8話 火の用心!ネコジタブラザーズ
少年少女たちは放課後にスポーツセンターまでやって来た。
オジサンと合流してさっそく、少年達は更衣室で着替えると体育館へ集まった。
そこには屈強な肉体が自慢の成人男性が四人、真っ赤なユニフォームを着て彼らを待ち構えていた。
オジサンよりも歳上だと見受けられる。
坊主頭の男が背中を向けると、そこにはシビれるフォントでネコジタブラザーズと書かれていた。
オジサンが坊主頭の男を、かつて所属していたプロチームの先輩だと紹介して、彼らが現役消防士であることを明かした。
少年達はまさか相手が大人、それも消防士だとは思わず困惑しながらも抗議の声を小さく上げる。
対してオジサンは「大事なのは勝つことよりも学ぶことだよ」と小さく笑った。
飲み込めないまま自己紹介を受ける。
坊主頭の男がリーダーの東山。
一番、身長の高い西空。
ちょいと肥満体質で髭の濃い北口。
そして最年少で二十三歳の南。
自己紹介を終えて、オジサンが簡単にルールをおさらいする。
「ねこバスケ」のルールは「3x3バスケ」とほぼ同じ。
チームは4人まで、コートに入れるのは3人。
交代はプレー中断時において自由に行える。
試合時間は10分。
22点先取。
コートは横15メートル、縦11メートル。
基本的に、葉が短く高密度のやわらかい人工芝生を設置する。
ゴールを中心に広がる8メートルほどの半円をアークと呼ぶ。
インサイド(内側)の得点を1点とする。
アウトサイド(外側)の得点を2点とする。
ショットクロックは12秒。
時間内にシュートを打たなければならない。
また、それは攻守交代でリセットされる。
攻守交代の時には必ず、一度、アークの外へねこを運ぶ。
ファウルは個人ではなくチームで数える。
7回以上で、相手チームにフリースロー2本。
10回以上で、それと攻撃権が与えられる。
タイムアウトは一回まで、時間は30秒。
コーチやマネージャーはコート内に立ち入ることが許されない。
「仲間と相談して、仲間と作戦を立て、仲間と勝利を目指す」
オジサンは微笑んで、それがとても楽しいんだと熱く語った。
三人の少年たちは顔を見合わせる。
マネージャーを志願した春は、借りてきた猫を抱いて、楽しそうに相談する王子様たちから、そっと離れた。
優しく見守るようにオジサンも離れる。
ネコジタブラザーズのメンバーも距離を取って作戦会議を始めた。
作戦会議を終えたら、次にウォームアップを行う。
普通のバスケではバスケットボールを使って練習を行う。
ねこバスケにおいても同じで、しかし猫を使って練習を行うことは絶対にできない。
ねこの心身にかかる負担を思いやってのことだ。
なので選手は、試合中に、ねこと親しくならなければならない。
ねこによって毛触り、そして体重も微妙に異なるので、いち早く身体をなじませ調整することが肝となる。
これは選手の技量に差があれど、少しでも試合に公平性を与える。らしい。
にわかに緊張してきた春は、ねこの首根っこに顔を埋めた。
ラガマフィンという銀の毛が美しいメスの猫。
猫のテディベアと呼ばれるほど、チョコレート色の被毛は柔らかくなめらか。
性格は温和で、遊び好きの一面もある。
そこから冗談で、いたずらっ子、ラガマフィンという名前が付けられた。
彼女もまた、三人の少年たちに何か思いを馳せている様子で、グリーンアップルの瞳でジッと見詰めている。
やがて、オジサンが集合を呼びかけた。
エバーマスカレード、ネコジタブラザーズ。
両チームが向かい合って並ぶ。
東山が創に手を差し出してエールを送る。
「全力でぶつかってこい」
「はい。お忙しいなか指導して頂けることを感謝します。皆さんの胸を借りるつもりで、全力でいかせてもらいます!」
創は、かたく握手して覚悟を返した。
やる気は十分だ。
攻守は試合前に、ねこに決めてもらう。
歩み寄ったのは創。
先攻はエバーマスカレードに決まった。
ゆるい緊張感のなかで試合が始まろうとしている。
審判はオジサンが務める。
そして今回だけ特別にエバーマスカレードを指導する。
ネコジタブラザーズは手を抜かない一方で、体格差によって怪我のないよう接触に気をつけることを約束した。
エバーマスカレードはこれまでに基礎をみがきながら、ひとりひとりの長所を伸ばしてきた。
短期間でチームを仕上げるには、それが良いとオジサンは判断した。
シュートコントロールに長けた創。
ディフェンスに適した体格の奏。
クロは研さんを積んだドリブル。
試合において、それぞれの長所を理解した臨機応変な連携が求められる。
彼らの長所は、いざという時の切り札と言い換えてもいいだろう。
また、みがいた基礎をしっかり活かした猫運びが課題となる。
攻めるようなディフェンスで猫をうばい、素早くパスをつなぎ、繊細なドリブルで相手をかわし、正確なシュートで得点を狙う。
十二秒という短い時間のなかでは、それを成すための瞬間的な、するどい観察眼と勇気ある判断力が必要だ。
まるで獲物を狩る猫みたいに。
少年たちの誰もが、そのことを頭の中で振り返った。
深く息を吸ってゆっくりと吐く。
少しずつ呼吸を抑えて、ねことの一心同体を計る。
間もなく笛の音が響いた。
東山から受け取った猫は筋肉質で、ずっしりと重みを感じた。
創は手に馴染ませるように軽く撫でる。
芝生が擦れる音がした。
空気が振動して熱気が増していく。
創からクロへ猫が渡る。
すかさずドリブルで攻め込み、フェイントを使って北口をうまくかわした。
そして一息に駆け抜けてゴール目前。
もふ。
しかしシュート態勢に入ったところで東山に猫を奪われた。
流れるように北口、そして南へと渡る。
奪う隙が無い。
インサイドから南に一得点を決められた。
「惜しかったですね」
呼吸を荒くして肩を落としているクロに奏が声をかけた。
「まだまだ。反撃するぞ」
クロは言って、猫を素早くアウトサイドまで運んで創へ渡した。
創は南に背を向けて猫を預かると、ゴールへ向かって走り出したクロへ猫を返した。
行手を二人が阻む。
サイドライン近くに控える奏がフリーだ。
しかしそれは東山の計略により追い詰められたルート。
クロが投げた猫は奏に届かず、飛び出した東山に奪われた。
アウトサイドへ素早く運んで二得点が決まる。
このようにして試合はやや一方的であった。
エバーマスカレードは不慣れな試合に苦しんで、一得点も決められないまま五分が過ぎた。
相手は十四得点も稼いでいる。
そのプレッシャーは、まるで猫を背負っているみたいに重くのしかかる。
オジサンのアドバイスが遠く聞こえる。
それほど心身は熱く意識は陽炎のよう。
と、ここでクロがタイムアウトを求めた。
三十秒の小休憩。
春が用意してくれた、やや温かいハチミツレモン水をノドへ流しこみ、疲れを少しでも癒す。
「あんたに任せる」
クロは創と肩を組むと強く背中を叩いた。
「どういうこと?」
創がタオルで額の汗を拭いながら問い返すと、クロはニヤリと笑って耳打ちした。
三十秒が経った。
クロはコートへ戻りながら奏にも耳打ちした。
試合再開。
ネコジタブラザーズはチーム交代を繰り返し四人で攻めてくる。
身長の高い西空のシュートを防ぐのは容易ではなく、ダンクシュートまで軽々と決められた。
それでも三人は決してディフェンスを諦めず、一途にパスを信じて、シュートに気合を注いだ。
ネコジタブラザーズは山のように立ちはだかる。
ディフェンスから大きなプレッシャーを受けてシュートコントロールが乱れる。
これが得点に繋がらない大きな原因だった。
いよいよ十九点まで迫った。
残り三点で負けてしまう。
「勝負にでるぞ!」
ここでクロが合図を叫んだ。
奏が体をねじこんだやや強引なディフェンスで猫を奪った。
3x3バスケはスピーディーな試合展開が望まれるので、小さなラフプレーは見逃されることがある。
ファウルはない。
振り返って、アウトサイドにいる創へ猫を渡す。
受け取るや腰を低くして、力強く踏み込む。
脚をバネにして跳躍。
体をグンと伸ばして、腕を高く掲げて、指先まで使って猫を解き放つ。
いわゆるジャンプシュート。
ジャンプの最高到達点でリリースする。
だが、それはフェイクで本命はパスだ。
狙いはリングの横、反則を取られないようにややズラした。
これはアリウープという難度の高い連携技。
リングの近くに投げられた猫をジャンプして受け取り、着地せずシュートする。
息を合わせることが重要なプレーだ。
サイドから、油断した西空をかわしてクロが駆けつける。
助走の勢いを利用した全力のジャンプ。
宙を舞う猫を、ぐっと腕を伸ばして、指で弾くように押した。
ぽふ。
ねこはバックボードに当たってリングに吸い込まれた。
ようやく一得点を返した。
春が嬉しい悲鳴を上げて拍手する。
だが、まだ試合が終わったわけではない。
結局、ネコジタブラザーズの猛攻を止められず惨敗という結果に終わったのだった。
さて、試合終了後に休憩を挟み、ねこをバスケットボールに持ち替えて、ネコジタブラザーズより指導を受けた。
先の試合をかえりみて、褒めながらも、足りないところを補うように優しく教えてくれた。
そのうえ、いま町焼肉のお店で美味しいお肉をご馳走になっているのだが……。
「俺に任せるって言ったよな」
「言った」
「絶対にシュートを決められた」
「バカ言え。守りが堅いし、今の僕たちの実力と確実性を考えれば、強引でもアレが最善だった。ディフェンスを一瞬でも騙せるからな」
創様はご機嫌ナナメ。
私、春麗嵐、心中お察しします。
たくさん練習を頑張ったのに、得意のシュートを一度も決められなかったことが、よっぽど悔しいんだと思う。
でもそれを言っちゃ余計に傷つけそうだし、がまんがまん。
クロ様がんばれ。
今は耐える時ですぞ。
「成果を出せなくて悔しいからって僕に当たるな」
「は?別に悔しくねーし」
あ……。
「分かるぜ。あんたは、これまでよく頑張った。でもシュートが決まらなくて悔しいんだろ」
あ……!
「お前に何が分かるんだよ」
「うるせーカッコつけんな。僕だって悔しいんだよ。でも、それを認めて前に進むしかねーんだ。な、奏」
「その通りです。悔しいのは創様だけではありません。俺だって悔しいですよ。大きな体して、うまくディフェンスが出来ませんでした」
隣の席でネコジタブラザーズの皆さんが静かに聞いている。
その表情はとても優しい。
オジサンが小さく、懐かしいな、と呟いた。
みんな通る道なんだ。
七転び八起き。
そういうことだよね。
「僕たちはチームだ。仲間を信じて協力して、何が悪い。ひとりで突っ走ろうとすんな」
「……ごめん」
「あんた意外と熱い奴なんだな。まあまあ嫌いじゃないぜ」
「そう言うお前こそ、意外とクールなとこあるんだな。見習わせてもらうよ」
ほわあああああ……!
尊いよう!
カルビの脂みたいにとろけちゃいそう。
男の友情ってどうしてこんなにそそるんだろう。
どうか、おかわりをください。
まるで牛タンにレモンをかけたみたいな、キュン、とした甘酸っぱい刺激をもっと求めちゃう。
私ってば欲張りさん。
「あのさ。もう一人ほしくね?」
「チームは四人まで登録可能でしたね」
「そうそう。交代なしで試合やるの、なかなかキツかった。それに試合の流れを変えるの難しかったし」
「言ってもよ、創。心当たりあんのか?」
「いるっちゃいるけど……やっぱ誘えない」
「んだそれ」
「あの……!」
私、思わず手を上げてしまいました。
「こっちの肉、焼けてるから食べていいよ」
「わあ創様ありがとうございます!……じゃなくて、心当たりがあります!」