A duel and its' prize
ラティカの隣には、本日の唯一の観客であり、賞品である少女が草の上に敷いたブランケットにちょこんと座っていた。今日はお仕着せだったらしい深緑のワンピースではなく、藍色のコットンワンピースに白のカーディガン。決して高価な仕立てではないが、デザインはシンプルで好感が持てる。梳かしただけで背中に流してある銀髪の上には麦わらのカンカン帽が乗っていた。
第一印象とさして変わらず口数少なく、大人しく二人の勝負を見つめているが、なんとも不安そうな表情を浮かべていた。
「…どっちに勝って欲しい?」
聞いたところでどうなるものでもないのだが、ふと気になったのだ。
少女の視線の先には、なにやら言い合いをしている少年二人。その声はここまでは届かない。
「…………どちらかと言えば、クレスに勝ってもらいたいです。レイズにはあまりケンカしてほしくないので…。いつもあたしの知らないところで、怪我して帰ってくるから」
銀髪の少女は私を少し悲しそうに見上げた。頬にそばかすが浮いているが、そんなことは後回しになってしまう、大きな青紫の瞳。スミレと例えられているらしいが、ラティカにはスミレというよりは桔梗の花を連想させた。秋に咲く、星型の花。
「クレスには本当に申し訳ないです。あたしたちの兄妹ゲンカに巻き込んでしまって。ラティカさんも、付き合ってくださってありがとうございます」
律儀に頭を下げてくる。
「私は坊ちゃんに頼まれただけだから。でもレイズが勝ったら」
「レイズが勝ったら、状況は今までと何も変わらないですね。…でも再度説得はしてみます。今まであまり面と向かって、止めるチャンスってなかったんですけど、いい機会ですし」
どちらに転んでも、この子の腹は決まっているらしい。
「クレスが勝ったら、あなたのお兄さんはおとなしく言うことを聞くかしら?聞いた話だと、今まで散々暴れてたんでしょう?」
「…聞かないときは、絶交です」
アゼルは当然だというように、少しだけ険しい顔をして見せた。
一番年下だが、この少女が子供たち3人の中で一番大人のようだ。女の子の方が精神的成長は早いというが、本当だな。
どちらにしろ、そんなあっさりと坊ちゃんがこの子から手を引くとは到底思えないけどね。
確かにこの勝負の条件だけ見れば、クレスが勝てばレイズがアゼルの知り合いを手当たり次第に潰していくのを止める、それだけだ。アゼルとクレスの関係には何も言及していない。
……坊ちゃんの思惑とは若干ずれている気がしなくもないが。がんばり次第というところか。
「クレスが勝って、これからも仲良くして欲しいって言ってきたら?」
アゼルは、お断りする立場にありません。と冷静に答えた。
「クレスがそうしたいと言ってくれるなら。でも、これからもあたしからはクレスに会いに行くことはないでしょうし、あたしの怪我が治ったら、伯爵家のお坊ちゃんと帽子屋の使用人に戻るだけです。…そもそも身分が違います。クレスはいいって言ってくれるけど、本当なら友達になんてなることはないじゃないですか。こないだお見舞いに来てくれた時にレイズがつっかかったから、こんなことになっちゃいましたけど。」
10歳の、しかも平民の少女がこんなに理路整然と語ったことに、少なからず驚いた。
それにラティカさんも、と続ける。
「クレスと私たちが必要以上に仲良くしないほうがいいと思ってるんでしょう?」
私を見透かしたようにそう言って、諦めたように薄く笑った。
……こないだのランチの時から頭がいい子だとは思っていたけど。10歳の子がする顔じゃあないな。
ラティカはなんとも言えない気分になった。
◆◆◆◆◆
さっきの掴み合いで集中力が殺がれたのか、二人とも2発ずつ的をはずしていた。
勝負はこの一発で着くだろう。
深呼吸をしたがなかなか心が落ち着かない。発射位置に立ったレイズはぎゅっと目を瞑る。
いきなりアゼルに近寄ってくる野郎なんて、レイズから見れば仮にそれが伯爵でも信用ならない。
オレ抜きで会うなんて絶対だめだ。何かあっても守ってやれないじゃないか。
…あんなに仲のよかったアイツでさえ、アゼルを裏切ったのだから…
再度あのときのようなことが起これば、今度こそアゼルは壊れてしまうだろう。
……そんなことは絶対させない。オレが守ってみせるんだから。
スッと目を開いたレイズは、昔自分が叩き潰した男の顔めがけて引き金を引いた。
インクは的のごくわずか上、的が括られた幹に毒々しいピンクの華を咲かせていた。
◆◆◆◆◆
賽が投げられたレイズは草の上に足を投げ出し、遠くの的に狙いを定めているクレスを睨んでいた。
レイズが的をはずしたので、クレスがこの最後の1発を当てればクレスの勝ちである。
この一発に全てがかかっているクレスは、インク弾入りの銃を構えて、若干ぼやけて見える的を見つめながらそよぐ風の音を聞いていた。
眼鏡の先に見える的を睨んで目を細める。周囲の音が消えたことにも、気がつかない。
ふっと的が鮮明になる瞬間。
迷わず引き金を引いた。
◆
数日後。
射的対決の前に坊ちゃんに頼まれていた調査の結果が、ラティカの元に上がってきた。
受け取った封筒の中身を確認し、想像だにしていなかったその内容にわずかに目を瞠った。
―――帽子屋の、裏の顔。
裏、と言うのだろうか。ある意味、仕事の一部、公然の秘密、と呼べるものだろう。もしかすると隠してすらいないのかも知れない。帽子屋には水銀を始め薬品が大量に保管されていることも、周知の事実。ただ、決して自ら広めてもいない。だから一般的にはほとんど知られていない。そんな印象。
知られたから、騒がれたからと言って、黙らせる方法はいくらでもあると言うことか。
……コレは、坊ちゃんには言わないほうがいいだろうな。
報告書を引き出しに仕舞いながら、小さくため息をついた。