二度目の学園生活
「久しぶりだな,,,二年ぶりの学園生活か。」
広樹はそういうと、川にかかった橋を渡り、校舎の鐘を見上げた。
広樹の希望で輝いた眼は、ここにきてから一度も見せたことがない輝きを見せた。
(しかし,,,伯爵に申し訳ないな。そして、何かうまくいきすぎている気がする。)
そう考える広樹の根拠は、少し戻って一日前に遡る。
広樹は伯爵家の夕食に招かれ、今後について話していた。
「ただ、レーヌ君は今後有望な人材だ。ここの図書館で学ぶより、オクシデリカの学問所で学んだ方が
良いだろう。あそこの校長は私と懇意の仲でね。どうだい?レーヌ君。」
広樹はそれを聞いて激しくむせた。ジェネリアが駆け寄ったが、広樹はワインを流し込んで対処した。
少し苦しそうな声で広樹が言う。
「しかし、ここで学ばせてもらえるだけでもありがたいのにそのような心遣い、私にはもったいないと
思います。」
「しかし,,,」チャールズは手を卓上で組み、目を閉じた。
「いい考えではありませんか?私も臨時講師として働いていますし、それがレーヌのために
なるのなら。」
確かにそうだ、と広樹は思う。それが間違いなくエリスを取り戻す最善の方法だと思ったからだ。
「わかりました。ならば、お言葉に甘えさせていただきます。」
「そうかそうか、君には期待しているよ。」
そういうとチャールズは嬉しそうに広樹の肩を叩き、笑って見せた。
(なぜ出会ったばかりの私にそこまでよくしてくれるのだろうか。
何か考えがあるのか?取り敢えず、ここで学んで彼の期待に応える必要がありそうだな。)
校舎の鐘が鳴る。広樹は、走って校門に行った。
校門に行くと、校長らしき人が立っていた。
「君がレーヌ君かい?私はこの学校の校長、リチャードだ。君の話は聞いたよ。
何やら少数でガリア軍を破ったそうじゃないか。」
「私だけの手柄ではありません。皆の協力があってこその勝利でした。
よろしくお願いします、リチャードさん。少しお尋ねしたいことがあるのですが、
よろしいでしょうか?」
広樹が聞く。リチャードは少し迷ったのか、数拍間をおいて言った。
「答えられる範囲ならなんでも答えよう。質問はなんだい?」
「あの後、ガリア軍はどうなったのですか?」
リチャードは少し笑って言う。
「あの部隊は聖十字軍と言って、ガリア軍の一部,,,ではあるんだけど、過激な部隊なんだ。
何ならガリアよりラテニア教との結びつきが強いくらいなんだ。」
広樹の頭が混乱する。
(俺の記憶が正しければ、ラテニア教はこの地で生まれたはずだ。しかも、この時代では
この地域全体で信仰されているはず。それがどうして?)
そう思い、さらに質問してみることにした。
「ラテニア教って、この地では信仰されてないのですか?」
リチャードは少し怪訝そうな眼をした。
「君は確か平民の出だったね。なら知らないのも無理はないだろうけど、
ラテニア教は今分裂状態なんだ。」
「というと?」
リチャードは紙に書いて説明する。
「つまり、聖十字軍などがいる南方ラテニア教、通称正統教は過激派で、
北ラテニア教を批判しているんだ。あと、異民族に対する迫害政策を行っている。
ガリア、ロタリンギア、神聖帝国の国教だ。」
「北ラテニア教、新教とも言われている方は異民族でも改宗したものに対して寛容な
方針を取っているんだ。
我がブリトン、カステリア王国の国教でもある。」
広樹は頷く。その様子を見て、リチャードは早口で話し出した。
「この二つの宗教の共通点は同じ神を崇めているんだ。
フリージア様は全ての宗教で唯一の神とされている。フリージア様は大昔祝福の地ケルディオに
青い光と共にやってきて神聖書を手渡されたんだ。その本はこの世界の王、皇帝が全員持っている。
彼らは全てフリージア様の末裔とされていて神聖帝国がその嫡流と言われている。
だから神聖書の原本は神聖帝国皇帝が受け継ぐものとされている。
これがなければ『神から祝福を受けし神の末裔たる皇帝』の名は名乗れないんだ。」
広樹は全く聞き取れなかった。しかし、聞き返すのは失礼だと感じて、とりあえず
納得した素振りを見せた。
「なるほど、そうなんですか。」
「だからこの二つは物凄く仲が悪いんだ。」
そんな話をしていると、教師風の男がやってきた。
「校長、何してるんですか。今日は朝礼ですよ。早く来てください。
ほら、君も。紹介するから来て。」
「悪いね。じゃあ、レーヌ君もこっちに。」
「わかりました。」
そういうと、彼らは歩き出した。
しばらく歩くと、三人は大きな講堂についた。
「ここがこの学園の一番大きいホールだ。生徒からは大ホールと呼ばれている。
そうだ、私はこの学校の管理官、スミスだ。よろしく。」
「よろしくお願いします、レーヌです。」
「さて、校長。もうそろそろ始まります。君も校長と一緒に幕から舞台に出なさい。」
「わかりました。」
「それじゃあ、そろそろ行こうか。」
広樹はリチャードと舞台に出た。リチャードは中央に立ち、広樹はその左後ろに立った。
「さて、諸君らは将来国のために働くために日々学業に勤しんでいることだと思うが、
今日は君たちの仲間がこの学校に来た。自己紹介をしてくれ。」
そういうと、リチャードは一歩下がり、広樹にアイコンタクトをした。
広樹が話し始める。
「今日からこの学校に通うことになった、レーヌです。
私はここで学び、国のために命を尽くすつもりです。よろしくお願いします。」
広樹が一礼する。講堂に居た人は大きな拍手をした。ただ、ある一人を除いて。
「彼の信念を見習い、君たちにはこれからも励んでもらいたい。
これで朝会を終わる。」
リチャードと広樹が退場すると、先ほどより大きな拍手が聞こえた。
(この学校で何とかやっていけそうだな。しかし、私を睨んでいたあの男は一体,,,?)
広樹は一抹の不安を抱えながら、外へ出た。
広樹が講堂の前で待っていると、若い教師が広樹の肩を叩いた。
「君がレーヌ君か。私は君のクラスの担当教師、アルビオンだ。
君のクラスを案内しよう。」
「よろしくお願いします、アルビオン先生。」
そういうと、彼は広樹を教室の前へ案内した。
「ここが君のクラスだ。そういえば、この学校の特色を言っていなかったな。
この学校は第一試験で満点の8割、要するに軍事技術、文芸、歴史、神学、専門科目の
5教科で400点以上とれば第一単位が取れる。また、他にも軍事技術には筆記もある
これは第二試験と呼ばれている。この筆記で校長から良、優が取れたもののみ第二単位が取得できる。
すなわち、卒業にはこの二つの単位を取得する必要があるんだ。
しかも、どちらかの単位を取ったとしても3年以内にもう片方の単位を取得できなければ
単位は取り消しとなる。」
広樹は少し恐ろしさを覚えた。
「試験の合格率はどのくらいなのですか?」
「確か,,,第一試験が200人いる中で4人、その中で第二試験にも受かったものは1人だな。
去年は3人の卒業生が出て行った。」
「そうなんですか,,,卒業出来るのでしょうか?」
「まぁ、頑張れば卒業できるだろう。励みたまえ。」
そういうと、アルビオンは扉を開けた。
生徒たちが瞬時に席に着く。その速さは、広樹の時代の国ではありえないことだった。
「さて、今日は諸君らに新しい仲間を紹介する。では、自己紹介を。」
広樹は溢れ出る恥ずかしさを抑え、口を開いた。
「レーヌです。生まれはドルベーです。よろしくお願いします。」
広樹が一礼する。拍手がすぐに聞こえて、広樹は安心した。
「では、君の席はあの窓際だ。」
そういうと、アルビオンは窓際の一番奥の席を指さした。
広樹がそこに座ると、アルビオンは話し出した。
「では、授業を始めるぞ。今日は,,,軍事技術だ。ちょっと見てくれ。」
そういうと、彼は黒板らしきものに地形を書き、いくつかの丸を描いた。
「さて、自軍を白丸、敵を黒丸としたときにどう兵を扱う?
敵の目標は町を征服することだ。
兵の数は等しいものとする。また、その内訳は敵も味方も歩兵3000、騎兵500、弓兵200とする。
投石器もお互いに10台持っており、補給状態は同じである。
建材も互いに持っているが、川全体に防塁を築くほどはない。せいぜい橋二つ分と言ったところか。」
その地形は、南東から北西に川がかかっており、橋は中央、左端、右端に架かっていた。
北東は丘陵地帯になっており、そこに敵軍がいた。
南西には町が広がっており、そこに自軍が駐屯していた。
広樹は悩んだ。
(ここは打って出るべきか。いや、丘陵ならば下手に出るべきではないだろう。となれば,,,
大華のあの戦いの戦術が使える。)
広樹が勢いよく手を挙げる。広樹の額には、汗が浮かんでいた。
「む、ではレーヌ。答えてみよ。」
アルビオンが教鞭を広樹に渡す。そして、広樹はその教鞭を黒板に打ち付けた。
「まず、弓兵を町の後方に配置します。
そして、騎兵と歩兵を町の中央に配置します。
防塁は東西の橋に夜のうちに作り、投石器は西側に置きます。
これで配置は決定です。
次に、作戦概要について説明します。
西側の投石器を稼働させ、敵の陣地に攻撃をします。
そしたら敵は山を下り町へ侵入するでしょう。
その時に左右の橋を通ることはないでしょう。そこに敵がいると判断するからです。
投石器隊はそれらに投石を続け、危なくなったら撤退します。
恐らく敵は投石器で町を破壊しに来るでしょう。
そしたらそれによって生じた瓦礫を使って防衛陣地を張ります。
そして、敵が町に近づいてきたら歩兵、騎兵で一斉反撃をします。
敵は長く続いた投石によって相当のダメージを負っているはずなので、すぐに蹴散らせます。
そして退却した後に、さっき退却させた投石器ですべての橋を破壊します。
そうすれば敵はなす術もなく殲滅されるでしょう。」
広樹の説明が終わると、周りからは感嘆の声が漏れた。
アルビオンが生徒に聞く。
「この作戦に何か意見があるものはいるか?」
教室内は水を打ったように静かになった。
しかし、ここで一人の男が手を挙げた。
睨みつけるような目。その目は、広樹が少し前に見たあの目だった。
その男は物凄い勢いで立ち上がり、とても大きい声で話し始めた。
「投石器の移動速度の遅さを考慮していないのではないか?その戦術では敵を逃がしてしまうだろう。」
しかし、広樹はこのような質問が出るのは想定済みだった。
広樹は落ち着いた口調で、ゆっくりと返す。
「確かにそうです。ですが弓兵もいるので奇襲を受けた敵は騎兵と弓兵、弓騎兵の連携で攻撃を行うことができます。なので,,,」
しかし、回答の途中で男が口を挿んだ。
「もう一つ言わなければならないことがあった。町を戦に巻き込む必要は?
野外で戦うことはできないのか?」」
この質問は広樹も予想していなかった。広樹は野外も含めて様々な戦いについて学んできたが、
打って出るということは一切想定していなかったのである。
しかし、広樹は頭を回転させ、一つの答えにたどり着いた。
「野外で戦うことは、この現状かなり危険だと考えられます。
理由は、投石器を持っている相手、しかも丘陵の上に陣取っているのに下手に身を出しては
簡単に投石の餌食になってしまいます。
ここで敗北するリスクが高いと考えたので、籠城することにしました。
なんせ負けてしまっては元も子もありませんからね。」
しかし、この発言が男を大きく怒らせた。
男はさらに強い口調で言う。
「貴様は町がどうなってもいいというのか!?町の人々の命を奪おうというのか!?」
しかし、広樹も負けてはいなかった。
「あなたの考えも賛同できるものですが、あくまで戦争は勝たねばなりません。
このように相手が明らかに有利な地形なのに攻撃に出てしまっては、敗北は目に見えてるではないですか!」
「何のための建材なのだ!?それで要塞なり防塁なり築くことができるだろう!」
広樹は心の中でにやりと笑う。(勝った。)
広樹は余裕そうな笑みを浮かべてこう言った。
「建材が少ないのに、防塁はともかく要塞を築くことは不可能でしょう。
仮に防塁を建てられたとしてそれで上からくる投石を防げますか?
なので、その防塁はダミーとして利用すべきでしょう。
もし見破られても敵の潰走時に進路を妨害できます。」
広樹の余裕そうな態度に、その男は反感を覚えて広樹に殴りかかった。
しかし、アルビオンに制止された。
アルビオンは冷静に言葉を放った。
「ハリス君の民衆を思う気持ちはわかるが、人に危害を加えるのは感心しないな。
しかし、レーヌ君の態度もあまりよいものではなかった。互いに謝罪すべきだと思うぞ。」
ハリスと呼ばれた男は、静かにうつむいた。
(彼はハリスというのか。なかなかに立派な男だな。
確かに彼の言い分には賛同できる。)
そんなことを考えているうちに、ハリスが広樹に手を差し伸べてきた。
広樹はその握手を受け入れたが、ハリスは広樹の手を振り解いた。
「貴様との和解は一時的なものだ。作戦、空想の中とは言え民衆の命を蔑ろにしたことは許さないからな。」
そういうと、ハリスは自分の席に座った。
「レーヌ君、君も戻りなさい。授業が終わったら、私のもとに来るように。」
(説教かな。まぁ、入学初日で喧嘩騒動なんて起こせばそりゃそうか。)
広樹は説教には慣れていたため、特に気にも留めていない様子を見せた。
しかし、広樹は内心少し不安だった。
(しかし、この話が伯爵に伝われば私にとって不利になるのは間違いないな。
可能な限り優等生として振舞わなければならないな。)
広樹はそう思い、穏やかに学園生活を過ごそうと決心した。
授業後、広樹はアルビオンのもとに行った。
アルビオンは広樹を隣の使われていない教室に呼んだ。
教室内はいろいろなものが散乱しており、埃っぽかった。
アルビオンは埃を被った机の上に手をついて、話し始めた。
「すまなかったな。彼は民衆思いの性格だが、かなり棘がある性格でね。」
アルビオンがため息をついた。
てっきり説教をされると思っていた広樹は、少し驚いた。
アルビオンが数拍おいて続ける。
「君への処分はないが、少し気になることがある。君は一体何者なんだ?
あの戦法は、エドワード大王のロンディニウム防衛戦と全く同じだ。
あの防衛戦術は民衆はおろか、我々軍人でも扱うことが難しい。
なのに君はあの戦術で防衛をした。しかも限りなく正解に近い形で。なぜ?」
広樹は黙り込んだ。未来で似たような地形の戦いを見たとも言えない。
どうしようか考えていた時、アルビオンが口を開き、穏やかに話し始めた。
「まぁ、話さなくてもいい。君は不思議な人間だな。
次は裏の森での訓練だ。遅れないように。」
そういうと、アルビオンは教室を出ていった。
広樹は彼を追いかけ、駆け足で外へ出て行った。