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Naughty boys' daily life

―女公爵邸、クレスが温室を訪問した次の日の朝。






「おはよう、リリス様。よく眠れた?」


リリスが朝食のため食堂に向かうと、この時間にしては珍しい姿があった。


彼女の養い子の少年がきちんと室内着に着替えて朝食の席についていた。

白のプルオーバーシャツに濃い青のパンツは幅広で裾が絞ってある、貴族の服装にしてはかなり砕けたそれ。何かの本で見たという体の締め付けを最小限に抑えた意匠。使用人が用意した服には目もくれず、彼自身が仕立て屋に注文したものだ。いつでもどこでも睡魔に襲われる彼の場合、そのまま寝ても苦しくなくて良いのだとか。

寝間着にもなり得る、彼専用の普段着。正式に公爵家の人間として外出する際には相応しい格好をさせるが、それ以外は放任している。普段着なのだから、見苦しくなければ特に咎める理由も無い、とリリスは思う。ごく一部の使用人にはやや不評のようだが。



…一緒に朝食を摂るなんて、どのくらい久しぶりのことだろう?


その口調は。


「おはよう、ドーン。この時間にあなたがいるなんて、珍しいわね」

「うん、夜明け前から起きてはいたけど」


…自分では「起きている」と言うのか。

周囲の使用人たち数人がさも迷惑そうな顔をしているのを見て、苦笑が漏れる。

言った本人は周りの視線などどこ吹く風だ。いたって真剣な顔でトーストにクリームチーズを塗って…というか載せている。そのクリームチーズの層は、トーストより厚い。


「あまり皆に迷惑を掛けてはだめよ?…昨日は、何をしていたの?」


席に着くと同時にティーカップに紅茶が注がれ、アールグレイのいい香りが立ち上った。


「温室で、ダスクが伯爵家のクレセント君とおしゃべり」


さらりと出た言葉はリリスにとって少し意外だった。

キアランから、先日の伯爵家の三男坊からダスク宛に招待が来て、逆に家に呼んだことは聞いてはいたが、まさか温室に通したとは。キャサリンたちは大丈夫だったのかしら。

この少年の場合、周囲から聞くのと本人の口から聞くのとでは内容が全く違うことがままある。過去に本人が大丈夫だと言っても、客観的に見れば全然大丈夫ではなかった出来事は、数知れない。


少年は更にスライスチーズを2枚つまんで、トーストの…もとい最終的にトーストの1.5倍の厚さになったクリームチーズの層の上に乗せる。


「あら。どんなお話を?」

「こないだボクが言ったことが気になってたらしいよ」

「初対面があなたではね」


あの少年も可哀相に、意味不明だったろう。この子は嘘は吐かないが、ほとんどの場合話の内容が要領を得ない。

……出自からして致し方ないのだが。


「うん、睨まれた。せっかく忠告してあげたのに」


嫌われたみたい。とクスクス笑って肩をすくめながら、‘チーズを載せたトースト’なのか‘トーストを下敷きにしたチーズ’なのか最早判断不可能になった物体を、さも嬉しそうに一口齧った。


「…でもあの子、カンがいいね。ボクたちのことすぐに見破ったんだ。耳もいいし、度胸も据わってる。キャサリンを見ても逃げ出さなかったんだよ!さすがウサギさんだね」


かなりびっくりはしてたけどねー、と愉快そうに笑う。相当楽しかったらしい。

確かに、リリスとしてもそれは嬉しい。


「まぁ、それは嬉しいわ。今度私からもお茶にご招待しましょう」


キャサリンを嫌わないでいてくれる人は貴重なのだ。あんなに大人しくて可愛いのに。


「うん、ダスクも気に入ったみたい。ご褒美に『役者名』教えてあげちゃった」


満面の笑みで返ってきた言葉に驚いて、ロールパンに伸ばしていた手が止まった。この少年が出会って数日の他人に自分のタトゥーを明かすなんて、おそらく初めてではないか。養母である自分ですら、寝ている間に湯浴みを手伝った使用人から話は聞いていたものの、本人の口から詳細を聞いたのはこの屋敷に連れてきて2ヶ月ほど経ってからだった。


「よほどお気に入りなのね」

「今度こそ、ボクが遊びに行こうと思ってるんだ」

「…ダスクの時にして頂戴」


釘を刺された少年は、えーっ、と口を尖らせて足をバタつかせた。


どうにもこのドーンは発言や態度、仕草が見る者に違和感を与える。年齢の割に幼いというか無邪気な振る舞いが、時折金の瞳に宿るひどく底知れない光と相まって、対峙する相手に不気味な印象を与えてしまうのだ。そしてそれらがかなりの確率で支離滅裂であるから、余計性質が悪い。


ダスクの言動が相当に大人びていることを思えばその反動とも取れるが、やはり外に出すには不安が残る。


二人の精神年齢を足して2で割れば、実年齢に似つかわしく…なるのではないだろうか。



……いずれにせよ、どうせ聞き分けはしないだろう。金色の目が笑っている。


リリスは内心呆れてため息を吐いた。




「ドーン、チーズばかりでなくきちんと野菜もお食べなさいね」



◇◇◇†◇◇◇




 地上の生き物たちが、世界の主導権を手放した時間帯。




 小さいけれど征服欲を剥き出しにした月が、森の上でさも満足げに嗤う。


 闇の上に己が漆黒の軍隊を従えて、この世界の覇権を握る。




 木々は己が影にその命を取って代わられ、なす術も無い。


 身の程を弁えず闇一色の世界に目を開けているボクは、急に恐ろしくなって頭上の覇者を振り仰ぐ。


 葉の隙間から見えるそれは、無彩色の白銀。




 ―せめて、金だったらよかったものを。







 ――――ざわり



 肌が粟立つ。



 色は、


 この世界に、色は。





 色を求めて駆け出した。



◇◇◇†◇◇◇






レイズはこの現状をどうしようか迷っていた。

ケンカするなと言われても、こういう場合はどうしたものか。




場所はハート地区の商店街から2本ほど奥まった通りの行き止まり。


背中は壁。


目の前には自分より2、3才上であろう少年二人。…ご丁寧にそれぞれ得物付き。


左手に買い物籠。ちなみに野菜大盛り。






せっかく午前半休日の午前に、外出着を着て出かける気満々のマリアンに捕まったのが運の尽き。買い物籠とメモを押し付けられ、朝市に駆り出されたのだ。

今日は半休なんだけど、というレイズの主張はマリアンの次の一言にやり込められた。


「じゃあアゼルに頼もうかね。こないだ果物屋の旦那がアゼルのこと褒めてくれてたから、おまけしてもらえるかもしれないし」


あそこは夫婦で朝市の立つ日のみ出張してくる店だから、さほど目くじらを立てるほどではないが、レイズとしては面白くないことには変わらない。



レイズは澄ました顔のマリアンをひと睨みすると、苦虫を噛み潰したような顔で籠を引っつかんで、勝手口を乱暴に開けた。






…今日は厄日か。


無意識のうちに大きな溜め息を吐く。


それが合図のように、目の前の二人が動いた。


左からわき腹めがけて横なぎにしてきた相手の得物を屈んで避ける。もう一人は更に物騒なことに、屈んだレイズめがけて果物ナイフのようなモノを振り下ろしてきた。咄嗟に横っ飛びに避けるが、特に訓練を積んだわけでもないらしく、構えも太刀筋も何もあったものじゃない。勢い余って背中ががら空きなのだが、どうしてくれようか。


とりあえず打開策を考えながら、めちゃくちゃな攻撃をとりあえず籠に当たらないように、右に左に後ろに、ひたすら避けていた。返り討ちにするのは簡単だが、そうもいかない事情もある。


「っ……ちょこまかと、っいい加減にしろっ」


さっきから聞いていると、どうやら昔伸した連中らしいのだが。

目の前の顔に覚えは……うん、無い。


「こないだのっ…借りをっ…返してやるっ」


こないだっていつだ。

息切れしながらそんなこと言われても、さっぱり説得力がない。

思い当たる節がありすぎて、レイズは1秒で目の前の顔の特定を断念した。




あー、どうしようか。イラつくな。


そもそもオレにやられたってことは、アゼルに近付いたってことだろ?










………ある程度は、正当防衛か。



自分に都合よくそう結論付けて、二ッと笑う。見たら後悔する類の笑みだった。


とりあえず刃物はよろしくないので、まずソレを手放してもらわないと。闇雲に突いてきた手首を横から右手で掴み、思い切りひねり上げる。そうしてがら空きになった胴に手加減無しで蹴りを入れて、その背後で錆びた鉄棒を振り上げていたもう一人にぶつけてやった。ささやかだが今朝からの憂さ晴らしだ。


げぇっとか、ぐあっとか、そんな類の変な音を出しながら二人まとめてひっくり返る。



…ったく、年下相手に二人で得物付きで勝てねぇって、どんだけ弱いんだよ。


籠から一つ転がったオレンジを拾いながら呆れる。


銃と併せてある程度の体術も習っているレイズは、その辺の普通の子供たちとやりあってもまず負けることはない。おそらくこの界隈の子供社会ではトップ3に入る強さだ。

そして、そのやや反則的な強さでこれまでアゼルに近付いてきた(とレイズが見なした)ごく普通の近所の少年たち、時には頭一つ二つほど大きな年上の男たちまでも容赦なく潰してきた。




「無理だよ、あきらめな」




これ以上は止めといてやる。ケンカしないって約束があるからな。


…アゼルに感謝しろよ。



時間の無駄だし、オレもそんなに我慢強くないんだ。



まだ若干のイライラを抱えた少年は、この出来事も元はと言えば自分が蒔いた種だということを遥か頭上の棚に上げている。引っ張り出すには、身の丈より高い脚立が必要だろう。



地べたで唸っている二人にくるりと背中を向け、スタスタと通りへ向かう。去り際に相手が振り回していた鉄棒とナイフを反対側の表通りの方へ蹴り飛ばしておくことも忘れない。



少年たちがようやく起き上がると、もう紅い髪は大通りの角を曲がっていくところだった。




これまで「容赦」という言葉とは無縁だったレイズが、止めを刺さずに相手に背を向けたのは、これが初めてだったかもしれない。






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