4話 水嶋クロ、野良ねこブルース
窓から庭を見下ろす。
近所の高校生が他人の家で楽しそうに猫とバスケをやっている。
僕が一カ月前に引っ越して来たよりも前から遊びに来ているらしい。
叔父さんも他所の子を家に招き入れるなんてどうかしてる。
世の中どんな悪事を働く悪ガキがいるか知れたもんでないのに。
今日は背がでかい仲間を一人増やして連れて来た。
気に食わん。
「君もまざったらどう?」
叔父さんがお節介を焼きにきた。
うざい。放っておいてくれ。
何のために僕がここへ居候しているのか。
それは他人を避けるためだ。
叔父や叔母も例外じゃない。
「彼らは優しいよ」
「だから?なに?僕は誰とも関わりたくないって何度も言っただろう」
「まるで不良みたい」
「あ?違うわ。何もかも、だるいだけ」
「そう……。邪魔してごめんね」
やっと部屋を出て行った。
言っておくが僕は不良じゃない。
喧嘩もしたことはない。
ただ、何にもやっていないだけ。
深い理由はないけれど、とにかく何もかもがバカバカしいほどつまらん。
彼らのように、楽しそうに笑っているのも理解できない。
生きることさえ最近はダルい。
「いただきます」
と言っても、夜ごはんもあんまり食べる気しない。
「あらいい子。偉い!」
「はあ……叔母さん。僕を子供扱いしないで。そりゃ、半分ひきこもりみたいなもんだから文句言えた口じゃないけどさ」
「だったら文句を言わなくていいんじゃないかな?」
「叔父さん、いちいちうっさい」
「ははは、悪かったよ」
「クロくんは酢豚が好きなんでしょう?」
「まあ」
「良かったー。今日ね、スーパーに着いてから回鍋肉とどっちか迷ったの」
「そ。ありがとう」
「あらーいい子!お礼がちゃんと言えてえらい!」
「だあーもう!静かに食えって!」
「まったく。兄貴と似ても似つかないな」
「そりゃ良かった」
あんな寡黙堅物親父なんざと似るなんてこっちから願い下げだ。
母さんは、まあまあの過保護でまあまあのヒステリック。
あんな家から出られて本当に良かった。
「だっる。まだ雨降ってんじゃん」
ゲームを朝までやって起きたらもう夕方。
雨だからあいつらも来ないだろう。
今日は静かで助かる。
そろそろ怒鳴り込んでやろうかと思ってた。
「叔父さんも出掛けてんのか。ジムかな。とにかくラッキー」
アンラッキー。カップ麺がない。
食欲があるのはストレスの影響。
仕方ないので近所のコンビニまで行くことに。
歩いて五分もかかる。不便で困る。
つか冬だから寒い、ほんと最悪。
「創様!」
「コンビニで呼ぶな。しかも棚の向こうから」
「見てください」
「見えねーよ」
「はやくこっち」
「なに?」
「新しいスイーツです!おいもですよ!おいも!」
「へっ、おいもマシュマロになるぞ」
「あん?私、見ての通り太らない体質ですけど?」
「へえー」
「むむー。二つとも美味しそう。ねえ、どっちがいいと思いますか?」
「こっちを俺が買うから両方食えよ」
「え!そそそそんな訳にはいきませぬ!」
「うち貧乏じゃねーから!建物が古いだけだから!」
「や、決してそう言うわけではなくてですね」
「いいから行くぞ」
「はう……急に優しくするなんてもしかして私のことが……ちら?」
「ねーよ」
「もう!そんなこと言うなら一口あげませんよ!」
「歩いて食うつもり?」
「クレープとパフェだもん」
「雨だぞ。傘さしながらそれ食べんの?」
「無理かー。あ、お寺で雨宿りしながらーなんて?」
「罰当たり」
「どうしてよ!」
ながい。うざい。きもい。うるさい。
少女漫画かよ。
人前でイチャついてんじゃねーよ。
二度と叔父さん家に来んなバーカ。
「お箸はいりますか?」
「大丈夫です」
「入れておきますねー」
あ?何でだよ?
このお姉さんひとの話を聞かないタイプなん?
家で食うから箸いらねーのよ?
「あっ!あれは……!」
ちっ、女に見られた。
こっち見んじゃねー。
つか彼氏は不良か?
目つき悪いな。こえー。
「創様!にらまないでください!」
「にらんでねーよ!余計なこと言うなっての!」
ぶん殴りてえ。
けど喧嘩したら負けそう。
だから舌打ちをくれてやるぜ。
「おかえりクロくん」
「はあー……」
「ははは……ため息はやめてもらえるかな?」
「あのさ叔父さん」
「んー?」
「あいつら何なん?」
「あいつら?」
「あのバカップル」
「はて……?ああ、もしかして創くんと春ちゃんのこと!」
「あいつらマジ何様のつもり?ひとの家にズカズカほぼ週四ペースで来やがって」
「ごめんねー。騒がしいよね」
「それは仕方ねーけど。まあ、ウザい。あと目障り」
「カップ麺買ってきたの?お金の心配なんてせず、お弁当を買えば良かったのに」
「これでいい」
叔父さんがあいつらのことを話してくれた。
先輩に喧嘩売られて、ねこバスケを教わった。
それが今年の夏頃。
で、仲間を増やしたのが秋で、今は冬。
「いつまで来んだよ!もう用はねーだろう!」
「あるよ。今は部活動みたいなものだし。奏くんからは、バスケのいろはを、もっと教わりたいってお願いされたから」
「あのデカい男か」
「クロくんも一緒にやろうよ」
「はあ?っざけんな」
「叔父さんは豚骨ラーメン苦手だなあ」
「知らんわ」
豚骨ラーメンは失敗だった。
臭いが嫌なのか、あさひが逃げていく。
くそ。あいつらのせいだ。
あいつらが、あさひをたぶらかすから余計に嫌われてんだ。
奴らさえいなければ。
「クロくん。もうすぐ創くんたちが来るよ」
ドアの向こうから叔父さんが凶報を告げる。
僕は布団の中で頭を抱えた。
「今日は日曜日だろう。叔父さんはクラブに行かねーの」
「今日はね、休み。風邪が流行ってるみたいで」
「んだよそれ」
「もし出掛けるならお小遣い渡すけど、どうする?」
「いらない。別に欲しいもんもないし。部屋でゲームしてるわ」
「そう。迷惑かけてごめんね」
叔父さんはそれだけ言って、一階へ戻った。
ずっと迷惑かけてんのは僕の方だよ。
クソ、ムカつく。
ゲームもムカつく。
ヘタクソなのは仕方ないけれど仲間を、あおってくんじゃねーよ。
ほんとこの世の中にはロクな人間がいねーわ。
「ちっ。あいつら来たか」
カリカリカリ……。
「あさひ良かったな。あいつらが来たぞ。はやく下りな」
カリカリカリ……。
「ドアで爪研ぎしたら叔父さんに怒られるぞー」
叔父さんが猫アレルギーだから、あさひは二階にある部屋を一つ寝床に使って暮らしている。
広さは十分あって日当たりもよく、叔母さんの部屋でもある。
あいつらが来た時に叔父さんがドアを開けてやる。
すると、あさひは自ら一階へ下りていく。
はずなのに、今日はまだそこにいる。
「んだよ。どうした?」
にゃあー。
「遊びたいのか?だったら下におりろって」
カリカリカリ……。
「だあーもう!叔父さんと、あいつらは何やってんだよ!呑気になんか食ってんのか!?」
ここでスマホに叔父さんからメッセージが届いた。
声を出して呼べないからだ。
内容は、あさひが下りてこない。
どうにかして、て言われても。
「いや無理。あいつらいるし」
にゃあー。
「クソッ!んだよちくしょう!わーったよ!」
ドアを開けると、あさひはジッと座っていた。
僕を見上げて見つめる。
抱き上げて慎重に下へおりる。
簡単なミッションだ。
一階に着いたら、あさひを離してやればいい。
よし、戻るぞ。
「て、ついてくんな。後で遊ぼうぜ」
にゃあー。
「いた!あさひちゃん!」
……最悪だ。
頭お花畑女に見つかった。
まあいい無視して部屋に戻るだけだ。
それに、これをキッカケに静かにしてくれるかも知れない。
そうそうラッキー。
「待って!」
なんで呼び止めんだよ。
「はじめまして、春麗嵐といいます。日曜日にお邪魔してすみません」
こちらこそ頭お花畑女とか言ってごめん。
挨拶なんてされたら無視するわけにもいかないな。
どうする?なんて言葉を返せばいい?
「あの、ちょっと前にコンビニでお会いしませんでしたか?」
「え?あーそう言えばそっすね」
「やっぱり!それで私見ちゃったんですけど、もしかしてマーガライトを愛読されているのですか!?」
「はあ……愛読ってほどじゃないけど」
男子高校生が少女マンガ誌を読んでいることを女に知られるなんて僕の人生あー終わった。
ほら無言で固まってる、笑いをこらえているんだ。
それから間違いなく、学校で話し回って笑い者にする気だ。
「きゃあー素敵!そそるー!」
「は……?」
「はっはっはっ……!やばっ!萌えすぎて呼吸を忘れちゃったよ生命が止まるかと思ったー。やっばいわー。嬉しすぎるんですけど?」
「どういう意味?なに言ってんだあんた」
「実は私も愛読しておりまする!よろしければ創様たちがバスケをしている間、私とマーガライトについて語らい合いませんかな?あ!でもダメよ私……年頃の男の子の部屋にお邪魔するなんてあーダメダメ……はしたないわ!」
「あの……」
「こら何やってんだよ春!すみません、こいつおかしいんです」
「創様。私は普通です」
「お前の普通は普通じゃないの。あ、あさひ。お前を待ってたんだぞ」
あさひは僕の足に引っ付いて離れようとしない。
困った状況だ。
こんな非常時に叔父さんは何をやっているんだ。
「叔父さんは?」
「オジサン?」
「僕、あの人の甥なんです」
「そうでしたか。オジサンなら買い出しに行きました。みんなに特製カレーを振る舞うって意気込んでいましたよ」
女の言うことにもちろん嘘はない。
叔父さんが唯一、得意とする料理が特製カレーだ。
赤味噌などの調味料で柔らかく煮込んだ牛スジのどて煮、その缶詰を仕上げに入れる。
すると、味に深みが出て大人っぽいカレーに仕上がる。
「あさひ。行けよ」
反してガンコに動こうとしない。
仕方ないので抱き上げると腕の中で丸くなった。
まるでボールみたいに。
「いい子だ」
それで女に渡そうとしたけど、うなる。
嫌そうに顔をしかめて、ウーウー。
こんなの見たことない。
あさひは優しくて可愛い猫さんなんだ。
怒っている顔は見たくない。
「あさひが怒るなんて。もしかして私、嫌われてる?」
「そだよ」
「ふしゃあー!」
「悪かった冗談。怒るなら自分で言うなよ」
「創様、いいですか。ここはフォローするところですよ」
「なんで俺が……」
「デリカシーのない人ね。ううー……!」
「お前まで、うなるな」
僕の前でイチャつくな。
こうなったら仕方ない。
庭に置いてしまおう。
「庭へ行きましょう。あさひは、そこで下ろします」
「あの。名前を教えてもらえませんか?」
「水嶋クロ」
「クロ様。はう……キレイなお名前」
どこの何が?
こいつやっぱり頭お花畑だわ。
「すみません。うるさいし、迷惑かけて。俺は犬飼創です」
どうでもいいわ。
「よろしく」
「うん。よろしく」
社交辞令だりー。
はやく戻ってゲームがやりたい。
ほんと無駄に疲れた。
「いい加減に機嫌なおしてくれよ」
あさひは、庭へ下ろしても丸くなったまま僕をにらむ。
考えていることがさっぱり分からない。
にくきゅうが可愛いことしか見て分からない。
「はじめまして。細川奏と申します」
「ども。クロっす」
「あさひさん、今日は機嫌が悪いですね。いつもはどうなんですか?」
「や、僕も初めて見たんでわかんねっす」
まあどうでもいいや部屋に戻ろう。
うん。そのうち機嫌なおすだろう。
「待って!」
また呼び止めるのかこの女。
勘弁してくれよ。
結局、全員と顔合わせすることになって今にも吐きそうなんだわ。
「もしやクロ様とバスケがしたいのでは?」
「ねこが?まさか」
「ねこも遊びを覚えて、さいそくすることがあるらしいですよ」
「んーらしいけど」
「では試してみては?」
ちっ。
「わったよ。あさひ、一回だけだぞ」
適当に投げた猫はリングに届かず落ちた。
それで。
「わっわっ!わあー!!」
襲ってきた。
矢のような頭突き。
ねこ、ましぐらに襲ってくるとこんなに怖いんだな。
しかも、小刻みに尻尾を芝生へ叩きつけてマジギレモード。
「んだよ!何を怒ってんだよ!人間にはわかんねーて!」
「ちゃんとバスケしないからじゃね?」
「つまり、どういうことだよ」
「よし。俺がディフェンスするから、攻めてこい」
よし、じゃねーよ。
成り行きで創という男と対決することになった。
勝手に決まった。
女は喜んでいるが、俺はまったく乗り気じゃない。
「手を抜くのは無しだぞ」
「わったよ。つか、ドリブルとかよく分かんねーんだけど」
「初めは思うようにやってみればいい。必要なら後で教えるよ」
こいつ意外と、さわやかだな。
不良とか思ってごめん。
もしかしたら良いやつかも知れない。
それでも深く関わるつもりはないからな。
「いくぜ」
「っしゃ。こい!」
バラ燃ゆる熱い対決再び!
私、春麗嵐。
いま猛烈に感動しております!
「がんばってークロ様ー!」
クロ様は手先が器用なのかな。
ドリブルがとてもお上手。
まるで、ねこが手に吸い付くようなドリブルで、ねこがクロ様の動きにスムーズについていく。
その軽やかな身のこなしで、あっという間に創様を出し抜いた。
まるで猫じゃらしで惑わせたみたいな動きだった。
「驚いた、やるな。もしかしてバスケ経験者だったり?」
「まあな。バスケ部だった」
「は?だったら何でドリブルわかんねーとか嘘ついたんだよ」
「はんっ、油断させようと思ってな」
「なっ!やられた!」
「あさひ、これで満足しただろう」
あさひちゃん、すっかり機嫌が良くなったみたい。
うんうん分かるよ。
二人の間に友情が芽生えて満たされたのね。
強敵と書いてライバルと読む。
名言だよね。
「今度は騙されねー。もう一回、勝負だ」
「やだ」
「へっ、勝ち逃げかよ」
「んだと?やってやるわ!負けて泣くんじゃねーぞ!」
「そっちこそな」
「あんたのこと、ずっとムカついてたんだ」
「え?なんで?俺なんかした?」
「気にすんな。いくぜ」
創様、今度は出し抜かれないように腕を大きく広げて大の字になって身構える。
これでは元バスケ部でも左右に回避することは簡単ではないでしょう。
対してクロ様は挑発するように、両手で左右に猫を持ち替えるドリブル。
これはフロントチェンジとよばれるテクニック。
と、次の瞬間。
「へへん、もらった」
なんと、ねこを創様の股下に通した。
いわゆる股抜き、それも目にも留まらぬ早業。
そして、あっという間にキレイなリングイン。
「だあークソッ!マジかよ!」
「創様ナイスファイト!」
「また負けたー!悔しい!」
またしても出し抜かれてしまった創様は大変に悔しそう。
負けて私も悔しい。
でも胸の奥がキュンとするのはどうしてでしょうか。
ああ……私ってばイケナイ女。