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28話 ねこはコタツでまるくなる! 後編

招待されて、学校帰りに小さな喫茶店へ出向いた。

扉を押し開くとベルが鳴った。

これ注目を浴びるから苦手。


「いらっしゃい……おや!零くん久しぶりだね」


「こんにちは」


「おお……うん。いやあ大きくなったね」


穏やかに、そして温かく迎えてくれた天パのマスターは、昔と変わらずコーヒーを育てている。

この人はコーヒーをいれる作業を、育てる、と言う。

俺は昔、その育て方を教わったことがある。

店内に充満する香ばしい匂いに憧れて、うんと背伸びしたんだっけ。

楽しかった思い出が残っている。懐かしい。


「本当に大きくなったわね。最後に会ったのは小学生の時ね。あなたからコーヒーのいれ方を学んでいたのをハッキリ覚えてる」


「育て方、な」


「はいはい。今日は、この変なおじさんに付き合わなくていいから、ゆっくりしていってね」


「はい。お邪魔します」


おばさ、お姉さんも変わっていない。

お姉さんと呼ばないと叱られてちょっと面倒くさいけれど、良い人。

マスターと違って綺麗な直毛で、背筋をしゃんと伸ばして立っている姿がマスターよりマスターぽくてカッコいい。

これまた、この立ち姿に憧れて、うんと背伸びした。

今も続けているおかげで姿勢はいいし、身長がぐんぐん伸びている。気がする。


「零くん、こんにちは。久しぶり」


「こんにちは、冬さん。お久しぶりです」


「どうした?敬語なんて使って」


「冬ちゃん。零は難しい年頃になったんだよ」


「うん。だからって敬語を使われると、よそよそしくて嫌だなー」


冬さんは姉さんの幼馴染。

昔はよく家に遊びに来たし、逆に姉さんに連れられてここへ出かけたこともあった。

優しくて、なにより姉さんみたいにグイグイこないで、適度な距離感を保って接してくれるのが好印象。


「お姉ちゃんの隣に座って。あ、もしかして嫌だったりする?」


「嫌!?嫌なの!?」


「できれば奏さんの隣がいいけど我慢する」


奏さんが苦笑いして姉さんはご立腹。

愉快愉快。でも。


「他にお客さんいるから静かにして」


「あなたが余計なこと言うからでしょうが」


「まあまあ。ところで零くんは、私のこと覚えてるかな?」


「覚えてます。毎年、バレンタインにお菓子をくれて、ありがとうございます」


「敬語はやめよっか?」


「えー……でも」


「でもじゃないよね?」


「……ありがとう」


「よろしい。毎年、渡し続けた甲斐があった」


「いつもありがとうね。零の分まで用意してくれて」


「当然のことよ。だって、親友の可愛い弟だもん」


「冬ちゃん……!」


「はい、お話はここまでにして勉強を続けようね」


姉さんたちは来週に期末試験がある。

それで、幼馴染三人で集まって。


「コーヒーと、にんじん蒸しパンをどうぞ。出来立てで熱いから気をつけてね」


「ありがとう、お姉さん」


「その呼び方、覚えていてくれたのね。偉いわ。他に食べたいのある?」


「フレンチトースト」


「はい。フレンチトーストね。すぐ用意します」


幼馴染三人で集まって。


「スイートポテトたべる?これくらい、小さいの」


「うん。いただきます」


「はーい」


幼馴染三人で。


「ママのこと、お姉さんて呼ばなくていいのよ」


「呼ばなきゃ叱られるでしょう」


「まあ、だよね。ふふっ。実は親戚もみんな困ってるんだ」


幼馴染三人で集まって勉強会をやっている。

俺は美味しいものが食べられるから招待を受けた。

にんじん蒸しパンおいしい。

コーヒーもブラックなのに酸味がなく甘味があって飲みやすい。

姉さんが頭を抱えている間、俺はゆったり時間を過ごす。

喫茶店でのんびりするの久しぶり。

この雰囲気、好きだな。


「びえーん!ぜーんぶ難しいよ……」


雰囲気ぶち壊し。

静かに勉強しよう。


「あんた、愛しの創様に勉強しなさいって説教したんでしょう」


「そうなのよ。だから勉強しないといけないのよ」


「まったく。見栄張っちゃって」


「しかし、それをキッカケに変われるならいいことだ」


「奏くん。私、変われるかな?勉強のできる輝く私に」


姉さんは勉強を頑張る方だが……残念。

人一倍がんばる姿はいつも見ているし、その本気も知っている。

でも、徹夜しようとしても必ず寝落ちして朝になって慌てるのが日常。

だから助けてあげたいけれど、残念ながら俺にできることはないんだ。ごめん。


「きっとなれるよ。そうだ。勉強を頑張って、彼に褒めてもらおう」


「褒めて?創様に……?ご褒美にあんなことやこんなこと……ぐへへ……」


「ちょっと奏さん。やる気スイッチよりも乙女スイッチが入ったよ」


「ははは……しまった」


奏さんが額に手を当てるほど困るその気持ち。よーく分かる。

やむを得ず勉強は中断して休憩することになった。

姉さんは遠慮せずに大きなパフェを頼んで口いっぱいにクリームをつけている。

どんな食べ方をしたらそんなことになるの。

俺もハーフサイズのティラミスパフェを食べているけれど、絶対にそんなことにはならない。

あーあ。これじゃあ姉さんとはもう呼べない。

ほんとだらしない。お子ちゃま。


「春。あんた」


「おいしいね!ここのイチゴミルフィーユパフェが世界で一番のパフェだよ!」


「ふふっ、春ってば。そんな笑顔を向けられたら何も言えなくなっちゃうよ」


姉さんは可愛がられて甘やかされて育ってきたからこんなことになったんだ。

でも俺は違う。

姉さんみたいにはならない。

勉強もスポーツもできる。

礼儀もしっかりしている。

ひとりで何でもできる。


「零くんは、やっぱり春の弟だね」


「む、奏さん。それどういう意味?」


「口いっぱいにチョコが付いているよ。どれ、お兄さんが拭いてあげよう」


「いい。自分でやる」


「うふふ。零ってば、まだまだ子供ね」


「姉さんにだけは笑われたくない」


「いいね、その感じ。私は一人っ子だから、二人がうらやましい」


「冬ちゃん。欲しかったら弟あげるよ」


「あら」


「勝手にあげないで」


「ざんねん。そう言えば、奏さんも一人っ子だよね。うらやましいと思わない?」


「思うよ。でも、今は満足してる。零くんが兄のように慕い、頼ってくれるからね」


奏さんとは、ねこバスケを始めるまでそこまで親しくはなかった。

歳が離れているから当然と言えば当然。

小学校ではお昼休みや放課後に、一緒にサッカーやって遊んだこともあったけれど、学校の外で会うことはなかった。


現在はすごく頼りにしている。

だって一番しっかりしているから。


「実は、俺も彼のこと頼りにしているんだ」


「ねこバスケのことかな?」


「そう。零くんは才能あるよ。彼から学ぶことは多い」


「へえ。すてきな関係だね、零くん」


「ん」


「あらあらまあまあ。照れちゃって可愛いんだ」


「姉さん、さっきからうるさい」


「反抗期かな?それもまた可愛いよ!ストロベリーグッド!」


「あと、うざい」


「あーん、して。ほら」


「いらない!マジでやめて!」


「ちぇ。怒んなくてもいいじゃん」


「あんたのブラコンは相変わらず重いね……」


ブラザーコンプレックス。

男兄弟に対して強い愛情を抱く迷惑の極み。

だから、冬さんのドン引きは正しい反応。

姉さんのブラコンはヘビー級チャンピオンだ。

思い出したくないことを思い出したくない。

俺は人形じゃないし実験体でもない。

姉をもつ弟は本当に苦労する。


「そうだ。優勝した県大会の感想を聞かせてよ。かなり苦戦したんだよね」


「うん。どのチームも個性的で手強くて、楽な試合なんて一つもなかったよ。みんなで力を合わせて何度も難しい局面に立ち向かった。その度に、君に春、みんなの応援が背中を押してくれたから勝てたんだ」


「そう、よかった。力になれて嬉しいよ」


「お力添えを頂き、ありがとうございました」


「いえいえ。ところで、私が前日の夜に電話した時、すごく緊張してたけど。本番は大丈夫だった?」


「あ、それは……その……うん」


「冬ちゃん」


「ん?急に立ち上がって、どしたん?」


「どしたん?じゃないって!え!いつから二人はそういう関係に!?」


「春にも電話したよ」


「ややや、私のそれとは違うでしょう」


「違わないよ。どちらとも普段からメッセージのやり取りはしているし。ふふっ、勘繰りすぎよ」


「ううーずるいなあ。自分だけはぐらかすんだもん。私たち親友じゃん。秘密はなしでしょう」


「そう言われても本当に特別な意味はないからね。あれ、奏さん落ち込むんだ」


「え!そっち!?そっちか!や、そっちもか!」


「そんなことよりもだ。みんなの活躍を話そう」


「うん。聞かせて」


「二人とも真面目に答えて!私もやもやしちゃうよー!」


県大会の話と、姉さんの空気を読まない、人の気持ちを考えない野暮な質問が続いて。

結局、勉強会が再開することはなかった。

奏さんの恋についても明らかにならなかった。

好意が全体に表れた反応がいちいち面白かったけれど、俺は姉さんと違って深く知ろうとは思わない。


ただ、奏さんの恋が叶うなら、それは凄くいいことだ。

姉さんも負けていられないな。

どっちが先に叶えるか、楽しみ。



「クーロくん」


「はあ……ノックしろって」


「君は居候の身でしょう」


「ずるいぞ!」


「ずるで結構。そのゲーム、そろそろ終わる?」


「いつでも終われるけど。何?病院に行くの?」


「もう行ってきたよ。お風呂に行こう」


「は?」


「小さいけど温泉に行こう。以前、よく行ったの覚えてる?」


「覚えてるよ。え、今から?」


「うん。ご飯はそのあと、外で食べよう」


「分かった。あさひ、留守番たのむぜ」


「にゃーい」


というわけで、オジサンの運転する車で温泉に行くことになった。

銭湯みたいに小さな温泉。

小さい頃に来たのを覚えている。

外も中も昔風で何も変わっていない。


「露天風呂はやっぱり気持ちいいね」


「いや冬だし普通に寒いわ。しかも雨降ってきたけど」


「屋根があるから平気さ」


「ま、意外と悪くないかも」


「でしょ?むしろ最高。雨音がいい」


懐かしい気持ちだ。

オジサン家に泊まれば、よく連れてきてくれた。

そう言えば小学生の、うんと小さい時。

狭い露天風呂ではしゃいで、知らないハゲオヤジに怒られたことがあったっけ。

オジサンがすごい謝ってくれたけれど、ほんと悪いことをしたな。

悪口を言われてもグッと我慢して、相当悔しかっただろうに。

そこへ親父が合流して大げんか。

あわや殴り合いに発展しそうで、うーん、思い出さなければ良かった。


「顔色よくないよ?無理はしないでね」


「サウナの何が楽しいの?」


「そうだねえ……雰囲気かな」


「うわあつまんね」


と言ってしまったことをキッカケに知らない大人に絡まれてしまった。

剛毛の大柄の男がサウナの良さを、体調が整うことの素晴らしさを、熱く蒸し蒸しと説いてくれた。

あの事件がフラッシュバックして胸が苦しくなったけれど、剛毛オジサンが意味わからんこと喋り続けるから面白おかしくって、いい思い出になった。


「つっめった!これ死ぬわ!」


「水風呂は肩まで浸からなきゃ」


「やめろよ殺す気か!ここ外!いま冬だって!!」


「ひひひ!大丈夫だよ!まあでも、気をつけるに越したことはないね」


「じゃあ離せよ!もう!」


サウナで整うって根性論だろう。

普通に体調崩すわ。


「久しぶりに背中を流してくれる?」


「あん?仕方ねーな」


「いちいち怒っても仕方ないでしょう」


「別に怒ってない」


「そう。あ、もっと力入れて洗ってくれていいよ」


「じゃあ遠慮なく」


「いたた!遠慮はして!」


「ひひ、さっきのお返しだよ」


温泉にのぼせるくらい浸かって、風呂上がりにフルーツ牛乳を飲むのが好きだった。

そのあとデザートにソフトクリームまで食べるのが特別な贅沢で楽しみだった。


「フルーツ牛乳はなくなったみたい。ざんねん」


「なんっでだよ。クソ」


「そんなにフルーツ牛乳が飲みたかったんだ。ソフトクリームはあるよ」


「んーもう飯行こうぜ」


「待って。その前に僕は牛乳を一気飲みさせてもらう」


「お好きにどうぞ」


「えんっ!えほっこほっ!」


「そうなるなら一気飲みなんかすんなよ……」


温泉のあとは飯だ。めっちゃ腹減った!

最近新しくできたラーメン屋にやって来た。

店主が関西出身の人で、関西風味を楽しめるらしい。


僕とオジサンはそれぞれ個性的なメニューを注文した。

僕は酒かすの入った京味噌ラーメン。

アルコールは飛んでいるからお子様でも大丈夫とメニューには書いてあった。

嘘だったら許さねえ。


オジサンは黄そば。

きいそば、と読む。中華麺をうどんの出汁で食べるよく分からんやつ。

これはラーメンじゃないよな?


あとは、餃子とひねポンを二人前ずつ頼んだ。

ひね鳥を炙ってポン酢かけたやつ。

ひな鳥の書き間違えか?


「どう?美味しい?アルコール大丈夫そう?」


「うん。クセあるけど普通にうまい味噌ラーメンだよ」


「こっちも美味しいよ。食べてごらん」


オジサンがレンゲに作ったミニ黄そばを一口もらう。

うん。これやっぱラーメンじゃねえわ。


「何だこれ。こんなことする意味って何?」


「さあ?でも美味しければ全てよし、でしょ」


「僕はラーメンのが好きだわ」


「動物園でも水族館でも、遊園地でもラーメンを食べたがるくらい昔から大好きだもんね」


「それは小学生の時だろう」


「今はラーメンが一番じゃないの?」


「一番……だけど……別にどーだっていいだろ」


「うん。ラーメン屋にきて正解だった」


シメに白米を少し食べることにした。

おかずは残したひねポンと、追加で焼き穴子。

米と穴子が届くまで退屈だからスマートフォンでゲームをして待つことにする。


「クロくん。いよいよ東日本エリア大会だね」


「うん」


「自主練も含めて、これまでよく頑張ったね」


「うん」


「ちょっと!人の話は真面目に聞いてよ!」


「え、あ、ごめんなさい」


スマートフォンを置いて向き直る。

オジサンを怒らせるのは好きじゃない。

ここは大人しく正座して耳を傾ける。


「僕は君たちの活躍を見て決意したんだ」


「急になんの話?」


「もう一度プロを目指す!」


「でも、ねこアレルギーだろう。まさか普通のバスケ?」


「うん。とても難しいことだけれど3x3の選手を目指そうと考えている。僕は最後にもう一度、世界を相手に戦いたい」


「おお、いいじゃん。かっこいいよ」


「実は、前々から何度も誘われていたんだけどね。どうも踏ん切りがつかなくて。ずっと足踏みしていたんだ」


「でも、やりたい気持ちがあるから、朝からトレーニングしてんだろ」


「ははは。そうなんだよ」


「なら……もうやるしかねーな!」


「うん。僕は君たちに勇気をもらった。年齢やブランクを恐れず挑戦しよう!」


オジサンがまた選手に戻るなんて嬉しい話だ。

当時、オリンピックでの勇姿を現地で目の当たりにしてから、僕はずっとオジサンのファンだ。

だからバスケに打ち込んできた。

背中を追いかけて。


「僕も大学でバスケを続けようかな」


「本当?嬉しいなあ!僕に憧れてバスケを始めたんだよね」


「なっ!?誰に聞いたんだよ!」


「ん、焼き穴子すごく美味しい。せっかく焼き立てなのに、はやく食べなきゃ冷めちゃってもったいないよ」


「ごまかすな」


「まあまあ。これからも応援するよ。いつでも頼ってね」


「はんっ。オジサンこそ、いや、お父さんこそ頑張れよ」


「うぅ……そっちも凄いプレッシャーだ」


「もうすぐ赤ちゃんが産まれるんだから、しっかりしないとな」


「ははは、君に言われるとは。君こそ従兄弟とは言え、お兄ちゃんになるんだ。頼りにしているよ」


「いや、僕は来年には家を出るぜ」


「せめて、それまでは家族として助けてもらうからね。その後は、いつでも会いに来て。シロもきっと喜ぶから」


「何でその名前に決めたんだよ。キラキラネームってやつだろそれ。まだ間に合うだろ。考え直したら?」


「失敬な、よーく考えたよ。そうだね。たとえば、クロくんと本当の兄妹のように仲良くなってほしいから」


「キラキラしてんなおい」


「いいじゃない。キラキラしてよ。これから先の未来、すごく楽しみにしてるんだからね」


「そう。ま、そこまで言うなら文句はないよ」


「よし。それじゃ、これからもよろしくってことで!」


「はいはい。よろしく」


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