初陣
広樹が目を覚ますと、もう日は暮れていた。
あれほど振っていた雨もやみ、地面はぬかるんでいた。
体を伸ばしている広樹に、ジェネリアが話しかけてきた。
「おはよう。起きたばっかのところ悪いが、作戦を説明してほしい。」
「わかりました。ただ、少し偵察に出てからでもいいですか?」
「んー,,,」そう言ってジェネリアは少し悩んだが、グッドサインを広樹に出した。
「しかし、一人で行くのは危険だ。あと、まだ君のことを完全に信用したわけではない。見張りついでの護衛を連れていけ。」
「わかりました。」
広樹は(まだ完全に信用してもらえてはないのか。)と心の中で舌打ちする。
しかし、今はこの任務を達成することが重要と考えて気にしないことにした。
そして、広樹はとあることに気づいた。
(そういえば、エリスを見ていない。あいつはどこに?)
広樹は森で彼女を探そうとしたが、先に偵察に行く必要があると思い、偵察に行くことにした。
そのとき、ジェネリアが共に偵察に行く人を紹介するから、と呼ばれた。
「紹介しよう。彼の名前はアントン。この町の生まれだ。」
アントンと呼ばれた好青年が口を開く。その声は、虎のように堂々とした声だった。
「初めまして、アントンです。あなたのお名前は?」
「レーヌです。これからよろしくお願いします。」
「では、早速任務に取り掛かりましょう。」そういうと、アントンは広樹より先に森から抜け出していった。
広樹は、ジェネリアとジェームスに別れを告げてから、アントンを追いかけて行った。
移動中、二人は様々なことを話した。
「レーヌさんはなぜ戦おうとしたのですか?」不思議そうに聞くアントン。
その顔はとても爽やかだった。
広樹はその理由を思い付くことができなかった。そこでとっさに「あまりこういうことを言うと恥ずかしいのですが、大切な人を守りたかったからです。」といった。
アントンは爽やかな笑顔で言う。
「みんなそんなものですよ。理由なしよりはいいと思いますよ。」
広樹は心の中でぎくりとする。(確かにな。しかし、私は周りの圧力に押されて軍に入った。このことを告げたら、きっと良い関係を築けなくなるだろう。)
そう思い、このことは心のうちにしまっておくことにした。
「さて、そろそろ到着ですよ。まずどこを探索しますか?」
そう嬉々として聞くアントンに対して、広樹は
(まるで遊園地に来たかのようなはしゃぎようだな。)と思いつつ、計画を話した。
「そうですね、まず村の周りをまわろうと思います。というかその探索だけで十分でしょう。」
「わかりました。なら、少し急ぎ足で行きましょうか。」
そういうと、アントンと広樹は逆回りに少し早歩きで歩き始めた。
広樹は道中、様々なものを見た。あまり時間は取れないと分かっていたものの、広樹は必死にエリスを探していた。
(どこに行ったんだ,,,)そう思いながら走っていた広樹は、ぬかるみで転んでしまった。
そして、そのぬかるみが血だと分かった。そして、その隣には赤い髪の毛が落ちていた。
広樹はそれを見て、地面を叩きながら大きな声で叫んだ。
探索は無事終了した。そして、探索が終わると二人は最初のところに戻って気づいたことを話し合った。
「えーと、北全体に森が広がっていて、それぞれ西と東に鐘がある、といったところですか。あと、北の守備隊が多い気がします。レーヌさん、何か気づいたことは?」
「敵のおおよその数が把握できました。敵は200人くらいでしょう。あと、敵の司令部が町の広場にあります。」
「本当ですか。なかなか有益な情報ですね。では、帰りましょうか。」
そういうと、アントンは先に立ち上がり帰っていった。
「よく人を置いていくなあ,,,」そうつぶやき、アントンに遅れまいと少し走ってようやく追いついた。
森に戻ると、ジェネリアが出迎えてくれた。
「お帰り。さて、作戦は?」
「はい。敵の総数はおよそ200人だと予測しています。うちの20倍くらいいるので、下手に突っ込んだら負けるのは確実でしょう。」
「なるほど,,,ならばどうする?」
「まず、軍を二つに分けます。一つは右へ。もう一つは左へ。まず、両方とも鐘まで行きます。
そして、鐘の周りの安全確認をしてから鐘を鳴らします。そして、こういうのです。
『中央に裏切り者がいるぞーーー!』とね。」
「そんなので成功するのか。」と、ジェネリアが睨む。
広樹は地図を使いながら何度も丁寧に説明した。それが功を奏したのか、ジェネリアもようやく許可を出してくれた。
「ならいい。君に任せよう。」
「わかりました。了承していただきありがとうございます。」
「しかし、いつ作戦を決行するのだ?」そう尋ねるジェネリア。
「そうですね,,,今日の夜中あたりが良いかと。明日にはガリア軍がここに攻めてくるでしょう。その前に、奇襲をします。」
「なるほど。なら、少し早いが出発したほうがよさそうだな。」
「ええ、では、司令官はどうします?」広樹が尋ねる。
ジェネリアは考えていなかったのか、頭を抱えてからハッとして言った。
「君とアントンが西側を担当してくれ。私が東側にいこう。」
(え、ほんとに?まぁ、アントンがいるならたぶん大丈夫だろう。)
そう思い、広樹は二つ返事で了承した。
「わかりました。じゃあ、アントンさん。行きましょうか。」
「はい。」そういうと、二人はほかの3人を集めて作戦を開始した。
その三人は、それぞれ弓と槍と剣を持っていた。
鐘の前に行くと、二人の見張りがいた。
「あいつらどうします?」と、アントンが聞く。
「そうですね,,,ちょっといいですか?」
広樹は弓を持った男を呼ぶ。
「なんだ?私を呼んだか?」そういって広樹を睨む。
(なかなか鋭い目だ。)と思いつつ、彼に声をかけた。
「あの見張りを殺してくれませんか?作戦の邪魔なんです。」
「そういうことなら任せろ。」
そういうと、男は草陰から立ち上がり美しい姿勢で見張りを射抜いた。
その様子を見ていた広樹は思わず息をのんだ。
そして、作戦を実行することにした。
広樹はとアントンは顔を見合わせ、胸が張り裂けるような声で叫んだ。
「中央に裏切り者が出たぞーーー!」
二人が言うと、剣を持った男と槍を持った男が鐘を鳴らす。
そのころ、向こうからも同じような声が聞こえてきた。
そして、同じ時に鐘を鳴らしたのか夜空に高い音と低い音の鐘の音が響いた。
それらの音は敵を混乱に陥れた。
彼らが同士討ちを始めたことを確認した後、広樹は森に戻った。
陣地に戻ると、もうジェネリアの部隊が戻っていた。
「お帰り。さて、次はどうする?あいにく私は作戦は専門外なのでなあ。」
そういうと、ジェネリアは長い髪を照れくさそうに触る。
その姿はまるで今までのジェネリアとは違い、可憐な姿だった。
広樹は少し顔を赤らめながら言う。
「次は、夜明けに突撃します。そうすれば、敵は壊滅するでしょう。」
「そうだな。では、我々も少し休むとしよう。」
そういうと、ジェネリアは兵士を休ませる支持をした後、
「少し来てくれ。」と、広樹を森の奥に呼んだ。
森の奥には鎧を脱いだジェネリアがいた。
ジェネリアは少し顔を赤らめていて、モジモジしていた。
(何の用だ?告白,,,ではないよな。普通に考えてそれはない。)
理由を考えているうちに、ジェネリアがその赤く美しい唇を開く。
「君に頼みがある。是,,,是非私の側近となってくれないだろうか!?」
そういうと、彼女は頭を下げた。
広樹は(まぁ、告白なわけがないよな。)と思いつつ、内心少し落ち込んでいた。
「しかし、私のようなものでよいのでしょうか?私は経験がほぼございませんし,,,」
そう断ろうとしたが、ジェネリアは首を横に振った。
「いや、君の能力は確かだ。だから頼みたい。」
「すみません。」
「そこをなんとか!」
このやり取りが何度も続いた。始めは断ろうとしたが、ジェネリアの熱意に負けてしまった。
「わかりました。なら、少し考える時間をください。」
「わかった。君が私の側近となってくれるのなら、私は何でもしよう。」
「広樹はこの言葉を聞き逃さなかった。
「なんでも,,,ですか。」そう言ってにやりと笑う。
そういうと、ジェネリアの顔がこわばる。
「あ、いえ。そういう意味ではないです,,,」そう言って、少し照れくさそうな顔をする広樹。
それを聞いて、ジェネリアは安堵したのか肩を撫でおろした。
「そうか,,,で、条件は?」
ジェネリアにそう問われる。
しかし、広樹は答えを全く考えていなかった。
「えー,,,戦いが終わったらでいいですか?そもそもまだなると決まったわけではないですし。」
「そ、それもそうだな。私が悪かった,,,」
少し焦りすぎことを恥じているのか、ジェネリアは声を小さく、顔を赤くして言う。
「いえ。では、私は少し寝てきますね。」
「そうか。わかった。」
その返事を聞き、帰る途中に広樹はとあることを思い出した。
(そういえば、エリスはどこに?まだ見ていないな。まさか,,,)
そのことが気がかりで広樹は小屋に戻ってもぐっすり眠れなかった。
夜明け方、広樹が目を覚ますとベッドの横にジェネリアがいた。
「起きたか。今から始めるぞ。」
「わかりました。必ずや敵を殲滅して見せます。」
ジェネリアはその言葉を聞いたあと、外で待機している兵士に声をかけた。
「皆をここに呼んでくれ。」
「はっ。」
そういうと、兵士は去っていった。
そして、広樹はジェネリアにエリスの行方を尋ねた。
(落ち着け。あれがエリスのものと確定したわけではない。)
そう自らを落ち着かせながら口を開く。その声はかすかに震えていた。
「ところで、私のことを探している人を見ませんでしたか?」
「いや、見ていないな。どんな奴だ?」
(特徴を言ったらだめだ。最悪俺まで疑われる。)
そう思い、広樹は自分で探すことを決意した。
「いえ、それだけ聞くことができれば十分です。」広樹はにっこり笑って答えて見せた。
自分でも無理をしていたと広樹は内心思う。しかし、それが彼にできる精一杯だった。
「そうか,,,そろそろ兵士が到着しそうだな。では、我々も行くとしよう。」
「わかりました。」
そういうと、広樹はベッドから起き上がってジェームスから託された剣の柄を固く握りしめた。