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To see Zack again


「キアラン、ここで二人だから十分だわ。帰りましょう」


女公爵は御者台に座る黒服の男にそう声をかけ、馬車に乗り込んだ。


あの後、管理官に自分の身の回り品をまとめるように言われた。ザックのいるところに連れて行ってくれるらしい。孤児院を移ろうが、ザックと一緒なら楽しくやっていける。もうこの孤児院には未練はなかった。

ようやくザックに会えると嬉しく思うを同時に、様々な疑問が頭をもたげる。


連れて行ってくれるとは言われたが、やはり具体的な場所は告げられない。

女公爵に食ってかかって、むしろ処罰対象になるはずの自分の願いをどうして聞き入れてくれたのか。

ザックを覚えてもいなかったのにどうして居場所がわかるのか。


…用心するに越したことはないな。


手荷物をまとめて外に停めてある馬車の前に行くと、そこには帰り際の女公爵と黒い服を着た男、それに自分と同じように荷物を持った少年がもう一人。この孤児院で一番太ってる奴。特に普段絡むことも無いから、名前も知らないし、必要も無い。デブ、と言えば奴のことだから。


奴の方も自分一人だと思っていたらしく、チラチラと怪訝そうに向けてくる視線が鬱陶しい。


所在無さげに荷物片手に佇む二人に、キアランと呼ばれた男が声を掛けてきた。


「お前たちはこっちだ」


男は自分が座っていた御者台を顎で指し、荷物を屋根の上に上げる。


…十分って、何のことだ?


女公爵の台詞が気にかかったが、ひとまず荷物を男に手渡すと御者台に上がる。



初老の男は、無言で御者台に上がると窮屈そうに自分らの間に身を収め、馬車を発進させた。









王都は広い。





ザックと会えても、またそこで一緒に暮らせるという保証も無い。荷物もまとめてきたからもうあの孤児院に帰ることはないだろうが、自分が次にどこに移ることになるのかなどは何も聞かされていなかった。

どうせ、ザックもいないあんな場所に未練は無いけれど。もしまたザックと離れ離れにされるようなら、二人で脱走して、ストリートに戻ろう。ザックだって、賛成してくれるはずだ。

孤児院での、管理され監視される生活はどうしても自分たちは馴染みきれないものだったから。



窮屈な御者台に乗せられ、連れていかれるのは女公爵自身の屋敷らしい。始めの頃はデブが黒服の男に二言三言話しかけていたが、手綱を握る男は少年と会話をするつもりは毛頭無いらしく、移動している間は終始無言。その内デブも諦めたのか、何も言わなくなった。

その間そんな二人には目もくれず、自分はひたすら周りの風景を眺めて、頭に叩き込もうとしていた。

いざとなっても、自分の住んでいたエリアに戻れるように。


馬車はどんどん見知った風景から遠ざかって、やたら大きな家が増えていく。

…もう孤児院を出てから一時間は経っただろうか、太陽が中天に近い。貴族のお屋敷をいくつも通り過ぎ、いつしか周りに大きな木が増えてきた。


角の目印になるものだけでも目に焼き付けておこうと、座った右側ばかりを向いていたから、その屋敷に気が付いたのは鉄の門をくぐる直前だった。










馬車が止まったのは、森の中に建っている、と言っても過言ではない木々に囲まれたこじんまりとした屋敷。いや、これでも十分大きいのだが、ここに来るまでに並んでいた大邸宅を見た後では、小さく感じてしまうのも無理は無いだろう。


…公爵って、貴族の中でも偉い方じゃなかったか。


これが数ある別邸の一つに過ぎないのだと知らない少年は、心の中で首をかしげる。

そして屋敷の後方に木々の合間に見える、キラキラ光る…建物?

温室というものを初めて見た少年には、それが何なのかが判別することが出来なかった。



痛くなった尻を押さえて周りをきょろきょろと見渡す自分たち二人を置いて、さぁ着いたわよ、と馬車を降りてスタスタと一人屋敷の中に入っていってしまう女公爵。

ふと視界に入ったその横顔の冷たさに、警戒の数値が一気に跳ね上がった。



そして今。



女公爵は、ザックに会わせてくれると言ったのに。未だその気配はない。



更にランチだと呼ばれて、今までの人生で一番豪勢な昼食が目の前に並べられている。

てっきりすぐに別の孤児院のどこかに移されるものだと思っていたので、この状況の意味がわからない。





見返りはなんだ。






目の前のご馳走を見ながら考える。


タダより高いモノはない。

他人からの無償の親切なんてものは有り得ない。




ザックと二人でストリートで生きてきた時に学んだこと。




絶対こんなに必要ないだろと思うくらい長いテーブルには、大分離れた右側にデブ、左の遠い端には女公爵がお誕生日席に着いていた。


どうしてこんな。




目だけ右に向けると、デブが小さい目を可能な限り丸くしてテーブルの上のご馳走を食い入るように見つめていた。


ご馳走は確かにすごく魅力的だけれど。


肝心なのはそんなことではなく。






………ザックはこの家にいるのか?





少なくとも、今まで連れて行かれた子供たちがお屋敷にいるという噂は嘘なんだろう。この家には、子供がたくさんいる気配がしない。おそらくザックもここにはいない。確たる証拠も無いが、そんな気がする。直感、とでも言ったらいいだろうか。





「お腹いっぱい食べなさいね」


ひどく遠いのによく通る声で女公爵はそう言って、紅い飲み物が入った変な形のグラスを笑みを刷いた口元に運ぶ。

それを合図に、後ろに控えていた制服の女の人たちがグラスにオレンジ色の飲み物を注いでくれる。


「女公爵様」


横では気忙しくいつもの食事の前のお祈りの型を取って、デブがさっそく目の前の大きな肉にかぶりついていたが。


今日二度目、料理に手をつける前に女公爵に挑むような視線を向け、問い詰める。


「ザックはこのお屋敷にいるんですか」

「ここには、いないわね」


のんびりとした返事に眉間にしわを寄せる自分に向かって、グラスを置きながら憎らしいほど綺麗な、警戒心をやたらと掻き立てる笑みを浮かべ、続ける。


その絶世の美貌に向かって、喉まででかかった言葉をどうにか飲み込む。




ふざけるな。約束が違う。




怒鳴りつけてやりたい衝動を抑え、ぐっと押し黙る。

ここで拗れたらザックに会えない。


「まずはお食べなさいな。心配しないでも、午後にはまたここからザックのいるところに移動しますよ」


なだめるようにそう言うと、横のデブに向かってこう言った。


「最後にデザートが出るから、その分のお腹は残しておきなさいね」


さぁ、あなたもお食べなさい。おいしいわよ。


再度女公爵にそう促され、更には不覚にも腹の虫にも催促され、渋々という態度を全面に出してフォークを手に取った。







 







食事の最後に出されたのは、まるで絵本に出てきそうな、宝石のような苺の載ったケーキだった。


腹が満たされたことで落ち着きかけていた心拍数がまた跳ね上がる。







……ケーキは嫌いだ。






記憶が正しければ、デコレーションケーキを食べるのは5年ぶりのことで。


最後に食べたのは、まだ両親が生きていて、帰る家があって、自分の家族が普通の親子だった頃。

年に一度だけ、自分の誕生日に父さんが一切れだけ買ってきてくれる、白いクリームと真っ赤な苺のケーキ。


決して高いものではないことは知っていた。

近所のケーキ屋で二番目に安いそれは、だが年に一度にしか食べられない特別なものだった。











…見ているだけで胸がジリジリと焦げつく感じがする。










あの頃を思い出すから。






テーブルの上の食事はどれもこれも悔しいくらいおいしかったけれど、ケーキだけは、手を付けなかった。




「苺のケーキは嫌い?」


渋い顔で目の前のケーキを睨む自分に女公爵が声をかけてくる。


「…嫌い、です」

「そう、残念だわ」


なぜ、とは聞かず、形のいい眉を少しひそめてそう言うと、デブに向かってこう言った。


「随分と食が細いのねぇ。あなたくらい身体が大きければ、たくさん食べるのかと思ったけれど」

「別に大食いってわけじゃないんです」


デブはケーキを飲み込んで返事をした。

テーブルを見ると食べきれずに残している皿がいくつかある。

それほど大量だったわけではない。現に自分は特に苦も無く完食した。…ケーキ以外は。


「昔から、なぜか太ってるんです」

「孤児院でも皆より大きかったわよね?」

「!…違います!食べ物を盗んだりしたことなんてありません!」

「嘘付け」


誰もそんなことは言っていないのに、慌てて言い訳を始める。

新しい紅茶が注がれるカップを見ながら思わず横から口を挟んだ。


疚しいことがあるから慌てているんだろうに。


「違うんだ!いっつも皆僕が盗ったって言ってけど!お父さんもお母さんも太ってたから僕も似ただけなんだ!僕は…」


デブが自分に向かって焦ったように言い募る。


「お止めなさいな、二人とも」



冷ややかに口元だけ歪めて横目でデブを見やる自分と、身体ごとこちらを向いて唾を飛ばしてくるデブ。

女公爵はフォークを置くと、自分たちの言い合いを諫める。


「…そうなの。それは辛かったわね」


デブに向かって同情するような、しかしなぜかどこか嬉しそうな顔をする女公爵。


「これから行くところは、そんなことを言う人は誰もいないから安心なさい」


お茶を飲んで落ち着いたら、出かけましょうね。


そう笑顔で言って、少年たちに食後の紅茶を促した。






そして最後にお茶を飲んだ直後。









































横でカップが割れる音が聞こえたのが、最後だった。




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