不死身の治癒術使い〜生命力を無尽蔵に与えられた私がスキル【ギブヒール】を駆使して異世界の人たちを治します!!〜
「残念ながらユウさんの病気は現代の医療では手の施しようがありません」
聴き慣れた担当医の声が聞こえた。病気が発覚して数年、絶対に良くなると毎日励ましてくれていた先生の初めて聞いた落胆の声だった。
仕方ないよ、人間いつかは死ぬんだから、そう返事をしたかったがもう口も動かない。
私の意識はゆっくりと薄れていった。
そして、気がつくと天国に…
ではなく森の中にいた。
何年も寝たきりだった私が地面に足をつけて立っている。両手に何本も刺さっていたはずの管ももない。
長く伸びきっていた黒髪は薄い茶色のショートヘアになっており、服装は白い…多分シスターが着るような服になっていた。
「天国でも、私のいた時代でもなさそう…」
本で読んだことがある、これが異世界転生というやつか。
でも転生って生まれるところから始まるんじゃなかったっけ。
元気な体を手に入れたとはいえ今まで生きてきた世界とは違う世界にいるのか。少し寂しさを覚えたが、もう辛い治療も、薬からも解放されたと思うと少しだけ気が楽になった。
担当医は本当に優しい人だった。いつも相談に乗ったり励ましてくれたり、いつも希望を与えてくれた。そんな医者に憧れて「私も大きくなったら先生みたいなお医者さんになって人を助けるんだ!」と病院中の人に言いふらして回ったのを覚えている。
草の上を一歩、また一歩と踏み出してみる。
「歩ける…!」
車椅子以外の移動は何年ぶりだろうか。
付近を歩いたり、少し走ってみる。
ひとしきり駆け回り、草の上に寝転んだ。こんなに気分が明るいのはいつ以来だろう。
とりあえず、これからどうしたものか。
チートスキルとやらも何か特別な才能やらも与えられた記憶がない。
…とはいえちょっと試して見たいものではある。
「ステータス、オープン!…なんてね」
四角い半透明のウィンドウが飛び出した。
驚いて思わず飛び起きた。
「ほ、本当に出た…」
とりあえず指で触ってみつつ項目を確認してみる。
「えーっと、うわ、何もない」
全てのステータスが0、でもHP項目だけもやがかかっており見ることができなかった。
そしてスキル欄にはたった一つ。
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【ギブヒール】
自分のHPを分け与え対象を回復させる。
自分のHP上限を上回ると使用者は死亡する。
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HP0=死ということか。
先生みたいなお医者さんになりたい、そういう思いを神様とやらが叶えてくれたのだろうか。
それならこのあたらしい世界で、このスキルを使って人助けをしたい。
そう思ったが、肝心なHPの上限が見えない。現代での自分のことを考えるとあってもせいぜい1とか5とかそのくらいだろう。
「大丈夫、大丈夫だから…きっと助かるから…」
茂みの奥から男性の声が聞こえた。
近寄ってみるとしゃがみ込んだ男性と横になっている人が見えた。
男性はこちらに気がつくと、立ち上がり駆け寄ってきた
「ああ!よかった!治癒術師の方に会えるなんて…!」
治癒術師?この服装を見てそう思ったんだろうか。確かに治癒スキルを持っているし、ということは治癒術師に転生したのか。
「魔物に襲われて…逃げる途中で僕を庇って…!」
近くに寄ったことで横になった人の状態を確認できた。
食いちぎられた足、腹部に空いた大きな穴。かすかに息をしているがこれはもう手遅れだ。
「お願いします!助けてください!お金でもなんでも用意できるものはなんでも用意するしなんだってやりますから!」
「そんな、私には…」
「お願いします!」
男が泣きながら私の足元にしゃがみ込んだ。
こんな森の奥、他の誰がいるのだろうか。こんな状態の女性を近くにあるかもわからない街まで連れて行くのも不可能だ。
自分にできることなんて…
スキルのことがふと浮かんだ。
しかし、HP上限もわからない状態で、ここまでの怪我を治療するほど生命力を分け与えたら?私は?死ぬのか?
せっかく手に入れた新しい人生をこんなにも早く失ってしまっていいのか?
「大丈夫、大丈夫、きっと助かるから」
医者の言葉が重なった。
ある日、辛い治療で部屋を抜け出したことがあった。そんな私を先生は見つけて怒ることもなく、憐れむこともなく、治る確証もないのに大丈夫とそばで言い続けた。
自分は治らなかった。でも、治してくれるかどうかよりも、そんな先生みたいになりたかった、きっと今がその時なんだ。
私は横になっている女性のそばに近づきスキルを発動させた。
黄緑色の発光する魔法陣が現れる。蛍のような光が腹部の穴と亡くなった足に集まりゆっくりと再生されていく。生命力を分け与えると書かれていたものだから痛みや疲労みたいなものを感じるかと思ったがそういうこともなかった。
一分もたたないうちに先程の状態が嘘のように女性の怪我は治っていた。
女性が目を覚ます。
「ここは…」
「よかった…!」
男性が女性を抱きしめる
「本当にありがとうございます!なんとお礼を言ったらいいか…!」
「構いません。治せて本当に良かった」
「治療費は…」
「いえ…!だ、大丈夫です…!」
スキル発動の保証もないのに使用した。人を助けたとはいえ自分のスキルの実験台にしてしまったようなものだ。
「お名前を教えてください」
私は男性を真っ直ぐ見つめて言った。
「治癒術師のユウです!」
助けた人はどうやら冒険者だったらしく、案内してもらいながらこの世界のことを少しずつ知っていった。剣と魔法と魔物のいるファンタジー世界、間違いない。
異世界転生、というやつだ。
その後、私はあちこちを旅しながら怪我をした人、病気をした人、いろんな人を助けて回った。治療のお礼にお金や食べ物をもらえるので旅をするのにも苦労はなかった。
スキルを使用し続けて分かった。私の生命力、つまりHPは無尽蔵で尽きることがない。それどころか老いることも死ぬこともなかった。現代とは真逆の健康体、どころか不死身に近い体になっていた。近い体、というのは試したことがないからだが。やっと手に入れた自由で、健康で、なんでもできるこの幸せを、死ぬかどうかを試すために使うのはやはり恐怖を感じる。
そうして百と数年がが過ぎた頃だった。
偉大なる治癒術師、なんて呼ばれるようになり万病を治す賢者として崇められることもあった。
今回も、他の治癒術師では手の施しようがないほどの大怪我を負った兵士を治す依頼を受け街へ向かう途中だった。
「助けて!」
女の子が叫びながら逃げているのを見つけた。
女の子の後ろにはナタのような武器を持ったオークの群れ。
「どうしよう…」
治療はできても戦闘力は皆無だった。転生してからの間、他の魔法も試してみたが【ギブヒール】以外のものは全く使えなかった。
治癒術ではオークは倒せない。他の人が来ないかあたりを見回したがそんな気配は全くなかった。
きゃっ、という声が聞こえ女の子が転んだのが見えた。
オークたちが迫り、ナタを振りかぶった瞬間ー…
気がつけば私は女の子を突き飛ばしていた。ナタが自分の体に刺さり、体が真っ二つになる。
こんな風に死を感じて意識が途切れるのは現代で、死んだ時以来だな。
そう思った瞬間に今度はゆっくりとではなくプツっと意識が途切れた。
気がつくと真っ暗なトンネルのような場所にいた。
あの時とは違う景色だ。
前の時は私は現代で死に、異世界に転生した。
生命力が無尽蔵になっていたこともあり、切られた瞬間に再生するのでは、なんて思ったりもした。
トンネルの奥には光が見えた。ゆっくりと歩いていくと現代でお世話になった先生の姿が見えた。
「先生…?」
先生はゆっくりと首を振った
「いや、君と関わりのあった人間の姿を借りているだけだ」
「じゃあ神様?」
「まぁ、そんなところだろうね」
「私、また死んだの?」
「いいや、君がこの世界で死ぬことはない。…君は転生などしていないのだから」
「死なないのは当たり前だ。転生とは死んだ人の魂が新たに生まれるということ。死んでいない君はこの世界に生まれてすらいない。
ここは君の見ている長い長い夢の世界。今回呼んだのは君の目覚めが近いからだ」
転生していない?それどころか死んでもいない?
「君はまだ生きている。君のいた世界でね。」
「どういうこと?」
神様はまた先生の姿に変わる。
「技術は進歩するということだよ。」
白い部屋にたくさんのカプセルが置かれている。
「次の患者は…2021年に不治の病発症、現代の医療ではどうすることもできないので冷凍保存を選択されたそうです」
「今は2171年。150年も立っているからね、昔は治らなくても今なら治療可能だ。この病気なら新しい薬を投薬すれば数日で元気になるだろう」
「おじいさまに託された患者さんなんですよね」
白衣の男性はゆっくりと頷いた
「ああ、大丈夫と言い続けたのに僕には助けられなかったと、死ぬまで後悔し続けていた。
きっと祖父も喜んでくれるだろう。技術の進歩に感謝、だな。」
「さてと、患者の解凍を始めよう」