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A young fortuneteller

先読み師と言っても、自分の未来まで視通せると言うわけではない。断片は視えていたとしても、それはその時がこないとわからないことがほとんどだ。


その日の出来事も、そんな‘視たことがあるのに前もってはわからなかった事’の一つだった。








あれは、確か5年前のある春の夜。

春を告げる小振りのピンクの薔薇が、街中に咲き乱れていた。



その日も僕は、いつもと変わらず路上で先読みをしていた。

春が来たとは言えど、夜はまだ底冷えする。それでも石畳の上に小さな帳を建てて、日が落ちてから夜更けまで客を待つ。

それしか暮らしていく術がなかったから。それでも、自分は恵まれていると思っていた。物乞いや盗みをしなくても、トランプ一組さえあれば日銭は稼げる。



「お姉さん、何が視たいの?」



トランプを使っての先読みは恋愛運、金運、仕事運、人生相談、果ては失せ物探しまで。客が視たいと言うものは何でも視る。


…「視る」、と言うのは正しくないのかも知れない。「視る」のは「夢」、相方の専売特許だ。

カードには「訊く」と言う方がしっくりくるか。

けれど。カードは多くを語らず、「答え」そのものを与えてくれるわけではない。あくまでも手がかりやイメージを与えてくれるだけに過ぎず、最終的な解釈はあくまでも占者と依頼者に委ねられる。


が、自分はカードが示す意味、与えてくれた情報をそのまま加工せずに依頼者に伝える。時に難しい言葉は平易に言い換えて。それは自分は単なる媒介に過ぎず、解釈は依頼者自身がするべきだと思うから。


結果、口をついて出るそれらはすごく抽象的な単語の羅列ばかりが大体を占め、ともすると核心から逸れているような言葉も多く含まれる。否、正確には逸れているのではなく、それらは全て進むべき指針であり、心に留めておくべき警告であるのだが。

聞いたその時には意味がわからなくとも、最終的には「あぁ、そういうことだったのか」と納得させられる。

わかった時には、時既に遅し、と言えども。


当たっていると思うかどうかはその依頼者自身だが、カードは決して嘘は吐かない。意図的に明かしてくれない事実もあるように感じることはあるけれど。

なんとなくそう感じるだけで、こうと言う説明は出来ないのだが。


中には当然、自分で依頼しておきながらカードの言葉を信じない者もいる。

そしてそういう連中は、人を詐欺師呼ばわりして代金の支払いを渋ったり、気に入った言葉が出るまで何度もやり直しを迫ってきたり。ちなみに状況が変わらない限り、その場で何度やり直しても結果は何も変わらない。


それを見てようやく納得するならまだしも。

その日の男女二人連れの客は変わらない結果をこそ、インチキの証だとのたまった。帳の中は大人一人が入ればもう一杯なので、男は外で幕を半分上げて話を聞いている。

何を言っても聞く耳を持たないなら、こちらとしてはどうしようもない。もうお帰り願おう、と口を開こうとした時。


いきなり帳の幕が乱暴に捲くられる。逆光で顔などはよく見えないが、気配から外には複数人の男がいることが窺える。


「よう、何やってんだよ、こんなとこで」


幕を捲った男が客に声をかける。客の知り合いのようだった。


「あー、ちょっと聞いてぇ?この子の占いよく当たるって友達が言ってたから来てみたんだけどさぁ」


先ほどまでむすっと口を尖らせていた女の方が身を捩って振り返る。


「このガキ、俺たちが×××だと言いやがるんだ」


信じようが信じまいが、カードの答えは同じなのに。

……あれ、何を視たんだたっけ。将来お金持ちになれるかどうかとかなんとか、だったかな。内心、カードに訊くまでもない、と思った気がするけど。思い出せないや。


どうでもいいことだったし。


散々僕のことを詐欺師呼ばわりした挙句、最後はこれか。様子を見ながら僕は卓の上に広げていたカードをそっと集めて懐に仕舞いこんだ。


「ほーぉ。よう、お嬢ちゃんの占いはよく当たるんだな」


…しかも‘お嬢ちゃん’かよ。

フードは目深に被っているから顔はよく見えないはずなのにどうして女だと決め付ける。


「今日は何人占ったんだ?結構稼いだか?え?」


どいつかの手が伸びてきて、僕のフードを取ろうとした。

パンッと勢いよくその手を払った拍子に、図らずもフードが落ちて、蝋燭の薄明かりに顔があらわになる。

そいつらがみんな揃って僕の方を向いた。まったく。いい大人が寄ってたかって。

自分の目が不機嫌に細くなるのがわかる。


男たちから下卑た笑いと歓声が起こった。

追い討ちをかけるように、僕の神経を逆撫でする。


「嬢ちゃん、もっと稼げる方法教えてやろうか」




あと、本当にごく稀にだが、僕がカードの言葉をわざと伝えないこともある。


例えば。


さっき、一番最後に出たカード。

何事も無ければ、帰り際に伝えようと思ったけれど。



―――――目の前の‘脅威’に気をつけろ。



金色の瞳が危険な光に染まる。苛立ちを吊り上げた口角の端に滲ませて。



「……今ここにいる大人たちの財布を、ごっそりいただくとか?」


別にそんなこと、いくらお金が手に入るとしてもしたくはないのだけれど。

……まだ、そこまでは堕ちてない。


僕の台詞を聞いて一瞬呆気に取られた後、大爆笑する大人たち。


「お嬢ちゃん一人で俺たち全員相手にしようってかい?」

「マジで売っ払ってやるか?この顔だったら高く売れるだろうよ」

「その前に俺たちで慣らしてやればいいんじゃないか?」

「ねぇ、やめなよぅ、こんな子ども相手にさぁ」


口々に言い募る男たちの言動がエスカレートするにつれ、女が止めに入るが、もう手遅れだ。

こいつら、タダじゃ置かない。


僕は急に立ち上がり、帳の天井を支えていた紐を引いて解く。振り返り様に目の前にいた女の首を手刀で叩いて意識を落とす。女を傷つけるつもりも無いが、騒がれたら面倒だ。

一気に天蓋が落ち、落ちてくる布を避けて後ろに飛ぶ。


年端もいかない、しかも自分で言うのもなんだが周囲の大人には7割くらいの確率で女の子に間違われる顔立ちの少年が一人で夜に商売をするのなら、トラブルは常に身近なものである。




それでも、夜の辻に立ち続けられるということは。




布と共にくず折れた女の名を呼んで、まず同伴していた男が飛び掛ってくる。

怒声と共に伸びてきた手を、袖口から引き抜いたナイフで切り裂く。血が吹き出た両腕を押さえた隙を突いて全体重を乗せて腹を蹴りつけた。

頭二つ分以上大きな男だが、つぶれた蛙のような声を出して後ろにひっくり返った。




自分の身一つくらい、守れないでどうする。




相手は計5人。その様子を見て、思い思いに汚い言葉を吐きながら飛び掛って来る。そのうちの一人が天蓋の下にいる女に蹴躓いた。

その倒れこんできたところに頭を下げて脇をくぐって無防備になっていた脇腹に思いっきり肘を入れる。多分肋骨が何本か逝っただろう。


「相手が…‘僕’だったことを感謝して…くださいねっ」


言いながら、もう一人左から殴りかかってきた男の腕をかわして、屈んだ流れで脛を切りつける。動きが止まった隙に背後に回って飛び上がり、女と同じように手刀で意識を落とした。


全て致命傷には至らないように。

…相方だったら、確実に命は無いだろう。


こいつらから離れるまで、交代しないようにしないと。止めを刺しかねない。


…残り二人。


夜の繁華街にケンカなんて日常茶飯事だから、野次馬もほとんどいない。しかも大通りから1本入った路地。むしろ係わり合いになりたくないとばかりに、数少ない通行人もさっさと通り過ぎていく。よほど大騒ぎにならない限り喧騒にかき消されてしまう。


相手は子供一人に仲間三人までがやられるとは思っていなかったに違いない。だが、ここで引くわけにはいかないのだろう。それこそ、こんな子供相手に。ありえない光景を目の当たりにして、最初ぽかんと口を開けていた連中も、頭に血が上ったらしい。


「…てめぇっガキだと思って手加減してやったら調子に乗りやがって!!」


調子に乗るも何も。

心底呆れて吠えたやつの方の動きを目の端で捉えた瞬間、縦に跳躍した。発砲音が響き、間髪置かず今しがた自分がいたところを銀の銃弾が通り過ぎる。


そのままくるりと回って路上に高く積み上げてあった木箱の上に着地すると、すかさず銃を持った男の肩めがけてナイフを投げつけた。うわぁっとか声を上げて銃を取り落とす。突き刺さったナイフが月明かりを反射してギラリと光った。

いくら僕は夜目が利くとは言え、そんな何発も発砲されたら分が悪い。他の人に流れ弾が当たるかもしれないし。

地べたに這っていた男も、意識がある連中は木箱の上を見上げて、更に輪をかけてありえない光景に呆気に取られていた。暗い夜の路上でも、明らかに動揺している様が手を取る様にわかる。


積み上げられた木箱は優に男たちの身長以上の高さである。どう考えても普通の人間が飛び乗れる高さではない。


木箱の上にしゃがみこんで、醜態を晒している男たちを見下ろした。


「………まだ、やる?」


ただ一人、まだ無傷の男に向かって、首をかしげて聞いてみた。

……そろそろ眠くなってきたんだけど。あぁ、どうして僕は笑っているんだ?


月に照らされる男の顔にはっきりと浮かぶ、驚愕と、恐怖。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁーーー!!」


そいつは仲間を見捨てて一目散に逃げ出した。


「ひぃっ」


もう一人、肩にナイフが刺さったままの男も僕と逃げる男とを交互に見やると、僕から目を離さず尻込みしながら距離を取り、ある程度離れると、一度も振り返らずよれよれと後を追っていった。




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