。自業自得よ。








その小さいつぶやきは、林の中に突如上がった大きな水音にかき消された。










まさか五体満足で少年が3分後を迎えられるとは思わなかったが。






激しい水音が辺りに響く。それに混じる、硬いものを砕く音。


直視出来ず、目を逸らして吐き気を抑えるのがやっとだった。





















3分後。




赤黒いマーブル模様を描く水面には、指一本、浮かんでこなかった。



























―言うことを聞かない悪い子は、頭からバリバリ食べられてしまうのよ?






























愛する肉食ワニたちの食事風景を見届けた貴婦人がくるりとこちらを振り返る。

その天使と讃えられる美貌に歓喜を乗せて、ガルトの美しい女主人はこう言った。


「孤児院に手をつけて正解だったわ」


















公爵位継承式の、3ヶ月前のこと。








このサイトをご利用の地震の被害に遭われた皆様に、深く、深くお見舞い申し上げます。


雪白はひとまず元気でやっております。

関東在住の私も11日には震度6を体験しましたが、有難いことに身内や周りにさしたる被害も無く、またこうしてお話の続きを更新できました。


この不思議の国の住人たちが、ほんの少しでも皆様の気休めになれば幸いです。今後は少し時間が持てそうなので、更新速度も上げていきたいと思います。


クロンダイクはひとまずこれでひと段落です。本当は3話くらいで収めようと思ってたのに思いがけず長くなってしまいました。。。このリリス様編に関しては「目指せ!グリム童話」でしたが、自分の文才の無さに改めてぐったりです。。。。

シリーズにして切り離そうかとも思ったんですが、ひとまず、この状態で行きます。

行き当たりばったりで申し訳ない。。。orz


次はアゼルやクレスたちのお話に戻ります。

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