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12話 初戦 ゴールデンシャーク

「創、対戦相手を見ろよ。まるで少女漫画のキャラクターだぜ」


「とんでもない主役オーラを感じるな。観客席にいる女の子たちは、どうもアイツらのファンみたいだ」


「やべーな。ちょっと、くじけそうかも」


「二人とも集中してください。間もなく試合が始まりますよ」


奏が笑いをこらえながら注意する。

そのかたわら、澄まし顔でストレッチをしているのが、春麗嵐の弟である高橋零だ。

創に代わって先発を任されている。

歳も背も一番小さくとも運動神経は彼らに劣らない。

その実力はオジサンも認めるほど。


「なんや、ちびっこいのおるで。中学生かいな?」


「鳳凰。背が低いからといって侮ってはいけませんよ」


「わかってますて。鈴虫はんは黙って外から見とればええ……ワイの活躍をな!」


「やれやれ。不安です」


「なんやて!」


「鳳凰のカバーと攻撃は僕に任せて。英世はスクリーンを仕掛けてディフェンスを止めてくれ」


「っしゃ。俺に任せとけ!」


「え?あれ?もしかしてワイって期待されてへん?」


「んなことねえよ!派手にダンクかましてビビらしてやろうぜ」


「英世はん……!あんたは最高のチームメイトや!」


鳳凰が熱苦しく英世と肩を組む姿を観客席から眺めていた麗嵐は思わず悶絶する。

その右隣にいるオジサンは困り顔。


「春ちゃん。彼らは対戦相手だよ」


「でもでも!いきなりクライマックスですよ!初戦が王子様と王子様の戦いだなんて!」


左隣からクスッと笑い声が聞こえた。

麗嵐が振り向くと、眩しいほど綺麗で繊細な容姿の少女がいた。

チラとこちらを振り向いて見せた微笑はまるで少女マンガのヒロイン。

麗嵐はひっそりと敗北感を受けた。


「ごめんあそばせ」


「ごめんあそばせ!?」


「ごきげんよう。はじめまして、わたくしは秋初月と申します。ゴールデンシャークのマネージャーを務めております。どうぞよろしく」


「本物のお嬢様だ……!はじめまして!私は春麗嵐といいます!エバーマスカレードのマネージャーです!よろしくです!」


「おほほ……」


と、圧倒されて愛想笑いを返す初月。

その心中は生粋のお嬢様を騙ることへの申し訳なさでいっぱいだった。

ところへ。


「連絡先交換しませんか!」


「ええ!?」


と驚く初月とオジサンの目が合う。

お互いに小さく頭を下げて挨拶して、初月は視線を目前の大胆不敵な少女へ戻した。


「えーと……」


「ダメですか?」


初月は嘘をつくのが後ろめたくて、麗嵐に自分が生粋のお嬢様でないことを、ひそひそと打ち明けた。


「あ、そうなんだ」


「期待させてごめんね。あと、このことは内緒にしてほしいな」


「おっけー!じゃ、連絡先交換しよ!」


「え、あ、はい」


秋が春に根負けした一方で、かつてチームメイトとして共に戦ったことのあるオジサンとヴァンピールは密かに見つめ合うと含み笑いをした。


「よろしくお願いします!!」


「あ、よろ、よろしくお願いします」


英世の熱気に創はたじろぐ。

かたい握手からは痺れそうなほどパワーを感じた。


試合時間は十分。

先取二十二得点。


DJが流すレゲエミュージックが心臓を叩き、MCの解説が鼓動を急かす。


ねこはメスのメインクーン。

ジェントルジャイアントの愛称をもつ気品ある猫だ。

性格は穏やかで賢く、一方で活発な性質もあわせ持つ。

猫種最大、しっかりした体格。

被毛は不揃いで密度が高く、芝生に落とせばよく跳ねる。

その美しい銀の毛並みは陽の光を受けて煌めいた。


ショットクロックは「十二秒」


先攻はエバーマスカレード。

ねこは中央のクロからサイドへ。

零がさっそく切り込む。

そこへ鳳凰が壁のように立ちはだかった。

小柄な零は身をすくめたかに見えた。

一瞬、時が止まったかのようだ。


「はやっ……!」


鳳凰が振り返ると、猫がリングをすり抜ける姿が見えた。


「すまん英世!彼、中々やりよるわ」


「十分しかねえんだ。気にせず勝ちにいこうぜ!」


鳳凰は中央へ下がった。

英世から彼に猫が渡る。


ねこを追うようにして英世がサイドから鳳凰の元へ駆けつける。

ディフェンス二人の行手を阻むように。

ボールを持たない選手がディフェンスの進路を阻むプレーをスクリーンという。

これで瞬間、鳳凰が動きやすくなり、サイドからゴール下へ一気に回り込む。

そして跳躍、背をなでるようにして猫をリングへ押し込むダンクシュートが豪快に決まった。


「ナイスプレー鳳凰」


「燕はんも頼むで」


「ああ。僕も魅せよう」


ゴールデンシャークの心には余裕があった。

というより、試合を純粋に楽しんでいる。

対して、エバーマスカレードは勝ちを焦り緊張に囚われているようだ。

オジサンの眉間にシワが寄る。


「少し押されてきたね……」


「みんなファイトー!」


麗嵐は祈るように重ねた手に汗を握る。

奏は正確な動きを求め、クロはイラ立ち始めていた。

試合に対する経験不足が集中力を削ぐ。

対するゴールデンシャーク。

守りは獲物にしつこく食らいつく。

攻めは優雅にコートを泳ぐ。

また、技術はそこまで高くなくとも、連携には光るものがあった。


相手の動きに慣れてきたところで選手交代があり、突き放された感じさえする。

得点は「12対8」と相手が優勢。

エバーマスカレードは苦戦を強いられ、間もなく六分を迎えようとしている。

零が三十秒のタイムアウトを申告した。


「兄さん、そろそろ交代」


「お前、調子いいだろう。クロと代わるよ」


「はあ!?僕の調子は悪いってのか!」


「なにキレてるんだよ。落ち着け」


「じゃあ、どうして僕と変わるってんだよ」


「お前が冷静じゃないからだ」


「……ちっ。けどな!」


零が二人の間に割り入る。


「俺は兄さんと変わる。いいね」


「零がそこまで言うなら仕方ない。わかったよ」


零は安心したように柔らかく微笑む。


「俺は二人を頼りにしてるよ」


創とクロが顔を見合わした時、試合再開の合図が鳴った。

創はサイドへ、中央にクロが立つ。

クロは猫を受け取ると被毛に鼻を埋めて一呼吸、気を落ち着かせた。

おひさまの匂いがした。


もふ。


フェイントで視線を誘い、サイドに立つ創へ真っ直ぐ猫を託す。

「決めろ!」クロは心の中で叫ぶ。

応えるように彼は背後へ跳んだ。

ねこは綺麗な虹を描いてリングへ。


「この距離で……やるな!」


「あ、どうもありがとうございます」


英世は思わず感嘆の声を漏らした。

一方で褒められた創は視線を逸らして照れる。

リングの周囲に描かれた半円、アーク。

その外、つまりアウトサイドから打ったシュートはニ得点となる。


ねこはアウトサイド中央、鈴虫へ渡った。

そこへ英世が駆けつける。

うまくクロと創の二人を阻んで道を開くも、鈴虫がサイドへ抜けた直後に彼らを自由にさせた。

当然、二人は鈴虫を追う。


しかし、彼の腕に猫は抱かれていなかった。

後ろ手に英世へ渡したのだ。

英世は強く踏み込んで高く跳躍。

その頂点で猫をリリース。


もふーん。


ねこの気まぐれか。

ふわふわの尾がリングに当たって跳ね返った。

リバウンドを鳳凰がしっかりと受け止めて一得点を決めた。


「ふうー助かったぜ鳳凰。鈴虫もナイスプレー」


「この調子で行きましょう」


英世と鈴虫はハイタッチを交わす。

鳳凰はそれを羨ましそうに遠くから見つめ、一方でエバーマスカレードの三人は、彼らの友情に小さなジェラシーを感じた。


ここから互いにヒートアップしていく。

体と体が火花を散らしそうなほどぶつけ合う。

ねこバスケはスピード感を重視するので多少のラフプレーは見逃される。

それでも。

審判がファウルを宣告するほどプレイは激しく、熱を増していった。


「悪い。大丈夫か?」


英世が差し伸べた手。


「大丈夫。ありがとう」


握ると、やはり力強かった。

負けたくない。

創の内なる炎が猛々しく燃え上がった。

そして、張り詰めたドキドキは喜び勇むワクワクへ色を変える。

試合時間は残り三分を切った。


「奏、クロ!絶対に勝つぞ!」


「熱苦しいわ。創のやつ影響受けやがって。ま、今日くらい応えてやるよ」


配置について、アウトサイド中央の創から隣にいるクロへ猫が渡った。

鈴虫と向かい合い、得意のドリブルで挑発する。

決して目を離さず、落ち着いて、背中越しに猫と遊ぶ。


対する鈴虫は背中で奏を押さえながらも警戒を強める。

さらに挟むようにして、奏の後ろに英世がついた。


ぽふ。


クロの軽やかなドリブルで猫が踊る。

軽く横に動いてディフェンスを崩すと、その一瞬の隙をついて、奏がディフェンス二人の間を抜けてゴール下へ後ずさる。

見逃さず、直ちにトップスピンをかけてパス。

ねこは軽やかに跳ねて奏の手に届いた。


そこへ鳳凰が追いつく。

体がぶつかり合うも、力負けしなかった。

奏は押し返すように強引に跳んだ。

力んで息が詰まる。

それでも腕を高く伸ばして猫をリングへ押し込んだ。

まだまだ慣れない、つたないダンクシュートがギリギリ決まった。


鈴虫がタイムアウトを求める。

一度リセットして反撃の時。

鈴虫に代わって燕が入った。

目配せを受けて中央、燕の元へ鳳凰が駆けつけた。

彼がクロを抑えて、燕がサイドへ走る。


奏が先を読んで動いた。

しかし、その先で英世が待ち構える。

燕は切り返して内へ、ゆうゆうとゴール下を目指して泳ぐ。


創がディフェンスに動いた。

しかし、それは獲物を釣るためのエサ。


はたと、燕は立ち止まる。

ぐっと振り返り猫をアウトサイドへ高く放った。

追うクロと奏の頭上を、猫がくるくると舞う。

そして英世の手に確かに渡った。


「今度こそ借りを返すぜ!」


美しいフォームで猫を投げると、バラのアーチを描いてリングに吸い込まれた。


このようにして一進一退。

まるでプライドを賭けた意地を張り合うような試合が繰り広げられた。


やがて、試合終了のブザーが鳴り響いて終わりを迎える。


「やはは!おつかれ!お前のプレー最高だったぜ!」


「いややわ英世はん。急にそない褒めんといてーな」


鳳凰は言いながらも照れ臭そうに英世とハイタッチを交わした。

鈴虫と燕は微笑ましく二人を見つめる。


その一方で。

観客席で見守っていた初月は、そっと会場を離れると、静かな森林を抜けて大きな池のほとりにたどり着いた。

幸いなことに人影はない。

さわやかな秋風が水面をさらさら渡り、落ちた彼女の視線をすくい上げて空へ導いた。


「いたいた。おーい、初月」


「あら、英世さん。お疲れさまです」


「悪い!負けちまった!けどよ、熱くて楽しい試合だったぜ」


「ええ。ほんとうに」


不意に彼女の頭に大きな手が乗る。

いつもと違って乱暴ではない。


「これで何もかもが終わったわけじゃねえ。まだまだこれから!だよな?」


初月は頷くようにうつむいた。

その頭を彼は慰めるように二度なでた。

おもむろに顔を上げる。

彼女の瞳は涙をたたえ、頬は、ほのかに桃色を帯びて、小さなくちびるは弱々しく微笑んでいる。


英世は瞬間、胸がギュッと苦しくなって、抱きしめたい衝動を抑えるように、ユニフォームの胸の辺りをシワが寄るほど握った。

そして、くるりと体を回して、水面に映る乙女のような表情をした自身に動揺した。


「さ、ささ、さーてと。このあとはグランピングだ。バーベキューすっげー楽しみだなー」


「うん。私も」


「っしゃ!さっそく準備しようぜ!」


「え?何を言っているの。今は、ゆっくり休みなさい」


英世は初月の耳元でささやく。


「お前が喜ぶと思ってさ、花火もいっぱい用意してんだぜ。打ち上げ花火は控えたけどな」


「もうー。遊ぶ気で来てるじゃない」


むくれる初月に英世はイタズラな笑みを返した。

そこへ、背後から忍び寄った鳳凰が彼と肩を組む。

もう片方の腕には不機嫌な顔した燕が捕まっている。


「なーんやの抜けがけしおって。二人で内緒話なんてズルイでっせ」


「鳳凰、君は嫉妬しているんだろう。これストーカー行為だよ」


「な!?違うわい!」


遅れて追いついた鈴虫が、ため息を吐く。


「みなさん……探しましたよ。コーチがお呼びです」


「やっべ。みんな戻るぞ」


「もう!怒られるんは英世はんのせいやかんね!」


「んでだよ!」


子猫みたいに無邪気にじゃれて歩く四人。

初月はその背中を母猫みたいに見守り歩く。


なんてね。


彼女は今なによりも想う。

共に過ごす時間を大事に、その幸せを大切に。

それが何度と色を変えても、何時も色あせぬように、心から願う。


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