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15話 おひる休み

神社を出て小川をさかのぼっていくとキャンプ広場に行き着く。

そこでは、極上の名店が競って集まるグルメフェスが大にぎわい。

会場にただよう雑多ないい匂いが、私たちの食欲を目まぐるしく刺激する。


春麗嵐、お腹、ぺこぺこ。


みんなで巡り、一人また一人と抜けては、各々が思い思いに好みのグルメを選んで、広場の隅に用意された、待機場所に指定されたタープテントへ帰ってゆく。

決勝戦を午後に控えて、王子様たちと愉快なランチタイムです。


「零は何を選んだのー」


「鴨蕎麦と栗おこわのセット」


「そば。くり。おー、いいじゃん」


「あげないよ?」


む、いじわる。


「どうして?一口くらい、いいじゃない?」


「その一口が大きいんだもの。半分もいく気でしょう」


「そんなことないもん。ほんと小さい一口だから」


「ええー。もう仕方ないな」


それでは、いただきます。


「もち米もっちもっちで甘くて美味しいー!でも栗が入ってなかったから……もう一口?」


「ダメだってば」


「ケチー。はい、お返しにサツマイモの天ぷらあげる」


「やめて!ちょ、自分で、自分で食べるから!」


恥ずかしがって可愛いんだー!

あなたが赤ちゃんの頃、私がごはんを、あーんして食べさせていたんだよ。

覚えている?懐かしいよね?

はあー愛おしや。

小さなお口がもくもく動いて、きゅん。

たまんない、思い出して食欲そそる。


「仲良いな」


「おかえりなさいませ創様!」


「大げさな。お、麗嵐はやっぱしガッツリいくんだな」


「ふしゃあー!誰がデブネコですか!」


「言ってねーよ。でも……いずれそうなるんだろうな!ははは!」


「あん?私は太らない体質だって前に言いましたよね?」


「その天丼は大盛り?」


こら、無視するんじゃない。

いつも何だかんだで許しちゃうのが、きっといけないんだろうな。


「ぶぶー。これは普通盛りです。揚げたての秋野菜が山盛りに乗っていて、マツタケもあるし、これ、紅葉の天ぷらですよ!」


「へえー。そんなのあるんだ。美味しいの?」


さて?いただきます。


「はむ……んむむ……よく分かりませんな」


「へえー……そう。でも美味しそうだな」


「創様は何をチョイスしましたか?」


「はらこめし。見ろよ、スキマなくシャケとイクラが詰まってるんだ。そんで、この下は炊き込みご飯らしい」


「わあーきれい!まるで宝石箱みたいですね!それも美味しそう!」


「あげないぞ」


「創様まで!?」


「まで?零には一口やるからな」


「もーどうしてよ!」


「お前の一口大きそうだし」


「にゃ!?」


「ふふ、バレてら」


「笑わないでよ零!」


「俺は家族じゃないけど、近くで見てきたからな」


「近くで……私のことを……?」


王子様はずっと、誰よりも私だけを見つめていたってこと?

大地彩る花々よりも天照らす星々よりも、ちっぽけな私に夢中なの?


「はわわ……」


「あ!や!違う違う変な意味にとらえるな!」


「ふふ、兄さん分かりやすい」


「笑うなよ零!ほんと誤解だから!な!いいな!」


「まーた萌天してんな」


「クロ様!おかえりなさいませ!」


「萌天てなに?」


「哀れな創。あんたは知らなくていい」


「なんだよそのムカつく言い方。教えてくれたっていいだろう。もしかして少女漫画のセリフ?」


「いいや。僕と春、二人だけの秘密」


「あん?」


あわわ……!

クロ様ってば、また創様を挑発してからかう。

まるで犬さんの尻尾にパンチする猫ちゃんみたいなじゃれ合いで可愛いけれど私を巡って争わないで。

ああ、誤解だと伝えたいけれど、うう、どうしてかしら伝えられない。


クロ様に好かれたい?

創様に嫉妬してほしい?


私ってば……悪い女。


「萌えて昇天を略した、姉さんが作った変な言葉だよ」


変とはなんだ!変とは!


「お!ありがとう、零!」


「ちぇ。バラすなよ」


「姉さんは結局、どっちと付き合いたいの?」


「私には選べないわ……だって私の恋は綱引きだもの……」


「二人は、こんな姉さんのどこが好きなの?」


「こらー!やめなさーい!」


二人も黙って、そっぽ向かないで。

私かなしいよ。

もしかして良く思われていないのかな。

そうだよね。浮気者だもね。

ああ、やだ。罪深い。

どうして私は惚れっぽいの。

それはね。だって乙女なんだもん。


「クロ、それは何ラーメン?俺のはさ、はらこめし」


「はらこ……?これは豚トロネギ塩ラーメン」


「めっちゃ美味そうなの見つけたな」


「このトロネギはテレビでも紹介された行列のできるラーメンなんだぜ」


「先輩は、そういう流行りに乗るタイプなんだ」


むむ、気になるぞ。

クロ様は自分を隠そうとするところあるから。


「いいや。勘違いするな。美味そうだから食う。それだけだ。わかったな」


「わかった」


うわ、誤魔化した。


「俺は無難なものを選んでしまいました。でも美味しそうでしょう。大きなモダン焼です」


「おかえりなさいませ奏様!」


「ただいま、お姫様」


「きゃ!お姫様だなんてもうーうれしいーい!ちょっとは二人も見習ってくださいよ!」


「甘やかすなよ奏」


「そうだ。これ以上、頭ん中のお花を増やしてどうすんだ」


二人なかよく、ひどい!


「それはステキじゃないですか。お花は、たくさんの種類と色が集まると、より華やかになりますからね」


「ピンク一色だろう。バラ色ってやつ」


「創様冷たい。でも、ちょっとゾクゾクした」


「クロ。たまには二人で飯食うか」


「向こうに池があるらしいぜ」


「二人きりで!?もしかして恋愛関係に!?」


「ねーよ!!」


ちょっと期待しちゃった。

でも同時に声を荒らげて否定するなんて、本当に喧嘩するほど仲の良いお二人さん。

もっと素直になればいいのに。


「話は変わりますけど、オジサン遅いですね」


「オジサンなら、知り合いに会うって言ってたぜ」


「ひみつの恋人!?」


「あんたマジで怒られるぞ……」


よくない噂でもされているのかな?

まさか、誰かに恨まれている?

それとも冬が近いせいだろうか。

少し肌寒さを感じて、僕はふと立ち止まった。


「水嶋、どうした?」


「少し寒気がしたんだ。温かいカレーを選んでよかったよ」


「あの頃から好物は変わらないか」


「そうだね。やっぱり忘れられないよ。山奥の合宿先で食べた、あの田舎カレー」


聖ヴァンピール。

彼は僕の通っていた大学の同級生で、バスケットボールクラブのチームメイトでもある。

プライドが高くて無口、他人と積極的に関わることは少なかったと記憶しているけれど、こうして向こうから昼食に誘ってくれて嬉しい。

現在は以前よりも明るく、社交的になったようで、柔らかな雰囲気さえ感じる。


「私には、ルーが少なく、また固くて苦手に感じたよ」


「うん。確かにルーはかなり固めだった。それに鶏肉も野菜も大きくて少なく感じるんだよね。それでもルーはおかわり自由だったし、なによりも、あのお婆ちゃんが絶妙に調合した選りすぐりのスパイスの香りが絶品だったでしょう!」


「うむ。味に関しては間違いなく日本一のカレーだろうな」


ここグルメフェス会場には飲食スペースがテントの下に余裕をもって用意されている。

それでも席はほとんど埋まっていて、思い出話に花を咲かせながら空いた席を探す。

幸いにも料理が冷めないうちに、僕と彼は落ち着くことができた。


「このマグロカツ合うよ!カレーに合う!こんど家で試してみようかな」


「ほう。君は料理を覚えたのか」


「実は、まだカレーしか作れないけどね。妻が疲れた時や、甥っ子が遊びに来た時に作っているんだ。君の方こそどうなの?」


「実を言うと私は和食を学んでいる。近くに和食を専門とした料理教室があって、主婦に混じって通っている」


「へえ、そうなの。こう言っちゃ悪いけれど意外だね」


「そう思うのも仕方ない。しかしやってみると、料理というものは奥深く楽しいものだ」


「うんうん。分かるよ。カレーしか作らないけど。アレンジで牛スジのどて煮を足して、それがすごく美味しかった時に楽しいと感じたし、妻と甥っ子に喜んで食べてもらった時には、それはとても嬉しかったよ」


「家庭をもつというのは良いものだな。私はまだ独り身だよ」


「君、モテるでしょう。どうして恋人をつくらないの?」


「……きっと理想が高いんだろう」


彼は一呼吸置いて呟くと押し黙って、おでんの出汁によく浸かった大きなタコ足を頬張った。

顔に落ちた影は深く濃い。

物悲しい雰囲気に迫られた僕は失言を取りつくろうように話題を変えることにした。


「そう言えば、君の育てたチームは理想にかなった?」


「ふむ、そうだなあ」


黄金色のアゴヒゲをさするクセは健在のようだ。

みんなからライオンコートと呼ばれた黄金のヒゲは彼の自慢でありプライドだった。

実年齢よりも歳上に見られる彼は他人から、大人っぽいね、と褒められて無表情を装うも内心では喜んでいた。

とても気に入って、小さなハサミを使って丁寧に整えていることも僕は覚えている。


「うむ。実に理想的だ。選手として素晴らしく、仲も良好。彼らを見ていると、君と過ごした学生時代を思い出す」


「分かる。僕もだよ。プロ選手になりたいと理想を追う一方で、わーわーと青春をおう歌していた学生時代はとても楽しかった」


「ああ、とても楽しかった。忘れられない思い出だ」


「本当に?君、いつも少し離れたところにいたよね」


「そういうキャラができてしまっていてな……」


「あ……そう……なんかごめんね……」


「気にしなくていい。最後まで素直になれなかった私も悪い」


「今日は、こうして誘ってくれて嬉しかったよ。あの日、スポーツクラブで会いに来てくれた時もね」


「今度は、そちらから誘ってくれよ」


「うん!バスケしよう!マグロカツカレーもふるまうよ!」


「ははっ。楽しみにしていよう。ところで話を戻すが。彼らを指導して今日まで、やってみてどうだった?」


「それがさ。時間はないし、練習試合なんて組めなくて難しかったよ。それでも色んな人に頭を下げたり、夏には合宿をやったりしてね……」


夏休みにやった合宿もまた楽しかった。

彼らにとっても素敵な思い出になって、忘れられない青春の1ページとして残ってくれていたら嬉しいな。


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