Rating thirteen
Rating thirteen = R‐13
新キャラ登場で舞台が変わります。帽子屋の人々は、あまり出てきません。
クレスが一つ年を取って13歳になっているので、ババ抜きから数ヶ月後の話だと思います。
Concentration→神経衰弱
5歳くらいから、よく夢を見るようになった。
いや、夢自体はそれより前から見ていたんだろうし、誰でも見るものだ。
ただ―――
夢で見たものが、現実に起こるようになった。
◆◆◆◆◆
「今日は早いのね」
夢の残骸を引きずりながら、昼食とも午後のティータイムともつかない時間にサンドイッチをかじっている僕のところに、女公爵がやってきた。
「おそようございます」
「おはよう」
僕の自虐も意に介さず、後ろから椅子ごとふわりと抱きしめる。
「今日は夜から伯爵のところでパーティがあるから、ちゃんと起きていてね。…ダスクの方で」
「そうでした…食べたら、また寝ます」
「…ふふ。いい子ね」
細い指先で僕の顎のラインをなぞりながらくすくす笑った。
「今日は何の夢を見たの?」
「…今日は――――」
◆◆◆◆◆
何回着ても、やっぱりタキシードは窮屈で嫌いだ。
あちこち締付けられてる感じがして、全然安眠出来る気がしない。
…まぁこれを着させられた時は、寝ていられる状況ではないのだが。
今晩は、女公爵に付いてダイヤ地区はずれに位置する伯爵家でのパーティに出席させられる。一応、形式上は女公爵の養子なのだ。
本当は未成年が夜会に出ることはないのだが、今日は誕生日会なので、主役である伯爵夫人の親戚の子供たちも揃って出席しているらしい。なので今日の年齢制限は夫人の末の子に合わせて13歳なんだそうだ。
………本当は家で寝ていたいのだが。馬車の規則正しい揺れが拷問だ。
「もうちょっとにこやかにしてらっしゃいな。今日は可愛らしいお嬢さんもたくさんいらしてよ」
女公爵はやる気無さげに向かいに座った僕を目を細めて笑った。
今日はライムグリーンの生地にペールグリーンのレースがあしらわれた上品なスレンダードレスを着て、エメラルドの大きなピアスを着けている。彼女のエメラルドの瞳によく似合う。
……ちなみに、絶世の美女である。
「大丈夫ですよ。『役者』ですから」
ふっと笑って答えた。
「でも…早めに切り上げてくださいね。ドーンが出てくるといけませんし」
馬車がようやく止まる。
かなりの数の馬車が出入りしているみたいだ。爵位は格下だが、家業が好調で資産は公爵家に引けをとらないらしい。貴族階級の面々をはじめ各財界の有力者なども揃って顔を揃え、狐と狸の化かし合いを繰り広げるのだ。…いちいち面倒くさい。他にやることはいくらでもあるだろうに。
あくびを噛み殺しながら、女公爵について行った。
ホールに入ると周囲の注目を一気に集めた。まぁ女公爵が着飾ればいつものことなのだが、知り合いが次々に声をかけて来て、あっと言う間に人垣が出来上がる。
一方、僕の方は視線だけでは大人気だが、そのほとんどが毒々しい色が付いているように見える。本来目に見えないものが見えそうだなんて、よっぽどだろう。女公爵を狙う男どもの嫉妬と、一回りも年上の女公爵と僕の関係を邪推する好奇の視線。そして、裏でまことしやかに囁かれる噂を知る者の………哀れみの視線。
そんな中でも、女公爵の新しい「赤ん坊」に声をかけてくる猛者は、まだ出ないようだ。
ふと目が合った貴婦人に笑みを送ってみる。顔を真っ赤にしてそっぽを向かれてしまった。
…だんだんあしらい方がわかってきたか。こればかりはドーンを見習いたいものだ。
小さく息をつく。
こうした社交場に出るのはこれで…4回目か。興味が無いと記憶が曖昧だ。…前3回は女公爵が主催だったので問答無用で出席させられた。その際は自邸での開催だったのでいざとなれば奥に引っ込むことも出来たが、今回はそうもいかない。
ただでさえ独身の女公爵がまた養子を迎えたと、恰好の噂の的なのだ。こんなところに出てくれば、見世物以外の何物でもない。
「ダスク、こちらにいらっしゃい。皆様にご挨拶を」
「…はい」
……これだから、表に出てくるのは面倒くさい。
無理矢理笑顔の仮面を貼り付けて飼い主の元へ向かった。
◆◆◆◆◆
何だって今年はオレまで出ないといけないんだろう。どうせあと3年もすれば嫌でも出ないといけなくなるのに。こんなのは兄貴2人に任せておけば別にオレは要らないだろう。
今年は母の誕生日パーティにクレセントも出席を命じられた。まだ未成年であるにも関わらず強制的に正装を着せられて、自邸の大広間に引っ張り出された。夜会に正式に出席するのは今日が始めてだが、本来こういう格式ばったことが苦手なクレスはどこまでも仏頂面だ。
まだ酒も飲めないし、ダンスを踊りたい相手もここにはいない。
だが、母さんはゲストに失礼の無いようにと、不貞腐れた顔をしたオレに100本くらい釘を刺して、来客たちに挨拶をしに行ってしまった。…そんなに言うなら出さなけりゃいいのに。
今夜のホストである母さんの挨拶が終わったらさっさと引っ込むつもりだったのが、珍しく着飾ったラティカがぴったり横に付いているのでなかなかチャンスが無い。
「……母さんか」
「最後まで逆エスコートさせていただきますよ」
母さんにオレが逃げないよう見張りを言いつけられたラティカがニッと笑った。普段オレの頼みなら大抵のものは聞いてくれるラティカだが、今夜ばかりはそうもいかないらしい。
クレスは前を向いたまま大きなため息を吐いた。マダム・ジーナならともかく、ラティカの目を盗むのは容易ではない。
広間を見やると同じような理由で招待されたのだろう、着飾った10代前半の少年少女たちが保護者付で挨拶をしたり、談笑している姿があちこちに見受けられた。見知った顔も多いが、その背伸びをした姿は普段庭を駆け回っているそれとは似ても似つかない。親たちも社交界デビューの予行練習くらいのつもりで連れてきているのだろう。正式な夜会ではあるものの、子供たちがいるので雰囲気はそこまで堅苦しいものではない。
しょうがないのでトマトジュースを飲みながら、ホールの片隅からラティカに主要人物の説明をしてもらうことにした。
そのまま隅でおとなしくしているつもりだったのだが、ついには昔から鬱陶しい従姉妹のクローディアに捕まり無理矢理ダンスを踊らされ、今日のエネルギーは使い果たしてしまった。
……こんな時間だけど、抜け出して帽子屋に遊びに行こうかな。アゼルはまだ起きているかな。
ラティカには外の空気を吸ってくる、と言い、いつもより人が多いホールを抜け出し、バルコニーに出ると、既に先客がいた。
バルコニーのベンチに座り込んでいたのは、自分と同年代の少年だった。紅茶色の長い髪を後ろでひとつに束ねている。…さっき女公爵の後ろで薄い笑顔を貼り付けていたヤツだ。自分とそう変わらないであろう年齢には到底似合わない、シニカルな仮面。
…最初遠くから見て、なんで女がタキシードを着ているのかと思ったんだ。男にしては線が細くて、すごい女顔だったから。
うたた寝をしていたのか、オレがバルコニーに出ると、閉じていた目をうっすら明けた。
瞳は綺麗な金色だった。
「起こしちゃったかな」
「……ご心配なく、もうそろそろ帰る頃だから」
「君、確か女公爵のところの…?」
「ダスク。…新しい愛人だよ」
伸びを一つして、名乗った。かなり自虐的な自己紹介。
「僕らみたいな子供には、まだ早いよね」
オレを上目遣いに見上げて、なぜか少し悲しそうに笑った。
「…どれが?」
オレは眉をひそめて聞き返した。
今この場で、自分たちの年齢にまだ似つかわしくない物事なんて片手じゃ足りない。
「一つ目は、そもそも僕らみたいな子供が夜会に参加していること。二つ目は、こんな年で女公爵の愛人扱いされている僕。と、なぜかそれを驚きもしない人たち。…君もね。三つ目は、」
オレの目をのぞきこんで言う。
「………僕らが二人とも、タトゥーに運命を翻弄されつつあること…かな。クレセント君」
男のくせに、小首をかしげてくすっと笑うしぐさがすっごく板についている。
「っ!!!」
こいつも『役者』か。
驚いて軽く目を見開いたオレに、さらに続ける。
「いきなり台本も無しに、役を振られても、ねぇ?」
自分以外の『役者』で、普段面識があるのは『帽子屋』だけだった。
タトゥーの存在自体は国中が知られている。だが実際はこの広い国に数えるほどしかいないし、普通にしていると見た目からはほぼわからない。『役者』でも一般人と特に何も変わらない者もいるようだが、自分のように特殊能力が出る者は、奇異の目に晒されることも少なくない。よって、特に必要がなければ自分から『役者』だと名乗ることは稀だ。
今日のパーティにだって、こいつのような『役者』が他にも来ているかも知れない。
…その稀な存在の一人が現『帽子屋』・レオナルドなのだが。彼の場合、王室御用達という肩書きと併せて、宣伝材料のひとつにしているに過ぎない。
オレも『役者』であることを公言したことはないが、特に隠しているわけではないので、知っている人は知っている、という具合だ。どれだけの人がオレが『役者』だと知っているかなんて、正直、どうでもいい。オレはオレだし。
「……台本?」
「君は、台本が読めるかい?」
いぶかしげに聞き返すオレに、首をかしげたままさらに聞いてくる。
ベンチの上で胡坐をかいて片膝を立て、決して行儀がいいとは言えない。だけれどそんな様もどこか妖艶で、とても似合っていた。…さっきホールで見た時とは随分印象が違うな。
「ダスク、こんなところにいたの」
「あぁ、リリス様、今日も相変わらず綺麗だね」
二人きりだったバルコニーに現れたのは、女公爵だった。
「……ドーンね?」
女公爵は困ったように美しい顔を曇らせた。
……こいつの名前はダスクじゃないのか?
「だって、面白そうだったからさ。ちょっと無理言って、代わってもらったの」
そう言って金色の目を細めてクスクス笑った。
「いつ出てきたの。もうそろそろおいとましますよ」
「ついさっきだよ。ウサギさんにご挨拶したくてさ。広間にいたのはずっとダスクだから安心して」
ね、とオレに微笑みかけた。
同意を求められても、オレには何のことだかさっぱりわからない。
「ごきげんよう、クレセント様。…あなたも『役者』なのね?」
くらくらするような綺麗な笑みを向けられて、貴婦人に対する礼をしながら柄にもなくどぎまぎした。
「……はい」
「申し訳ないのだけれど、そろそろ失礼させていただきますね、この子も連れて帰らないといけませんし」
さ、行きますよ、とダスクと名乗った少年を促した。
広間に戻りざま、そうそう…モノクロだったから曖昧なんだけど、と独り言のように前置きしてダスクが振り返った。
「あの、白っぽい髪の女の子は、君の恋人?」
「!?」
白っぽい髪?…アゼルのことか。貴族同士での付き合いの中にも、明るい金髪やライトグレーの髪の持ち主を知っているが、恋人と間違われるほど親しいことはない。仲のいい知り合いで一番白っぽい髪をしている女の子は……帽子屋のアゼルだろう。生憎、まだ恋人ではないが。
そもそもなんでアゼルとオレが仲がいいことを知ってるんだ。
驚いて口を効けないでいると、クスクス笑いを止め、すっと目を細めた。
「宝物からは目を離さないほうがいいよ。傷がつかないように宝石箱にしまっておくべきだ。…また何か見えたら知らせてあげるよ」
またね、三月ウサギさん。
そういってまたクスクス笑いながら、少年は女公爵と共にホールへと消えていった。
謎に縛られたオレだけが、バルコニーに残された。