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Blue Violet

Old Maid = ババ抜き



本当はね。





もう父さんの顔も、



母さんの顔も、



ぼんやりとしか思い出せないんだ―――――――








◆◆◆◆◆




7歳の誕生日を迎えてしばらく経った春の日。


レイズと一緒にこの国一番の帽子屋に預けられることになった。




父さんは


「二人とも、助け合ってがんばるんだよ」


と言って私たち二人の頭をくしゃくしゃと撫で、


母さんは


「家の人たちの言うことをよく聞いてね」


と言って私たちを交互に抱きしめた。



後ろ髪を引かれるように去っていく両親の背中を見送りながら、


右手にはレイズの手をしっかりと握り、左手には母さんがこの日のために縫ってくれた紺色のワンピースの裾を握りしめて、一生懸命泣くまいと踏ん張っていた気がする。


横では私の手をぎゅっと握り、唇をキッと真一文字に結んだレイズが地面を睨んでいた。



……奉公になんて出たくなかった。

小さな仕立て屋を営む両親は、ひとつ上の兄レイズと私の二人を揃って帽子屋に奉公に出した。父の古くからの友人が昔ここで帽子職人をしていた伝手で、私たちを預かってくれるよう頼んだのだ。後に聞いた話だと、家業の経営が芳しくなく、食い扶持を減らすために泣く泣く私たち二人を外に出したのだとか。



両親は子供たちに「礼儀作法と帽子作りを学ぶため」と親元を離れなければならない理由を説明し、自宅のあるクラブ地区から、幌馬車に乗ってにぎやかなハート地区までやってきた。





今思えば、売り飛ばされなかっただけ感謝するべきだろう。いや、実際は売られたようなものか。



事実、その後実家に里帰りすることも出来ず、両親が訪ねてくることもなく、両親の顔を見たのはこれが最後だった。





商業エリア、ハート地区の目抜き通りに店を構える帽子専門店「Hats」。

その日から、総勢13名の大所帯の一員になった。





◆◆◆◆◆





アゼルの朝1番の仕事は玄関の掃き掃除と、レイズと一緒に1ブロック先のパン屋に朝食のパンを取りに行くこと。


「おはよう、スミレの」


そういって今日分のパンの包みを渡してくれるパン屋の奥さん。

帽子屋に奉公に入って3年。周囲の大人たちは、帽子屋の子供たちのことを「スミレの兄妹」と呼んだ。

二人の瞳がそろって青みの強い紫色をしているからだ。

ただ、兄のレイズの髪は葡萄酒のような黄みの無い深紅、妹のアゼルの髪は月光を吸い込んだような白銀だった。



額縁が違うと、顔の印象もだいぶ変わるらしい。



よく見ると、少しつりあがった目元や鼻の形などはよく似ているのだが、知らない人が初見で二人を兄妹と気づくことは稀だった。


「おはよう、おばちゃん!ねぇ聞いてよ!オレ今日から帽子の作り方教えてもらうことになったんだ!」


レイズが朝から勢いよくまくし立てる。アゼルはどちらかというと朝は苦手なのだが、レイズはいつも朝から元気だ。ベッドに入るのはだいたい同じなのに、決まってアゼルより起きるが早い。アゼルはようやく目が覚めてもなかなかベッドから起き上がれない性質なので、つくづくレイズの寝起きの良さが羨ましかった。

二段ベッドの下で寝ているアゼルは、毎朝レイズに起こして、と言うよりベッドから引っ張り出してもらっているのだった。


「おぉ~、正式に弟子入りってこったね」

「うん!若旦那様が、レイズもそろそろミシン踏んでみるか?って」

「すごいじゃないか。アゼルはどうなんだい?」


奥からクロワッサンの載ったプレートを両手に持って主人が顔を出した。バターのいい香りが店内に立ち込める。

その匂いに釣られて、アゼルの腹の虫が朝食がまだだと自己主張した。思いがけず大きく響いたその声に一瞬呆気に取られた店内。一拍後にはその3倍の笑い声が響いていた。


こういう時は恥ずかしいけど、逆に笑い飛ばしてもらったほうが気が楽だとアゼルは思う。


「サーシャと一緒にブリムにビーズの縫いつけと、あとお茶請けのクッキーはあたしが焼くの。こないだ、マリアンに教えてもらったから」


それでもアゼルは、パンの入った紙袋で赤くなった顔を隠しながら、もごもごと答えた。


「アゼルのクッキー、すっごくうまいんだよ」


レイズが自分のことのように満面の笑みで自慢する。


「おぉ、今度おじちゃんたちにも食わせてくれ」

「うん、うまく焼けたら、持ってくるね」


さ、早く帰ろうぜ、とレイズが踵を返すと奥さんに呼び止められた。


「耳だけど齧って行きな」


切り落としのサンドイッチパンの耳が数本、小さな袋に入っていた。





「なぁアゼル。オレも将来自分のお店が持てるかな」

「持てるよ!この国で2番目にすごい帽子屋さんになるよ」

「2番てなんだよ」


やや不満そうに妹を振り返る。


「だって1番は大旦那様じゃん。『役者』なんだし」


さも当たり前という顔をして、アゼルはパンの耳を頬張った。


「そりゃぁ、そうだけどさー。アゼルは今日クッキー焼いたらその後は?」

「銃の練習かなぁ。クレスも来るって言ってたし。」


帰り道を急ぎながら、そんな他愛もなく若干物騒な会話。

パン屋の奥さんがくれたパンの耳はあっという間に無くなってしまった。


大旦那様、と呼ばれる『帽子屋』レオナルドをはじめ、Hatsの面々は右も左もわからない子供二人にとって、第二の家族となりうる存在だった。

奉公に上がっている身なので、当然それぞれ子供でもできる仕事を与えられる。仕事に対しては小遣い程度の給金も出たが、二人はその多くを将来のための貯えとした。


日々忙しい中でも仕事の合間を縫って、他の子供たちと違い学校に行かない分の教育も与えてもらえた。奉公人としては破格の扱いであろう。主に礼儀作法、読み書き、計算、更には帽子製作に欠かせない水銀などの薬品の扱い方、護身術や銃の打ち方まで。それらの全てが一職人として、場合によっては身分の高い顧客と接するために欠かせない教養として、日々従業員からみっちり叩き込まれる。


帽子屋の従業員たちの指導は、学校など比べ物にならないくらい厳しいものだったが、なにしろ学校というものに通った経験が無い二人には知る由もない。

与えられるそれらを感謝こそすれ、弱音を吐きそうになっても必死についていった。



…実際には一般的に帽子屋に関係ないものも含まれていたが。


Hatsの人間はみんな銃の扱いには長けていたし、帽子を作る際に薬品についての知識は必要不可欠だった。


他の家の子供たちと違って外で遊んだりする時間はそれほど多くなかったが、そこは奉公に上がっている身なので仕方ないことは、幼いながらもわきまえてる。

それ以上に、二人は芸術的な帽子を作るHatsの主レオナルドに尊敬の眼差しを向け、帽子職人として二人で店を持つことが自然と将来の目標となった。



「まぁーーた来んのかよ、あのウサギ。毎日じゃんか」

「なんでぇ?いいじゃん、仕事の邪魔しに来るわけじゃないし」

「そういう問題じゃねぇんだよ」


レイズは急に機嫌が悪くなった。


あたしは数歩先を歩きながら、少しだけ自分より背の高い兄を振り返った。


「またケンカしないでよ」


少し眉間にしわを寄せて、再度釘を刺す。


「わーってるよ」


不機嫌に返してきたが、本当にわかっているのだろうか。

何しろ我が兄ながら前科がありすぎるので、イマイチ信用が薄い。



「射撃なんて一人で練習できるだろ」

「そうだけど…自分じゃ何がいけないのかとか、よくわかんないし」

「じゃあオレが教えてやる」

「レイズはこれから忙しくなるんでしょ?それにお茶の時間だって、たくさんいた方が楽しいじゃん!」


ウサギと一緒にお茶なんてごめんだ、とレイズはまだ文句を言っていたが、もうアゼルは気にしないことにした。レイズのこの手の不機嫌にいちいち取り合ってたら日が暮れる。



レイズは若旦那様に弟子入りして忙しくなるから、一緒に過ごす時間はどんどん減っていくだろう。寂しくないと言えば嘘になるが、自分たち兄妹の夢に向かっての大きな一歩だ。



レイズががんばるのだから、自分も何かがんばるものを見つけないと。

そう考えたアゼルがその一つに定めたのが、お菓子作りだった。なんと言っても、最高の師匠が家にいる。


Hatsでは、上顧客を接客する際にはお茶とささやかなお茶請けを出す。帽子屋の家事の一切を取り仕切るマリアンが作るお茶請けのお菓子は、帽子屋の顧客たちの密かな楽しみの一つになっていて、実はこれを目当てに店に来る客も多い。

マリアンもその辺は心得ていて、上顧客の予約が入っている日はわざわざその客の好きなケーキを焼いてもてなすのだった。


クッキーが上手く焼けるようになったら、マリアンにいろいろなケーキの焼き方を教えてもらおう。

将来レイズが開いた帽子屋で、同じようにお客様をおもてなし出来るように。




これが、今のアゼルの当面の目標。まだ、誰にも言っていないけれど。




はじめまして、作者です。


こんな拙い文章、読んでくださってありがとうございます。

よれよれと書いていきますので、どうぞよろしくお願いします。m(_ _)m


ちなみにBlue Violetの花言葉は「忠実」と「愛」だそうな。

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