広樹たちの過去
中は酷い散らかりようで、大量の書類やら工具やらが無造作に置かれていた。
「って、結婚届もこんなところに放置してるし…。」
広樹はその中にあった一枚の紙を拾い上げる。
少し黄色いこの紙、広樹も何年か前に出したなぁと追憶する。
共和国の結婚届は少し黄色く、それは他の紙とは違って特別な物として扱われた。
死亡届は茶色く、出生届は赤いという区別もあった。
黄色い紙の一番上には2人の名前が書かれており、
下には教会の祝福文と総督である広樹の許可のサインを模したハンコが押されていた。
「…なぁ、なんでこいつのこと好きになったんだ?」
後ろにいるエリスに聞く。
彼女はもじもじして、口をとがらせる。
「え…なんでって…
実験している時の顔が………。」
あぁ、よく言われてたわと広樹は思い出す。
広樹と和也は2人とも物理部所属であった。
この2人は物理満点であり、大学の物理学者の中でも有名な2人であった。
でも和也は物理、数学以外赤点といった酷い状況で、
正直大学進学も危ぶまれていたのだ。
「…おい、お前のファンが来てるぞ。」
広樹は陽が差し込む教室で、実験装置を組み立てながら和也に話しかける。
「いやいや、お前のファンだと思うが?」
「なわけ。」
広樹は鼻で笑うと、目を細めて実験装置と向かい合った。
「できたぞ。じゃあ球体を自由落下させてくれ。」
「あいよー。」
和也はそういうと、鉄球を持ち上げ、手から離した。
「…ふむ、30デシベルか。
跳ねあがった高さはほぼ0だから…
恐らくほぼ全てが音エネルギーに変わったのだろう。
良し、じゃあ公式に当てはめて出してくれ。」
和也は既に、黒板に公式を書いて証明を開始した。
書いている時に、ドアにいる女の子の方に広樹は歩いて行く。
「…入部希望者かい?
いいよ。中で見て行きなよ。」
「え?いいですよー。」
彼女はおさげ髪を振り、笑顔を見せる。
「…コーヒー?紅茶?」
「………紅茶で。」
広樹は後ろのテーブルで、アルコールランプを使って紅茶を沸かす。
彼女はずっと和也をじっと見ていて、時折顔を振った。
「今、音圧を求める公式を使って、
位置エネルギーが出るかどうかを計算しているんだ。
一応位置エネルギーは簡単に求まるのは君も知っているだろう。
だから今、公式を組み合わせて何とか出せるか試行錯誤しているんだ。」
そうずっと浮かれた顔で和也を見つめる彼女に、広樹は説明をする。
しかし彼女はどうやら話が耳に入ってこないようであった。
こうしてゆっくりしていると、あっという間に時間は過ぎていった。
陽は沈み始め、下校の案内のチャイムが鳴り始めた。
「…おい。そろそろ帰るぞ。」
荷物をまとめながら広樹は和也に言う。
「おっと。もうこんな時間か。ん?なんだこの子?」
「さっきのドアの前にいただろ…。」
広樹は溜息をつきながら、ドアの方へ歩いて行く。
「和也。お前ちょい先行っといてくれ。
後から合流する。」
「ん。お前の彼女にも伝えとくわ。」
「おう。」
広樹は彼を見送ると、帰ろうとしている女の子に広樹は話しかける。
「さぁて、君は和也のどこに惚れたんだい?」
「え、えぇ………。」
彼女の白い肌がリンゴのように赤くなり、モジモジし始める。
広樹は優しい顔で彼女を見ていたが、彼女は更に動揺してしまったようだ。
「ごめんごめん。からかう気はなかったんだ。君、名前は?」
「………です。」
「そうか。和也はああ見えて結構堅物だからな。
堅実にゆっくりアタックしていけばいつか振り向いてくれるさ。」
「まぁ君が和也に惚れた所もよくわかっているよ。
多分公式使って問題解いている時でしょ?」
「ど、どうしてそれを…?」
「さぁ。和也とはずっと一緒にいるから、
女の子がどこに惚れたかなんてお見通しなんだよ。」
広樹は怪しげな笑みを浮かべ、和也が閉めた扉を開けた。




