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Brambles

Freecell = フリーセル。

神出鬼没の番外編。

結構大事なエピソードだったり、どうでもよかったり。

本編でやり場に困った小話などをちょこちょこUPしていきます。


クレスが朝起きて部屋のカーテンを開けると、空にはきれいな青空が広がっていた。待ちに待った太陽の日だ。



朝食を済ませると今日も森に行く振りをして、いつものように屋敷を抜け出す。

その足で帽子屋に駆けて行き、アゼルを迎えに行った。


帽子屋の勝手口を訪ねると、サーシャとマリアンがいた。サーシャは休日の朝よろしく、のんびりとお茶を飲んでいて、マリアンは相変わらず何やらケーキを焼いていた。


「あらぁ、おはよう、クレス。今日はデートなの?」

「おはよう、サーシャ。ピクニックだよ。サーシャこそ、彼氏とは上手くいってる?」


久々に出くわしたやや苦手な顔に、内心ゲッと思いながら笑顔を作って挨拶する。普段はサーシャも店で接客に付いているので、あまり顔を合わせることが無い。


大旦那の孫娘、サーシャ。父親のウォルターと同じ明るいオレンジ色の巻き毛に、亡き母譲りだというライムグリーンの瞳。くりっとした目が印象的な、美人と言うよりは可愛らしい顔立ちの、少し年上の少女。ただ、極度のおしゃべり好きなのが玉に瑕で、こいつの場合は文字通り「歩く拡声機」だ。周囲の人間は秘密にしたいことは決して彼女にしゃべってはならないと、強く肝に銘じている。


そんなサーシャも、確か男爵家の跡取りと付き合ってたんじゃなかったか。下級貴族と商家の婚姻は珍しいことではないが、政略でもなく見合いでもなく、純粋に本人たちが恋人同士だというのはかなり珍しい。そうは言っても、男爵家の嫡男と商家の中でも裕福な部類に入る帽子屋の一人娘、周囲も文句を言う人間は少ないだろう。


ちょっと待っておいでね、と言い残してマリアンがアゼルを呼びに行ってくれた。


「私たちはいつもと変わらずよぉ。それよりクレスって、」


顔を寄せてひそひそ声を出す。


「まだアゼルと付き合ってないの?」

「まだだよ。出来れば彼女の忠実なナイトを攻略してからと思うんだけど、そのうち…ね」


好奇心丸出しの視線を受け止めて、にっと笑った。

余裕ねぇ、とおどけた返事が返ってきた。


呼ばれてすぐ出てきたアゼルはいつものお仕着せではなく、白の半袖ブラウスに紺系チェックの膝丈スカートを着ていた。靴はいつもの黒の布張り。たぶんこれ一足しか持っていないのだろう。胸まで届く銀の髪は左の耳の下で一つに結われている。


一目見て、頬に少し血が上るのがわかった。やっぱり、可愛い。


マリアンがトマトのパウンドケーキを持たせてくれた。屋敷の料理人が作るより美味しいんだ、これ。礼を言って慌しく帽子屋を出る。



幸い、口うるさい赤毛にも出くわさないで済んだ。と言うか、バタバタと足音が聞こえたので、鉢合わせする前にアゼルの腕を掴んで勝手口を飛び出したのだ。

通りに出るとそのままケーキの包みを持ったアゼルを横抱きにして、いつぞやアゼルを見舞いに来たときのように向かいのアパルトマンの屋根に飛び上がった。逃げるが勝ち、だ。攻略するとか言ったばかりだが、今日のところはそんな暇は無い。


赤毛が何か叫んでいるのが聞こえた気がしたが、そんなのはどうでもいい。さっさと屋敷に戻ろう。捕まると面倒くさいし、午前中に目的地に着かないといけないから。

今日は家の裏の森に咲いている野薔薇を見せてやる約束だった。午前中だけ花が開く珍しい種類だ。

先日アゼルにその野薔薇の話をしたら、ぜひ見たいと目を輝かせていたからきっと喜んでくれるだろう。






◆◆◆◆◆





……またやられた。今度こそ一発ぶち込んでやろうと思ったのに。



赤薔薇の木戸から通りに飛び出したレイズは、本来屋根の上にあるまじき人型の影を睨みつつ、大きく舌打ちする。その間にも影は家々の向こうに消えていった。


確かにアゼルの付き合いに口は出さないという約束もある、家に来てアゼルとお茶を飲むのは1万歩譲って許してやるとしても。この間もアゼルに指一本触れるなと警告したはずなのに、アゼルを抱えてしかも屋根の上に上げるとはどういう了見だ。どうやらウサギ殿は物覚えが悪いらしい。




…知能もウサギ並みか。




再度影が消えていった方向を睨み、踵を返した。

万が一にも躓いて屋根から落ちるようなことがあったらどうする。ヤツが屋根の上から落ちて潰れるのなんざどうでもいい。むしろ潰れろ。…恨めしいことにウサギの運動神経でそれは無いと思うが。


だがヤツの身はどうなろうが、アゼルを空中に放り出すようなことになったら、確実に生かしておかない。




イライラを奥歯で噛み砕きつつ、勝手口を開ける。


「あーぁ、またお姫様攫われちゃったね」


台所にはまだサーシャがいて、マグカップを両手で包みながら茶化してくる。細められたライムグリーンの瞳が無性に癪に障るんだが、口では未だ勝てたことが無い。イライラ復活である。

だが絡むとまた面倒なので、さして相手にせずひと睨みして薬缶からお茶を淹れる。


「いいじゃない、そんなに目くじら立てなくたって。今までの中では一番イイ男だと思うけど?アゼルも懐いているみたいだし、あの子になら預けても大丈夫でしょ。それに」


あんたといろんな意味で対等に渡り合える子って初めてなんじゃないの?友達付き合いくらい、認めてあげたらいいのにぃ。


いつも能天気なサーシャの言葉には珍しく、心配の欠片が散りばめられていた。


………確かに、前回は不覚にも負けを喫したけれども。それでも、あの少年をアゼルに近づけることには強い抵抗があった。アゼルが抵抗無く懐いているから、なおさら。


ここ最近、あのバカウサギは三日に一度は帽子屋に入り浸り、午後のひと時をアゼルやマリアンたちと過ごしているらしい。これで仕事の邪魔をしようものなら追い返す口実になるのだが、決まってアゼルの手の空く時間にやってくる。


らしい、というのも自分は一日の大半を作業部屋で過ごす日々を送っているので、今までその場に出くわしたことはほとんど無い。あのバカウサギとアゼルが二人きりで一緒にいるところなんて目の当たりにしたら、頭で考えるより体が動いてしまうのは既に実証済みだ。


本当は前みたいに四六時中アゼルと行動出来たらいいのだが、今はそちらばかりにかまけていられないのも事実。まぁ他の人間も傍にいるし大丈夫だろう、と自分に言い聞かせて思い出さないように日々作業に没頭している。


「…信用出来るもんか」


一言だけ言い捨てて、カップを手に作業部屋に戻った。






◆◆◆◆◆



「ねーぇ、マリアン」


嵐が過ぎ去った帽子屋の台所で、帽子屋の孫娘がのんびりお茶をすすっている。


「あの三角関係、どっちが勝つと思う?」


…何を言い出すかと思えば。洗い物をしながら呆れた声が出る。


「どうなるも何も。三角って」


きゃははっ、と笑いながらテーブルに出ていたクッキーをつまむ。


「…アゼルとレイズじゃどうにもならないでしょうが」


確かにレイズの妹に対する溺愛ぶり、過保護っぷりは尋常じゃないが。

どこまで行っても、あくまでも、あの二人は血の繋がった兄と妹である。


テーブルの上に身を乗り出して、三角でしょぉ、と大げさに言う。それはそれは楽しそうに、ライムグリーンの瞳がきらめいた。


「本人たちはアゼルを取り合って火花を散らしてるわけだしー。でもやーっとレイズと張り合える男が登場したわよぉ。楽しいじゃない?あのレイズが損所そこらの男に可愛い可愛いアゼルを渡すと思う?」

「渡したくないから、ああなんでしょう」

「…どんなに可愛くったって、所詮兄妹なのにねぇ」


足をブラブラさせながら、呆れたようにつぶやく。


「兄妹だからじゃない?」


二人きりだからこそ、


「…あの子達は、離れた方がお互いの為なのかも知れないねぇ」

「将来は絶対玉の輿を狙うべきよねー。アゼルもお坊ちゃんのことまんざらでもないみたいだし」


あー、でもあの子三男坊だしなー、などと姿勢を戻しながら勝手なことを言ってお茶を飲んでいる年頃の少女を尻目に、マリアンは心の中でつぶやいた。



勢い余ってまた流血沙汰にならないといいけど。




◆◆◆◆◆




「クレス…」


そのまま屋根の上を駆けていると、アゼルが声をかけてきた。


「ん?」

「やっぱり私、おんぶがいいんだけど…」


腕の中のアゼルはやや顔が赤い。


アゼルを抱えて屋敷に連れて行くのはこれが初めてじゃない。普通なら馬車を使う距離だが、オレの場合、アゼル一人なら抱えて走った方が倍は速いから。それこそ最初は申し訳ないだの恥ずかしいだの自分は重たいだの、散々ごねていたアゼルも、最近は諦めたのか素直に抱えられて運ばれている。


ちなみにアゼルは自分で言うほど重くない。他の子がどれくらいだか知らないが、明らかに平均よりは軽いだろう。12歳の少年が抱き上げて運べるのだから。とは言え、口には出さないが長時間持ち上げるのはさすがのクレスでも辛い。それもあって、出来るだけショートカットでさっさと屋敷に辿り着きたいのだ。ウサギ足で駆けようとすると、人通りの多い道路を走るのはかえって危険だ。またいつぞやみたいに交通事故を起こしかねない。


その点、屋根の上なら障害物もないし、何より近道だ。屋根の上と言っても、何も切り立った崖の上を歩くわけではない。実はその頂点は結構幅があるので、普通の人でも十分歩ける。もちろん傾斜がきつければ危険度は増すが、アゼルを運ぶ時は一番安全で走りやすいルートを選んでいた。


体勢はその時々によって、今のように横抱きだったりおんぶだったりするのだが。いずれにせよ問答無用で抱き上げて屋根の上に跳んでしまえば、おとなしくするしかないのだ。自分一人じゃ地上に降りられないのだから。


立ち止まって顔を覗き込む。


「どうして?苦しい?」

「ううん、そうじゃないんだけど…」


さらに頬が赤くなってうつむいてしまった。


「この体勢、やっぱり恥ずかしいっていうか…」


なんだ、そんなことか。再び駆け出す。


「ちょっっ…クレスってば!」

「暴れたら落っことすよ」

「…~~っ」


顔を真っ赤にしてジタバタするアゼルに脅しをかける。もちろん間違っても屋根の上でそんなことはしないけれど。

ふふっと笑ったのが聞こえたのか、大人しくはなったが思い切り睨まれた。自然と位置関係からして上目遣いに見上げる形になる。


うん、これからもコレだな。



クレスの中で、この体勢がデフォルトに設定された瞬間だった。













その帰りも、顔を真っ赤にしたアゼルをしっかりお姫様抱っこで送り届けたのは言うまでもない。




brambles=野薔薇の茂み


小さい薔薇ってかわいいですよね^^

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