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13話 ねこバスケと家族

閑静な住宅街の一角。

三階建ての家に「福来一家」が暮らしている。

父母、そして男ばかり兄弟四人の賑やかな家庭。


長兄、此司郎 このしろう

次男、和実  かずみ

三男、呼秦  こはた

四男、心悟  しんご


長兄が高校三年。

次男、中学三年。

三男、中学二年。

四男、中学一年。


長兄が通学しているのは県立黒鯛高校。

連携型の中高一貫校で、黒鯛高校を中心に三つの連携中学校がある。

その一つ、貝厨中学校に弟達は通学している。


彼らは数年前、小さな空き地に新しくできた公園に合成ゴムを敷いたバスケのハーフコートを見つけて、ねこバスケで遊ぶようになった。

それが家の隣にあるもんで、朝早くに外へ飛び出して、愛猫ブリティッシュショートヘアのオスとたわむれている。


ところで、去年の夏の終わりのこと。

四男の心悟が県大会に出たいと突然に誘った。

三男は気楽に乗り、次男は考えなしに受け入れて、長兄はキラキラした瞳に負けた。

それから、バスケ部で活躍する長兄が毎日のように、夜ごはんの後、本格的に指導することになった。


さて、時は現在。

今日こそが待ち望んだ県大会その日である。

朝の食卓も賑やかだ。


「あれ?母さんと父さんは?」


最後に起きてきた三男の呼秦が寝ぼけた声できく。

長兄の此司郎はキッチンからチラと振り返りフライパンに目を戻した。

彼の仕事は弟たちの朝ごはんを作ること。

代わりに答えたのが次男の和実だ。


「二人は結婚記念日で朝早くに出たよ」


「あ、そっか。いいなあ沖縄旅行」


「俺、ゴーヤ苦手だから羨ましくない」


「心悟。沖縄にはゴーヤ以外にも美味いものはいっぱいあるんだぞ」


和実は言ってスマホをささっと操作すると、ネットに溢れる沖縄名物の写真を次々と見せてやる。

そうしたら余計にお腹が空いてくるもんだ。

四男で末っ子、心悟のワガママに此司郎は困った口調で待てを命じた。

そこへ、彼の足下に愛猫が寄ってきてニャンと抗議する。


「ごめんよ。ヒラマサの朝ごはん用意していなかったな」


出来上がったケチャップライスを皿に移しながら叫ぶ。


「呼秦!今日はお前の当番だぞ!」


「わかってるよ。ヒラマサ、ごめんな。寝坊した」


呼秦は愛猫ヒラマサを抱き上げると、首の後ろに頬擦りした。

一方で此司郎は、固めに焼いた卵をケチャップライスの上に乗せてオムライスへ仕上げ、末っ子から順に配っていく。

心悟がオムライスにスプーンをさしたところへ、和実がインスタントのコンソメスープを置いた。


「ありがとう。和にいちゃん」


「お前、まだまだ小学生みたいだな」


「背が小さいもんね」


「そこじゃない。ちょっとは自分から動いて手伝いが出来るようになってくれ」


「はーい、わかったよ」


朝食を済ませた四人は家を出て最寄りのバス停で待機する。

彼らの後ろに鳩が一羽おりてきた。

見上げた空は青く澄んでいる。


「よーし。最後の確認だ。みんな、忘れ物はないよな?」


皆そろってカバンの中を改めた後、意外にも本人が勢いよく手を上げた。

次男と三男は驚いた顔して、末っ子はどこか嬉しそうな笑みを浮かべる。


「ごめん!ユニフォームを忘れた!走って戻る!」


それは兄弟で小ケンカを交えながら相談して発注した新しい家宝。

慌ただしく走りゆく此司郎とすれ違い様にバスがやって来て、口を開けては閉じて、まるで一息ついて走り去った。

遠く彼方へ羽ばたく鳩を見上げて、呼秦がマヌケに口を開く。


「兄さんって、抜けたとこあるよなあ。試合大丈夫かなあ」


「よせよ。縁起でもないこと言うな」


和実が注意する。

その隣で心悟が呑気に笑った。


「早めに出て良かったね」


「だねー」


和実と呼秦は仲良く、いい加減な口調で答えた。

とてものどかな朝である。


「ふう。なんとか間に合いそうだ」


「兄さん。本当にもう忘れ物ない?」


「ない。そう言う呼秦こそないよな?」


呼秦は、そっぽを向くように車窓の向こうへ視線を流した。

そして思わず目を細めた。

列車はトンネルを抜けて、きらきら光を反射する秋色の田園を貫いて走る。


バスから電車へ乗り継いで、それからまたバスに乗って山を登る。

彼らにとっては、ちょっとした冒険だ。

心悟を除いて、みな落ち着いているように見えるが、胸の内では県大会へのワクワクもドキドキも膨らんでいた。


「すげー田舎」


呼秦は呟いてバス停近くの丸い花壇に腰掛けた。

ここは山間に位置して、美しい原風景が広がっている。

心悟は落ち着きなく、木造建築にレンガを乗せたかわいい駅舎を見上げる。


「こんなに小さい駅は初めてだね」


「でも静かでいいところだ」


此司郎は田舎の新鮮な空気を胸いっぱいに吸う。

彼の言うように、駅前は鳥のさえずりや葉が擦れる音がよく聞こえて清閑としている。

風に乗って聞こえてきた話し声に振り向くと、同じく県大会に参加するであろう団体を二つ見つけた。

みな身長が高い。対して福来一家は低い。

長兄の此司郎でも百七十センチまで二センチ足りない。


「みんな背が高い。俺たちは不利になるな」


「そんなことはないよ、和実」


「バスケは身体が大きい、身長が高い、そんな選手が活躍するスポーツだろう」


「それでも活躍する選手はいるよ。特に3x3は身長が低くても活躍する選手は多い」


「そうなの?」


「前に話したけどな。覚えていない?」


「うん。もう一回きかせてほしい」


「よし。3x3はだな。コートが小さいから、二得点もらえるアウトサイドからのシュート、もしくはインサイド真ん中辺りのミドルシュートを狙うことがメインになるんだ。だから、身長差によるハンデが小さいんだよ」


「なるほど」


「でも、もう一つ特徴があって」


「うん」


「コートが小さいけれど、プレイする人数が少ないから、オフェンスの範囲が広くなるんだ。すると、一対一の戦いが多くなる。そこで技術の優れた選手は巧みなドリブルで抜いて、確実に得点を決めようとしてくる。つまり油断は禁物」


「へえー。やっぱり真面目に考えるほどバスケは難しいスポーツだな」


「そのうえパスの連携も絡んでくるからな。でもまあ、考えすぎないことが一番だよ。十二秒位内にシュートを打たなきゃならないから、お前は直感でプレーすればいい。俺たちは家族だ。誰よりもお互いをよく分かって信頼しているから、グダグダになることはないだろう」


「わかった。兄貴の言葉、信じるよ」


ようやくバスがきた。

これもまた小さく、いちご模様の車体が可愛らしい。

ところが古いために、カタカタと尻から振動が伝わってくる。


目的地のキャンプ場へは渓谷に沿って山道を上ること十分ちょっとで到着した。

降車してライバルたちを見送ったあと、新調されたピカピカのバス停に並んだ弟たちを此司郎がスマホをつかって写真撮影した。


「兄ちゃん、変わるよ」


「ありがとう心悟。でもいいんだ」


さっそく、写真をメッセージアプリの家族グループへのせる。

両親へ報せるのと、家族の思い出を共有する二つの意味がある。


「さあ、行こう。勝ち負けも大事だけれど、めいいっぱい楽しもうな」


初戦の相手は海鴎中学。

コートの外から此司郎が見守り、プレーは弟たちに任せた。

次男の和美を中心にして、ミドルシュートを狙う。

目標は二十二点の先取ではなく、一得点でも相手を上回ること。

それは言うまでもなく簡単なことではない。

相手選手はみなバスケ部、あるいは経験者のようだ。

ディフェンスがうまい、ドリブルもうまい、シュートだってうまい。

点差が開いてゆくのを見て、此司郎が冷静にタイムアウトを申告した。


「俺、やっぱり試合に出ようか?」


「そうだな。兄貴が出れば逆転できるかも知れない」


和美は言って、弟二人を振り返る。

心悟が首を振った。


「相手は同じ中学生だよ。高校生でバスケ部レギュラーの兄ちゃんを入れて勝っても、俺は悔しいだけだ」


「心悟。そうは言ってもな。結局、このまま負けたら、それはそれで悔しい思いをするじゃないか」


此司郎は諭すように優しくなだめる。

対して心悟は珍しく声を荒らげた。


「負けるより悔しいって言ってんだ!」


気圧されて押し黙る此司郎。

彼の背中を、和実は柔らかく押してコートの外へ追いやった。


「心配ないってさ。このまま信じて見守ってくれ。俺たちにバスケを教えてくれたのは兄貴だ」


「和実……」


「悪いけど兄さんの出番は次の試合だから、我慢してくれよ」


呼秦は自信に満ちた微笑を残して背中を向けた。

間もなく試合が再開すると、三人は気迫に満ちたプレーで激しい攻めに転じた。

此司郎がアドバイスしたミドルシュートにこだわらず、個人それぞれの判断で、家族の「あうん」の呼吸でプレイする。

ロングシュートを狙ったり、あるいはパスを回したり、大胆にドリブルで前に出たり。

急変したガムシャラなプレイに相手選手は戸惑う。


そうして。

悪戦苦闘の試合もやがては落ち着いて、秋空に向かって猫が鳴いた。


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