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Her older brother is...

その日の夜。



アゼルはお湯を使ってから少し広い一人ぼっちの部屋に戻り、さっさとベッドに潜って今日何度目かわからないため息をついていた。



今日は一日最悪だった。



今まで言わなかったけど、遂に本人を目の前にして言ってしまった。


仇討ちなんてされても全然うれしくない、と。



………単に言う機会がなかっただけかもしれないけど。




あれから今日はレイズと一言も口を利いてないが(目すら合わせてない)レイズを傷つけたかも知れないな。形はなんであれ、レイズはあたしのことを思って仇を討とうとしてくれているのだ。

…そう思うと、これまではあまり邪険には出来なかった。レイズが傷だらけで帰ってきても、ただでさえ大人たちには毎度怒られているのだから、あたしはもう怒らないでおこうと思って、傷の手当をしてあげるだけ。…ため息はどうしても出るが。


でもレイズは口ではあたしの仇討ちと言うけど、今回は絶対あたしの為じゃないと思う。今日のあれは、どう見てもただ単にレイズがクレスを嫌いなだけだ。

あたしの怪我に託けて、あたしに見えるところでケンカするなんて冗談じゃない。




…だけど、なんであそこまでクレスが嫌いになっちゃったんだろう?これまではほとんど接点無かったはずなんだけど……。



こないだもお店に出てくるなりクレスに突っかかって、あとで大旦那様に呼び出されて怒られていた。相手が伯爵家のクレスだったから、さすがに大旦那様も再度注意したっぽいけれど。それに大旦那様もクレスが『役者』だということは知っているだろうし。


…大旦那様は大好きだし尊敬しているけれど、あの3階のお部屋には出来る限り行きたくない。特に夜。



アゼルは寒くもないのにぞくっと身震いして寝返りを打った。


…レイズがめちゃくちゃケンカが強いのは知ってる。だけど『三月ウサギ』とサシでやりあうなんて、無茶だ。レイズにも、クレスにも怪我はして欲しくない。絶対、二人とも無事じゃ済まないもの。


そりゃあ今回の怪我はクレスが原因だが、ちゃんと謝ってくれたし、あたし自身は最初びっくりしたものの全然怒っていない。むしろ伯爵家のお坊ちゃんなのに全然お高く留まった感じもしないし、話していてとても楽しい。

先日ランチに呼ばれたときも、あたしと衝突した鬼ごっこの原因や、『三月ウサギ』であるが故のトラブル(ラティカ曰く、そのほとんどが交通事故)を面白おかしく話してくれた。



その話の一部を思い出し、クスッと笑いが漏れる。











……あたしはどっちに勝ってほしいんだろう?












いつも以上に寝つきの悪いアゼルは、少しだけ昔の出来事をぼんやりと思い出していた。





◆◆◆◆◆






帽子屋にやってきて数ヶ月経ったある日、あちこち怪我をした少年たちとその親たち数人が帽子屋に乗り込んできて、子供たちがレイズに暴力を受けている、と大旦那様に文句を言った。


3年前に帽子屋に来て、近所の子供たちとはすぐ顔見知りになった。というか、向こうに顔を覚えられた。彼らの間で、当時あたしたちのことはちょっと話題になったらしい。ある日突然帽子屋にもらわれてきて(本当は奉公に上がったのだからちょっと違う)学校にも行かず、仕事をしている兄妹。裏口から出てくるときはいつも一緒で、手をつないで買い物に行く。兄妹とは言っても遠目で見て髪の色が全然違うことも、彼らの興味を引いたのだろう。






子供の世界において、「みんなと違う」と言うことは、それだけで十分いじめの対象になりうる。






学校に行っていないから勉強が全く出来ないバカなんだとか、実はウォルター様の隠し子だとか、本当は兄妹ではないらしい、などと根も葉もない噂が立ったことも知っていた。

…バカだなぁ。あたしたちとウォルター様は似ても似つかないのに。


仕事の合間に読み書きや礼儀作法は家で教えてもらっているし、銃や体術、家事、帽子作りの手伝いなんかもどんどん仕込まれる。他の子がどうだかはよく知らないけれど、学校に行っていなくてもあたしたちはその辺の子たちより、よっぽどいろんな事が出来ると思う。




だがレイズはそんな状況でも大人たちの追及をモノともせず、笑みさえ浮かべて飄々と言い返した。



「最初に仕掛けてきたのはそちらです、オレだって無闇やたらとケンカをしているワケではありません。オレがしたことは彼らが先にオレたち兄妹のことをからかったり、嫌がらせをしたりしてきたことに対しての仕返しにすぎません。オレだけではなく、妹のアゼルに対してのものも同罪です」


そう言って、親の背中に隠れている臆病者たちの所業を並べ立てた。これまで言われた悪口の数々、その中の少年の一人に追い越しざまにあたしが背中から突き飛ばされたこと、飲みかけのジュースをかけられたこと、などなど。



「レイズが言ったことは本当なのか?アゼル」


レイズの後ろで出来るだけ気配を消して控えていたあたしは、大旦那様にいきなり話を振られてその場に凍りついた。部屋にいた全員の視線が一斉にあたしに注がれる。

視線は目に見えないけれど身体に刺さるし、刺さると痛いものだということを、あたしはこの時初めて知った。


「……はい……」


うなずくのがやっとだったな。


更にレイズは少年たちに向かって、ケンカのときは決まって自分一人対複数人なのに、こうも自分だけ責められるのは納得いかない、悔しかったらタイマンで来い、とまでのたまった。


まさか親を連れてきてまで旗色が悪くなるとは思っていない少年たちが青くなったのは言うまでも無い。

本当にその子たちに嫌がらせをされたかどうかなんてもうはっきりと覚えていないが、顔色を変えたところを見ると大体疚しいところがあったのだろう。


……あれにはすっごくハラハラしたな。あたしと大旦那様以外みんな恐い顔して、今にも誰か怒鳴りだしそうだったもん。



親たちはレイズの態度の悪さを大げさに非難したが、大旦那様はどこ吹く風。



「仰りたいこともわからなくはないですが、うちのレイズだけが一方的に悪いというわけでも無いようですな」


至極のんびりとした口調でそう言い、パイプをふかした。

自分の子供たちの性根の悪さを認めようとしないバカ親たちを前にして、そもそも子供のケンカに大人が出るべきではない、と言うのが大旦那様の見解。


…謝る謝らない以前に、そもそも聞いていないのだ。



大旦那様がいる前でさらにケンカを吹っかけるレイズもレイズだが、そこでレイズの肩を持ってしまう大旦那様も大旦那様だ。



然るべき理由があるなら子供たちだけで解決するべきだ、とまだぎゃあぎゃあ文句を言っている親たちをさして相手にせず、あっさり追い返してしまった。ただ、モノには限度というものがある。その辺はレイズにもよく言い聞かせておく、とそれだけは親たちに告げて。



………結局レイズも大旦那様も、一度たりとも謝らなかった。いろんな意味ですごいと思う。



だが一団が帰った後、レイズは大旦那様に延々お説教されていた。それは主に先ほどの年長者(親たち)に対してのレイズの態度についてであって、ケンカをしたことに対してではなかった。

ケンカについては、するなとは言わないが手加減しろ、と言い含められていた。するなと言っても不可能なのは、そのときにはもう大旦那様にもわかっていたんだと思う。それまでにも傷だらけで帰ってくる度に食事抜きだったり、納戸に一泊だったり、カイルに打たれたりと、いろいろな罰を受けていたが、懲りる気配は微塵もなかった。

そんなレイズ本人は全く悪いと思っていないので、頑として最後まで謝ることはなかったが、ケンカをしても「限度」は弁えるとだけ約束させられていた。






……その約束も、あまり、というか全然役に立たないということがすぐ発覚するのだが。



なぜなら大旦那様の言う「限度」と、レイズの言う「限度」にはクレスのウサギ足でも数時間かかるであろうほどの隔たりがあったのだ。






レイズの「限度」というのは、文字通りの「死なない程度に」というものだったのだから。




………結果、数日後にはまた凝りもせず買い物帰りに生傷をたくさん作って帰ってきた。




◆◆◆◆◆




そうやってしょっちゅうレイズは自分自身にも傷を作って、時には返り血まで浴びて帰ってくる。丸腰で帰ってくるみたいだけど、得物は何なんだろう?…考えない方がいいかな。


発覚した時にはもう時既に遅し。


今回みたいにケンカの前にあたしが止めに入れたのなんて……よく考えても初めてかもしれない。帰ってきてから誰がレイズを問い詰めてもほとんど口を割らないし、周囲が止めても、今までに効いた試しは無い。ケンカはしないでと何度頼んだか知れないが、アゼルは気にしなくていい、としか言ってくれないし。




さらにここ1年くらいの間で、相手に非がなくてもレイズがケンカを吹っかけているという話を聞くようになった。数少ない友達に聞くと、その子たちはレイズに怨まれる理由が思い当たらないらしい。

無差別ではないはずだが、レイズの言っていた「兄妹に対するからかいや嫌がらせ」がどこからどこまでの範疇を指して言っているのか、実際に兄がどうやって「獲物」を決めているのかは、アゼルにはよくわからないのだった。


…あたし一人のときに何かあってもレイズに話すことは無いから、レイズ一人の時に何かあるんだろうけど。




そんなことが頻繁に起これば、自然ともう最近ではこの近所であたしたち兄妹に声をかけてくる子供はほとんどいなくなってしまった。








閉じていた目を開けて、暗い室内を見る。月明かりに照らされて青白く光る一輪の薔薇が目に入ってきた。






生まれて初めて、薔薇の花をもらった。

ベッドの中でふっと笑みがこぼれる。





………前言撤回。



最悪……ではなかったかな。







そう思い直して、また目を閉じた。




おはようございます。今朝コーヒーを淹れようとマグカップにお湯を注いだら、マグカップの底がさっくり抜けて落下、足の指に思いっきり熱湯を被った作者です。

マグカップの底って………抜けるんですね。。。。。

そこそこ生きてますが、初めて知りました。

みなさんもマグカップにお湯を注ぐときには気をつけてくださいね。


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