ある夏の不思議な旅
本作品はちょっとした仕掛けがあります。ただ、その答えは書いた私が正解だとは限りません。
田んぼが広がる田舎。夏の日差しが静かな田園風景に優しく微笑む中、風は田んぼの稲穂をそっと揺らしていた。
山の一部に家が建てられていて、一番上に建てられた家は『高山さん』と呼ばれる風習があるこの地へ、母親に連れられやってきた。
お盆は決まってここへ来て、整備された山の道を親と一緒に歩き、虫取りなどをするのが恒例行事だった。今年もその季節である。
いつも通り家を出ようとすると、母親に止められた。
「一人じゃ危ないから待ってなさい」
しかしその声に反して外へ出た。すでにここには何度も来ていて、慣れていると思っていたのだ。
母親は待っていると思い込み、しばらく親戚と談笑していた。
☆
少年は気を失っていた。
気が付くと、見たこともない光景が広がっていた。薄暗く、そして寒い場所。虫取り網と虫かごだけが周囲に落ちていて、他には何もなかった。
ふと、何か遠くに人影が見えた。少年は声をかけた。
「すみません」
その声に反応し、人影は近づいてきた。少年の目にはまだはっきりと見えていないが、大きさは母親くらいで、大人だろうと思った。
近くに寄った瞬間、少年は悲鳴を上げた。大人は全身赤色で、頭には角が生えていた。服は着てない。ただ、手足は尖っていて、直感で恐怖を感じた。
『んだ、美味そうだな』
目の前の怪物から逃げようと振り返った瞬間、腕を掴まれた。すでに怪物は少年を喰おうとしていた。
「たすけて」
そうつぶやいた。おとなしく母親の言うことを聞いていれば、こんなに怖いことを経験することは無かった。少年は後悔した。
「おや、食材がここに逃げていましたか。駄目ですよ。勝手に食べたら、夕食は無しです」
声が聞こえた。少女の声だった。
『あ?』
「ほら、その手を放して。ワタチがこれから料理をする食材に手を出したら、困るのは貴方ですよ?」
『ああ、わがった』
少年を強くつかんでいた手は離れた。逃げようと必死だった少年は急に放され、そのまま転んでしまった。
痛みで動けないままでいると、少女が近づいた。少年は先ほどの会話を少し聞いていた。食材と言われた。これから痛いことをされる。そう思った。
「静かにしてください。まったく、どうして生きた魂がここにいるんですか」
少年はとにかく少女の言うことに従った。転んでできた傷に包帯を巻いてくれた。
「名前は言えますか?」
「ジロ」
「そうですか。ワタチはここの住人です。家に帰す手伝いをするので、怖がらないでください」
少年はここに来て初めて安堵した。
少し歩くと、小さなランプが壁一面に飾ってあり、中に蝋燭が入っている不気味な場所に到着した。それを見て少年は驚きつつも少女がいるという安心感に身を任せていた。
「冥界の扉がうっかり開くなんて、管理者はどうかしてます。ジロ様と縁がある魂があれば良いのですが……」
少女は多くのランプを選び始めた。
少年は不思議に思った。蝋燭は時間が経過すれば消えてなくなる。しかし目の前の蝋燭は溶けずに残ったまま燃え続けていた。
「消えないの?」
「消さないようにしているだけです。あまりじろじろ見ないでくださいね。火が照れてしまいますからね」
少女の言っている意味が分からなかった。しかし少年はわかろうとしなかった。わかったらいけないと直感が言ってきたからだ。
少年は不思議に思った。この光景は初めてで、見たことも無い蝋燭なのに、なぜ直感が訴えかけたのか。
そして少年は一つの蝋燭を見つけた。それは他の蝋燭よりも強く光っているように見えた。
「あれ」
少年は指をさした。少女はそれを見て取り出すと、驚いた表情を浮かべた。
「なるほど。父親が交通事故で亡くなっていましたか。それにしてもこっちに来るなんて、何をしたのやら。いえ、独り言です」
少年は少女の言葉が理解できなかった。ただ、少女が持っていた蝋燭だけは、懐かしい雰囲気を感じた。
「近所の犬や親せきの誰かでも良かったのですが、この方はそれを望んでいるんですね。せめてもの償いなのでしょうか」
「どういうこと?」
「知らなくて良いことです。ただ、将来貴方は母親に色々と教えられるでしょう。その時は、全部許してあげてください」
「わかった」
少女は少年の手を握り、再び歩いた。
すると、また遠くに影が見えた。先ほどの影と似ていて、今度は緑色や青色、黄色や紫、とにかくたくさんの怪物がうろうろとしていた。
「こわい」
「ワタチから手を離さなければ大丈夫です。そして今後これ以上怖い思いはしないでしょう。あー、貴方が悪い子だったら、ここに帰ってくるかもしれません」
「しない」
「そうですね。そうじゃなければ、この蝋燭の火は報われません」
そして少女の手に惹かれ、小さな洞窟の入口に到着した。
「ここからは一人で言ってください。このランプも持って行ってください」
「お姉さんは?」
「ワタチはここから出れません。それと、ここでの出来事は忘れるでしょう」
「わかった」
少年は一度だけ頭を下げた。そして一人で洞窟を進んだ。
少女は見えなくなるまで見送ってくれた。その間、怖い怪物が来ることは無かった。
やがて火が消えた。すると洞窟を照らす光が消え、暗闇に飲み込まれた。
☆
「ジロ!」
その声に驚き目を覚ました。
「ああ、ジロ。良かった。だから一人で行かないでって行ったのに!」
声が出なかった。腹部が痛み、何か強い衝撃が当たったのだろう。
「高山だよ。まったく、一人で山道行って、高いところから落ちたんだよ!」
全く記憶が無かった。一人で山に行ったところで気を失ったのだ。
「全く、無事なのはお父さんが見てたからかねえ」
お父さん。その言葉を聞いて何か頭に引っかかった。まるで先ほどまで見守ってくれたような、温かい光のような、そんなモヤが感じ取れた。
気がついたら涙が出てきて、やがて声が出た。
「はあ、やっと声も出た。とにかく病院に行かないと。ごめんねおばあちゃん、ジロを送んないと」
「良いさ。またくれば良いさね」
真夏のアスファルトの熱さから離れられる唯一の時間が、一度の間違いで帰ることになった。
悪いことはするものでは無い。しかし、あのお姉さんにお礼をするには、来年また一人で山を歩くしか無いのだろうか。
了
こんにちはーいとです!
のびのびと何か書きたいものを書いたら、一つ出来上がりましたー。そして、今作はちょっとした仕掛けを組み込みました。答え合わせというわけではありませんが、一応書いた私の答えを提示します。
まず『ジロ』は人間ではありません。ただ、田舎に登場するジロ以外は人間です。
母親の言葉を聞かなかったのは、人間では無いから理解できなかったからです。
で、冥界では少年になってます。これは後々答えを出します。
赤い人や青い人はここでは鬼です。少女は地獄の番人(仮)です。唯一冥界で優しい人ですね。
蝋燭の炎は魂です。ランプの形を明記していませんが、小さな檻のようなものの中に蝋燭がある感じです。
少年は魂(蝋燭の火)に指を刺しましたが、これは『父親』の魂です。
父親は罪を犯して冥界に来ましたが、原因は交通事故。詳細は書きませんでしたが、信号無視による事故です。
事故死したのは父親だけでなく、その子供も亡くなりました。つまり、ジロはその子供が転生後の姿です。なので、少年は父親の魂に指を刺しました。
冥界から戻ってきたら犬になります
という感じの物語です!!
異世界に転生というものでは無く、人間から犬に転生し、偶然にも前世の母親だった人に飼われたという形になりますが、冥界に行くまではその事を忘れています。そして、この事を一年間覚えているかどうかは分かりません。
ちょこっと不思議な物語を書きたいなーと思い書いて見ました。少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです!