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An uncomfortable tea party 1

普段より少し長いです。


しかも前半です。

「ドーン。クレセント様に失礼はなかったでしょうね?」


伯爵家から帰る馬車の中。

女公爵は紅茶色の髪をした少年を窘めていた。


ドーンと呼ばれた少年は馬車の中で足を組み、頬杖を付いて目の前にいる絶世の美女に笑いかけた。この様子を執事のキアランが見たら、また即刻説教部屋行きだ。…この彼がおとなしく話を聞く道理は欠片もないのだが。


リリス本人は始めこそ驚き呆れたが、もう慣れてしまったし、言っても無駄だということもよくわかっているので最早何も言わない。そんな彼女も、貴族の中ではかなり変わった人種であることは間違いない。

ダスクはきちんと教えられた通り、礼儀作法その他を身につけたので、ある種の片割れであるドーンもその気になれば同じことができるのだろう。

…その気になれば、だが。


「大丈夫だよ。ちょっと挨拶しただけだって言ったじゃん?ほら、同じ『役者』さんには挨拶しとかないとさ。それに」

「それに?」


少年は窓の外を見やりながら続けた。その目はまたどこか違う世界を見ているのだろう。


「昼間の夢で会ってきたんだよね、彼」


少年の言葉に女公爵は軽く目を見開くと、すぐ目を伏せた。


「……そう」

「大丈夫だよ、ちゃんと生きてたから」



無作法な少年はさも愉しそうに笑うと、おもむろに目を閉じた。





◇◇◇†◇◇◇




 見上げると、首が痛くなるほど高い天井。


 ブルーサファイアとアクアマリンのシャンデリアが中心に下がる、豪奢な螺旋階段。


 足元は濃青の絨毯が敷き詰められ、磨きこまれた手摺には等間隔にターコイズとラピスラズリが埋め込まれている。




 上る。


 青の空間を、ひたすら上る。




 遥か上に目をやっても、階段の終着点はまだ見えてこない。


 どうしてかはわからないが、絶対下を振り返ってはいけないこともわかっていた。


 振り返っても、もう戻れはしない。


 だから、ひたすらに上を見据えて一歩一歩階段を上る。






 上っても上っても、いつ終わるとも知れない螺旋に目を回しそうになる。







 案の定、突如視界がぐるりと回った。



◇◇◇†◇◇◇



クレスはまだ13年とちょっとしか生きていないが、気味が悪いというか、落ち着かないというか、ともかく、こんなにも居心地の悪いお茶会には呼ばれたことが無い。これからもこれを上回るお茶会はそうそう無いだろうと、現在進行形で確信している。


あたりを見回すと、まるで別世界のような景色の中にいる。世界はもう葉を落とす木々が色を変えてきているというのに、この一面ガラスで覆われた温室の中は、春と同じ花が色とりどりの花をつけ、甘い香りを振りまいていた。


大きめのテーブルには洋梨のタルトとクッキー、ティーセットが載っている。アゼルがこの場にいたら、目を輝かせて喜ぶだろう。

そしてテーブルを挟んで向かい合うのは、カップの中身と同じ色の髪をした少女のように華奢な少年。

こう表現すると、クレスがこの「お茶会」に対して最初に挙げた形容詞たちの当てはまる項目は皆無だ。



だがそれは、テーブルより上だけ見ていればの話である。






この温室に入ってからというもの、足元をちょこまかと、あるいはのんびりと移動している連中を踏んだり蹴ったりしないように、かなり神経を使って下ばかり見て歩いていた。

なので、気が付かなかった。ふと目を上げてテーブルが視界に入れた途端、思わず足が止まって固まる。これから対峙する得体の知れない少年と、その足元でくつろいで(?)いる、ラスボス。









……超大型のグリーンイグアナに。









ウソだろ、なんだあのデカさ。あからさまにオレより大きいだろうが。

温室に入ってから散々避けたり跨いだりしてきた大小のトカゲたちはまだ許容範囲内だとしても。

いくらなんでもコイツは反則だろ。尻尾までいれると2メートル近くあるんじゃないか。


思わず顔が引きつるのが自分でもわかる。


「障害物が多くて申し訳ありません。彼らも女公爵にとっては立派な家族の一員なのですよ」


踏まないようにしてくださいね、後が恐ろしいですから、と既にテーブルに着いていたダスクがにっこりと笑いながら立ち上がった。笑えないだろ、と内心突っ込む。


「あぁ、ここにいる子達はみんな草食なので、おとなしいですよ」


若干固まっているオレにそう言って笑いながら、向かいの席を勧めた。


ちなみにこの大きい子はキャサリンといいます、とご丁寧に紹介までしてくれた。

…その厳つい顔で、キャサリンてお前。


どうにか席に着いたが足元を見やると、本来ならば冬眠の準備を始めているはずの女公爵のペットたちが相変わらず元気よく動き回っている。


そんな人工的に季節感のない空間で、今日オレが訪ねた少年は、二人でお茶をするにはやや大きめのテーブルにトランプを広げていた。




そしてこれだけ語っても、この場で今の季節を正確に物語るのは、テーブルの上にある洋梨のタルトのみだった。



◆◆◆◆◆



「わざわざお越しいただいてありがとうございます。本日は女公爵の仕事で屋敷の方が立て込んでおりまして、こちらの方が落ち着いて話も出来るかと思いましたものですから。温室は珍しいですし、面白いかと」

「いいえ、お心遣い感謝致します」


と、口では慣れない社交辞令を言ってみるものの。

屋敷内の一室の方がよっぽど落ち着くかと思うんだが。


「…あぁ、屋敷の中も足元はこんな感じですよ」


まぁ、慣れですね、と見透かしたようにオレが口を開く前にそう付け足して、手ずから紅茶を淹れてくれる。使用人も皆下がらせているらしく、人の気配は自分たち二人きりだけだった。その足元では相変わらずラスボス…もといキャサリンが微動だにせず侍っている。オレは極力膝から下には意識を向けないように、目の前の少年をひたと見つめた。



「…近いうちにまたお目にかかれると思ってましたよ、クレセント君」

「お忙しいところお時間を作っていただき、ありがとうございます」



丁寧な口調と、金色の瞳を細めてオレを見てくる様子は、先日バルコニーで会ったと同一人物とはとても思えなかった。服装が違うのもあるのだろうか。今日は髪を下ろして、白のプルオーバーシャツと裾を絞ってある濃いブルーのゆったりしたパンツ姿。オレはといえば、白シャツに黒のジャケット、グレンチェックのハーフ丈パンツに黒のレースアップブーツ。一応公爵家に赴くということで、出かける直前、侍女に捕まってあれこれ着せ替えられたが、結局いつものスタイルに余所行きのジャケットを羽織っただけだった。



「……なんと、お呼びすれば?」

「ダスクでいいですよ。先日申し上げたでしょう。ちなみに敬語も要りません。窮屈でしょう。二人きりのときは、普段どおりで」


どこかで聞いたような台詞だったが、言った本人が敬語だった。

そう言ったあとお互い黙って見つめ合い…もとい腹の探り合いをすること数秒。

ダスクの方が耐えられなくなって吹き出した。


「あいにく男と見つめ合う趣味はありませんよ」


よく勘違いされますけど、と肩をすくめた。


「……お前、誰だ?」


外見は同じだが、絶対別人だ。口調が違うだけでは済まない。イマイチ上手く表現できないが……空気が違う。裏に潜んでいるモノが違う。今目の前にいる少年もとても普通とは言い難いが、夜会で会ったときには、もっと何か、底知れないものが瞳の奥底に覗いていた。


いきなり敬語も吹っ飛んだが、まぁ本人がいらないって言うんだからわざわざ使わなくてもいいだろう。眼鏡越しにかなり鋭い視線を送ったつもりだが、ものともせずまだクスクス笑いながら目を細めている。


それにあの時、女公爵は彼のことを、「ドーン」と。


「女公爵の新しい養子。女公爵に拾われて5年前にこのお屋敷に来ました。正式に養子縁組をしたのは半年ほど前ですが…僕が、本物のダスクですよ」


にっこり笑うと、クッキーを一つつまんで口に放り込んだ。

…どうやら生まれは貴族出身ではないらしい。


「……本物の?」

「先日夜会でご挨拶したのは、僕の……影と言うか、分身と言うか。そんなモノです。そちらの方はドーンと呼ばれています。まぁ自分で名乗ってるからなんですけど。…あれも一応僕なので、」


仲良くしてやってくださいね?、と女のような仕草で首をかしげる。容姿からして違和感が無いが、げんなり感を煽ってわざと相手の戦意を殺いでいる気がしてならない。


テノールの声で言われても、気色悪いだけだ。



…二重人格とかいうやつか?

またもやよくわからないことを言いながら、ダスクは頬杖をついてテーブルの脇に広げられたカードを一枚手に取る。







めくられたカードは、


―――ハートのジャック。


「でも、」


ハートのジャックで口元を隠しつつ、


「聞きたいのは、こんなことじゃないでしょう?騎士さん?」


細めた瞳の中に、あのときの、ドーンの影がちらついた気がした。







そうだ。オレはまだコイツに問い詰めなきゃいけないことがある。






オレが次を継ごうとした、そのとき。




足元で影が のそり、と動いた。不意のことに体がビクッと反応する。



今までダスクの足元で飾り物のように動かなかったラスボス……もとい、キャサリンが、マイペースに温室の奥のほうに歩いていった。


…心臓に悪い。




小さく息をついたオレを見て、本日二度目、一度目より豪快にダスクが吹き出した。

それはもう腹を抱えて笑っている。



あぁ、こう見るとちゃんと男だな。


「……爬虫類は苦手ですか?」


目に浮かんだ涙をぬぐいながら聞いてきた。…今さらかよ。


「いや、うんと嫌いってわけじゃないけれど…ここにいる数と、アイツのデカさにちょっと引いてる」


素直に感想を言うと、うんうん、と頷きながらまた笑い出した。


「いい加減にしろよ。大概失礼だぞ」


さっきまでとはまた違った意味で腹が立ってきた。


「失礼、申し訳ない…自分がここにきた当時はもっとビビッてましたよ。あはは、あ、でも」


肩で息をしながら、続けた。


「外の林の方には、肉食のもいるので、近づかない方がいいですよ。もうだいぶ寒いので、大して動きはしないでしょうけど」


サラッと重要なこと言いやがった。


「さぁ!お茶を淹れ直しましょう。このタルト、おいしいですよ」


今までの値踏みするような、挑発するような視線がウソのように、年相応に屈託無く笑った。




実は爬虫類好きな作者はグリーンイグアナを飼いたいと思っていたことがあります。ですが、ネットでしばらく調べて、断念しました。

……冗談でも何でもなく、とんでもなくデカくなるんですね、イグアナって。結構本気で育てればキャサリンもリアルなサイズらしいです。

ウサギ小屋と称される日本の住宅事情では、よほどの覚悟が無いと飼えないですね。

…泣く泣く、動物園、水族館で眺めるだけで満足することにします。


このお茶会は次話に続きます。

読んで下さっている皆様、いつも本当にありがとうございます。

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