18話 国際試合?
今回の試合ではムービングシュートの練習を意識しようと指示を与えた。
それは、ディフェンスと距離を作りパスをもらって打つシュートのことだ。
これを使えばプレーの幅はかなり広がる。
例えば、リング近くへ駆け込み得点する速攻。
アウトサイドへ素早く下がっての二得点も望ましい。
しかし、体を動かすのでバランスが崩れて難度が高い。
だからこそ練習を重ねることが重要だ。
「さて。君たちに、試合に臨むにあたって大切な心構えを伝えよう。よく聞いてね」
失敗を恐れても挫けない自信を抱いて。
どんな勝負だって、心ゆくまで楽しもう。
「そこで僕から激励だ。みんなへ、この言葉を贈る」
Because We Can !
「僕たちはできる。これは、ベイカー監督が僕たちを試合に送り出す時に必ず口にして、背中を押してくれた言葉でね。でも、僕はプレッシャーを掛けたくないから、贈るのは今回、一度きりにするよ。ただし」
僕はいつだって君たちの側にいて、君たちの力になりたい。
「だから今の言葉を、この先いつまでも忘れないでほしい。そして、必要な時にはどうか思い出してね」
気持ちのいい元気な返事。
心配や不安を前にしても、無邪気にワクワクしているのが一目でわかる。
「それじゃあ、みんな。いってらっしゃい!」
表情は凛々しい。
相手は年齢を重ねても衰えを感じさせない体格をしている。
それでも決して臆することなく立ち向かう、実力を試そうという勇気が伝わってくる。
これは貴重な経験になるはずだ。
「がんばれ!みんなー!」
春ちゃんの声援を受けて選手たちはフィールドへ飛び込んだ。
審判は僕が務める。
スターティングメンバーは創くん、奏くん、零くん。
先攻は譲ってもらった。
借りた猫はブリティッシュショートヘアのオス。
穏やかで、プライドが高い性格。
体格は狩猟能力に優れていて力強い。
ブルーグレーの被毛は短く厚みがあって、バスケットボールに最も近いと言っていい。
試合が始まって早速、中央の創くんがパスを出す。
零くんはディフェンスを背にして受け取ると、身をひるがえして上手くマーカスさんをかわした。
間もなく、逆サイドからタイミングを測ってオスカーさんを離し、ゴール下へ駆け込んだ奏くんへパスが繋がり得点が決まった。
いいスタートだ。相手も拍手を送る。
ただ一人、コートの外で腕を組み仁王立ちするベイカーさんが眉間にシワを寄せて鋭くにらむ。
「すぐディフェンスに切り替えろ!ポジションにつけ!」
ベイカーさんがみんなに助言を叫ぶ。
と、オスカーさんが猫をアウトサイドへ運ぶや切り返して自ら素早いカウンターに出た。
あっという間に創くんが抜かれて得点が決まってしまう。
「野郎ども、しっかりしろ!休む暇はないぞ!」
相手はトップギアで攻めてくる。
守りも引き締まってきた。
とても五十代とは思えないエネルギッシュなプレー。
だが、圧倒されない。
ほんろう、されることもない。
みんな落ち着いてプレーに集中している。
コンビネーションも悪くない。
それぞれが積極的に動いて隙をつくることを意識している。
「負けるな零!」
創くんが思わず叫ぶ。
最年少、小柄な体格の零くんが大男を二人も背に抱えてバックシュートで決めて見せた。
しっかり背中をリングへ向け、指先を使い回転もかけられている。
ねこはバックボードに描かれている四角い枠の低い位置に当たってリングへ落ちた。
上出来だ。
「やったー!さすが零!かっこいいよー!」
お姉ちゃんも大興奮だ。
タイムアウトを創くんが宣言する。
ディフェンスの時に触れた猫が転がって外へ出たタイミングだ。
「いいぞ。勝ってる。この調子で最後までいこう」
創くんの笑顔は爽やか。
この試合を楽しんでいるようで安心する。
「クロ様。俺と交代してください」
「奏と?」
「そうだな。攻めていこう」
「創様のおっしゃる通り。それから後ほど、今度は零と交代したいのですが、よろしいでしょうか?」
「奏さん。俺、結構キツイから後半に入ったらタイミング見てすぐ変わって」
「分かった」
「さあ、試合再開だ。クロ、俺とポジション代わってくれ」
「了解。二人とも遅れるなよ」
試合が再開する。
まずはディフェンス。
相手とゴールとの間、直線状を意識する。
今回はあえてオフェンスの前に出て立ち塞がった。
ディフェンスが固いとみた相手はコンビネーションで攻める。
インサイドにいたマーカスさんが中央に下がってクロくんに対する壁となり、解放されたレアンドロさんがサイドへ動く。
立ちはだかる零を背にして、クロくんから離れて前進するマーカスさんへ猫を渡す。
もふ。
しかし、突として立ち止まるやアウトサイドに下がったレアンドロさんへ戻した。
彼は、ゆらりとディフェンスと適切な距離を取ってジャンプシュートを放った。
が、リングに当たった。
創くんがリバウンドを取って、直ちにアウトサイドのへパス。
零くんは猫を受け取り、インサイドに踏み込んだところでディフェンスをしっかり背に留めて、ゴールを目指して走るクロくんへ、ぽんと猫を手渡すと、彼はムービングシュートをしっかりと決めて応えた。
「試合が出来ていないなか、形になってる。みんなよく頑張ってるよ」
「オジサン、分かりみが深いです。これが友情を超えた、絆、なんですね」
春ちゃん?えーと。うん。
そういうことかな。
と、危ない。ファウルを宣言して試合を止める。
試合は後半に入って零くんに変わり奏くんが戻った。
相手はオスカーさんに代わって、いよいよベイカーさんが入ってくる。
僕は息をのんだ。
彼は、さっそくアウトサイドから猫を放って二得点を奪い、注目を浴びた。
そのフォームは見習うべき美しさ。
ディフェンスでは相手にしつこくまとわりついて、奏くんに負けずパワフルに抑えてくる。
ドリブルが進まなくなってきた。
切り替えて、創くんが得意のシュートでアウトサイドから二得点を決めた。
それでいい。
状況に合わせて切り替えることは大事だ。
そうだ。ムービングシュートも使っていこう。
ドリブルで抜けない相手は足で抜いてしまえばいい。
選手交代も活用しよう。
少しずつでもパスを繋ぎチャンスを見つけ出すんだ。
僕は胸が高鳴っていることに気付いた。
今この瞬間、まるで彼らと一緒に試合をしているような感覚にとらわれている。
「野郎!中々すばしっこいな!やるじゃないか!」
サイドライン近く。
背中から大男が猫を狙う。
創くんは背中を少し丸めて警戒する。
「いえ、みなさんこそお元気で……」
「どうした?まさか練習で疲れたとは言わないよな?」
まだまだ、と言わんばかりに創くんは肩を入れて身をひるがえした。
アークをなぞって後方へ駆ける。
そこへレアンドロさんが立ち塞がった。
創くんは立ち止まると猫を背中に回して素早く二度ドリブル。
レアンドロさんがバランスを崩した隙を逃さず、背後へジャンプしてシュート。
きれいに得点が決まって、嬉しそうにガッツポーズを取っている。
その無邪気な若々しさにベイカーさんも、つい笑顔を見せた。
「ナイスファイト!実に楽しい試合だった!」
「ありがとうございました……!」
一同、声は大きくとも元気のない礼をする。
午前からの練習に続いて試合を二つ乗り越えたみんなは疲労が限界にきているようだ。
しかし、その疲れが丁度、五十代の体力と釣り合ったのか見応えのある試合だった。
彼らにとって、実りある試合になっただろう。
引き受けてくださったイケオジの皆様には後日あらためてお礼をしなくては。
「みんなよくやった。偉いぞ。ご褒美をあげなくちゃな」
「ご褒美!?」
真っ先に春ちゃんが声を上げて、すぐハッとなって口をふさいだ。
素直で可愛いらしい子だ。
イケオジの皆さんも優しく笑っている。
対する春ちゃんは恥ずかしそうに、小さく頭を下げて僕の後ろに隠れてしまった。
「春さんだったね。君もマネージャーとして、みんなをよく支えた。もちろんご褒美をあげよう」
「わあ!本当にいいんですか!」
一応、みんなの顔を伺う。
みな快く頷く。
オスカーさんが保冷バッグから紙袋を取り出して春ちゃんへ手渡した。
よかったね。
彼らは、ここへ来る前。
近くのデパートで催されている北海道物産展に立ち寄って美味い飯をお腹いっぱい食べたらしい。
だから元気だったのかな。
この後シャワーを済ませて食堂でおやつタイム。
はやる気持ちを抑えて、そっと紙袋からご褒美を取り出してみると。
形は楕円で大きさは両手に収まるほどの、甘さを抑えた素朴な味がするミルクカステラ。
メロンジャムと特製バタークリームを薄焼きクッキーで挟み、ビターチョコで周りをコーティングした小さなケーキ。
それぞれが、しっかり人数分入っていて美味しく頂きました。
ごちそうさまでした。
ところで。
お菓子をチョイスするイケオジ達の姿を想像して、ついクスッと笑ってしまった。
きっと、みんなが喜んでくれるように悩んでくれたんだろうな。
「よーし。みんな集まったね。さあ、いよいよ真のサプライズ。お楽しみの時間だよ!」
陽がほとんど沈んで外は薄暗い。
ちょうどいい時間だ。
「うわーい!待ってましたー!」
春ちゃん万歳して大喜び。
夏休みだもん。
やっぱり楽しまなくっちゃね。