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30話 AKATSUKI=JP

試合開始まで間もないというのに、さっきまでの自信はどこへやら、創はすっかり意気消沈していた。


「家族が来てるんだ……」


「俺もですよ。それもまた緊張しますね」


「ほんと?奏も緊張してる?」


「してますよ」


「零のとこは家族きてる?」


「うん。来るって言ってた。でも緊張はしない」


「お前はいつでもクールだな。メンタル強くて羨ましいよ」


「別に強かないよ。家族なんて気にしても仕方ないでしょ。対戦相手は家族じゃなくて、彼らだもの」


「零の言う通りだぜ。真面目に集中しろ」


「先輩、手が震えてる」


「は?んなことねーわ」


「ありがとうクロ。おかげで気が楽になったよ」


「嫌味か?震えてねーって」


「武者震いだろ。分かってる」


「違うわ!話聞けって」


試合前の練習中だというのに戯れ合う創とクロを、まったく気にもせず零はシュートを打ち続ける。

その顔には微かに笑みが浮かんでいた。


「零くん。ウソ言って二人を争わせたね」


「奏さん。俺が大事な試合の直前に空気も読まず、そんな幼稚なイタズラすると思う?」


「うん。だって今、いい顔してるよ」


「やばっ。気をつけよう」


と零は悪びれない様子で答える。

誤魔化す様子も全くない。

思わず、額に手を当てる奏。


「まったく手が焼ける後輩だ……」


「悪く思わないで。これは大事な験担ぎなんだ」


「うん、そうだね。緊張も解れたみたいだし、まあ、いいか。では済まないぞ!」


「てへ、ごめんなさい」


やがて合図があって、両者そろって対戦相手と向かい合う。

AKATSUKIには、当然のように誰一人として笑顔の者はいない。

みな険しい表情で、エバーマスカレードの面々を鋭い眼光で睨んでいるようにさえ見える。

気圧された創はうつむいて、ちょっとだけ猫のように背を丸めた。

その時。


「カワイイ後輩!気合い入れてけ!ド根性だ!男みせろよ!!」


懐かしい幻聴が会場の音楽に紛れて小さく聞こえた。

ふと、存在を忘れかけていたヤンキー先輩の顔がうっすら脳裏に浮かんだ。

すると不思議にも安心感に包まれた。

まるで、すぐ近くで見守られているようだ。

そう言えば、先輩が卒業する時にくれた第二ボタンはどこへやったっけ。


「時は来た!エキサイティングスポーツ3x3ねこバスケ。アンダーエイティーン、東エリア日本大会。Cクラウダー初戦の組み合わせは……」


輝かしい栄光を思い出す、あの2020東京オリンピック。

その舞台で世界を相手に戦い優勝して、日本の歴史に新たな猫の爪痕を残した、ねこバスケ日本代表の英雄が導く期待の新星、エバーマスカレード。

マネージャーの春ちゃんが王子様と慕う選手たちの舞い踊る華麗なプレイに注目だ!


「ほえ?どうして私だけ名指しで紹介されたの?」


対するは、文武両道を往く強豪大学の若き超人が集結、AKATSUKI=JP

彼らは未来のねこバスケ日本代表選手と期待され、まばゆいほど脚光を浴びているぞ。

彼らの大迫力の活躍を、スターへの軌跡を、歴史的瞬間を、絶対に見逃すな!


「……さあー!心待ちにした雪も溶かす熱い試合がいよいよ始まるぜ!レッツゴー!!」


会場に流れるユーロビートをかき消しそうな勢い。

ヤンキー先輩によく似た茶髪に小麦肌の、色気があるMCがうるさく語る解説にガンガン脳を揺さぶられて、創は我に返ることができた。


相手選手から丸くなった猫を受け取ると、ずっしりと手の内に沈んだ。

被毛を手に馴染ませ、微かに伝わる鼓動を感じる。


ねこはノルウェージャンフォレストキャットのオス。

キリッとした高貴な顔立ち。

被毛は上毛と下毛の二重構造になっているダブルコート。

北欧は寒い地域の生まれで、寒さに負けない厚さと豊かさになっている。

つまり、とってもふわもこ。

まるで絹のように柔らかくて弾力がある。

ドリブル向きと言えるだろう。


春の指導のおかげで猫の知識はあっても、こうして実際に触れてみないと確かな情報は伝わらない。

そしてそれを、一瞬の間に理解しなければならない。

ショットクロックは十二秒しかないのだ。


ぽふ。


ねこが芝生を跳ねた。


さっそくパスを繋いでクロが切り込むも得点先取とは至らなかった。

奏が声をかけてディフェンスに回る。


AKATSUKIのオフェンスは迅速。

そして選手間の距離、形が整っている。

まるで製図したように正確だ。


百八十六センチの長身で細身だが、無駄なく筋肉の引き締まった悪虫。

彼がゴール下へ潜り、それを奏が追う。

インサイドでディフェンスを引き受ける神座を壁に利用して、一気にアウトサイドまで抜けた。

中央で待機していた紀伊国が悪虫へパスを渡し、二得点が決まる。


すかさずクロが猫をアウトサイドまで運び、反転、直ちに猫を打つ。


ぽふん。


しかしリングにかかってリバウンド。

瞬時に奏が走る。

対するは鍛えられた脚のバネが強い紀伊国。

そして身長が百九十を超える神座。

強敵二人とせめぎ合いながらも辛うじて奪取。

ディフェンスから遠い片腕で猫をリリース。

難しいシュートで得点を決めた。


AKATSUKIの無言の圧はエバーマスカレードをさらに苦しめた。

一瞬のアイコンタクトや小さな手振りで彼らは連携を取る。

阿吽の呼吸が素早く組み立てるプレーは先を読むことが難しい。

後手後手のディフェンスは、徐々に呼吸を乱す。


創は早くも焦りを感じていた。

それでも仲間を信じて、猫の呼吸を思い出す。

冷静にシュートフェイントを挟んでディフェンスをかわし、得意のアウトサイドからのシュートを決めた。


エバーマスカレードが得点を追う形で試合は進み、八分を過ぎて早くも呼吸が乱れる。

両チーム共に選手を入れ替えて試合は再開した。


AKATSUKIは高身長を活かしたパスも利用してきた。

神座は背丈の小さな零の頭上から紀伊国に猫を投げ渡した。

まるで相手にされていないような屈辱を受けてムッとする。

紀伊国はゴール下へ走り込み猫を受け取ると、ゴールとクロを背にして、跳躍。

身をひるがえしてシュートを決めた。

彼らは二得点にこだわらず、しっかり一得点も決めてくる。


それでも、対するエバーマスカレードは二得点を強く警戒した。

これを連続で決められると追うことも難しくなる。

意識して、自然とディフェンスが固くなり、オフェンスが消極的になってきた。

それに気付いたクロが流れを変えるためにサイドラインから強気に攻める。


ぽふぽふぽふ……。


細かい高速のドリブルから、股下を通すドリブルで神座を一瞬、惑わしてディフェンスを突破。

立ちはだかるは身長が百九十を超える二人目の選手、綴。

彼の股下に猫を通して猛進。

止まることなくゴールへ駆け込み得点を決めた。


電光石火のプレーは会場を熱く沸かせて、仲間の心に勇気を湧かせた。

アウトサイドへ走った紀伊国を追いかけてクロがディフェンスにつく。

紀伊国は彼を背に、片手でサイドライン近くに控える綴へパスを放った。


もふ。


それを逆方向から零が飛び出してカット。

勢い余って倒れるも指先で弾いて、創へ猫を繋いだ。


創はゴールと真正面に向かい合い、ディフェンスについた綴を引きつけるようにインサイドからアウトサイドへ向けて、後ろに跳躍。

落ち着いて決めてみせた。


五分を切っても逆転することができない。

点差は六点。小さいようで大きい。

綴が軽々と頭の後ろでダンクを決めるのを見た創は、追いかける彼らの背中が霞むほど遠くに感じた。


ここでエバーマスカレードがタイムアウトを求めて、クロが出て奏が入ることを決めた。

まるで全身から蒸気が立ち上っているように錯覚するほど気合が入っていて、普段見せない迫力がある。

創は思わず気圧されてしまった。


「まるで奏は人間蒸気機関車だ」


「え?突然なんですか?」


「いや、力みすぎじゃないかなって。顔がこわいよ」


「ははは、こわいですか。それはいけない。リラックスしましょう」


「そうそう。猫に伝わって怯えさせると良くないからな。ついでに俺も」


以前、オジサンから聞いた話。

ある選手が試合中に熱くなりすぎた結果、その鬼気迫る思いが猫に伝わって、猫が怯えたことで試合が中止になったことがあるらしい。

そうならないように。

ねこが横になるようなリラックス状態を奏はイメージする。


「ふうー……それでは行くにゃ!」


「え?」


「奏さん。ナイスジョークだにゃ」


「え?え?」


奏と零のイタズラに戸惑っていると、クロに背中を突き飛ばされて創はコートへ戻った。

たった三十秒の間に頭も心もスッキリした。

すると、楽しい気持ちを思い出すことができた。

わくわくしてウズウズする。

それが顔に出たのか、今まで険しかった相手選手の頬が緩んだ。


「いくにゃ!」


創は思わず叫んでしまった。

気の緩みがひどい。

が、それが幸いした。

向かい合う綴が驚いた顔したので、その隙に体を回転させて、ディフェンスを突破することができた。

一気にゴール目指して切り込む。


そこへディフェンス二人がマークしてくる。

創はうまく二人の間をバウンドさせて、猫を奏に渡した。

彼はサイドライン近くにいる零へ猫を繋ぐ。

軽やかに二得点が決まった。

この試合ではアウトサイドからのシュートに重点を置くことに決めている。

身長の高い、フィジカルの強い相手に勝つには二得点を重ねることが得策だ。


とは言え、簡単にはいかない。

残り時間が三分に迫っても得点差は埋まらなかった。

エバーマスカレードのチームファウルも五つに達した。

これでディフェンスに、より慎重さが求められることになった。

それでも、大胆にプレーしなければいけない矛盾。

もがいて、あがいて、もどかしく、時が刻まれてゆく。


中央はエンドライン近くにいた綴へ猫が渡る。

彼をマークする創の背後へ神座がピッタリと付いた。

同時に猫がサイドラインにいる悪虫へ渡る。

直後、綴がゴール下へ駆け抜けた。


エバーマスカレードの三人は彼を自然と目で追う。

その隙を悪虫がついて零を突破。

ここで綴を押し退けて奏が前に出た。

ファウルはない。


それを見た悪虫が立ち止まりシュートを打つ、直前で猫をカット。

なんとか間に合った。

今回、奏のディフェンスが一得点を何度も防いでくれた。

点差が広がらないのは彼の活躍が大きい。

身長の高さ、フィジカルの強さ、腕の長さ。

多少、無茶をしても積極的にカットに動いた。


「奏。よく守ってくれた。後は任せてくれ」


「よろしく、クロ」


疲労困憊の奏に代わってクロが入る。

中断した試合は相手攻撃から再開する。

悪虫はエンドラインから隣にいる紀伊国へ素早く猫を投げた。


もふ。


それをアウトサイドで創が受け取った。

攻守交代、隣から駆けつけた零へすれ違い様に猫を渡す。

零はアウトサイドまで退いたクロへ猫を渡す。

左にクロ、中央に零、右に創と並んだ。

零はクロの方へ寄ってディフェンス二人を誘導すると、一目散にゴールを目指した。


クロはディフェンスが零を追うために動いたタイミングで、片手で猫を投げる。

零はそれをしっかりと受け取ると一得点を決めてみせた。


点差は九点。

タイムは一分を切った。

しかし彼らは諦めたわけではない。

エリア大会から全国大会へ上がれるのは上位5チーム。

その条件は三つ。


一、大会順位が高い。

二、勝率が高い。

三、平均得点が高い。


点を取られたら迷わず速攻で切り返す。

猫を渡されたクロはサイドからゴール下へ潜る。

通り過ぎて急、転回。

追う紀伊国をかわして得点を決めた。


点を取られたら迷わず速攻で切り返す。

創はアウトサイドまでドリブル。

ねこを背中に通して反転。悪虫をかわした。


そして、一直線に駆け抜けて……。


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