夢の世界帝国
隊員に別れを告げて病院の庭を歩き回っていると、中世風の彫刻が一人、倒れていた。
その彫刻は実に無残な姿になっており、胸のペンダントには十字架が彫られていた。
額には黒十字が置かれ、広樹はそれを手に取った。
「…恐らく宗教関連か。全く無残なものだ。
一体誰がこのような物を破壊しろと命令したのだろうか。」
彼は彫刻を立ち上げ、土を払ってやってそこに置いておいた。
広樹は彫刻を見て、それが恐らくフリージアの物ではないかと感じた。
女性の体で、黒い十字を掲げている、中世風の彫刻という三要素が、
広樹をその考えに連れてきたのである。
宗教からの脱却を広樹はこの一件で実感した。
それは広樹にとって喜ばしいものではあったが、内心呆然としていた。
確かに宗教はアヘンであると広樹は固く信じていたが、
宗教文化を嫌悪する必要は果たしてあるのだろうか、と考えていたのである。
文化を尊重し、発展に寄与するのが当時の君主の務めの1つだ。
それを自分の考えに合わないからといって、弾圧するのは間違っている。
広樹はもう一度、文化を見直してみようと思う。
彼の手の中には、黒十字がしっかり握られていた。
「…さて、俺はもう公務に戻るとするよ。世話になったな。」
広樹は院長の元を訪れ、感謝を述べる。
「まだお体も万全ではないでしょう。一応国は回っていますし、
急ぐ必要はないのではないでしょうか?」
彼は広樹の足を見ながらそう言ったが、広樹は笑顔で首を振る。
「いいや。心配してくれるのはうれしいが、俺は総督だ。
全人類を幸福に導き、救う使命がある。」
広樹は今まで出会った人たちの顔を思い出した。
彼らは確かに広樹に利用されていたのかもしれない。
実際に広樹も彼らを利用していたのである。
しかし、彼らは皆笑顔になっていった。
エリスだって、今は幸せの絶頂だろう。
人々も昔よりは笑顔が咲いていると広樹は自負していた。
それでも、広樹が自分の望みの為に利用しようとしているのは変わらないが。
だから一度自分の考えや行動を見つめなおし。
再度自分の本当の望みは何かを考えていた。
元の世界に戻ることは確かに広樹の夢だ。
しかし1000年後の歴史なんて、ふとした出来事から変わる。
今だって広樹は宗教を迫害しているし、
もしこのまま宗教を迫害すれば今後の宗教改革もないだろう。
既に歴史は修正不可能である。
未来に起こる核戦争を防ぐという目的すら、達成できるかどうか不安な所に来ている。
だから広樹はこの世界に一時の安寧をもたらすことにした。
統一された巨大国家を作り上げ、後世の人々がそれを目指し努力する。
1000年後の人類が、かの共和国を夢と語り継ぎ、
夢を実現する為に互いに統合できるように。
では広樹がすべきことは何か。
広樹はしばし、総督としてそれを問うことにした。
広樹は臨時宮殿に帰り、そこで人々を集めて意思表明をした。
人々と言っても大半は親衛隊員と職員たちであったが。
「…共和国は偉大だ。
それは全人民の知ってのことだろう。
自画自賛ではないが、この大国を築けたことを私は心のそこから喜んでいる。
でも私は満足しない。私はこの国を世界帝国になりうる国とみなしている。
しかしこれがあるべき世界帝国の姿であろうか?」
広樹はここで一度聴衆の反応を見る。
彼らは動揺し、互いに顔を見合わせて困惑しだした。
広樹はフッと笑い、次の言葉をつづけた。
「私が思うに世界帝国とは、全ての人々が幸福に暮らせる国であると思う。
世界の人間…今は3億くらいか。
3億の人民が共和国を夢として語り継ぎ、1000年後に偉大な国であるとみなせば、
人々はそれを結成する為に努力するだろう。
少し想像しがたい話をしてしまったな。
全ての人々が幸福になる為にはどうすべきか。私もよくわからない。
だから…」
広樹は息を吸う。
「俺はこの世界で、世界帝国を築き上げ、
大国ではなく夢の国として語り継がれる国を創りたい。
世界帝国の道を歩みだした我が国なら、絶対に実現可能だ。」




