表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/56

Who presented a rose to her?

うっかり初めてマリアン目線が入ります。

勢い良く勝手口のドアを開けるなり、甘い香りが台所に充満していた。マリアンがさっき仕込みをしていたお得意のダークチェリーケーキだ。いきなり不機嫌に入ってきたあたしを見て、マリアンは少し驚いたみたいだった。


「アゼルあんた何やってたんだい?」

「ごめんなさい何でもないの、何の用だった?」


とっさに、クレスとレイズがモメたことは言わない方がいい、と思った。

しかし、次に出たマリアンの言葉に答えを窮してしまう。


「あら、どうしたんだい。その薔薇」


クレスにもらったピンクの薔薇。受け取ってから、ずっと握り締めたままだった。よかった、レイズに取られなくて。無意識の内に乱暴に扱ってしまっただろうか、既に花弁が数枚落ちてしまっている。帽子屋の生垣の薔薇は赤いから、外から持ち込まないとピンクの薔薇はない。


「あ…これは…」


一瞬返事に困って、慌てて薔薇を背中に隠す。


「お見舞いにもらったの…」


誰から、とは言わなかった。


「ふーん………っ…レイズは大丈夫だったかい?」


あたしの仕草を見てニヤっと笑ったあと、急にあたしのところにレイズを寄こしたのを思い出したらしく、今度は心配そうに眉根を寄せ、小声で聞いてきた。

…あれは‘大丈夫’の部類に入るのだろうか?

だが、クレスのおかげであそこで取っ組み合いにならなかっただけ、ひとまずは‘大丈夫’なのだろう。


あたしは数秒考えた後、微妙な苦笑いを浮かべた。


「うん、なんとか大丈夫…」

「レイズは?」

「洗濯物取り込んでる」

「そう、ならいいんだけど。それ、活けておくビンとかあるのかい?」


そういえば、あたしの部屋には花瓶がない。ない、と首を振ると、上の棚から細長い空き瓶を出してくれた。ビネガーか何かの空き瓶だろうか。


「これに挿しておけばいいよ」

「ありがとう」


お礼を言って受け取る。


「それを活けたら、夕飯の買い出しに行ってきてほしいんだよ。スープを作るのに、ちょっとベーコンとエシャロットとかがちょっと足りなそうだからね」


あたしを呼んでいたのはそれか。

わかった、と返事をすると瓶に半分ほど水を汲んで、自室のある2階に大急ぎで上がった。



帽子屋の建物は3階建てで、1階が店舗と台所兼食堂。上顧客をもてなす応接室も1階。帽子製作の作業部屋も1階にある。帽子成型にお湯を使うためだ。

2階は従業員の私室。兄妹が帽子屋にやってきたときには一部屋しか空きがなかったので、急遽二段ベッドを入れて二人一部屋とされた。

3階は大旦那、若旦那とその娘サーシャの居室。だがここ数年、足の悪い大旦那は3階までの階段の上り下りに苦労するようになってきた。なので大旦那は2部屋ある1階の応接室の一つを改造して、膝の調子が悪い日はそこを寝室としている。



階段を駆け上がると2階にある自室のドアを開ける。

つい昨日レイズが屋根裏部屋に移ったので、元々さして広くない部屋だが、なんだか随分広く感じる。二人とも持ち物は少ない方だが、2段ベッドはレイズが寝ていた上段を分解して屋根裏に運んでいた。……上段がなくなるだけで、こうも広く見えるものか。



ドアに背中をつけて、大きく息をついた。アゼルにしては珍しくイラついているため、若干の震えが混じる。



何も言わなかったけど、マリアンにはバレているのだろう。

レイズが薔薇をくれた人に対して食って掛かったということも、そして、それがクレスだということも。


今まで心に仕舞っていたこと、新たに心に浮上してきたこと。なんだかごちゃごちゃだ。


また視界がぼやけてきたが、大急ぎで鼻をかんでなんとかやり過ごそうとする。ふと鏡を見ると、目だけでなく鼻も赤くなっていた。



「……あぁもうっ!全部レイズのせいなんだから!!」



しばらく頭の整理が付くまで部屋に閉じ籠もっていたかった。

だが、ただでさえクレスとレイズがあれだけモメて、呼ばれてから結構時間が経ってるから、すぐ降りないといくら優しいマリアンでもホントに怒られそうだ。


それにしばらくレイズとは顔を合わせたくなかったが、勝手口から出れば洗濯物を取り込んでいるレイズの横を通ることになる。



「…遂に言っちゃったなぁ」


言わない方が、よかっただろうか。今のアゼルにはよくわからない。

まぁ言ってしまったことは引っ込まないのだから、いまさらだ。


いつもの諦めの早さからなのか、はたまた単なる開き直りなのか、アゼルはそこで考えることを一時中断した。


薔薇を挿したビンを机の上に置くと、また大きなため息を一つ吐いて部屋を出た。





◆◆◆◆◆




手が放せなかったので、レイズに外にいるアゼルを呼びに行かせた。

すぐそこで洗濯物を取り込んでいるのだから、すぐ返事が聞こえるものと思ったら、なぜかいつまで経っても子供たちは戻ってこない。

…アゼルが無理ならレイズでもいいから、早く夕飯の買い物に行って来てほしいのに。




―――――


もう、一体何をしているのやら。


「アゼルーーーーっ」


どうせドア1枚だと思って大声で呼んでみる。

それでも返事は無い。



ホントにどうしたんだろう。

あの子たち、今まで仕事を放ったらかしてどこかに行くなんてことはなかったのに。


さすがに心配になってきたところに、アゼルが勢い良く飛び込んできた。この子にしては珍しく怒っているように見える。


何があったのか、若干目が赤い。そしてその手には、見慣れないピンク色の薔薇が一輪。



…これか、返事がなかった理由。



どこでもらったのか聞くと、見舞いだという。お、そばかすほっぺが赤くなったぞ。

子供だと思ってたら、隅に置けないわねぇ…。


アゼルは誰から、とは言わなかった。だがこの近所でアゼルの怪我を知っていて、更に見舞いに来て薔薇なんてくれる人間がいただろうか?


……次の瞬間、マリアンの頭に先日の伯爵家の三男坊の顔が浮かんだ。

まさか、伯爵家の人間が裏口から訪ねてくるなんて。だが思いつく限り、あのグレーの髪の少年以外に候補は浮かんでこない。


そこまで思い至り、マリアンはハッと固まる。



……レイズとあの子を鉢合わせにするのは、かなりマズかったんじゃないか?


「…レイズは大丈夫だったかい?」


マリアンは先日の二人のにらみ合いを思い出し、思わず聞いてしまう。レイズのことだから、相手が伯爵家だろうがなんだろうが、アゼルの怪我に対して一矢報いろうとするだろう。大旦那様にも釘を刺されているというのに。


「うん、なんとか大丈夫…」


だがレイズが戻ってこない。アゼルに聞くと、洗濯物を取り込んでいるという。その様子だと、どうやら路上で殴り合いなどにはならなかったようだ。

…まぁそんなことになっていたら、こんな風に戻ってきたりしていないだろうし。………たぶん。


どう収めたのかも気にはなったが、ひとまず買い物に行ってもらわないと夕食の仕度が始まらない。


持っていた薔薇を挿せそうなビンを出してやると、アゼルは一目散に2階に上がっていった。






だけれど、とマリアンは考える。あのレイズが、たとえあの伯爵家の坊ちゃんでないにしろ、薔薇の花を持ってアゼルを訪ねてきた男をそのまま帰すとは考え難い。


あの子には前科がありすぎる。

アゼルの涙目といい、まだ何かあるなと腹の中で一人頷いていると、レイズが洗濯カゴを抱えて入ってきた。こちらも随分不機嫌そうだ。


「アゼルが涙目で入ってきたけど、なんかあったのかい」


すっとぼけてカマをかけてみる。


「………別に」


レイズはマリアンとは顔を合わせようとはせず、キッチン用のタオルなどをばさばさとテーブルに置くと早足でキッチンを出て行こうとした。


だが、レイズが廊下に続くドアを開けたすぐそこには、アゼルが立っていた。

今自分が開けようとしたドアが急に開いて、アゼルは「わっ」と小さく声を上げたが、レイズを見た瞬間大きな目をキッと鋭くしてレイズを睨みつけた。

そしてそのまま兄の横を素通りすると、無言で買い物籠と買い出し用の財布を掴んで外に出て行ってしまった。すれ違いざま、レイズが「おい、待てよ」と呼ぶも見事にスルーだ。



わぉ、珍しいこともあるもんだ。



無視された方のレイズは一瞬呆気に取られていたが、次の瞬間くしゃっと顔を歪めてこれまた廊下に出て行ってしまった。



怒っているようにも泣きそうにも見えたが、マリアンには判断が付かなかった。


…やれやれ。








ふと振り返ると、うっかり放置したオーブンから黒っぽい煙が上がっていた。



にしても、何回も確認して、「よしっ」と思ってから投稿してるのに、後から見直すと、あっちもこっちも直したくなってきちゃうのは何ででしょうねぇ。。。。orz



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ