軍事演習
「では、これより訓練を開始する。
第一部隊は西側から侵攻。第二部隊は防衛を行う。
正午に山頂の小屋の中の校旗を持っている部隊の勝ちとする。
また、戦闘の勝ち負けは腰に巻いている布が外れたらとする。
作戦立案時間は20分。それでは各員、持ち場につくように。」
(騎馬戦の発展形みたいなものか。)
広樹はこぶしを握り締めた。
アルビオンの掛け声と同時に、広樹の周りにいた人たちは全員山へ向かった。
広樹はよくわからないながらもその集団についていくことにした。
彼らは5分くらいで大きな陣営らしきところについて、作戦を話し始めた。
広樹は一番後について、疲れながらも人の波をかき分け、なんとか黒板を見れるところに行った。
(この部隊には単純に計算して100人の人間がいる。この時代に軍人となって出世できるのは騎士階級、貴族階級の出身の人がほとんどだ。だからここにいるほとんどが上流階級の人間だろうな。
皆プライドが高いはずだから、私の意見が受け入れられるはずがない。
しかし、勇気を振り絞って提案してみれば何か利益が生まれるかもしれない。)
広樹はそう考え、とにかく作戦を考えた。
山の地形は、北側と西側がなだらかな森になっていて、南側と東側は崖になっていた。
そういうことを考えている間に、とあるものが発言をした。
「崖を登って陣地を急襲してみてはどうかな?」
広樹はこの案を聞いてとあることを思い付いた。
(こちらは攻撃側か,,,ならば、彼の案を少し借りさせてもらうぞ。)
広樹は覚悟をして手を挙げた。陣地にいる広樹以外の全員が動揺する。
(まぁ、よくわからない来たばかりの男が発言をするなど、皆が動揺するなど無理もない。)
若干不快感を滲ませつつも、広樹はリーダーらしき人物に発言する許可を出された
ため、言葉を発した。
「確かに崖から強襲するという案はよいと思います。
しかし、敵が気づかないという保証もありません。
なので、私は部隊を二つに分けるという案を提案します。
西側に5人くらいの人が大きな声で騒ぎます。
恐らく敵はそちらに攻めに行くでしょう。
この別動隊は森に潜んで逃げてください。相手はそれを目指して追いかけてくるでしょう。
そうなると崖の方ががら空きになります。
相手もまさか崖からくるとは思ってはいないのではないでしょうか。
そこがねらい目だと私は考えました。
傾斜が少し緩やかな東から残り全員で登り、旗を奪った後に敵の抵抗能力を奪うために包囲して殲滅します。」
広樹を除く陣営にいるものは皆考え込んだ。
その内の一人が口を開いた。
「その作戦、聞いた感じだとよさそうだが仮に失敗した場合はどうなるんだ?
例えば最初の5人が敵にやられてしまったらどうなる?」
広樹はこの発言に内心イラっとした。
作戦を否定されたから、というより敗北主義的な彼の発言が広樹を苛立たせた。
いや、本当は子供のような感情によるものなのかもしれない。
しかし、広樹はこれに対して答えを用意することができた。
「確かに、この5人が見つかったらまずいかもしれません。
しかし、5人ならば敵は相手が偵察に来たと思うと考えられます。
また、声の件も遠くの敵が出したものではないかと疑うのではないかと思います。
ならば、彼らが見つかったとしても多少影響はないと思います。」
質問をした男は感服した様子で言った。
「なるほど。確かにその通りだ。して、そこには誰が行くのかな?」
彼の目が鋭くなる。広樹は少したじろいだが、負けてられないと思いすぐ震える口を開いた。
「私が行きましょう。残念ながら、私は体力には自信がないのでね。」
嘘だった。
広樹は運動はそこそこでき、体力には自信があった。
しかし、広樹はこれしか理由が思いつかなかったのだ。
広樹は自身の作戦に対する反対意見にはほぼ完璧ともいえる返しをしてきた。
しかし、このように半ば圧力をかけられるような形で言われると、広樹は何も言い返せなかった。
これは元の世界にもいたときから変わらなかった。
この光景を、広樹は思い出した。
―数年前、日本のとある高校―
『学級委員長は、広樹君がいいと思います!』
そういって、クラスメイトが全員広樹の方を見た。
『確かに、広樹君は真面目だし勉強もできるから適任だね。』
この言葉を何回聞いただろうか。広樹は周りから期待の視線をいつも向けられてきた。
しかし、彼に対する期待を彼は重圧に感じていた。
ただ、そのことを言えない。自由に表現できない。
広樹は自身に対する期待は全て自分に何かを押し付けるための口実に過ぎないと思っていた。
このことは広樹を自暴自棄にした。周りの環境のせいなのかもしれないが、
彼自身がきちんと思いを伝えられないことを広樹は呪った。
(なぜ自身の考えを自由に言えないのだろう。俺はみんなが思っているほど素晴らしい人間でもない。
卑屈で、ネガティブで、愚直で。なんで俺という人間を型に当てはめるのだろう。)
しかし、広樹は周りに流されるまま、学級委員長となった―
それ以上のことを思い出せないまま、時は過ぎて行った。
ここで、リーダーらしき人が口を開いた。
「さて、そろそろ時間だ。彼の意見に賛成なものは挙手を。」
皆が手を挙げる。広樹は内心安堵した。
しかし、広樹の中の不安は排除できていなかった。
広樹は、未だ本体の指揮官が決まっていないことをかなり不安がっていた。
ここは軍事学校。それなりの人数が立候補するはずである。
しかし、広樹が真に憂いていたのはそのことではない。
指揮官を決める中で争いがあっては困るからであった。
仮に指揮官のことで揉めて指揮統制に影響が出てしまっては、いくら有利な計画を練っても敗北してしまう可能性がある。広樹はそれだけは避けたがっていた。
「では、本体の指揮官はどうする?」
皆がうつむく。広樹はこの光景を見て驚愕した。
(もっと野心があるものばかりと思っていたが,,,やはり貴族か。
皆責任を負いたくないと考えているのか。
まぁ、こういう場合上部が腐敗していると考えることが適切だろう。)
広樹は不快感を覚えたが、同時に周りの視線が一方を見つめていることにも気づいた。
その先にいた人物こそ、先ほど広樹と口論になったハリスだった。
ハリスは周りを睨みつけながら言った。
「俺にやれっていうのか?!貴様ら、責任を負いたくないからって他人にすべて丸投げしやがって。
前もお前らのせいでこっちは負けたんだ。もうやらん!」
ハリスの一声で、周りがしんとなる。
陣地内のすべての人間が静まり返っているとき、そこにジェネリアが入ってきた。
(なぜジェネリアがいるんだ?そういえば,,,臨時講師として働いているとか言っていたな。
ここで声をかけても迷惑になるだけだ。できるだけ気づかれぬようにしておこう。)
ジェネリアは口を開いた。
「作戦概要はもうまとまった?計画書をもらいに来たんだけど,,,」
そういって黒板の横に立つジェネリア。彼女の姿は軍務の時の厳しい面と私生活の時可憐な面の二つの面が入り混じっていた。
「はい、ここに。」
先ほどのリーダーらしき人物が紙を渡した。
その紙をじっくり読んだ後、ジェネリアはゆっくりと唇を開いた。
「いい作戦ね。でも指揮官が決まっていないのだけれど?」
穏やかな口調で言った後、全員がもう一度ハリスを見た。
「,,,わかったよ。やればいいんだろやれば!」
そう投げやりにいうハリスの顔は、少し赤かった。
(彼も私と似ているな。割と悪い人ではないのかもしれない。)
広樹がそう思っている間に、ジェネリアはどうやら紙を持って行ったようだった。
「それでは、準備はいいな?全軍、出撃だ!」
ハリスの声に応じ、歓声を上げる。
「そうだ。別動隊に参加するものはあいつのもとに集まれ。
あとは任せたぞ。」
そう言い残すと、ハリスは先に山の方へ向かった。
広樹のもとに集まったのは、6人であった。
「少し多くなってしまったが、まぁいい。
それでは諸君、勝利のために頑張ろう。」
広樹がそういうと、集まったものは皆歓声を上げて拳を突き上げた。
そして、彼らは西に出発した。
西で、既に展開が終わっている敵を見つけた。
広樹は少しだけ敵の多さに驚いた。
しかし、広樹の作戦上むしろこの近くに敵が集結しないと負ける可能性があったため、少し安心していた。
広樹は小さな声で隊員に向けて言った。
「作戦変更だ、声は出さないでくれ。
現状維持が一番いいだろう。」
広樹の考えには根拠があった。
仮にここでこちらにいると気づかれては一気に坂で勢い付いた敵が襲ってくると考えられたからだ。
大軍に見せるという手段も検討したが、その場合敵は防御の陣形を作る恐れがあり、迂闊に攻撃できなくなる可能性もあるから無理だと考えた。
なので、一番無難な現状維持という作戦をとった。
そのころ、ハリスの軍は、既に旗を奪取していた。
周りに少数の守備隊はいたものの、ほぼ全軍を配置している彼らにかなうはずもなかった。
しかし、一部の兵士が逃げ出してしまった。
このことを報告された広樹は、異常なまでに焦った。
仮にこのまま山頂に登られては、勝利が危うくなるからである。
広樹は頭を抱えた。そして、一つの作戦を思いついた。
それは、本隊が来るまでここに敵を引き付ける作戦だった。
そして、広樹は使者に本隊への連絡を伝えた。
使者が去ったあと、敵が動き始めた。
どうやら山頂で迎え撃つことにしたらしく、敵が山頂に行き始めた。
広樹は山頂に向かう敵を引き付けることにした。
まず、わざと石で草や木によって音を出させ、敵の注意を向けさせた。
「このままじゃ厳しいかもなぁ。」
広樹は、久しぶりに日本語で弱音を吐いた。
それに兵士が答えた。
「できる限りのことはやろう。勝利のために。」
広樹は、途轍もない違和感を感じた。
(日本語が通じている?しかも日本語で話してきた。
なぜ?今までは通じなかったはず。
いや、通じないと錯覚していた?)
広樹は自身の判断が間違っていたと理解した。
相手は英語(?)を話している。しかし、日本語が通じる。
しかも、相手も日本語で返してきた。
このことから広樹はとある仮説を立てた。
それは、『自分の意識で話される言葉が変わる』というものだった。
思い返せば、広樹は最初からここは異世界、もしくは日本以外のどこかだと推測していた。
しかし、異世界という可能性は現実的にはあり得ない。
タイムスリップという可能性もまぁありえないが、異世界よりかは信ぴょう性がある。
だから広樹はここを世界のどこかだと錯覚して、自動的にブリトンだと決めつけていた。
しかし、今広樹は無意識に日本語をつぶやいたため
その無意識が日本だと勝手に考えていた。
広樹は冷静に考え、そもそも1000年代辺りのブリトンでは英語は話されていなかったということを思い出した。
古英語という言葉が話されているのに、現代の英語が通じるのは改めておかしい。
そう考えると、広樹の突拍子もない仮説も間違いではない可能性が出てくる。
しかも、ここからさらに広樹は自分の意識で世界の言葉、つまり物事が変わるということはここは自分の精神世界である説も浮上してきた。
思い返せば、あの時倒れたのは熊か何かに襲われたからという可能性も考えられる。
(しかし、和也と二人っきりで遊びに行くなんて、久しぶりだったな。)
広樹がそう感じたあと、何か強烈な違和感を感じた。
しかし、その違和感はすぐになくなった。
(あの違和感は一体?まぁ取り敢えず気にしないようにしよう。)
広樹はとりあえず、この戦いに専念することにした。
30分くらいたっただろうか。
とうとうハリスの軍と敵軍が出会った。
広樹の敵を引き付ける作戦もあり、敵は陣形をこちら側に向けていたため、
すぐに対応することができなかった。
対してハリスの軍は、陣形を整えており、斜面を下る勢いもありかなり優勢だった。
結果はハリスの圧勝だった。
広樹はハリスが敵を蹴散らしていく様を見ながら呆気に取られていた。
そんな時に、ハリスが広樹のもとにやってきた。
「ほら、これはお前が持っていろ。」
そういうと、ハリスは旗を広樹に放り投げた。
旗には、薔薇の紋章が描かれておりかなりの重みがあった。
広樹は突然渡されて若干よろめきつつも、ハリスの腕力に驚いた。
広樹はこの旗を持ちつつ、果敢に戦うハリスの姿を眺めていた。
「やめ!」
アルビオンの声が響く。
広樹の手には、陽を受けて輝く校旗があった。
広樹はその旗を高らかに掲げる。
その姿を見て、周りの人々は歓声を上げた。
(何とか、勝利を収めることができたな。)
広樹は安心して、そのまま地面に倒れてしまった。