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An uncomfortable tea party 2

お茶会後半です。



数日中に必ず連絡が来るだろうと踏んでいたが、案の定、伯爵家の三男坊から話がしたいということでお茶の招待が来た。


招待を受けたらそちらに出向くのが常識なのだが、僕の場合いつ睡魔に負けるかわからないので、執事のキアランに相談したところ、その日は他にも所用があるのでこちらにお越しいただけないか、と返信してくれた。


そして、そう日を置かずに『三月ウサギ』と再会を果たすことになった。





先日の伯爵家の敷地は広大で、バルコニーから見えた森はほぼ見渡す限り伯爵家の領地だと聞いた。だが、屋敷自体は大きくないが、領地が無駄に広いことを言えば、女公爵邸も負けてはいない。

しかも伯爵家はあれが本邸だが、女公爵にとってここは別荘である。本邸はダイヤ地区のど真ん中にあるのだが、女公爵は一年のほとんどをこの別荘で過ごしている。


ダイヤ地区でも先日の伯爵家の真反対側に位置するこの屋敷は、街にも城にも遠く、何かと付き合いの多い女公爵の生活の拠点としてはあからさまに不向きである。しかしどれだけ不便でも、彼女はこの温室のある別荘を離れる気はさらさら無かった。


「街の真ん中では、この子達が生きづらいでしょうから」


そう言って膝の上のトカゲを撫で回す。その部屋のバルコニーでも、成人女性と大差ない大きさのグリーンイグアナが紫外線を浴びてご満悦だった。






そうして今は数多の花々と冷血動物に囲まれながら、灰色の『三月ウサギ』と二人で洋梨のタルトをほおばっている。




◆◆◆◆◆



はじめ足元を見ながらおそるおそるやってきた彼は、キャサリンを見た瞬間固まってしまいました。キャサリンを初めて見た人は誰もが似たようなリアクションをしてくれますが、まぁ逃げ出さなかっただけ、肝は据わっているのでしょう。


席に着いてからは、ずっと僕を探るような目を外してくれません。

それもそうですね。初対面はドーンの方ですから。僕本人と会話するのは今日が初めてですし、別人みたいなんでしょう。とは言っても、先日も大広間にいたのは僕の方なんですけどね。

それにしたって、いきなり誰だ?とか聞かれました。お茶に招待しておいて、それはないでしょう。ちょっと笑えます。


キャサリンが足元からいなくなって少し余裕も出来た様ですし、にらみ合っていてもあんまり長くなると眠くなっちゃうので。



サクサク先に進みましょうか。





「…それで、お話とは?」


ティーカップから口を離し、勧めるままタルトを食べていたクレセント君に話を振りました。



「君が、…ドーンが、この間言ってた白っぽい髪の女の子のことだけど」

「ええ」

「オレとドーンが話したこと、ダスクは知ってるのか?あれは一体どういう意味だ?あと、モノクロってなんのことだ?」


おや、さすがウサギ、耳がいいですね。感心しました。


「彼の言動はほとんど僕も把握してますよ。その真意を測りかねることは多々ありますが。…あれは言葉のままの意味だと思います。大切なら大事に仕舞っておけ、ということでしょうね」


ドーンは嘘はつきませんよ、と紅茶を継ぎ足しながらそう返しました。

ですが、そんな答えじゃご納得いただけなかったようです。


「なんでアゼルを知ってるんだ?」


へぇ、あの子はアゼルというんですね。あの服装だと貴族階級ではないと思いますが。



「つい先日、確かな色はわかりませんが白っぽい髪をしたの女の子と、あなたが一緒にいるところをドーンがお見かけしまして」

「どこで?」

「あなたがそのお嬢さんを横抱きにしているところです」

「………」


黙ってしまいました。心あたりはあるんでしょうか?




………あれは、いつの出来事なんでしょう?



「その‘アゼル’という方と、僕の言う女の子が同じ人物だとは限りませんよ?夜だったみたいですし。おそらく白に近いグレー、ベージュ、金、銀…くらいの髪色だと思います。他にも候補に上がるような方はいらっしゃいますか?」


まぁ周囲も含め、あんな状況そうそう無いと思いますが。

金髪なんて珍しくもなんともないので、髪の色だけなら他にも該当しそうな知り合いはいるでしょう。



テーブルに並べたカードの右から2番目をめくる。クラブの3。



「僕もあなた方両方と直接面識はありませんでしたから、なんとも言えませんけど。先日の夜会であなたのお顔を拝見して、あの時の少年の方だと気づいたんです。……それでアゼル嬢は、クレセント君の恋人ではないんですか?」


この間もかなり焦ってましたよね、と冷やかしてみました。

驚いたように目を見開いたと思ったら、次の瞬間耳まで赤くなってしまいました。

…面白いですねぇ。百面相です。


「ち、違うっ…まだ」


そこまで言って黙ってしまいました。まだ、何なのかは…推して知るべし、ですね。


「まだなんですか?ではこれからがんばらないとですね」


笑いながらもう一枚カードをめくる。スペードの9。


「おいっ…そうじゃなくて…」

「別に隠さなくたっていいですよ。」


…おや?大丈夫かな。



「しかしドーンの見た女の子をあなたが‘アゼル嬢’だと思うんでしたら、いろいろな意味で彼女の傍にいられるように努力した方がいいと思います。‘仕舞っておけ’と言ったドーンの意図するところは僕にもわかりませんが。……きれいな方でしたので、ライバル出現かも知れませんね」


しばし難しい顔をして…盛大にため息をつきながら無言で頭を抱えてしまいました。

これは心当たり大有りみたいですねぇ。



「ため息をつくと、幸せが逃げますよ?今度機会があればぜひ紹介してくださいね。」


心底嫌そうに睨まれてしまいました。…本当に面白い方だ。


もう一枚めくる。クラブの6。









………おそらくは彼女も、



ドーンの言うところの『登場人物』の一人でしょうね。


しかもエキストラなどではなく、きちんとパンフレットに名前が載る主要人物クラスで。




◇◇◇†◇◇◇



 ――――あぁ、また世界から色と音が消えた。









 色の無い世界は、ボクから色彩を奪うことで、


 僕を守ってくれているのかも知れない。


 音の無い世界は、ボクを世界から隔絶することで、


 僕を救ってくれているのかも知れない。








 でも僕は


 その世界を守ってあげることなど出来はしないし、


 ましてや救いの手を差し伸べるなんて、




◇◇◇†◇◇◇




目の前の少年は、とっくに冷めてしまった紅茶を一口すすっていきなり話題を変えた。


「……ところで、クレセント君は何歳のときにタトゥーが出たんですか?」


話が飛んでついていけない。


「…3歳の時」


訝しみながらも答えた。何を聞いてくるのだろう。


「3歳…ではそれ以前のことはほとんど記憶にないでしょうね」

「はっきりと思い出せるものはほとんど無いけど。…なんでいきなり?」


そういえば、こいつも『役者』だったんだった。…こいつは『何』なんだ?


「クレセント君は、なぜ自分が『三月ウサギ』になったか、わかりますか?」



言いながら、いきなり大あくびしやがった。失礼、と言いながら目をこすっている。


「なぜも何も、先代の『役者』が死んだ時点で15歳以下の子供の中で、ランダムだろう?」

「ええ。しかしこの国に数多いる子供たちの中で、なぜ自分が選ばれたのか、それがなぜ自分でなければならなかったのか、考えたことはありませんか?」


それこそ考えても無駄じゃないのか。ランダムなんだから。国中の学者が知恵を絞っても、未だ法則のようなものは見つかっていないらしい。

クレス自身は籤に当たったようなものだと思っている。それが宝籤なのか、貧乏籤なのかは今のところ判断がつかない。


「んー……ないと言えば、ウソになるけどな。もしそんな理由があったとしたって、知ってどうするんだ?」



選ばれてしまったものはどうしようもない。嫌だと言ってみたところで、タトゥーが消えてくれるわけではない。考えても栓の無いことだ。


そう答えると、ダスクは興味深そうな視線を向けてきた。しかしさっきよりわずかだが目元がとろんとしてきたのは、気のせいじゃないだろう。


「もし、自分がタトゥーが無い普通の人間だったら、とは?」

「今こうしてこんな変なヤツとお茶したりはしてないだろうな」


タルトの最後の一片を口に放り込みながら、意地悪く笑ってやった。


「ダスクは、タトゥーが出なければよかったのにと思ってるのか?」

「…無ければ、もっと平穏だったとは思いますね」


答えながら紅茶をすすっていたが、伏せた目に一瞬影が差した気がした。

しかしカップから顔を上げると、そんなものはおくびにも出さずにっこり笑った。


「自分と同じような『役者』とお会いする機会は滅多にないので、他の方がどう思ってらっしゃるのか、聞いてみたかったんです」


他意はないですよ、と言ってまた欠伸を一つ。

…そんなに眠くなる時間じゃないけどな。


「寝てないのか?」

「…いえ、寝てはいるんですが、いくら寝ても寝足りないというか。…不便なことです」


そう言って、のろのろとテーブルに広げていたカードを片付け始めた。


ふと外を見やると、空が紅葉と同じ色に燃えていた。


「随分話し込んでしまいましたね」

「あぁ、そろそろ失礼しないと」

「夕食に遅れますね。馬車を用意させましょう。」


今から馬車で帰るとなると時間がかかりすぎるけど、しょうがないか。




席を立ち、また足元にいつもの10倍以上の注意を払いながら、温室の外に向かう。

暖かい温室から一歩外に出ると、日の落ちた外気の冷たさは本来のそれより数倍鋭くなる。


「…なぁ」


帰り際に、数歩前をややおぼつかない足取りで歩くダスクを呼び止める。


「お前、『何』なんだ?」


一拍置いて、またクスクス笑い出した。…何かにつけて笑うのは、こいつの癖だな。


「誰だ、の次は『何』だ、ですか?」


ダスクはオレの質問には答えず、笑いながら背中を向けて屋敷の方へ歩き出した。







正面玄関の前でダスクと屋敷から出てきた初老の執事が見送ってくれる。ダスクはもう本格的に眠いらしく、執事の袖に捕まってやっと目を開けている感じだ。



余所行きの顔で暇を告げて、用意された馬車に乗り込む。


「クレセント君」


扉を閉めかけた馬車に近寄ってきて、金色の瞳がオレを射抜いた。そして今まで眠そうにしていたのがまるでウソのように、とても小さいがはっきりとした口調で、こう告げた。



「ボクもまだわからないことが多いけど、気をつけて。『眠りネズミ』の予知夢は、よく当たるんだ」



アゼル嬢によろしくね。






夕闇の中で、それまでずっと笑顔だった少年の顔がひどく悲しそうに歪んだのは、眼鏡越しでもきっと見間違いじゃないと思う。





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