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Some quarrels

せっかくアゼルと楽しく話してたのに、最低最悪な邪魔が入ってしまった。

兄の険悪な声にアゼルが振り向く。


ひとまずは、笑顔で挨拶しておくか。


「やぁ、レイズっていったっけ」


そういって声をかけるものの、目が全然笑っていない。……もちろん、ワザとなんだが。


「てめぇ妹と何してやがる」

「何って、こないだのお見舞いだけど?」


ね、とアゼルにはさっきまでと同じ笑顔を。


「うん、どうしたの?レイズ」


兄の様子に動じるでもなく、オレの方をちら、と見てアゼルが聞き返した。


「…マリアンが呼んでる」


ホントかウソか知らないが、従業員がアゼルを探しているらしい。


「レイズは?」

「オレはこいつに話がある」


早く行けと言わんばかりに投げやりに言った。

でも、アゼルは一向に動かない。


「…なんだよ、早く行けよ」



レイズはアゼルを急かすが、その目はアゼルを通り越しクレスを睨んだままだ。

クレスもレイズの殺気を受けて、さっきまでの笑みが子供らしからぬかなり危険なモノに変わっていた。


それなりに人通りのある裏通り。レイズの素行を知っている者は、アゼルにちょっかいを出したこの周辺では見かけない顔の勇者の末路に哀れみの視線を送り、知らない者も何事かと見やりながら遠巻きにそそくさと通り過ぎていく。


うららかな春の昼下がりに、赤薔薇の生垣をバックにして三人の周囲だけ空気がどんどん冷たくなっていく。


「レイズも一緒に中入ろう」


アゼルが睨み合うレイズとクレスを交互に見て、先刻クレスが渡した薔薇を持っていない方の手でレイズの腕を掴んだ。


「先行ってろ」

「嫌。」


オレからは背中しか見えないので表情はわからないが、アゼルの声も硬い。

普段とは違うであろう物言いに、レイズはようやくオレから目を離し妹の方を向いた。


「…クレスとは、ケンカしないで」

「お前には関係ねぇだろ」


兄はオレを睨んでいたままの目で妹を見るが、妹はひるまず続ける。


「あたしの友達に、これ以上ひどいことしないで」



「…っ!」



静かに言うアゼルに、レイズが驚いたように目を見開いた。



「…なんでいっつもあたしのいないところでケンカばっかりするの?なんでみんなと仲良くできないの?せっかく友達になったって、レイズが乱暴するからあたしまで嫌われちゃうんじゃん!!」


レイズの白いシャツの袖を握り締め、一言発する度に語気が強くなる。…と同時に、語尾に少し震えが混じる。


レイズは苛立ちを隠さずアゼルに向かってまくし立てる。


「こいつは友達なんかじゃねぇっ!お前に怪我させたんだぞ!?」


クレスを顎で指し、アゼルの手を振りほどいた。

だがアゼルはなおも兄に食って掛かる。


「レイズの友達でなくてもあたしの友達なの!あたしのためにそんなことしなくていい!なんか悪口言われたって、その子やっつけてなんて、あたしが頼んだことある!?レイズに、ありがとうなんて一度も言ったことないじゃん!」


解かれた手で再度レイズの腕を掴んだ。目には今にもこぼれそうなほど涙が溜まっている。普段のアゼルはこんな風に怒鳴ったりなんてしないのだろう。全然イメージと違う。自分を落ち着けるように大きく息をして、ゆっくりと続けた。


「…それに、レイズは強いけど、クレスには勝てないよ、きっと」


その一言に、レイズはカッと顔を赤らめる。


「てめぇ、それどういう…」


意味だ、と言いながら再度アゼルの手を乱暴に振りほどこうとするレイズの手を、横からとっさに掴んでいた。


レイズはギッとオレを睨みつけてくる。アゼルはいきなり近寄ってきたオレを驚いた顔で振り返った。その拍子に、瞳に溜まっていた大粒の涙が零れ落ちる。


…今まで蚊帳の外で兄妹ゲンカを眺めていたが、いい加減見かねて、というかアゼルが可哀相で口を挟んだ。猛烈にレイズがムカつくのでヤツは睨みつけたままだが。


そしてレイズが何か言ってくる前に口を開く。


「そんなにオレが気に入らないんなら、銃で勝負しようぜ」


銃、と聞いてアゼルが目を見開いた。


「心配するなアゼル。打ち合いじゃないよ。的当てだ」


クレスはそうアゼルに言った後、レイズに向かって口元を歪めてニヤリと笑った。


「オレとしても半殺しにしてやりたいところだけどな、アゼルに免じて許してやるよ」


どこまでも挑発的なオレ様発言に、頭に血の上っているレイズが掴まれていない方の手でクレスの胸倉を掴もうとする。クレスはそれをあっさり受け止めて、条件を提示した。


「オレが勝てば、お前は今後アゼルの友達には手を出さない。もちろんオレも含めてだ。もしお前が勝てば、もう二度とオレはアゼルに関わらない。どうだ?これならどっちも怪我しないだろ?」


最後はアゼルに向けられた言葉。

レイズはオレの提案にギリッと奥歯を噛み締めた。アゼルが心配そうにオレたちを交互に見る。


「自信がない?」


ふっと笑ってさらに挑発してみる。


「ふざけんな!いいだろう、オレが勝ったら二度とオレたちの前に出てくんじゃねえぞ」


上等、と意地悪く笑うとクレスは日取りを告げた。


「じゃあ太陽の日にウチの屋敷の森でやろう。アゼルも来てくれよ?立会いはラティカに頼んでおくから」


次は正面から来るよ、と涙目のアゼルの髪をくしゃりと撫でて二人から離れる。アゼルはうなずくと、また目からこぼれた涙が石畳に2、3粒落ちて水玉模様を作った。

じゃあまた、とアゼルにだけ告げて通りを渡るとうさぎ跳びでアパルトマンの屋根に上った。


…またもやいきなり屋根まで飛び上がった少年に周囲はドン引きだったが、やはり本人はどこ吹く風。






太陽の熱を吸い込み、屋根の上は地上よりさらに暑い。ムカつく紅い髪と、青紫の涙目を思い出し、苛立ちをそのまま足に込めてクレスは疾走する。我知らずその足並みが荒くなる。その時屋根の下にいる人々は、大きなネズミでも屋根裏に入り込んだかと、ネズミ駆除の心配をした。


レイズは、アゼルがレイズ自身を心配しているのがわからないのだろうか?さらに大事な妹を一番泣かせているのは自分なのだということも。

そしてあの様子を見ると、あれはアゼルの為ではなく、明らかに自分の自己満足の為だろう。


……やっぱり今度一回シメないとだめだな。




いずれにせよ、遅かれ早かれ、クレスの中では半殺し確定なのだった。







◆◆◆◆◆



来たときと同じように、クレスはお向かいのアパルトマンの屋根に上がって、すぐ見えなくなってしまった。


クレスが『役者』だと知らないレイズは、いきなり3階の屋根に飛び乗ったクレスを信じられないという目で見つめていた。ついでに口も開いている。

アゼルは鼻水をすすり上げながらこぼれた涙を手の甲で拭う。一つ息をついて、まだ上を見上げているレイズに声をかけた。


「ほら、入ろう?」


中からかすかにマリアンが呼ぶ声が聞こえてきた。マリアンが呼んでいるというのは本当らしい。


レイズの腕を引っ張って赤薔薇の木戸をくぐる。物干しのシーツと洗濯籠が目に入った。そういえば、洗濯物を取り込んでいる最中だった。

ひとまず、マリアンのところに行かないと。


「おい、アイツ一体なんなんだ!?」


レイズがやっと我に返ったのか聞いてきた。


「クレスって、大旦那様と同じ『役者』なんだって。めちゃくちゃ足速いんだよ」


勝手口に向かいながら答える。


「『役者』!?」


レイズにしては素っ頓狂な声を出す。

だからぶつかっただけでこんな大げさな青タンが出来てしまったのだ。


クレスがあの場でああ言ってくれなかったら、白昼の往来で殴り合いのケンカが始まっていただろう。

そしてアゼルの目から見ても、どうがんばってもレイズはクレスに勝てないと思う。アゼルも護身術は習ってはいるが、実践ではやはりスピードがものを言う。


レイズも一度くらい負けてもいいんじゃないかとも思うけれど、クレスにケンカを売ったらその辺のケンカでする怪我レベルじゃすまない気がする。それにレイズがクレスに怪我をさせたら、やはり後日その責めを負うことになるのだろう。


やっぱりどちらにも怪我はして欲しくないのだ。



……クレスにはお礼言わないと。


安心と共に、レイズに対して段々腹が立ってきた。

ほんっとに、なんだって誰彼かまわずケンカを吹っかけるんだろう。




「だから勝てないって言ったんだよ。あ、洗濯物入れといてね?」




取り込みかけの洗濯物を押し付けて、返事を聞く前に苛立ちまかせに勝手口を開けた。




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