第一話
「うぉわっ!?」
俺、正人はラッシュ時のホームから突き落とされて電車に轢かれて、死んだ。
***
「兄貴……聞いてます?兄貴?」
誰かの声がして目を覚ますと、目にうつる景色は見覚えのないものだった。中世ヨーロッパ風の家屋。賑やかな街を歩く人々の顔は、日本人のものではない。そして俺は広場の中央に立っているようだった。
「ん……んん?」
そしてさらなる異変に気づく。体を動かそうとするも、全く動かない。
「なにやってんすか兄貴ー。ひとりでに抜けるのは無理っすよー?」
おどけた調子で、さきほどの誰かに訳の分からないことを言われる。
「誰だよお前!どこから喋ってる!」
「ほぇ?下に決まってるじゃないっすか」
言われて、下を意識すると、どうやら自分は岩の上にいるらしい。成人男性が腰掛けるのにちょうど良さそうな、少し大きめの岩だ。
「え、岩?」
「そっすよ、オイラは生まれた時から岩っす」
「岩が喋ってるのか!?」
「なにを今さら。そりゃ人間からしたら喋るなんて思わないっすし、オイラたちの声はオイラたち同士にしか聞こえてないっすけど。兄貴だって同じじゃないっすか」
「同じ……?」
「兄貴は剣なのに喋ってるっすよ」
俺は剣になっていた。
***
どうやら異世界転生したらしい。しかしチート能力を持つモテモテ勇者になったのではない。広場の中央に置かれた岩にぶっ刺さっている剣になったのだ。
「兄貴、さっきから変っすよ。記憶喪失にでもなったすか?」
俺が会話できる相手は、下の岩君しかいないようだ。情報収集は彼からするしかない。それから、目や耳がないのに何故かモノの見聞きはできるからそれも主要な情報源となるだろう。
「記憶喪失……そうだ、それだ。俺はいったい誰で、君も誰。そしてここはどこ!」
「本当に記憶喪失!?そ、それはちょっと寂しいっすね。でも仕方ないっす!兄貴のために色々教えるっす!」
多分この岩めっちゃ良い子。
「オイラは岩のラッキー、そして兄貴はオイラに刺さる剣のフレソディアっす!」
「フレソディア……」
自分に与えられた名前を噛み締める。正直、エクスカリバーだと思ってたから少し残念だ。
「そして君はラッキー……」
「そうっす。兄貴が付けてくれたっす」
ほう。つまり俺という人格が宿る前のフレソディアか。その人格はどこへ……いや、考えまい。
「あと、ここはサクスという街っす」
もちろん知らない。次の質問だ。
「俺たちはここでなにしてるんだ?」
「兄貴をオイラから引き抜く、伝説の勇者を待ってるっす」
良くある奴だ。
「正確には、兄貴が引き抜かれても良いと思える勇者を待ってるっす!」
「え、俺誰に引き抜かれるか選べるの?」
「そうっす。兄貴は今までの挑戦者全員「こいつじゃない」ってオイラに刺さりっぱなしっす」
なるほど。俺はわかったぞ。まもなく伝説の勇者、おそらく話のわかる転生者が俺を引き抜きに来るのだろう。そいつに付いていけば、間接的だが異世界ライフが満喫できるというわけだ。ワクワクしてきた。