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Miss Mom

Klondike=クロンダイク。


完全番外・リリス様編。




時間は少し遡って。




どうやってか早朝にリリスの部屋に乗り込んできたドーンが、朝食後恒例のキアランのお説教中に寝落ちしてしまった後、リリスは孤児院の視察に出かけた。




レイシーに13ヵ所ある孤児院。現在はその全てをリリスが主催する団体が運営している。

かつてその地域ごとに宗教家や慈善活動家によって独自に運営され、生活環境や教育レベルもバラバラだった国内の孤児院。地方のそれらは各領主に委ねられているが、レイシーにある13箇所に関しては数年前に全て買い上げ一括管理し、将来自立できるように身寄りの無い子供達に一般水準の衣食住および教育を与えようという趣旨の元、一孤児院につき平均200人程度の規模で運営している。


自ら各孤児院を回り、子供たちの様子を見て歩く。管理官達から現状を聞き、要望や改善点を話し合う。

部下に一任している定期的な視察以外でも、時折リリス本人が足を運んでいた。しかも抜き打ちで。その方が現場の人間も気を引き締めて仕事に従事し、あってはならない不正や虐待を見抜ける確率も上がるからだ。

リリスが手を掛ける以前の一部の孤児院内部の惨状を、繰り返さないために。管理官一人ひとりは採用時にリリス自身も面談し、身元も確かな人間のみを採用していた。



孤児院の門に馬車をつけると、年嵩の女性管理官が慌しく外に出迎えに出てくる。


「女公爵様、ご機嫌麗しゅう」

「出迎えなど不要だと言っているでしょうに」


他の管理官達は子供たちを玄関前に呼び集めて整列させている。がやがやと騒がしい子供たちの声が門の外まで聞こえて、リリスはそう言いつつもふふっと微笑んだ。






久しぶりに、自分たちの養母がやってきた。


管理官がけたたましく持ってきた知らせに、やる気無さ気に芋の皮を剥いていた少年は軽く瞠目して視線を管理官の方に向けた。小さくため息を一つ吐いて、持っていた剥きかけの芋とナイフをバケツの中に放り込んで立ち上がった。


正確には養母代表、といったところか。実際のところ、自分たちの生活は大勢の貴族やお金持ちが寄せてくれた寄付金で賄われているらしい。そして音頭をとってその寄付金を集め、孤児院を運営してくれているのが、



この別世界の人。



管理官たちは、自分たちが雨露をしのげ毎日の食事にありつけるのはこの女公爵の、更に寄付をしてくださる貴族の方々のおかげなのだと、毎食前に子供たちに話して聞かせていた。ある種の刷り込みにも近いそれは、それまでの生活で多かれ少なかれ人間不信のきらいのある子供たちの心に、どの程度浸透しているか。


少なくとも、少年はこの孤児院には絶対何か裏があると信じて、いつでも逃げ出せる準備を怠らない。外への抜け道も見つけてあるし、ベッドの下には必需品を詰めたリュックサックを隠してある。


でもそんなのはストリート上がりの中でもほんの一部の連中で。そもそもここへ来たのも去年の大寒波の際、仲間の一人が風邪をこじらせて死に掛けたから、仕方なくだった。あの時ここの管理官に拾われなかったらそいつは助からなかっただろうし、それについては感謝もしている。


だけれど。


言葉には出来ないけれど、脳内では絶えず「ここにいてはいけない」と警鐘が鳴る。毎日の寝床も食事も保障されているここで一年以上月日が流れてもそれは止むことなく、他の連中がどんどん警戒心を無くしてこのぬるま湯に浸かっていく中で、自分と相棒だけがここにやって来た当時と同じようにいつまで経ってもこの組織集団に馴染めず、浮いた存在だった。





理由なんてはっきりとは言えない。






空気が、歪なんだ。












玄関ホールに着くと、もう大部分の子供たちが集まっていた。

自分と相棒がそんな凍った目で周りを眺める中、時折訪れる美貌の貴婦人に、ある子供はキラキラとした羨望の眼差しを向け、ある子供は惚けたように口をポカンと開けて見入り、ある子供は自分たちと同じように不信感を内包した視線を向けた。


そんな子供達の多くは、自分達の現在ある環境を整えてくれた雲の上の存在に、感謝と敬意と、畏怖を多分に込めてこう呼ぶ。




『ミス・ママ』






ママは来ると時折、目をかけた子を孤児院から連れ出した。その子らはストリートで生活していた頃の名残が消えない素行の悪い問題児であったり、決して贅沢とは言えない孤児院の食生活にあってなぜか肥満体型である子だったり、逆に容姿も成績も優れた評判のよい子であることもあった。



ただ一つわかっていることは。


養子に出されるわけではない。



養子に出される時は、必ず子供を引き取りたいという夫婦が孤児院に一度は孤児院を訪れる。そして希望に適う子供を品定めして、気に入った子がいれば申請を出して後日引き取りにやってくる。この時は必ず養父母が迎えに来るので、女公爵自らが連れて行くことはない。養子縁組は引き取り側にいろいろ条件があるらしく、条件に満たなければ破談になることもあるらしい。



だからこそ、どこに行ったのか、という話になる。


前者二者の場合は環境を変えるために孤児院へ転院させたのだとか、後者はママがお屋敷で直々に面倒を見てくれ、貴族様のような生活が出来るのだとか、模範として他の孤児院に転院したのだとか、様々な噂が子供達の間に上っていた。






なぜ噂なのかと言うと。






ママに連れられていった子らのその後を、どの大人に尋ねても誰も答えてくれないからだ。









「女公爵様」


恒例の全員挨拶が終わって、子供たちがそれぞれ与えられた仕事や勉強の続きに戻っていく中、女公爵を呼び止める。




口元を引き結び、今日こそは、そう意を決した表情で貴婦人の前に立った。








以前、一番の親友がママに連れて行かれたっきり連絡がつかない。


誰に聞いても、行方を知らない。


嫌だとはっきり断ったのに、問答無用で連れて行かれた。




今頃どうしているんだろう。元気でやっているんだろうか。

この孤児院に入る前、ストリートで生活していた頃から一緒に生きてきた仲間だ。いざとなったら二人で逃げ出せるように、外への抜け道も自分とあいつしか知らない。

家族以上の仲である自分に、あいつが連絡を寄越さない訳がない。もし連絡がくれば、こんなところさっさと抜け出して会いに行くのに。



闇雲に探しても、王都は広い。子供の足で探せる範囲など高が知れている。





なら、連れて行った本人に聞くしかないではないか。






あのクラクラする程綺麗な笑顔に騙されちゃいけない。





「前に女公爵様に連れて行かれたザックは、今どこにいるんですか?」

「ザック………?ごめんなさい、どんな子だったかしら」



ママは、覚えてもいなかった。






少年はカッとして言い募る。


「ママが自分で選んで連れて行ったんじゃないですかっザックは」


聞きつけた管理官が慌てて駆け寄ってくる。


「女公爵様に謝りなさい!失礼な口を利いて!」


少年を叱りつけた管理官に、貴婦人は「いいのよ」と悠然と微笑み、少年に問うた。





「…ザックに会いたい?」















◆◆◆◆◆





その日もいつもどおり、午後の日課である院の裏手にある小さな菜園の手入れをしていた。

だいぶ涼しくなったとはいえ、日中畑で作業をするときには半袖で十分だ。


そうでなくても僕は一年の大部分を半袖で過ごしている。冬場に他のみんながセーターを着込んでいても、自分だけはシャツ1枚だったりすることはザラだった。

幼い子たちに寒くないの?と聞かれると、はにかみながらこう答えるのが常。


「肉が分厚いから大丈夫だよ」


そう言いながら、キャッキャと笑い声を上げて順番にぶつかってくる子を持ち上げて部屋ならベッドなり、庭なら干し藁の上なり、近くの落としても痛くない場所にポンポンと落としてやるのがお決まりだった。


そしてその光景を遠巻きに見る一部の子たちから聞こえよがしに囁かれる、根拠のない疑い。


「この間の××協会がくれたパン、保存庫から無くなったらしいぞ」

「あぁ、どおりで腹回りが」


証拠も、何もない。

本当は誰がそのパンを盗ったのかなんて、知らないけれど。


人と同じものを同じ量食べて、体に蓄えた脂肪の量は人の倍以上。


疑われてもしょうがないのは、自分でもわかってはいる。

元々太りやすい体質なんだろう、どうしてこんなに太っているのか自分でも不思議なんだから。

何かの病気…でもないと思う。特に痛いところも無いし。



「女公爵様がいらっしゃったので、全員急いでホールに集まりなさい」


菜園まで管理官が呼びに来たのでそれまで一緒に作業していた子供たちと泥のついた手を洗い、急いで玄関ホールに向かう。


女公爵様が孤児院を訪れると、子供たちが総出で出迎えをし、揃って挨拶をする。


あの人はいつも突然やってくる。だいたい2,3ヶ月に一度。こちらの都合はお構い無しだ。

その度に管理官はあたふたと走り回り子供たちを玄関ホールに集め、自分たちはその時やっていた作業を中断させられる。


自分たちがホールに着くと、もう他の子供たちは粗方揃っていた。

孤児院の子供たちの大半は、絵から抜け出てきたように綺麗なあの人に憧れを抱いている。女の子たちは特に。

自分は女の人のファッションなんて全然わからない。ましてや貴族のなんて尚更だが、たぶんあの人にとってはとても地味な格好をして来ているんだろう。

ここに来る時の女公爵は大きな宝石を着けているわけでもないし、着て来るドレスは色自体は自分たちの服の色と差して変わらない。今日は飾り気の無いモスグリーンのドレスを着ていた。レースも付いてないし、スカートも仰々しく膨らんでいない。それでも、あの人は何を着ていようとも、自分たちとは別世界の人だった。


女公爵を嫌っている奴らは「大人は、特に金持ちは皆敵だ」と信じて疑わない一部の連中で。そういう連中のほとんどは、ここに来る以前大人にひどい目にあわされていた経験を持っている。


彼らはあまり当時のことを人に話すことはないが、彼らの体にある傷跡や、何よりその瞳の奥にある暗い光が、それ以外の子供たちとの間に目に見えない溝を刻んでいた。


自分も、あの方のことを悪く思うなんて罰当たりなことだと思う。あの方のお陰で毎日ご飯と今晩の寝床があるというのに。


2年前に両親が流行り病で死んだとき、まだ10歳だった自分がここに引き取られることがなければ、路頭に迷って今頃生きているかどうかも怪しいと思う。

ここにいる子供たちの多くが自分と同じような境遇の子だ。親がいなくなったか、親に捨てられたか。



いずれにせよ、自分の帰る家が無くなってしまった子供たちの寄せ集めだ。





全員挨拶が終わって皆がバラバラと解散し始め、さて自分も菜園に戻るか、と足を向けた時、背後で大声が上がった。振り向くと、見覚えのある少年が女公爵に食ってかかっている。他の子供たちも何事かと足を止めていた。すぐに管理官が駆け寄ってきて仲裁に入るのが見えた。



あいつ、確か…



管理官に連れられていく少年を目で追いながら、普段接点のほとんど無い彼の名前を思い出そうとしたが、喉元まで出かかったそれは終ぞ出てこなかった。






2ヶ月空いて番外編かよ…本編進めろよ。。。orz

謝罪&言い訳は活動報告にて。

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