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ショートショート10月~2回目

世界線

作者: たかさば

 この世は、様々な世界が平行しているのだと、ただ漠然と信じていた。


 夢に見るのは、別の世界線に生きる自分の記憶なのだと、ただ漠然と思い込んでいた。


 私は、この世界に、ひっそりと生きているけれど。


 別の世界線では、幸せを誇って生きているのだと。

 別の世界線では、似たような燻った生活を送っているのだと。

 別の世界線では、ここの常識を無視した言動を繰り返しているのだと。


 何度も垣間見る世界がいくつかあった。


 古ぼけた家で、掃除をしながらあわてている日常。

 空を飛び、正義感を丸出しにして奔走する日常。

 波にのまれ、空気を求めて手を伸ばしながら藻掻く日常。


 私の生きざまもまた、別の世界線を生きる自分に、夢で見られているに違いないという、漠然とした、確信。


 続く夢、印象深い夢、すぐ揮発する夢、何度も見る夢。


 夢の中で、自分の選択に一喜一憂した。

 夢の中で、自分の言動に自暴自棄に陥った。

 夢の中で、見知った誰かと違う関係性を楽しんだ。

 夢の中で、見知らぬ誰かと出会うのが楽しみだった。


 いつの頃からか、自分の周りに、別の世界線の登場人物が現れるようになった。


 どこかで見た、誰かとすれ違う、日々。

 いつかの夢に出てきた、誰かと対面する、日々。

 初めて会うはずなのに、懐かしい印象をもたらす人々。


 ……世界線が、交わり始めたのかもしれない。


 もしかしたら、世界線には限界があるのではないか。

もしかしたら、溢れた登場人物が上限を越えた為に、世界線を跨いで兼任するようになったのではないか。


 既視感を覚えるたびに、言い知れぬ不安が胸を過る。

 このまま、世界線が交差し続けたら、どうなるのだろう。


 ……いよいよ世界が混じるようになってきた。


 見たことのある、知らない人が、私の周りにあふれるようになったのだ。

 先週は夢の中で隣に住んでいたイケメンが私の前に現れ、今日はいつも夢の中で鼻をつまんでいた香水くさいお姉ちゃんがいる。


 ……ついに世界線が重なり始めた。


 私の言葉が、通じなくなってきたのだ。

 私は、確かに、日本語を話しているのに。


 伝えたい感情が、うまく伝えられない。

 誰かの話している言葉の意味が、いまいちわからない。


 まるで、言語スキルを持たずに異世界転生したかのようだ。


 ……だとすれば。


 魔法が使えるようになっているのかもしれない。

 夢の中で、違う世界線の私が唱えていた、呪文。


 これだけ世界が重なっていたら、きっと。


 呪文を唱えたら、いきなり口の中に美味しいものがあらわれた。

 モグモグと噛み砕いたら、胃袋が満たされた。


 呪文を唱えたら、いきなりお湯の中で全身を洗われていた。

 うとうとしているうちに、ふわふわのタオルで包まれた。


 ……なんだかとっても眠い。


 なにも考えず、目を閉じて、微睡みに浸る。


 ……ああ、とても、穏やかだ。


 時折思い出したように、呪文を唱える。


 時折、呪文を間違えたが、おなかは膨らんだ。

 時折、呪文を忘れたが、お風呂で洗われた。


 ……いつのまにか、魔法の無詠唱ができるようになっていた。


 お腹がすいた頃に、お腹が満たされる。

 体が汚れた頃に、お風呂に入っている。


 なにも考えなくても心地よく過ごせる、この世界。

 すべての世界線が集束した、この世界。


 この、満ち足りた世界で、私が願うのは。


 私が、願う、事は……。


 ……私に、願いたい事なんて、ない。


 自分の、思うままに楽しめる世界。

 自分が、世界線をまたにかけ生きてきたすべて。


 私は、すべての願いを、夢の中で叶えてきた。


 ……それは、つまり。


 私が願った富は、思い出せる。

 私が願った愛は、思い出せる。

 私が願った場所は、思い出せる。

 私が願った出会いは、思い出せる。

 私が願ったハプニングは、思い出せる。


 ……私が願った事は、すべてここにあるのだ。


 ……私が、どの世界線でも、一度も願わなかった事を、願おうか?


 この、私が愛した人たちであふれる、集約された、世界。

 この、私の知る人たちであふれる、集約された、世界。


 すべての人たちに、感謝を。

 すべての人たちを、見守りたい。


 そうだ、私は空になろう。


 広い空になって、私の生きてきたこの星ごと、見守っていきたい。


 ……そう思った私は。


 意識を、空に……、混じらせた。




おい、母さんの様子がおかしいんだ。


お母さん、何を言ってるの?誰もいないよ?


斎藤さん、今日は何月何日ですか?


あなたの、おなまえを、おしえてください!


斎藤さん、一緒にお散歩に行きましょうね!


斎藤さん、それは食べ物じゃないですよ。


斎藤さん、今日から、ここで暮らしましょうね。


205の斎藤さん、よく独り言、言ってます。


205の斎藤さん、一人でニコニコしててかわいいよね。


205の斎藤さん、たまに聞いたことない言葉を話すよね、あれ何語なんでしょう?


205の斎藤さん、いつもご機嫌で刻み食食べてくれるから助かるね。


205の斎藤さん、お風呂にいれると鼻歌歌うんですよ。


205の斎藤さん、最近寝てる時間が増えたね。


205の斎藤さん、すごく幸せそうな顔で、良かったねぇ……。


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― 新着の感想 ―
[一言] このオチ……ぇ。 幸せそうな顔をしててくれているのなら……いいのでしょうかね? ねぇ?
[気になる点] なるほどね、壊れたら精神が別世界に飛ぶ、と。 [一言] E205お使いの人間は壊れました、天界サポートセンターにお問い合わせ下さい。(的な展開…)
[良い点] おお、なんだかとっても幸せそう [気になる点] ラストォォォォォ! ぐはぁ [一言] タオルに包まれる、受動態な辺りから怪しいんですよねw これは使うしかなかった受動態
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