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27話 ねこはコタツでまるくなる! 前編

冬を迎えた。

俺は毎朝、ピカの散歩ついでにランニングをやっている。

満福寺と家を往復する形で、片道五百メートルあるかないかくらい。

ピカは大型犬のゴールデンレトリーバーだから運動量を多く必要とする。

お互いウィンウィンの関係だ。


「創様!おはようございます!」


出た、ストーカーねこ。

麗嵐は少しうっとうしいくらい、やや後方から俺を見守り、通学路でも学校でもどこでも側を離れようとしない。

そして朝は、ここで俺を待っている。

彼女も軽くランニングをやっているらしい。

本当かどうかは分からない。


今日のコーデは完全防寒。

厚めのコートに手袋、弟から誕生日プレゼントにもらったお気に入りのマフラー、そしてイヤーマフラーも身につけている。

ずんぐりむっくりした姿を見て、ちょっと可愛いと思ってしまった。


というのは忘れて話を戻そう。

いつも飲み物を用意してくれて助かっている。

正直言って、孤独じゃないのが安心する。

あれやこれや思っても、あーだこーだ言っても、俺は麗嵐が側にいてくれることがやっぱり嬉しいんだろうな。


「今日も寒いですね。猫ちゃんが一匹も見当たりません」


「どこ行ったんだろうな」


満福寺には地元の人が責任を持ってお世話している地域猫が家族で暮らしている。

そのため人懐っこいが、近付くと逃げてしまうので適切な距離を約束することが大切だ。

彼らは横になったり座ってジッとしていることが多いが、寒い時期になるとあまり姿を見せなくなる。

一体どこでどう過ごしているのだろう。


「ピカピカー!マフラーかわいいね!ふわぁ……あったかあい……」


ピカの温もりは陽だまりのように優しい。

俺も朝起きてハグするし、凍えた手を温めるのにちょうどいい。

ピカは朝から冷たい手を当てられても怒らない。超優しい。

風邪をひいた時は側にいてくれる。

落ち込んだ時も側にいてくれる。

心まで温めてくれる大切な家族だ。


「今日は熱いハチミツレモンティーを用意しました。どうぞ」


木製のベンチでHOTひと休み。

季節を問わず朝の新鮮な空気を胸いっぱいに吸うのが俺は好きだ。

冬は澄んでいるけれど冷たくて、ちょっと辛い。


「ありがとう。助かるよ」


「どういたしまして」


「そんな離れたところで突っ立ってないで、隣に座ったら?」


「いえ、そのお気持ちだけで結構です」


「ずっと居心地悪いんだよ。気を使うからさ」


「どうぞ気にしないでください」


にこにこ麗嵐の代わりにピカが隣に座った。

温めるように身体をさすってあげる。

火傷しない温度で保温ボトルに入れて水飲み用の皿といっしょに持ってきたお湯は、早くも飲み終えたようだ。


「ところで創様。来週から期末試験ですけど、勉強はきちんとしていますか?」


それ思い出したくないの。


「もちろんさ!卒業後の進路まで誰よりも早くちゃんと考えてるよ!」


「しらじらしい嘘」


「…………」


「もう十二月かあ。卒業まであと三ヶ月。早いものですね」


「うん。きっと、あっという間に過ぎるんだろうな」


卒業したら、麗嵐とは別の道を行くだろう。

朝練もやめて、ここで会う約束は自然消滅するだろう。

通学路を一緒に通うこともないし、当然、一緒に学園生活を送ることも二度とないだろう。

寂しくなんてない。

また会えるよな。

て、何考えているんだ俺。

気持ち悪いぞ。


「それよりも今はエリア大会が大事だ」


「いいえ。期末試験です」


「…………」


「期末試験です」


金平糖バス停前高校。


金平糖が人気の有名洋菓子店の前にバス停があって、昭和後期に行われた土地区画整理をきっかけに校舎が建てられた。

という歴史と由来を、修学旅行の際に宿泊した旅館で開かれたクイズ大会でようやく知った。

それが俺の通っている中身は普通の高校。

この町へ引っ越して三年通っている。


入学してから毎日のように下駄箱に入っていたラブレターは、ついに一通も届かなくなった。

どうも麗嵐が関係しているらしい。

以前、熱愛交際をしているという大げさな噂を耳にしたけれど、残念ながらその事実は今もない。


取って代わるように、たまにクロの下駄箱からラブレターが出てくるようになった。

朝からムカつく勝ち誇った顔でこちらを見てくるので気分が悪い。

そう言えば、彼女を欲しがるくせしてアイツは思いに応えたことが一度でもあったのだろうか。

浮いた話はまったく聞かないし、可愛い子をいやらしい目で見る癖は直っていない。


「あ?なに見てんだよ」


隣に座るクロくんは今日も不機嫌だ。

まるで、彼の向こうに広がる曇り空みたい。


「やっぱりいいや」


「何だよ。朝から」


「太郎丸くん」


「何だい?」


「休み時間の間だけでいいからさ。勉強を教えてくれない?」


俺は一時間目の授業後に、隣に座る瓶底眼鏡の明治太郎丸くんにさっそく助けを求めた。

彼は、独りぼっちの俺を救ってくれた特別な友人で、コミュニケーション能力だけでなく成績も優秀。


「苦手な科目を克服するのは痛快だよ」


と前に笑っていたのを思い出す。

頼りにするなら断然、クロよりも彼だ。

間違いない。


「彼を頼らないのかい?」


「ははは。意地悪言うなよ」


「んだと!創てめえケンカ売ってんのか!」


「落ち着け。朝から噛みつくなって」


「さっきから僕をバカにしやがって!」


「するわけないだろう。だって、俺たち親友じゃないか」


「うわ……気持ち悪い」


「時間が惜しい。クロくん。きみも良かったら僕に学んでみないかい?」


「いやいい。どうせ変わんねーわ」


「まあ、百聞は一見にしかずさ。こちらへ来たまえ」


数日かけて彼から勉強を教わった俺は後に覚醒する。

と期待している。が、難しい。


そもそも勉強て何だ?


義務教育というのは、親が子へ学びの機会を与えることだとテレビで言っていた。

子供にあるのは学ぶ権利だ。

へへ、なら学びを諦めるのも……ダメだ。


それは格好がつかない。


麗嵐にガッカリされたら立ち直れる気がしない。

平均点を幾らか超えられるくらいは精いっぱい頑張ってみよう。

はあ……勉強て楽しくないから苦手。


「創様もお空も、どんよりですね」


「俺、勉強することに決めたよ……」


「え!本当ですか!」


「うん……」


「すごい!空が晴れてきた!」


春麗嵐、私、初めて奇跡を目の当たりにしました。

それは中庭でお昼ごはんを食べていた時のことです。

奇跡は突然に起きました。

雲間から一条の日が差して創様を神々しく照らしたのです。

はあ……お天道様に愛された王子様の憂い顔そそる。

素敵です。まぶしいです。

お弁当の米粒まで輝いております。


「今なら、彼を拝むことでご利益があるかも知れませんね」


「いいね。勉強運が上がりそう」


奏くんナイスアイディア。

それなら一緒に手を合わせましょう。


「二人とも、やめてくれよ……」


「勉強を苦手に思う気持ちは俺にも分かりますよ」


奏くんは友達作りのために勉強を頑張った人。

その努力は可哀想なことに空振りだったけれど決して失敗じゃない。

本人の為になるし、これまで私たちを何度も助けてくれた。

それは今日も……。


「そうだ奏。また世話になっていいか?」


「ごめんなさい。今日は先約があって無理です」


「あ……そうですか」


「勉強が嫌だからって、そこまで落ち込むことねーだろう」


クロ様も勉強が苦手なことは知っている。

強がっているけれど、点数を明かしたことは一度もない。

いつも隠して答えない。

でも、春麗嵐は見た。見てしまったのだ。

前にお家にお邪魔した時、オジサンにやんわり叱られているところを。

テストの点数が平均点を大きく下回ると叱られるのは、きっとどこのお家もそうなんだ。

私はないけどね!


「こうなったらバスケやろう!」


「は?」


「はやく食え。奏も、麗嵐も。みんなで体育館行くぞ」


「急かすな。こっちは寒くて飯食うの辛いんだよ。そもそも、なんで冬になっても中庭で食うんだよ。アホだろう」


「ふしゃあー!誰がアホネコですか!」


「アホだろ」


「違いますー。クロ様より頭かしこいですー。私は勉強できなくて親に怒られたりしませーん」


「ん?いま何つった?」


「はっ……て?何のことかしら?」


「あんた、前に僕がオジサンに叱られてるところ、やっぱり見てたな」


「おほほ。何のことかしら。わたくしはお嬢様ですよ。盗み見や盗み聞きなど、はしたない行いは一切いたしませんわ」


「どこにお嬢様がいんだよ」


「まあまあ気にするな。俺は姉ちゃんにも叱られるぞ」


「あんたは気にしろ」


昼食をパパッと片付けて、私たちは体育館へやって来た。

あら残念。この学校で暮らしている野良猫さんはご不在の様子。

毛布だけが寂しく、天然素材で編まれたバスケットの中に収まっている。


「仕方ない。普通にバスケやるか」


「創様!私、春麗嵐、ボールを取って参ります!」


「いやいいよ。自分で行く」


「なら競争ですね!」


「あ、待て!」


「うふふ。王子様、どうぞ私を捕まえてごらんなさい」


ふと、ヤンキー先輩と創様の熱い一騎討ちを思い出す。

あの日、バスケ部の実力に完敗した創様は、それでもめげないで奮い立ち、オジサンに頭を下げてバスケの基本を教わった。

それが私たちにとって忘れられない。

ねこバスケ道を歩む大きな一歩。


それから、見事にロングシュートを決めて雪辱を果たした創様は、その後に永遠の友と出会う。


そして現在、バスケの王子様たちは、今、ビクトリーロードを威風堂々と突き進んでいる。

はあ……学生時代はやっぱり尊いですなあ。


「まずは奏。勝負だ」


「ご指名ありがとうございます。初めて対戦した日が懐かしいです」


「あの日は声をかけてくれてありがとう。もし奏が声をかけてくれてなかったら、俺たちの今は無かったかも知れない」


「そう言ってもらえると嬉しいです」


彼に声をかけたのは、周囲に合わせて無理をしたことで、あいまいになってしまった自分を取り戻したかったからだ。

俺はそのキッカケを求めていた。

そんな折に、面白い話を耳にして、もう一度だけ、もう一度だけと勇気を出して声をかけた。

先のことは特に考えていなかった。

友達になれたらいいな、くらいの気持ちはあったけれど。


そうして行動したことで思いがけず、かけがえのない、一生色褪せることのない宝物をたくさん手に入れることになった。

そして俺は自分を取り戻すことができた。

こちらこそ感謝したい。


創。俺を受け入れてくれてありがとう。


「楽しそうだな、奏」


「当たり前じゃないですか」


「俺も楽しいよ。奏と遊ぶの」


「とは言え、本気ですからね」


「それは俺もさ!かかって来い!」


ディフェンスのコツは相手の手をよく見ること。

君が教えてくれた。

あの日と同じく君は、体の大きな俺を警戒して、そして手を見られないようにボールを抱えて背を向ける。

だから、あえて静かに下がって、振り向いた瞬間を狙いボールを奪った。


「わっ!マジか!」


「勝ちはもらった!」


独走。俺は止まらない。

ねこと違って、バスケットボールを使ったダンクシュートには思わず力が入った。

体育館に爆発音みたいな爽快な音が響いて気持ちいい。

春の拍手も火照った体に小雨を浴びるようで心地いい。

勝つって楽しい。

それ以上に友達の遊ぶというのが最高に愉快だ。


「やっぱりダンクはかっこいいな。なんたって見栄えがいい。それに気持ちいいだろうな。俺もやってみたいよ」


君のロングシュートこそ華やかで羨ましいよ。


「抱っこしましょうか?」


「おいおい」


「どうぞ。遠慮しなくていいですよ」


「遠慮します。次!クロ!」


「やだ。寒い。ここ冷凍庫かよ。マグロみたいになるわ」


「うだうだ文句言ってないで来いって!やろうよー!」


「やめろ小学生か!引っ張んな!わった!わかったって!」


犬猿のライバル対決。

これまた懐かしい日を振り返る。

クロはオジサンの甥で家出少年。

半ば引きこもり生活を続けていたが、飼い猫のあさひちゃんが、家族としてそれを許さなかった。

観念して渋々、顔を出した彼は不機嫌だった。

しかしすぐに吹っ切れた。

創との出会いを経て、正面からぶつかって。


「どうした?はんっ、まさかビビってんのか?」


「安い挑発で油断させるつもりだろ?お前の性格はよく分かってるよ」


「会って一年だぜ」


「時間なんて関係ねーよ」


クロはボールを左右に持ち替えるドリブルで挑発する。

対する創は距離を保って、ジッと低い姿勢で構える。


と、先に動いたのはクロ。

低い姿勢のために開いた股の下を狙ってボールを弾ませた。

それを待っていたかのように、創は軽やかに身をひるがえした。

そしてボールを捕まえてゴール下を目指す。

クロはその背中を追う形になってしまった。


「へへーん。そう来るように誘ったんだよ」


「やってくれたな!生意気なことしやがって!」


「へっ、ムカつくなら取ってみな」


と挑発するや急停止。

くるんと身体を回転させてクロをうまく出し抜くと、余裕をもってシュートを打った。


「いえい。俺の勝ち」


「ち、こざかしい。本当ムカつく奴だな」


「それはお互い様だろう」


「もう一勝負だ。今度はお互い小細工なしでいこうぜ」


「やだ」


「勝ち逃げは許さねーぞ!」


これはデジャビュだ。

以前とは立場が反対だけれど。


「そろそろ教室に戻らなきゃ。あー残念だなー」


「この……バカヤロー!!」


創を前にするとムキになるところ。

つまり素直になるところが可愛らしい。

この二人が何故いがみ合うのか、その因縁については誰にも、恐らく本人たちにさえ分からない。

しかし、むしろ意気投合していることは多い。

試合中は強い信頼によって素晴らしい連携をみせる。

二人は不思議な縁に結ばれたようだ。


「いやあ青春ですね。ここが浜辺なら様になったのですが」


「ここが浜辺なら僕は創を殴ってるぜ」


「それもまた青春です」


「いや奏、そこは全力で止めるのが友達だろう。俺たち友達だよな?」


「もちろんですよ、創様」


「けれど、そこはグッと拳を握って見守るのが友情なんです」


「春の言う通り。二人のためなら涙を流してこらえましょう」


「我慢しなくていいから助けて。あ、ボールをしまってくるよ」


「逃げんな」


「もういいだろう。俺が悪かったから許してください」


「ちっ、今日だけだぞ。さっさと戻してこい」


「へいへい」


「ところで奏。あんたも、ずいぶん少女マンガ脳になってきたな」


「浜辺で殴り合って友情を深めるというシチュエーションは、むしろ少女マンガでは珍しいと思いますよ」


「そうなのか?僕は反対に、少年マンガをあまり読まないから」


「いい機会です。いつものお礼に、俺が貸しましょう」


「ありがとう。けど、殴り合うような暑苦しいマンガはゴメンだぜ」


「ご心配には及びません。そもそもそれは現在となっては、もはや風化した古い表現なんですよ」


「マジ?昨日みたけどな」


「クロ様それはもしかして!デビュー秒読みの天才中学生マンガ家、愛舞萌子さまの新人大賞受賞作品、天日星の一匹オオカミくんでは!?」


「それはまだ読んでいませんね」


「だろうな。昨日発売のボーイッシュに読み切り作品で載ってたんだよ」


「ボーイッシュというのは女の子向け少年マンガ誌を目指して今年の三月に生まれたばかりの新時代の月刊少女マンガ誌です」


「春、早口で解説ありがとう。それなら帰りに買ってみようかな」


「うちに読みに来いよ」


「よろしいのですか?」


「今さら遠慮すんなって。試験が終わったらすぐ来いよ!」


「ええ。ぜひ行かせて頂きます!」


「では私も」


「来んな。創とデートでもしてろ」


「みみももめむまクロ様……!?」


創と春の関係は、今のところは友達以上で恋人未満と言えるだろう。

一方で俺とクロの関係はというと、少女マンガ友達になるのかな。


彼とぜひ友達になりたかった俺は帰路の途中で、少女マンガを借りるという小さな口約束を思い出して引き返すと、忘れ物をしたと嘘をついて彼の部屋へ押し入った。

成り行きでテレビゲームを遊ぶことになり、共に時間を過ごしたおかげか打ち解け、お互いの悩みを打ち明けた。

それには共通点もあって、彼と親睦を深めることに成功したのだった。


そうだ。確かその時にチーム結成が決まったんだ。

クロはオジサンの提案を断ってチームを組むことを拒否したのに、俺がその気持ちを変えたと思うと嬉しくなってきたな。


よし。今度の誕生日に大きなリスのぬいぐるみを贈ってあげよう。

しばらくして俺の家に遊びに来た彼は、うちのシマリスをとても気に入って可愛がってくれた。

そのお礼も兼ねてプレゼントしよう。

喜んでくれるといいな。


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